今回は、民事信託と他の制度を比較して、民事信託のメリットを解説したいと思います。
1.財産管理委任契約及び任意後見契約
自分の判断能力や身体能力の状況に不安がある場合、財産の管理やその他の生活上の事務の全部又は一部(病院、福祉サービスなどの利用手続きや預貯金の引き出し等)について、本人と信頼できる家族等との間で、財産管理委任契約及び任意後見契約を併せて締結し、本人の判断能力があるうちは、財産管理委任契約に基づき、判断能力を失った後は任意後見契約に基づいて、財産管理を委ねるケースが多いかと思われます。
なお、成年後見と任意後見の違いは、成年後見人は家庭裁判所が選任するため、本人が後見人を決めることは出来ませんが、任意後見は自分の信頼できる人を自ら選んで後見人にすることができます。
もっとも、まず財産管理委任契約について、本人や受任者に破産手続や後見が開始したり、意思能力を失ったりした場合、委任の制度を利用しては事務処理をすることができなくなり、本人の希望が叶えられなくなるおそれがあります。
他方で、信託を利用すれば、本人や受託者が死亡したり、破産手続や後見が開始したり、意思能力を失っても、信託自体が終了することはありませんので、設定した信託目的に従って信託事務が進められ、本人の希望を叶えることができます。
また、任意後見契約について、上記のとおり後見人候補者をあらかじめ決めておくことができますが、後見開始には家庭裁判所に対し任意後見任監督人の選任申立てをする必要があります。そして、裁判所が選任した第三者である任意後見監督人により、後見業務は定期的にチェックされますが、任意後見監督人は、本人の財産を相続対策などのために運用することや、家族のために本人の財産を使用すること、家族などにお小遣いやお年玉を渡すことを原則として認めないため、家族であっても自由に財産の管理や処分をすることができなくなります。
また、任意後見監督人に対し、本人が亡くなるまで月数万円程度(財産の額や監督内容等により変動します)の報酬を支払う必要があります。
加えて、任意後見では、成年後見と異なり後見開始後も本人は管理処分権を失いませんので、悪徳商法等の被害に遭った場合などは意思無能力により無効にしたり、詐欺強迫による取消しをしたりする必要があるなど、財産保全の力が弱いという問題があります。
以上の財産管理契約及び任意後見契約と比べて、信託では委託者が認知症などで意思判断能力がなくなっても、信託契約で定め内容に基づき、受託者は信託財産の管理を家庭裁判所による制約なしに継続することができ、また、信託財産は受託者のもとに移り、委託者は管理処分権を失いますので、悪徳商法等の被害に遭うリスクも減り、両者のデメリットをカバーすることができます。
2.成年後見
成年後見は、家庭裁判所の監督のもと、判断能力のない本人を保護、援助するための制度ですので後見人は、相続人や家族にとってメリットのあるような行為、たとえば、お小遣いやお年玉等の贈与、相続対策としての生前贈与や財産処分、生命保険契約、投資商品の購入、資産の組換え等は原則としてすることはできません。
また、成年後見が開始すれば、本人は、被後見人としてすべての財産の管理処分権に制限を受け、株式会社の取締役や監査役に就任できない、公務員になれない等の制限を受けることになることに加え、成年後見では本人の意向ではなく裁判所が後見人を選任することになり、その後見人に対し毎月数万円程度(財産の額や業務内容により変動します)の後見報酬を支払う必要があります。
他方で、信託では、自ら受益者となる信託契約を締結すれば、自ら信託目的を定めて、受託者に信託財産を投機的に運用させたり、将来、子や孫に財産を贈与したりすることができますし、重要な財産についてだけ受託者に管理を任せてその他の財産の管理処分権を持ち続けることもできます。
また、信託の設定により、成年後見のように資格制限を受けることはなく、判断力を失う前でも信託を利用することができます。
なお、詳細は別の記事で解説しますが、後見と信託は背反するものではなく、相互補完の関係にあり、併用することでより多くのメリットを享受する相乗効果を期待することもできます。
3.遺言
遺言は、本人が亡き後の資産承継について決めることができる制度ですが、二次相続以降の妻子などの第三者まで効力を及ぼすことはできず、遺言で二次相続以降の資産承継先を決める場合には、妻子にも協力して遺言を作成してもらう必要があります。
また、遺言は、遺言者の死後に財産をどのように承継させるかを決められるだけであり、本人が認知症になってしまうと、財産を管理することはできなくなります。
そのため、認知症の妻のために遺言者の意向に沿って財産の管理をしてほしいと思っても遺言では難しいですが、信託では、認知症の妻の生活を支援してもらうように、受託者に遺産を管理してもらうことができます。
また、信託では、遺言とは異なり、自分が亡き後は自宅を妻に相続させ、妻亡き後は長男に相続させるというように、次の世代までの財産の承継先を決めることができます。
4.まとめ
以上のとおり、今回は信託を他の制度と比較してメリットを解説しましたが、
次回はより踏み込んで、信託のデメリットや他の制度と信託の併用によるメリットについて解説したいと思います。