父が遺言を残してくれたため、遺言書通りに遺産を分けようとしているのですが、兄が遺言書の内容に納得せず、印鑑証明書等の必要書類の提出を拒んでいます。
このままだと相続手続が全く進まないため、途方に暮れていたところ、知人より、遺言執行者を選任すれば良いというアドバイスを受けました。
そもそも遺言執行者とは、何をする人で、どうやったら選任できるのでしょうか。
1.遺言執行者とは
遺言執行者とは、遺言の内容を実現させるために必要な行為を行う権限を有する者を言います。
通常、遺言書には、「誰にどの財産を渡す」という内容が記載されますが、そのような記載があるからといって、自動的に財産が手元に入ってくるわけではありません。相続人が実際に遺言書に記載された財産を取得するためには、遺産の種類に応じて各種手続を行っていく必要があります。
例えば、預貯金を相続するためには、金融機関で亡くなった方の名義の口座から預金を払い戻したうえ、相続人の口座に送金してもらう手続が必要です。また、不動産を取得するには、亡くなった方の名義となっている不動産の登記を、法務局で相続人名義に変更する手続を行う必要があります。
これらの続をしなければ、預金は凍結されたまま払戻しもできず、不動産も亡くなった方の名義のままでは第三者に対して完全な権利を対抗することができません。
のように、遺言書があるだけでは、財産の取得が完了していませんので、遺言内容を実現する各種手続を実施する必要があり、このような手続の実現行為を、法律用語では「遺言執行」(いごんしっこう)といい、遺言執行を単独で行う権限が与えられている者を「遺言執行者」(いごんしっこうしゃ)と呼びます。
冒頭の相談事例についても、遺言執行者が選任されれば、その者が単独で変わりに手続を行いますので、兄の協力なく遺言執行を実現することができるようになります。
2.遺言執行者って誰でもなれるの?
それでは、遺言執行者になるためには何か特別な資格が必要なのでしょうか
結論として、現行法上は、①未成年者と②破産者以外であれば誰でも遺言執行者になることが可能とされているため、ほとんどの人が遺言執行者になることが可能です。また、人に限らず法人を遺言執行者に指定することも可能です。
実際は、相続人ご自身が遺言執行者になることも多いですが、遺言執行者になった場合は、善管注意義務や相続人への報告義務等、一定の責務を負うことになるため、弁護士などの専門家に委任するケースも多いです。一定の責務の詳細については別記事で改めてご説明しますので、本書では割愛します。
なお、遺言執行者の人数に制限はなく、1人でも複数人でも選任することが可能です。
3.遺言執行者の選任方法
1つは、予め遺言書作成時に遺言者が遺言執行者として特定の誰かを指定するという方法です。2つ目は、家庭裁判所に対して遺言執行者の選任を申し立て、裁判所が選任する方法です。
まず、1つ目の方法ですが、実は遺言執行者は遺言で予め指定しておくことができます。なお、上記指定は、「遺言」で指定する必要がありますので、それ以外の方法(例えば口頭での口約束や遺言書以外の書面での合意など)で指定することはできません。なお、遺言で指定された場合、指定された本人が遺言執行者に就任するかどうかは本人の自由ですので、指定された者は断ることもできます。
次に、2つ目の方法は、遺言書で遺言執行者の定めがない場合や、遺言執行者の定めはあるものの、指定された者が就任を拒絶したり、既に死亡していた場合等、遺言執行者が存在しないような場合を想定しています。そのような場合は、利害関係人が申立人となり、家庭裁判所に対して選任申立てをすることで、選任してもらえます。
申立人となることができるのは、「利害関係人」に限られており、具体的には、相続人、受遺者、被認知者(遺言により認知を受ける者)、相続人や受遺者の債権者、相続財産管理人や不在者財産管理人等になります。
なお、申立は、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行う必要があります。申立てにあたっては、遺言執行者となる候補者を記載して申立てをすることも可能ですので、相続人の方でご自身が遺言執行者になることを考えられている場合は、ご自身を候補者として指定のうえ、申立てを行う形になります。
但し、最終的に誰を遺言執行者として選任するかは裁判所の判断になりますので、候補者として名乗りを上げたとしても、必ずしも選任されるとは限りませんのでご留意ください。
なお、裁判所は、選任の審判を行う際は、必ず候補者の意見を聞かなければならないことになっています。そのため、裁判所は、候補者の指定がある場合は、予め候補者に照会書を送付して、候補者の意見を聞く運用をとっています。
裁判所は、候補者からの回答に基づき、身分関係や利害関係、相続人間の紛争の有無などを確認し、候補者が適任であるか否かを審査のうえ、適任であれば候補者を選任しますが、不適任と判断した場合は、裁判所が適任と判断する別の者を選任します。
4.まとめ
以上が、遺言執行者の役割と選任方法についてのご説明となります。実務上、冒頭の相談事例のように、遺言書があるだけでは手続が進まないというケースは多々あります。
そのような場合は、家庭裁判所に遺言執行者の選任の申立てを行うことで、最終的に遺言執行を進めることができますので、申立手続の詳細や遺言執行者の依頼については、弁護士等の専門家にご相談されることをお勧め致します。