生前贈与を受けたら,必ず相続分が減ってしまうの?
<相談内容>
先日,私の父が亡くなり,相続人は私と兄です。父は農業をしており,子どもに跡を継いでほしいと思っていたようです。しかし,兄は企業に就職したため,私が農業を継ぐことになりました。その後20年間にわたり父と一緒に農業に従事し,これまで父から田,山林,畑(時価3000万円)をもらいました。父の遺産は,現金1000万円です。兄は「お前が父さんから田畑をたくさん贈与されたことは,特別受益に当たる。だから父さんの本来の遺産は4000万円で,俺の相続分は2000万円あるはずだ。現金1000万円は俺がもらうから,残り1000万円はお前が俺に返してくれ。」と言っています。しかし,父が田畑を贈与してくれたのは,私が農業を継ぐためなのですが,それでも特別受益に当たるのでしょうか。また,特別受益に当たるとすれば,私は兄に1000万円を返さなければならないのですか?
今回は,生前贈与があっても特別受益に当たらないケースや,特別受益が具体的相続分を超過している場合の計算方法について福岡の弁護士がご説明していきます。
1 持戻し免除
共同相続人の中に特別受益を受けた者がいる場合,被相続人の遺産の価額に特別受益の価額を加算して(これを,「持戻し」といいます。)相続分を算出し,特別受益を受けた相続人は,相続分から特別受益の価額が控除されることになります。
しかし,被相続人から生前贈与を受けていても,被相続人の持戻し免除の意思表示があった場合には持ち戻されず,遺産分割するにあたって生前贈与の額を考慮せずに計算することができます。
持戻免除の意思表示は生前に,又は遺言でもできますが,実際は明示的になされることがほとんどないため,どのようなケースであれば黙示の持戻免除の意思表示が認められるかというのが重要になってきます。
Aさんは難病のため,自立して生活をすることができません。父はAさんに対し,家賃収入を得られる不動産を贈与してくれました。父の死後,Aさんが不動産を贈与されたことは,特別受益に当たるでしょうか。
この事例のように,病気等の理由で自立して生活することが困難な相続人に対し,生活保障のために贈与がされているようなケースは,将来の扶養を目的として贈与等がなされているといえます。このような場合は黙示の持戻免除の意思表示が認められます。
他にも,冒頭の相談事例のように,家業を承継する特定の相続人に対して相続分以上の財産を相続させる必要がある場合や,被相続人が生前贈与をした代わりに何らかの利益を受けている場合(相続人が被相続人と同居して面倒を見る代わりに,被相続人の土地を無償させ住居建築を許すケース等)には,持戻免除の意思表示が認められます。
2 超過特別受益者がいる場合の算定方法
Bさんの父が亡くなり,相続人は母,姉,Bさん,弟です。相続財産は6000万円,Bさんは生前贈与として1800万円,弟は600万円の遺贈を受けています。相続人は,それぞれいくら取得するでしょうか。
特別受益があるときは,①被相続人の遺産の価額に,特別受益者が得た生前贈与の価額を加算したものを相続財産とみなし,②これに各相続人の法定相続分を掛け合わせて一応の相続分を算出し,③一応の相続分から特別受益者が受けた生前贈与・遺贈の価額を控除して最終的な相続分を算出します。
今回の事例を計算してみましょう。
母 (6000万円+1800万円)×2分の1 =3900万円
姉 (6000万円+1800万円)×6分の1 =1300万円
Bさん (6000万円+1800万円)×6分の1-1800万円=-500万円
弟 (6000万円+1800万円)×6分の1- 600万円= 700万円
このように,Bさんは一応の相続分よりも多い生前贈与を受けている(これを「超過特別受益者」といいます。)ので,相続分がマイナスとなってしまいます。しかし,相続分額より受益額の方が多くても,その相続人は多すぎる特別受益額を遺産に返還する必要はなく,その相続人の相続分額をゼロとして算定することで足ります。
Bさんが相続分以上の額をもらっている結果,他の相続人は当初の計算通りの相続分を得られなくなりますので,改めて計算する必要があります。ここでは,裁判例でよく用いられている算定方法をご紹介します。
これは,超過特別受益者以外の他の相続人の相続分額(上記で計算した額)の割合に従って,超過特別受益者を除いて改めて相続分を算出する方法です。
母 (6000万円-600万円)×3900万円÷(3900万円+1300万円+700万円)≒3569万円
姉 (6000万円-600万円)×1300万円÷(3900万円+1300万円+700万円)≒1190万円
Bさん 0円
弟 (6000万円-600万円)×700万円÷(3900万円+1300万円+700万円)≒641万円
したがって,この事例では,母3569万円,姉1190万円,Bさん0円,弟641万円を取得することになります。
3 まとめ
今回は,持戻しがされないケースと,特別受益が相続分よりも多かった場合の算定方法についてご説明しました。
通常,どの弁護士事務所でも一定数の遺産分割事件を取り扱うものですが,特別受益の主張が入り込むケースは稀ですし,それを審判まで多数戦った経験のある弁護士は相当少ないでしょう。特別受益や寄与分の問題は,どの程度の主張や証拠が揃っていれば裁判所が認定してくれるか,どのように特別受益や寄与分の金額を評価するか,極めて専門的なノウハウが必要な作業となって来ます。
必ず,相続案件を多数取り扱い,協議や調停だけではなく,審判までの経験が豊富な相続に強い弁護士を選任されることをお勧め致します。