兄は父の生前にお金をもらっていたのに,平等に相続しなくちゃいけないの?
<相談内容>
先日,父が亡くなり,相続人は私と兄の2人です。兄はこれまで事あるごとに父にお金の無心をしていました。事業を始めると言って父から1000万円を援助してもらっていましたし,兄が家を建てるために,父所有の土地をもらったこともあったようです。私は兄と異なり,父から多額の財産をもらったことなどありません。最近,兄が「遺言もないし,お父さんの遺産は2人で均等に分けよう。」と提案してきました。これまで父の財産をたくさん分けてもらってきた兄が,何ももらっていない私と同じ額相続するのは納得いきません。何か良い方法はないでしょうか。
この場合,相談者と兄が均等に相続すると,不公平だと感じるでしょう。今回は,民法上このような不公平を是正する制度である「特別受益」についてご説明していきます。
1 特別受益とは
特別受益とは,共同相続人の中に,被相続人から遺贈を受けたり,また婚姻や養子縁組のため,あるいは生計の資本として,生前に贈与を受けた者がいた場合,その人は相続分の前渡しを受けたものとして,その人の相続分を減額して調整を図ろうとするものです。具体的な調整の仕方(計算方法)は,別の記事で改めてご説明します。
今回は,何が特別受益に当たるかという点について見ていきましょう。
2 特別受益財産の範囲
具体的に,どのような財産の取得が特別受益となるでしょうか。
⑴ 学費
Aさんと妹は高校卒業後に就職しましたが,弟は父が学費を出して,私立大学の医学部に進学しました。父の収入はそう高くありませんでしたが,弟の強い希望があり学費を捻出しました。Aさんの父が死亡し,相続人はAさん,妹,弟です。Aさんは,弟だけが高い学費を払ってもらったことが特別受益に当たると考えていますが,どうでしょうか。
学費の援助は,被相続人の資産・収入,社会的地位等からして,その教育を受けさせることが親の扶養の範囲と認められる場合には,特別受益とはなりません。例えば,大学進学の費用は,昨今の大学進学率から考えて,特別受益と認められることは少ないと考えられます。
しかしこの事例のように私立の医学部や,海外留学等の学資援助は特別受益に当たる場合もあります。もしAさんの父が開業医であり,Aさんの弟に病院を継いでほしかった等の事情があれば別ですが,そのような事情がないこの事例では,弟の学費は特別受益に当たるでしょう。
⑵ 生命保険金
Bさんの父が死亡し,相続人はBさんと妹です。父の遺産は時価3000万円の不動産と,預貯金1000万円です。父は,同居して父の介護をしていたBさんを,1500万円の生命保険金の受取人に指定していました。Bさんが受け取る生命保険金は,特別受益に当たるでしょうか。
生命保険契約において特定の相続人を受取人として指定していた場合,生命保険金はその相続人が固有の権利として取得するものなので,相続財産には含まれません。また,遺贈にも贈与にも当たりません。そのため,特別受益に当たらないのが原則です。
しかし,保険金受取人である相続人と,他の相続人との間に生じる不公平が著しい場合には,生命保険金も特別受益に準じて持戻しする(生命保険金の額を遺産に加える)ことが公平と考えられます。
持戻しの対象とするかどうかは,保険金の額,この額の遺産総額に対する比率,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の程度など,様々な事情を考慮して決めます。
今回の事例では,Bさんは父と同居し,介護をしてきたという事情があるため,Bさんが受け取る生命保険金は特別受益に当たらないでしょう。
⑶ 婚姻に関する費用
Cさんは結婚する時,父に結婚式と披露宴の費用として300万円を払ってもらいました。その際,披露宴の出席者は大半が父の知人でした。しかし,Cさんの弟は結婚する際に何も援助してもらっていません。父が亡くなり,相続人はCさんと弟です。Cさんが挙式費用を父に払ってもらったことは,特別受益に当たるでしょうか。
婚姻に関する費用が特別受益に当たるかどうかは,地方の慣習,被相続人と婚姻当事者それぞれの地位・資産等を考慮して判断することになります。一般的に,支度金や持参金は特別受益に当たると考えられていますが,結納金や挙式費用については判断が分かれています。しかし,挙式は,婚姻する当事者のためというよりも,親の社交上の出費という性質が強いと考えられているため,特別受益には当たらないとする判例が多く見られます。今回も,招待客の大半が親の知人ということなので,親の社交上の出費という性質が強く,特別受益には当たらないでしょう。
3 まとめ
今回は,何が特別受益として認められるかというご説明をしました。
寄与分と同じように,特別受益の主張がある場合には,必ず紛争が深刻化し,協議や調停では終わらないケースがほとんどです。
協議段階での主張が後の審判において証拠として用いられますので,当初から法律論として整理・一貫した主張をしなくては,最終的に特別受益を裁判所から認めてもらうことは困難です。
必ず弁護士を協議の初期段階から代理人として就けましょう。