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遺言書作成・遺言執行者の選任

遺言の内容が曖昧なときは無効になってしまう?

2017.08.31

遺言の内容が曖昧なときは無効になってしまう?

<相談内容>
三人姉妹の三女の私は,病弱な母の世話をしながら長年二人きりで母名義の建物で暮らしてきましたが,その母も先月亡くなりました。
母は生前,財産は私に全部あげると言ってくれ,自筆証書遺言を書き残してくれました。
しかし,姉たちから「遺言書に書いてある母の土地と建物の表示が正確でない。無効だから家から出て行って。」と言われました。また,登記しようと思いましたが,法務局の人にも「この遺言では登記できません。」と言われてしまいました。母の残してくれた遺言書に効力はないのでしょうか。私は家から出て行かなければならないのでしょうか。

遺言の方式に従い,遺言者が全文を自書し,日付を書き,署名押印しても,遺言の内容が意味不明な場合,せっかく書いた遺言の効力が生じないことがあります。
 今回は,遺言の内容が不明確なときはどのように解釈すべきか,裁判例を見ながらご説明していきます。

1 遺言の解釈の基準

 裁判において遺言の解釈をするにあたっては,単にその記載のみから形式的に解釈するのではなく,作成当時の事情,遺言者の置かれていた状況などを考慮してその真意を探究した上で,遺言の趣旨を確定しています。実際の裁判例でどのような判断がなされているのか,以下の例を見てみましょう。

・東京高判昭和61年6月18日

遺言者Aは,昭和54年に妻を亡くした後,20年来の女友達であったBを思い,昭和55年頃には結婚を申し込むなどし,昭和56年に入院するにあたり,「財産は全部Bにまかせます」という旨の記載の書面をBに交付しました。Aの死後,遺言の「まかせる」という内容が,財産をBに遺贈するという意味なのか争われました。
 東京高裁は,「まかせる」という言葉は,本来「事の処置などを他のものにゆだねて,自由にさせる。相手の思うままにさせる。」ことを意味するにすぎず,与えるという意味を全く含んでいないというと判示しました。また,①AとBが同棲や婚姻届出をしていないこと,②Bが時折Aのもとを訪れて身辺の世話をするという関係にとどまり,全財産を遺贈してでも感謝の気持ちを表すのが当然といえるような関係になかったこと,③Aは以前に妻に全財産を与える旨の自筆証書遺言を作成したことがあるが,それに比べBに交付した書面は粗末なメモ書きであること,④書き直す時間的余裕があったのにもかかわらずそれがなされなかったこと,⑤Aの一人娘も時々はA宅を訪れ,身の回りの世話をしていたことからして実の娘に何も財産を遺さないような遺言をする状況にはなかったこと,などの理由から,Bに対する遺贈を否定しました。

・最判平成13年3月13日

Cは,「遺言者C所有の不動産である東京都荒川区○丁目○番○号をDに遺贈する」という遺言をしていました。この「○丁目○番○号」というのはCが長年居住していた自宅の住居表示であり,文字通り解するのであれば同所所在の建物ということになります。そこで,Cが遺贈しようとした不動産が何を示すのか争われました。
 最高裁は,①遺言書には単に「不動産」と記載されているだけであって,自宅土地を明示的に排除していないこと,②「○丁目○番○号」はCの自宅を示し,自宅土地の登記簿上の所在は「荒川区○丁目」,地番は「△番△」であり,建物の登記簿上の住所は「荒川区○丁目△番地△」,家屋番号は「△番△の△」であって,いずれも遺言書の記載とは一致しないことを指摘しました。その上で,この遺言書の記載は,Cの住所地にある土地及び建物を一体としてDに遺贈する旨の意思表示であると解するのが相当であると判断しました。

・最判平成17年7月22日

Eは,「遺言者は法的に定められたる相続人を以って相続を与へる。」との遺言を残していました。E夫妻には子がいなかったため,Eの兄夫婦の子FをE夫婦の嫡出子として出生の届出をしていました。しかし,FはEの子ではないため,相続人にはあたりません。Eの妻は既に亡くなっており,Eの相続人はEの兄弟やその代襲相続人である甥・姪(Fも含む)です。Eの遺言の「法的に定められたる相続人」とは,誰を指すのか争われました。
 最高裁は,①EはFを実子として養育する意図でE夫婦の嫡出子として出生の届出をしたこと,②EとFは,遺言書が作成された当時を含め,Eが死亡するまで,実の親子と同様の生活をしていたこと,③遺言書が作成された当時,Fは戸籍上Eの唯一の相続人であったことなどの事情を鑑み,法律の専門家でなかったEとしては,相続人はFのみという認識であったとして「法的に定められたる相続人」はFを指し,「相続を与へる」は客観的には遺贈の趣旨と解する余地があると判断しました。

2 相談事例について

 上記のように,裁判例では遺言書の記載等を手掛かりに,遺言者の真意を探究してその趣旨を確定させています。
では,冒頭の相談事例はどうでしょうか。不動産の表示が,不動産登記簿謄本に記載されている表示ではなく,住所地の表示であったとしても土地の特定はできるので,この場合には不動産を取得できるでしょう。また,「遺贈する」や「相続させる」などの表現ではなく,「やる」「あげる」「つがせる」との記載であったとしても,相談者が独身で長年,母親の世話をしてきた事情からすれば,「遺贈」なり「相続させる」なりと解釈されることにより,不動産を取得できると思われます。
 法務局は遺言書記載の不動産の表示が正確でないと登記手続を受け付けてくれませんが,それが遺言無効に直結するわけではありません。他の相続人に所有権移転登記手続に協力するよう求めることが可能です。もし他の相続人が協力してくれない場合には,所有権移転登記手続請求の裁判を提起することも考えられます。
 そして万が一,遺言が無効とされた場合でも,死因贈与契約の認定の余地があります。また相談者には3分の1の法定相続分があり,その場合の遺産分割に際しては,長年母親の世話をしてきたという寄与分の主張も可能です。また,無権限で建物に居住しているわけではないため,直ちに明渡しの要求に応じる必要もありません。これらは遺産分割調停・審判において協議・決定していくことになります。

3 まとめ

 今回は,遺言の記載が不明確な場合にどう解釈するかというテーマについてご説明しました。公正証書の場合はともかく,自筆証書遺言の場合,一人で考えて書いた結果,不明確な内容になってしまう恐れがあります。曖昧な遺言はトラブルの元となりますから,遺言作成の際は弁護士に作成してもらうことをお勧めします。
 また,相続が発生して,不明確な遺言しか残されていない場合でも,今回ご紹介した裁判例のように事情によっては遺言の解釈が可能なため,一度弁護士に相談してみると良いでしょう。

 

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