遺言と異なる遺産分割をしても大丈夫?
被相続人が遺言を残している場合,それに従って遺産を分けるのが一般的です。しかし,遺言と異なる遺産分割をしたい場合や,遺言の存在に気付かず,遺産分割が完了してから遺言を発見したという場合もあるでしょう。今回は,遺言と異なる遺産分割の効力についてご説明していきます。
1 相続人全員が遺言の存在を知っていた場合
Aさんの夫が亡くなり,相続人はAさん,息子,娘です。夫は遺言を残していて,そこには「預金はAに,自宅の土地建物は息子に,株式は娘に」と書いてありました。しかし,相続人間で協議したところ,Aさんは自宅土地建物を,息子は株式を,娘は預金を取得したいと考えています。遺言と異なる遺産分割をしても問題ないでしょうか。
相続人全員が,遺言の存在を知り,その内容も正しく認識した上で,遺言の内容と異なる協議を行えば,その協議の有効性に問題はありません。
ただし,遺言の内容によっては,相続開始と同時に確定的に各共同相続人に権利が帰属する場合があります(例えば,「相続させる」という記載があれば,被相続人の死亡と同時に権利が移転します。)。この場合には遺産分割の余地はありませんが,共同相続人がそのことを前提に協議を行い合意すれば,協議は有効となります。ただし,厳密にいえば,その協議は新たな交換・贈与契約と評価される場合もあるでしょう。
したがって,この事例でも,Aさんたち相続人は,遺言の内容にかかわらず協議で合意をすることができ,合意の内容に拘束されることになります。遺言内容と異なることを理由に後で協議の内容を争うことはできません。
2 相続人全員が遺言の存在を知らない場合
Bさんの父が亡くなり,相続人は母とBさん,弟です。遺産分割協議の結果,遺産である不動産は母の単独所有とすることになりました。しかしその後父の遺言が発見され,土地はBさんと弟に2分の1ずつ相続させるという趣旨の記載がありました。Bさんは,もし遺産分割協議時に遺言の存在を知っていたなら,母の単独所有とすることには反対していたと考えています。今から遺産分割協議をやり直すことはできるでしょうか。
このように,遺言で遺産の分割方法が定められているときは,相続人もその遺言の趣旨を尊重しようとするのが通常でしょう。遺言の存在を知っていれば,特段の事情がない限り,既に行った遺産分割協議の意思表示をしなかった可能性が極めて高い場合には,錯誤(いわゆる勘違いのことです。)により分割協議は無効とされます。
遺言の存在を知らずに行った遺産分割協議の意思表示は必ず無効となるわけではありませんが,遺言内容と遺産分割協議内容の相違の程度,遺産分割の具体的経緯等から,遺言の存在を知っていたら遺産分割協議における意思表示をしなかったかどうかを個別具体的に判断することになります。
今回の事例では,Bさんは遺言を知っていたら母の単独所有という意思表示はしなかったと考えられるので,遺産分割協議の無効を主張することができるでしょう。
3 相続人の一部が遺言の存在を知っていた場合
Cさんの父が亡くなり,相続人はCさんと弟です。遺言がないと思われたので,Cさんと弟は遺産を2分の1ずつ取得するという分割協議を行いました。しかしその後,実は父には遺言があり,弟に不利な内容だったため弟が隠匿していたことが発覚しました。Cさんは遺産分割協議をやり直すことができるでしょうか。
この事例のように,相続に関して不当な利益を目的として遺言書の存在を隠匿したような場合,隠匿した相続人は相続欠格者となり,相続をすることはできません。Cさんの弟に子がいれば,その子が代襲相続人となりますが,子がいなければ父の相続人はCさんのみとなります。
また,このように一部の相続人に不当な目的があってなされた遺産分割の協議自体が法制度の定める秩序に反し,公序良俗に反していると評価できれば,無効となる可能性もあります。更に,遺言の存在を知らずに分割の意思表示をした相続人を保護するためには,詐欺による取り消し,錯誤無効等の主張も可能です。
4 まとめ
今回は,遺言と異なる遺産分割の効力についてご説明しました。
遺言がある場合,故人の遺志を尊重しようとするのが通常かと思われますが,共同相続人全員の同意があれば遺言と異なる遺産分割をしても構いませんので,遺言があるからと諦める必要はありません。
また,遺産分割協議が終わった後に遺言が発見された場合,遺言の存在を認めた上で協議の内容を維持することも,協議の無効を主張し新たな遺産分割協議を進めることも可能です。協議から時間が経つと権利関係が複雑化する可能性があるため,遺言が発見されたら,速やかに弁護士に相談することをお勧めします。また,遺産分割協議についても弁護士を代理人とし交渉を進めた方が,スムーズな解決が期待できます。