戸籍の歴史は意外にも古く、制度として確立されたのは中大兄皇子や中臣鎌足らが中心となって推し進めた大化の改新(645年)後といわれています。
当時は、課税や賦役・徴兵制度等を目的として、戸籍が作成されていました。この時代の戸籍は、各地それぞれの方法・様式で作られており、現在のように全国で統一された形式等ではありませんでした。
全国で統一された戸籍様式が初めて定められたのは、明治4年太政官布告(いわゆる「解放令」)の時です。実際に施行されたのは、明治5年2月1日からなので、この戸籍様式のことを『明治5年式戸籍』とも呼んでいます。
また、この年の干支が壬申(みずのえさる、じんすいのさる、じんしん)であったことから干支にちなんで『壬申戸籍』とも呼ばれています。
戸籍は、社会の変遷や時代が求める要請によって様式が変更されており、戸籍の様式や記載事項等が変更されると、変更前の旧式は、原則として閉鎖され、新しい様式に沿った戸籍が改めて編製されてきました。このような旧様式・旧記載内容は、改製の原(もと)になった戸籍ということで、改製原戸籍と呼ばれています。
最初に定められた明治5年式戸籍は、その後「明治19年式戸籍(明治19年の内務省令により改製され、この戸籍から除籍制度が設けられた)」「明治31年戸籍(明治31年民法(旧法)が制定されたことに伴い、戸籍制度も根本的に改められ、編製単位は「戸」から「家」となり、戸籍簿の他に、身分登記簿という制度が創設される)」「大正4年式戸籍(大正3年の戸籍法の改正により、戸籍簿と身分登記簿の二本立てが廃止され、大正4年式戸籍に一本化された)」と変わっていきました。
この、明治5年式戸籍から大正4年式戸籍までを「旧法戸籍」といいます。
これに対して、昭和23年の改正民法の施行に伴い戸籍法も全面的に改正され、編製単位が、それまでの「家」から「夫婦とその間の未婚の子」となりました。これ以降に作成された戸籍は、「現在戸籍」と言います。
現行戸籍の原本は、戸籍法施行規則に従い、各市町村でB4判の丈夫な紙に記録し調製することになっていましたが、平成6年の法改正により、磁気ディスクに記録して調製できるようになりました。これを「戸籍のコンピュータ化」といいます。