最近、家族信託という仕組みが注目されていますが、親子間ではなく、夫婦間で活用する場合には判断が難しいところもあります。家族信託を活用することで有効に機能するケースもありますが、あえて使わない方がよい場合もあるからです。本記事では、子どもがいない夫婦を前提に、具体的なモデルケースを例にあげながら、家族信託を検討すべきかどうかを弁護士が実務的な視点で整理します。
第1章 子どもがいない夫婦に家族信託は必要か
1-1 家族信託はすべての夫婦に必要とは限らない
家族信託とは、自分の財産について将来の管理や処分の方法をあらかじめ定め、その管理を家族などの信頼できる人(受託者)に任せる仕組みです。
基本的には次の3つの立場で構成されます。
委託者
財産を託す人(例:夫)
受託者
財産の管理や処分を行う人(例:妻)
受益者
財産から生じる利益を受ける人(例:夫)
認知症などにより、委託者の判断能力が低下した場合でも、あらかじめ指定した受託者が財産の管理や処分を行うことができる点に特徴があります。
実務上は、家族信託の受託者には子どもが選ばれることが一般的ですが、夫婦間で組むこともできます。ただし、年代が近い夫婦の場合、受託者となる配偶者についても同程度に判断能力低下のリスクが想定されます。そのため、財産や生活の状況を踏まえたうえで、相対的に見たときに家族信託を利用するメリットがあるかどうかを検討することが重要です。
1-2 夫婦の資産状況によっては費用や手間に見合うメリットが得られない場合もある
もっとも、夫婦の状況によっては、家族信託を利用しなくても大きな支障が生じないケースもあります。そうした場合には、家族信託にかかる費用や手間と比較して、相対的にメリットを感じにくいこともあります。
生活や資産状況、財産の承継への考え方によって必要性は変わる
例えば、夫婦それぞれの名義で預貯金や資産が分かれており、日常の生活費もそれぞれで管理されている場合には、一方の判断能力が低下したとしても、もう一方の生活に直ちに影響が及ぶとは限りません。このような場合には、家族信託を利用しなくても現実的に対応できる余地があります。
また、将来の承継先について特に強い意向がない場合には、配偶者の生活を確保した後の財産の行き先まで細かく設計する必要性は高くないと考えられます。承継の流れを積極的にコントロールしたいという目的がない場合には、そのために家族信託を利用するメリットは限定的となることもあります。
家族信託の必要性は、夫婦ごとの個別の事情の組み合わせによって判断が分かれるものであり、一概に要否を決められるものではありません。実際には、不動産の有無や資産の名義の偏り、将来の生活設計などによって結論が異なってきます。
そのため、自分たちの状況に照らした場合にどのような場面で支障が生じる可能性があるのかを具体的に整理したうえで、その対応手段として家族信託が適しているかどうかを検討していくことが重要です。次章以降で夫婦間において家族信託が有効活用される代表的なメリットを整理します。
第2章 夫婦間で家族信託を組むことで解決できる問題
2-1 預貯金が凍結しても生活資金を確保できる
預貯金は名義人の意思に基づいて管理されるため、認知症などにより名義人の判断能力が低下すると、口座からの払い戻しや契約変更が制限されることがあります。そのため、家賃や光熱費、医療費といった引き落としなど、生活費の大部分を一方の配偶者名義の口座から支払っている場合には、その口座の名義人の判断能力が低下すると、預金口座が利用できなくなり、生活に直ちに影響が及ぶ可能性があります。
これに対して、あらかじめ家族信託を設定しておけば、口座の名義人である配偶者が認知症になった場合でも、もう一方の配偶者(受託者)がこれまでと同じように預貯金を使い続けることができます。その結果、生活費や医療費などの支払いが滞る事態を避けることができ、もう一方の配偶者の生活を安定的に維持しやすくなります。
2-2 不動産を必要なタイミングで売却・活用できる
不動産の売買契約や大規模な修繕契約は、名義人の意思に基づいて締結することが前提となるため、認知症などにより名義人の判断能力が低下すると、売却や修繕の手続を進めることが難しくなります。
不動産については、預貯金ほど直ちに配偶者の生活に影響が及ぶわけではないものの、支障が生じる場面が考えられます。
例えば、認知症が進行し、自宅での生活が難しくなった場合には、施設への入所を検討することになりますが、その際には入所一時金などとしてまとまった資金が必要となることがあります。このような場面で不動産を売却できないと、資金の準備が難しくなり、入所の時期を調整せざるを得なくなる可能性があります。
また、自宅に住まなくなった場合も、名義人でない配偶者は売却することができず、空き家の状態で保有し続けなければなりません。固定資産税や維持管理の負担が続くことに加え、建物の老朽化が進んでも修繕などの対応を取りにくい状態となることが考えられます。
2-3 将来の承継先をあらかじめ設計できる
財産の承継について特段の準備をしていない場合、最終的な財産の行き先は、その時点での相続人に応じて、法律のルールに従って決まることになります。
子どもがいない夫婦の場合、例えば、自分が先に亡くなると配偶者が財産を承継しますが、さらに配偶者が亡くなると、その財産は配偶者の相続人(配偶者の親や兄弟姉妹、その子など)に引き継がれることになります。つまり、自分の財産が最終的に配偶者側の親族に承継される可能性が高くなるわけです。
これに対して家族信託を利用すれば、配偶者の次の承継先まで自分の意思で定めておくことができます。これにより、将来の承継の流れを一定程度コントロールしやすくなります。
2-4 共有名義の不動産でもスムーズに管理・処分できる
夫婦で不動産を共有している場合にも、家族信託が有効に機能する場面があります。
共有名義の不動産の売却や大規模な修繕を行うには、原則として共有者双方の意思に基づく手続が必要となります。そのため、一方が認知症などにより判断能力を低下させると、不動産全体について重要な意思決定ができなくなる可能性があります。
家族信託によってあらかじめ管理権限を受託者(共有名義の配偶者)に集約しておけば、このような場合でも受託者の判断により不動産の管理や処分を行うことが可能になります。これにより、共有名義に伴う制約を受けにくくなり、状況に応じた柔軟な対応が取りやすくなるといえます。
第3章 【モデルケース1】夫名義の自宅を将来売却できるようにする夫婦間信託
3-1 設定シーン:将来の住み替えのために自宅を売却したい
Aさん(70代・男性)は、妻Bさんとともに自宅で暮らしています。この自宅はAさん単独名義となっています。
最近、Aさんに物忘れが増えてきたことから、妻Bさんと「将来、施設への入所や住み替えが必要になった場合には、自宅を売却してその費用に充てよう」と話しています。もっとも、現時点では生活に大きな支障はなく、具体的な行動にまでは至っていませんでした。
3-2 家族信託をしていた場合:配偶者の判断で売却・資金化ができた
その後、Aさんの判断能力が低下し、施設への入所が現実的となりました。
あらかじめ夫婦間で家族信託を組み、妻Bさんが受託者となっていたため、妻Bさんは自らの判断で自宅の売却手続を進めることができました。売却によって得られた資金は、Aさんの施設への入所に必要な一時金や、その後の生活費・介護費用に充てられています。
また、売却の時期についても、生活状況や不動産市況を踏まえて判断することができたため、無理のないタイミングで住み替えと資金確保を進めることができました。
3-3 家族信託をしていなかった場合:生活の立て直しができなかった
Aさんの判断能力が低下しましたが、事前に特段の準備をしていなかったため、妻Bさんは成年後見制度の申立てを行いました。
後見人が選任されたものの、自宅を売却するには家庭裁判所の審査と許可が必要であり、なかなか売却手続に進めません。その間にもAさんの状態は悪化していきます。
Bさん自身も高齢であり、自宅でAさんの介護を続けることに限界を感じていましたが、自宅の売却ができないため、施設入所に必要な一時金を用意できず、状況を変えることができません。
結果として、本来であれば自宅を売却して早期に施設へ入所できた可能性があったにもかかわらず、資金の確保が間に合わず、対応が後手に回ることとなりました。
第4章 【モデルケース2】将来の承継先まで見据えて設計する夫婦間信託
4-1 設定シーン:妻の生活を守りつつ、甥に財産を残したい
Cさん(70代・男性)と妻Dさんの夫婦には子どもがおらず、将来の相続についても具体的な対策は行っていません。Cさんは、「自分が先に亡くなった場合には、まずは妻の生活を優先してほしい。そのうえで、妻が亡くなった後には、自分の弟の子どもにあたる甥Eに財産を引き継がせたい」と考えています。
4-2 家族信託をしていた場合:妻の死後、甥が財産を引き継いだ
その後、Cさんが亡くなりました。あらかじめ妻Dさんを受託者として家族信託を組んでいたため、信託の対象としていた預貯金は相続手続の対象とならず、一般的な預金口座のように凍結されることなく、妻Dさんは生活費の支払いを継続することができました。
また、不動産についても生前に信託登記により妻Dさんが受託者として名義人となっていたため、相続に伴う名義変更の手続を行うことなく、そのまま管理を続けることができました。
その後、妻Dさんが亡くなりました。通常であれば財産は妻Dさんの相続人(親や兄弟姉妹、その子など)に相続されることになります。しかし、Cさんは生前の家族信託において、妻Dさんの死亡後の財産の行き先を、Cさんの弟の子である甥Eさんと定めていました。そのため、妻Dさんの死亡後も信託の仕組みに従って承継が進み、財産は当初の意向どおり、甥Eさんに引き継がれました。
4-3 遺言で対応していた場合:妻の死後の承継まではコントロールできなかったケース
Cさんは、生前に「自分の財産はすべて妻Dさんに相続させ、妻の死後は残った遺産を甥Eに引き継がせたい」という内容の遺言書を作成していました。
その後、Cさんが亡くなり、遺言に基づいて財産は妻Dさんに引き継がれました。この段階では、Cさんの意向どおり、妻Dさんの生活を優先する形で承継が実現しています。
しかし、妻Dさんが亡くなると、財産は甥Eではなく、妻Dさんの相続人(Dさんの親、親がいない場合は兄弟姉妹やその子)が相続することになりました。
遺言によって定めることができるのは、本人の死亡時点における承継までであり、その後の承継については効力が及ばないためです。
Cさんが遺言で最初から甥Eに財産を遺贈していた場合
Cさんは遺言で「財産を妻と甥Eに半分ずつ」と指定することもできます。しかし、その場合には、Cさんの死亡時点で甥Eにも財産が渡ることになります。その結果、妻Dさんが受け取る財産は半分に留まり、生活費や将来的な資金が不足するおそれがあります。
このように、遺言のみで「配偶者の生活を守ること」と「その後の承継先を決めること」を同時に実現しようとすると、いずれかを優先せざるを得ない可能性があります。
第5章 夫婦間の家族信託を検討する際に押さえておきたい視点
夫婦における家族信託は、すべてのケースで必要となる制度ではありませんが、資産の内容や将来の意向によっては有効に機能する場面があります。預貯金の管理、不動産の処分、将来の承継先の設計といった点でそれぞれ異なるメリットがあるため、自分たちの状況に照らして、どのような管理や承継が望ましいのかを整理することが大切です。
また、夫婦間で家族信託を組む場合には、受託者となる配偶者も同年代であることが多く、将来的に判断能力低下のリスクを共有している点にも注意が必要です。そのため、配偶者に管理を任せるだけでなく、受託者が対応できなくなった場合に備えて、後任となる受託者(連続受託者)をあらかじめ定めておくといった設計も検討する必要があります。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士を中心に税理士や司法書士などが連携し、ご夫婦ごとの状況に応じた家族信託の設計から運用までを一体としてサポートしています。家族信託が適しているかどうかの検討段階からでも構いませんので、お気軽にご相談ください。
Nexill&Partners Group(弁護士法人Nexill&Partners)
福岡を中心に、全国からご相談をお受けしております。 弁護士だけでなく社労士・税理士・司法書士・行政書士と多士業が在籍。 遺産相続、企業支援(企業法務・労務・税務)に特化した総合法律事務所です。 博多駅徒歩7分。初回相談無料、お気軽にお問い合わせください。 当グループでは博多マルイ5Fの「相続LOUNGE福岡オフィス」を運営しております。こちらもぜひご活用ください。

