遺産分割そのものに時効はなく、相続開始から何年経っても遺産を分けることはできます。ただし、相続開始から10年が過ぎると、生前贈与や介護の貢献が遺産分割で原則として考慮されなくなります。また、遺留分や使い込まれた遺産の返還請求には、一定期間が過ぎると請求できなくなる期限があり、相続税にも税務署が課税できる期間の制限があります。
本記事では、遺産相続で時効にかからないもの、時間の経過で制限されるもの、期限を過ぎると請求できなくなる権利を弁護士が整理します。
第1章 遺産相続の時効と期限は、権利や手続ごとに異なる
「遺産の時効」といっても、相続に関わる権利が一律に一定の年数で消えるわけではありません。時効や期限がないもの、期限を過ぎると請求できなくなるもの、手続の期限にすぎないものが混在しているため、まず全体像を確認しましょう。
1-1 相続に関わる主な時効・期限の一覧
| 権利・手続 | 時効・期限 | ポイント |
|---|---|---|
| 遺産分割(協議・調停・審判) | なし | 何年経っても遺産を分けられる |
| 遺産の不動産の所有権 | なし | 時間が経っただけでは失われない |
| 休眠預金の払戻し | なし | 所定の手続で払戻しできる |
| 特別受益・寄与分の主張 | 相続開始から10年 | 過ぎると原則として法定相続分などで分ける |
| 遺留分侵害額請求 | ・知った時から1年 ・相続開始から10年 |
請求後の金銭の支払請求は別に5年 |
| 使い込まれた遺産の返還請求 | 不当利得:知った時から5年/引き出し時から10年 | 親の生前に引き出された時から時効は進行する |
| 同上(不法行為) | ・知った時から3年 ・引き出し時から20年 |
同上 |
| 相続回復請求権 | ・知った時から5年 ・相続開始から20年 |
相続人同士の争いでは主張できる場面が限られる |
| 特別寄与料の申し立て | ・相続開始と相続人を知った時から6か月 ・相続開始から1年 |
期限を過ぎると家庭裁判所への申し立てができない |
| 相続放棄 | 自己のために相続が開始したことを知った時から3か月 | 家庭裁判所で期間の延長を申し立てられる |
| 相続税の申告 | 相続の開始を知った日の翌日から10か月 | 未分割申告の場合、申告期限から3年以内の遺産分割で特例を適用できる |
| 相続登記 | 相続で不動産の取得を知った日から3年 | 2024年4月1日より前の相続は2027年3月31日までに相続登記が必要 |
2つの期限が定められているものは、原則として、どちらか早い期限が到来すると権利の行使などが制限されます。
1-2 相続放棄・相続税申告・相続登記は、時効ではなく手続の期限
時効は、一定の期間権利を使わないことで、その権利が消える制度です。
これに対し、相続放棄の3か月、相続税申告の10か月、相続登記の3年は、手続の期限です。過ぎると原則として相続放棄ができなくなる、延滞税などがかかる、過料の対象になるといった不利益はありますが、遺産を受け取る権利自体が消えるわけではありません。
各手続の期限は、次の記事で詳しく解説しています。
遺産分割に期限はある?—「遺産分割の期限」の基本と、手続き別の期限の全体像
第2章 遺産を分けることや受け取る権利は、何年経っても時効で消えない
2-1 遺産分割は、相続開始から何年経っても請求できる
遺産分割の協議にも、家庭裁判所での調停・審判の申し立てにも、期限はありません。
たとえば、父が亡くなってから15年、実家も預金も父名義のまま残っている場合でも、今から相続人全員で遺産分割協議をすることができます。ただし、遺産分割協議は相続人全員で行わなければならず、放置している間に相続人の誰かが亡くなっていると、その人の相続人も協議に加わることになります。
2-2 不動産や預貯金の権利も、時間が経ったことだけでは失われない
遺産に含まれる不動産の所有権は、その不動産を使わずにいても時効で消える権利ではないため、名義変更をしないまま年数が経っても、それだけで相続人の共有持分が失われるわけではありません。
預貯金についても、相続開始から時間が経ったという理由だけで、相続人が払戻しを受ける権利が当然に失われるわけではありません。
預貯金は、10年以上入出金などの取引がないと「休眠預金」になります。しかし、休眠預金になった後も引き出しに期限はなく、相続人は、取引のあった金融機関で所定の手続をすれば払い戻しを受けられます。
2-3 実家に住み続けた相続人でも、時効で単独の所有者になるのは難しい
長年実家に住んできた相続人の中には、「時効で実家の家と土地が自分のものになっているのではないか」と考える方もいます。他人の物を自分の物として長期間占有すると所有権を取得できる制度はありますが、相続人の一人が遺産の不動産に住んでいても、通常は「自分の物として」占有しているとは評価されにくいのが判例の考え方です。
特に、他の相続人がいることを知りながら住み続けていた場合には、取得時効は認められにくくなります。
たとえば、長男が父の死後20年にわたって実家に住み、固定資産税を払ってきたとしても、それだけで他の相続人の持分が消えるわけではありません。
第3章 時効はなくても、相続開始から10年で生前贈与や介護の貢献を原則主張できなくなる
ただし、相続手続を放置しても不利益がないわけではありません。2023年4月1日施行の改正民法により、相続開始から10年が経つと、遺産分割で主張できる内容が制限されるようになりました。
3-1 相続開始から10年を過ぎると、原則法定相続分または遺言で指定された相続分で分ける
遺産分割では、一部の相続人が受けた生前贈与など(特別受益)や、介護などで遺産の維持・増加に貢献したこと(寄与分)を考慮して、取り分を調整できます。しかし、遺産分割をしないまま相続開始から10年が過ぎた場合、原則としてこの調整は行われず、法定相続分または遺言で指定された相続分で分けることになります。
たとえば、父が亡くなった後、実家を父名義のままにして兄弟間で遺産分割を先送りにしていたとします。相続開始から10年が経過した後、実家を誰が取得するか決めようとした際に、「兄は父から住宅購入資金の援助を受けていた」「弟である自分は長年父の介護をしていた」と主張しても、原則としてそれらの事情は取り分の調整に反映されません。相続人が兄弟2人のみで遺言もなければ、兄弟それぞれの取り分を2分の1として、実家をどのように分けるか決めることになります。
生前贈与がある場合の遺産分割はどうなる?特別受益の基礎知識と特別受益が考慮されるポイントを解説
3-2 2023年4月より前に始まった相続は、2028年3月31日が期限になる場合がある
「10年を過ぎた後の遺産分割では、法定相続分または遺言で指定された相続分で分ける」というルールは、改正法の施行前に始まった相続にも適用されますが、猶予期間があり、「相続開始から10年」と「施行から5年(2028年3月31日まで)」のいずれか遅い時までは、特別受益や寄与分を主張できます。
たとえば、2012年に始まった相続はすでに10年を過ぎていますが、2028年3月31日までは特別受益や寄与分を主張できます。2020年に始まった相続であれば、相続開始から10年となる2030年が期限です。2018年3月31日以前に始まった相続は、いずれも2028年3月31日が期限になります。
3-3 10年が迫っているときは、家庭裁判所に遺産分割を申し立てる
生前贈与(特別受益)や介護への貢献(寄与分)を考慮した遺産分割を求めたい場合は、相続開始から10年が経過する前に、家庭裁判所へ遺産分割調停または審判を申し立てることが重要です。
相続人同士で話し合いを続けているだけでは、10年の期限は延長されません。一方、期限内に家庭裁判所へ申し立てをしておけば、実際に遺産分割が成立するのが10年を過ぎた後でも、特別受益や寄与分を考慮した遺産分割を求めることができます。
相続人間で協議がまとまる見込みがなく、10年の期限が近づいている場合には、早めに家庭裁判所への申し立てを検討しましょう。
第4章 期限を過ぎると請求できなくなる権利
相続に関連する請求には、期限を過ぎると行使できなくなるものがあります。期限の数え方は権利によって異なり、相続が始まったことや遺留分の侵害、損害を与えた相手などを「知った時から」数えるものがあります。また、こうした事実を知らなくても、「相続開始などから」一定の期間が経過すると請求できなくなる場合もあります。
4-1 遺留分は、侵害を知った時から1年以内に請求の意思を伝える
遺留分とは、遺言や生前贈与があっても、配偶者や子などの相続人に最低限保障される取り分です(兄弟姉妹にはありません)。たとえば「全財産を長男に相続させる」という遺言があった場合、他の子は長男に対し、遺留分に相当する金銭を請求できます。
この遺留分侵害額請求は、相続の開始と、遺留分を侵害する遺言や贈与があったことを知った時から1年以内に行う必要があり、知らなかった場合でも相続開始から10年で請求できなくなります。
1年以内に必要なのは、相手に請求の意思を伝えることで、その時点で裁判を起こす必要はありません。その際は、後で「請求を受けていない」と争われないよう、内容証明郵便で通知しておくのが一般的です。
なお、遺留分侵害額請求の意思表示をした後も、それによって発生した金銭の支払請求権には原則5年の消滅時効があります。そのため、請求の意思を伝えただけで放置せず、金銭の支払いに向けた交渉や、必要に応じて調停・訴訟などの手続を進めることが重要です。
4-2 生前の使い込みは、請求方法や引き出し時期によって時効が異なる
親の生前に、相続人の一人が親の預金を無断で引き出し、自分のために使っていた場合、他の相続人は、親が持っていた返還請求権を引き継いで金銭の返還などを求めることができます。
この場合、主に「不当利得返還請求」と「不法行為に基づく損害賠償請求」の2つの方法があります。両方の要件を満たしていれば、2つの方法を並行して主張することもできますが、同じ金額を二重に回収することはできません。また、それぞれ時効や成立要件が異なるため、使い込みの時期や発覚した時期、証拠の状況などを踏まえて請求方法を検討する必要があります。
不当利得返還請求の場合
正当な理由なく取得した金銭の返還を求める方法です。時効は原則として、請求できることを知った時から5年、または請求できる時から10年です。ただし、2020年4月1日より前に発生した請求権には改正前の民法が適用され、原則として請求できる時から10年となります。
不法行為に基づく損害賠償請求の場合
無断で預金を使い込まれたことによって生じた損害について、賠償を求める方法です。時効は、損害と加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年です。
いずれの方法でも、親が亡くなった時から時効が新たに始まるわけではありません。親の生前に使い込みがあることを親自身が知っていた場合には、時効はその時点から進むため、相続開始時点ですでに時効が完成している場合もあります。
そのため、預金の使い込みが疑われる場合は、通帳や取引履歴等から引き出された時期や金額を確認したうえで、早めに対応することが重要です。
親の遺産を使い込み?それが生活費なら許されるのか?疑念を持った時の対処法と遺産分割のポイントを弁護士が解説
4-3 相続回復請求権の時効を、相続人同士の争いで主張できる場面は限られる
相続回復請求権とは、相続人ではない人が相続人のようにふるまって遺産を占有している場合などに、本来の相続人が遺産を取り戻すための権利です。
たとえば、亡くなった人の養子として遺産を取得した人について、後から養子縁組が無効だったと判明した場合などが考えられます。このような場合、本来の相続人が遺産の返還を求める相続回復請求権は、相続権を侵害された事実を知った時から5年、または相続開始から20年で時効にかかります。
4-4 特別寄与料は相続開始から1年を過ぎると家庭裁判所に申し立てられなくなる
たとえば、長男の妻が義父を介護していた場合など、相続人ではない親族が被相続人の療養看護などを無償で行い、被相続人の財産の維持・増加に貢献した場合には、相続人に対して特別寄与料として金銭を請求できる場合があります。
請求しても相続人との話し合いがまとまらない場合には家庭裁判所に申し立てることができますが、この申し立てには期限があり、相続の開始と相続人を知った時から6か月、または相続開始から1年を過ぎるとできなくなります。
相続に関わる期限の中でも特に短いため、請求を考えている場合はすぐに準備を始めましょう。
第5章 【FAQ】相続の時効についてよくある疑問
Q1. 親が亡くなって何十年も経ってから遺言書が見つかった場合、その遺言どおりに遺産分割をやり直さなければいけませんか?
A1. 遺言の内容や相続人の合意状況によって異なります。
遺言には有効期限がないため、親が亡くなって何十年も経ってから見つかった場合でも、原則として効力があります。
すでに遺産分割を終えていた場合、有効な遺言の内容が優先されるのが原則ですが、相続人全員が遺言の内容を確認したうえで、従来の分け方に同意しているのであれば、遺産分割をやり直さずに済む場合もあります。
ただし、相続人以外に財産を譲る遺言や、遺言執行者が指定されている場合には、それらの関係者の権利や意向も確認する必要があります。また、遺言の内容に従った財産の取得を希望する人がいる場合には、すでに行った遺産分割の効力や、名義変更などのやり直しが問題になることがあります。
Q2. 相続した賃貸不動産の家賃を、他の相続人が長年独り占めしていた場合、過去の家賃を請求できますか?
A2. 自分の相続分に応じた家賃は、返還を請求できる可能性があります。
親が亡くなってから遺産分割が終わるまでに生じた家賃について、最高裁判所は、家賃は遺産とは別の財産であり、各相続人が相続分に応じて当然に取得すると判断しています(最高裁平成17年9月8日判決)。そのため、他の相続人が家賃を独り占めしていた場合は、自分の取り分に当たる金額を、不当利得として返還するよう求めることができます。
ただし、この請求にも時効があり、請求できることを知った時から5年、請求できる時から10年で消滅します(2020年3月31日以前に生じた分は原則10年)。
Q3. 親の借金を相続したものの、何年も請求されていない場合、返済する義務はなくなりますか?
A3. 時効期間が過ぎた後に時効を主張すれば、返済義務はなくなります。
親の借金も、貸主が一定期間請求しなければ時効にかかります。期間は借入れの時期や貸主によって異なり、裁判で判決が確定している場合は、確定から10年です。ただし、期間が過ぎただけでは返済義務は消えず、相続人が貸主に対して「時効を主張する(援用する)」と伝える必要があります。また、督促を受けて一部でも返済したり、支払いを約束したりすると、借金を認めたことになります。時効期間の途中であれば、時効はそこから数え直しになり、当初の時効期間が過ぎた後であっても、時効を主張できなくなることがあります。古い借金の督促状が届いた場合は、支払う前に最後の返済日や判決の有無を確認し、弁護士に相談しましょう。
まとめ|年数が経った相続は、期限を確かめるところから弁護士に相談を
相続開始から長い年月が経っている場合、どのような権利が残っているのか、今からどのような対応ができるのかは、個別の事情によって異なります。
特に、次のような状況にある方は、弁護士への相談をおすすめします。
- 遺産分割が終わらないまま10年が近づいており、他の相続人との話し合いも進んでいない
- 他の相続人が長年遺産を独占しており、今から自分の取り分を請求できるのか分からない
- 遺言や生前贈与によって自分の取り分が少なくなっており、遺留分を請求したい
- 亡くなった親の預金に使い込みの疑いがあり、返還を求めたい
- 相続から何十年も経過しており、誰が相続人なのか、どのように手続を進めればよいのか分からない
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士が相続関係や財産の状況、請求できる権利や期限を整理したうえで各種の手続をサポートしています。また、相続税や相続登記が関係する場合には、グループ内の税理士・司法書士と連携して対応することも可能です。長年放置していた相続について、今からでも対応できるのか分からない場合などにはお気軽にご相談ください。
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