現在受け入れている派遣社員を自社の正社員として採用する際は、自社で直接雇用する契約社員やパートを正社員へ転換するときとは異なる対応が必要です。派遣社員の雇用主は派遣会社であるため、直接雇用に切り替える前に、派遣契約の終了時期や紹介手数料、本人に提示する労働条件などを確認しなければなりません。
本記事では、派遣社員を直接雇用する際の注意点と、キャリアアップ助成金を活用するための主な要件を解説します。
もくじ
第1章 派遣社員を直接雇用する前に派遣会社との契約を確認する
1-1 派遣期間中に採用するのか、派遣終了後に採用するのか
派遣社員を正社員として直接雇用する場合、まず決めるのは、現在の派遣契約が終了した後に採用するのか、それとも契約期間の途中で直接雇用へ切り替えるのかという点です。
派遣契約の満了に合わせて採用する場合は、派遣会社との契約終了日と、自社への入社日を調整します。
一方、派遣契約の途中で派遣社員を直接雇用する場合、派遣会社との関係では、契約期間の途中で派遣社員の受入れを終了するかたちになります。派遣社員本人が直接雇用を希望していても、それが派遣会社との契約を途中で終了する正当な理由にはなりません。
そのため、派遣先が一方的に受入れを打ち切ると、派遣契約の中途解約となり、契約上の責任や費用負担が問題になる可能性があります。
派遣契約の途中で直接雇用へ切り替えたい場合は、まず派遣基本契約書と個別契約書を確認したうえで、派遣会社の合意を得られるよう、相当の猶予をもって申し入れる必要があります。
そのうえで、派遣会社と契約終了の時期や費用の取扱いを協議し、直接雇用へ切り替える日程を調整しましょう。
1-2 直接雇用に紹介手数料がかかるか確認する
派遣社員を直接雇用する際、企業側としては、派遣会社へ紹介手数料を支払わなければならないのかという点が気になるのではないでしょうか。
派遣会社による職業紹介を受けず、派遣終了後に派遣先が本人を直接採用しただけであれば、職業紹介手数料は当然に発生するわけではありません。
実務では、契約書に「直接雇用した場合は紹介手数料を支払う」「派遣終了後一定期間内に採用した場合は所定の費用を支払う」といった条項が設けられていることがありますが、このような条項がある場合も、それだけで支払義務の有無を判断せず、派遣会社がどのような業務を行う対価なのか、金額がどのように算定されるのかを確認することが大切です。
派遣会社から職業紹介を受ける場合
一方、派遣会社が有料職業紹介事業者として直接雇用に向けた職業紹介を行い、その紹介を受けて採用する場合には、契約に基づく紹介手数料が発生するのが一般的です。紹介手数料は、理論年収の一定割合などの方法で定められていることがあります。
なお、紹介予定派遣は、当初から派遣先での直接雇用を予定して行う制度です。
本記事では、紹介予定派遣ではなく、一般の派遣契約で受け入れている派遣社員を正社員として直接雇用する場合について解説します。
1-3 引き抜き禁止や違約金の条項があっても一律に有効とは限らない
労働者派遣法第33条では、派遣元との雇用関係が終了した後に、派遣労働者が派遣先に雇用されることを禁止する契約を結ぶことは認められていません。そのため、派遣元との雇用関係終了後の採用を一律に禁止する、いわゆる引き抜き禁止条項が契約書に定められていても、当然に有効になるとは限りません。
直接雇用した場合に高額な違約金を課す条項についても、実質的に採用を断念させる内容であれば、労働者派遣法の趣旨との関係が問題になる可能性があります。
ただし、「法律上問題がありそうだから支払わない」と派遣先だけで判断し、本人との採用手続を先に進めるのは適切ではありません。派遣期間中の中途解約に伴う精算金や、実際に行われた職業紹介の手数料まで、すべて否定されるわけではないためです。
契約書に直接雇用、紹介手数料、違約金などの条項がある場合は、その文言だけでなく、採用時期や派遣会社の関与の程度も踏まえて確認する必要があります。
1-4 派遣終了日と正社員としての入社日を三者で調整する
直接雇用を円滑に進めるには、派遣先と派遣社員だけで話をまとめるのではなく、派遣会社も含めて日程を調整することが重要です。
通常は、現在の派遣就業を終了した後、自社の正社員として入社することになります。派遣終了日と入社日の間に空白ができると、その間の収入や社会保険に影響が生じます。反対に、両方の在籍期間が重なると、派遣会社との退職手続や自社の社会保険手続が複雑になることがあります。
本人に採用条件を提示する前に、派遣契約の終了時期と自社への入社予定日を整理しておきましょう。
第2章 派遣社員を正社員として直接雇用する際に決める労働条件
2-1 派遣時代の労働条件はそのまま引き継がれない
派遣社員として勤務している間の雇用主は、派遣会社です。賃金の支払い、年次有給休暇の付与、社会保険の加入なども派遣会社が行っています。
派遣先が正社員として直接雇用すると、雇用主が変わり、自社との間で新しい雇用契約が始まります。そのため、派遣時代の賃金や休暇、勤続年数が当然にそのまま引き継がれるわけではありません。
本人にとっては勤務場所も上司も変わらず、「これまでと同じ職場で働き続ける」という感覚になりやすいため、会社側との認識に差が生じることがあります。何が変わり、何を会社独自に引き継ぐのかを、入社前に説明する必要があります。
2-2 賃金だけでなく賞与・退職金・業務範囲まで確認する
派遣社員を正社員として採用する際は、月給だけを決めればよいわけではありません。正社員に適用される就業規則や賃金規程を確認し、賞与や退職金、各種手当などを含めた人件費を試算する必要があります。
また、派遣社員のときは担当業務や就業場所が派遣契約によって限定されていたのに対し、正社員になると、担当業務の変更や配置転換、部下の指導などを求めることもあります。
会社としては「今までの仕事を続けてもらいつつ、少しずつ担当範囲を広げたい」と考えていても、本人は「同じ仕事のまま待遇だけが変わる」と理解しているかもしれません。業務内容や責任の範囲、勤務地の変更可能性などを具体的に説明し、正社員として期待する役割をすり合わせておきましょう。
2-3 派遣元での有給休暇や勤続年数は当然には通算されない
派遣元で付与された年次有給休暇の残日数について、派遣先が直接雇用後に引き継ぐ法的義務はありません。直接雇用後の法定の有給休暇は、自社への入社日を基準として、原則として6か月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した時点で付与されます。
ただし、本人からすると、同じ職場で続けて働いているにもかかわらず、有給休暇がいったん使えなくなることになります。採用条件として、入社時に特別休暇を付与する、一定日数の有給休暇を前倒しで付与するなど、会社独自の対応を検討することも考えられます。
勤続年数についても同様です。退職金、永年勤続表彰などの算定に派遣期間を含めるかどうかは、自社の規程に沿って決める必要があります。派遣期間を通算する場合は、どの制度について、いつから算入するのかを明確にしておきましょう。
2-4 試用期間を設けるかは勤務実績を踏まえて判断する
派遣社員として一定期間働いてもらっている場合、会社はすでに本人の能力や勤務態度、職場との相性などを把握しています。試用期間を設けること自体が直ちに問題となるわけではありませんが、一般の中途採用者と同じ長期間の試用期間が必要なのかは検討した方がよいでしょう。
また、第3章で確認する「キャリアアップ助成金」を利用する場合、正社員としての直接雇用後に試用期間を設けると、助成金上は試用期間終了日の翌日に正社員化が完了したものとして扱われます。申請時期や賃金の比較期間だけでなく、助成額にも影響する可能性があるため、助成金の利用を予定している場合は事前の確認が必要です。
2-5 直接雇用後の条件を雇用契約書に明記する
正社員として採用することが決まったら、自社の就業規則に沿って、雇用契約書または労働条件通知書を作成します。
基本給、各種の手当、賞与、所定労働時間、業務内容などを記載し、派遣時代から変更される点を本人へ説明しましょう。口頭で「基本的には今までどおりです」と伝えるだけでは、後から賃金や仕事内容、有給休暇などについて認識の相違が生じる可能性があります。
派遣社員としての勤務実績を評価して採用する場合であっても、新しい会社との雇用契約であることを踏まえ、条件を書面で確認することが重要です。
第3章 派遣社員の直接雇用にキャリアアップ助成金を活用する場合
キャリアアップ助成金は、有期雇用労働者などの正社員化や処遇改善に取り組む事業主を支援する制度です。派遣社員を正社員として直接雇用する場合も、所定の要件を満たせば、キャリアアップ助成金の「正社員化コース」の対象となる可能性があります。
ただし、キャリアアップ助成金には、直接雇用前に済ませなければならない手続があります。そのため、助成金の活用を考えている場合は、採用日を決める前に、就業規則や対象者の要件、賃金の増額方法などを確認しておくことが重要です。
3-1 派遣社員を正社員として直接雇用した場合の助成額
令和8年度のキャリアアップ助成金では、派遣労働者は「重点支援対象者」に含まれています。中小企業が派遣労働者を正社員として直接雇用した場合は次の通りです。
有期派遣労働者を正社員として直接雇用
1人当たり80万円(40万円×2期)
無期派遣労働者を正社員として直接雇用
1人当たり40万円(20万円×2期)
いずれも原則として2期に分けて支給されます。
派遣元で有期雇用労働者として雇用された期間が通算5年を超える場合は、助成金上、無期派遣労働者として扱われます。
※なお、ここでいう「正社員」とは、キャリアアップ助成金上の「正規雇用労働者」等の要件を満たす必要があります。原則として期間の定めのない雇用契約であることに加え、①賞与または退職金制度、②昇給制度の双方が適用されることなどが求められます。
3-2 直接雇用の前日までにキャリアアップ計画と就業規則を整える
キャリアアップ助成金を利用する場合、直接雇用日の前日までに、キャリアアップ計画を管轄の労働局へ提出しておく必要があります。
また、就業規則や労働協約等には、派遣社員を正社員として直接雇用する制度をあらかじめ定めておかなければなりません。選考手続、勤務実績や所属長の推薦などの採用要件、採用時期を明記し、実際の採用もその規定に沿って行う必要があります。
直接雇用後に制度を整えたり、就業規則に定めた手続と異なる方法で採用したりすると、助成対象から外れる可能性があるため、採用を決める前に準備を進めましょう。
また、労働者派遣の受入れ期間が終了する日までに、本人との間で正社員としての労働契約を締結する必要があります。派遣終了後に就業を開始する場合でも、終了日までに労働契約の申込みを行い、その翌日から1か月以内に就業を開始することが必要です。
3-3 派遣先での就業期間・派遣元での雇用形態・賃金要件を確認する
キャリアアップ助成金の対象となるには、派遣先の事業所など同一の組織単位で、6か月以上継続して業務に従事していることが必要です。
派遣先が派遣労働者を正社員として直接雇用する場合、その派遣労働者は「重点支援対象者」に含まれるため、原則として2期に分けて申請します。
直接雇用後も6か月以上継続して雇用し、直接雇用前と比べて賃金を3%以上増額したうえで、6か月分の賃金を支給すると第1期の申請ができます。第2期は、直接雇用後12か月以上継続して雇用し、12か月分の賃金を支給した後に申請します。
また、助成額や支給要件を確認するには、派遣元での雇用形態・雇用期間、直接雇用前の賃金を把握する必要があります。これらは派遣先だけでは確認できないことがあるため、本人から雇用契約書や給与明細を提出してもらうか、本人の同意を得て派遣会社へ確認し、早めに資料をそろえておきましょう。
支給申請時には、労働者派遣契約書、派遣先管理台帳、直接雇用前の賃金を確認できる資料などの提出が求められます。
第4章 派遣会社との調整と助成金の準備を並行して進めましょう
派遣社員を正社員として直接雇用する際は、派遣会社との契約を確認し、紹介手数料や派遣終了時期を整理したうえで、本人へ新しい労働条件を提示する必要があります。特に、派遣元での有給休暇や勤続年数は当然には引き継がれないため、入社前に取扱いを説明しておくことが大切です。
また、一定の要件を満たせば、キャリアアップ助成金を活用できる可能性があります。ただし、助成金を利用するにはキャリアアップ計画の提出や就業規則の整備など、直接雇用する前に済ませなければならない手続があるため、派遣会社との調整を始める段階で準備することが重要です。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループは、弁護士や社会保険労務士など各種士業が連携したワンストップ体制を整えています。派遣社員の直接雇用を検討しているものの、派遣会社との契約やキャリアアップ助成金の要件に不安がある場合は、お気軽にご相談ください。
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