相続財産の中でも、現金や預貯金は最も評価が明確です。
不動産や株式のように評価の仕方に差が出ることはなく、金融機関の残高や自宅に保管していた現金は、そのままの金額が相続税評価額に反映されます。
この記事では、相続税対策の中でも特に現金・預金に焦点を当て、節税の選択肢・注意点、代表的な相続税対策までを、法律と税務の専門家の視点からわかりやすく解説します。
1. 現金・預金の相続税対策のポイント
1-1. 評価がそのまま課税対象になる
現金や預貯金は、相続財産の中でも最も課税の対象になりやすい資産です。 というのも、これらは「評価がそのまま=額面どおり」で行われるため、税務署から見ても“分かりやすく、調査しやすい財産”だからです。
不動産であれば評価方法によって多少の差異が出ますし、非上場株式や美術品のように専門的な評価が必要なものもありますが、現金は文字どおり“そのままの金額”が評価額になるため、その前提で対策を行う必要があります。
1-2. 現金・預金は評価が下がらないため節税効果が出にくい
現金・預金は、他の財産のように評価額を圧縮する仕組みがありません。
たとえば不動産であれば「小規模宅地等の特例」、株式であれば「類似業種比準価額」などの減額措置が使えますが、現金は額面そのままが課税評価額になります。
つまり、同じ1,000万円でも「現金で持っている」と「不動産で持っている」では、相続税の負担額が大きく異なる可能性があるのです。
そのため、相続税対策として現金を保有することには限界があり、早期に別の形に組み替える工夫や、贈与・保険・信託といった他制度の活用も検討する必要があります。
1-3. 他の資産とのバランスを見たときの重要性
相続税対策を考える際には、個別の資産ごとの特徴だけでなく、全体の財産構成バランスを意識することが非常に重要です。
現金・預金は、「評価が圧縮できないため節税に不利」という側面がある一方で、流動性の高い資産であるという大きな利点も併せ持っています。
たとえば、不動産や非上場株式といった換金性の低い資産ばかりで相続財産が構成されている場合、納税資金の確保や遺産分割に支障が出ることがあります。
それに対して現金は、分割しやすく、納税や代償分割の資金にも即座に活用できるという意味で、相続実務の中では非常に有用です。
また、生前の段階においても、現金であれば贈与・保険・信託など他の相続対策への組み替えが柔軟に行えるというメリットがあります。
このように、現金は節税という面では工夫が必要な資産ではあるものの、相続全体の設計を考えるうえでは“動かしやすく、活用しやすい資産”でもあります。
財産全体の中で現金・預貯金の割合がどれくらいになるかを把握し、他の資産とのバランスを見ながら相続税対策を検討することが必要です。
2. 現金・預金に対する相続税の基本ルール
2-1. 残高の評価と対象となる範囲
相続税においては、被相続人の死亡時点に保有していた金融資産(現金・預貯金)は、額面どおりの金額が相続財産として課税対象になります。具体的には、以下のものが該当します。
相続税の課税対象となる財産例
- 現金
- 普通預金・定期預金・定額預金など、各金融機関に預けられていた残高
- 外貨預金
- 投資信託の分配金口座の未引出残高など
これらの評価は、「被相続人が死亡した日」の残高ベースで行われるため、相続税の申告に際しては各金融機関から被相続人の死亡日時点での残高証明書を取り寄せる必要があります。
また、定期預金であっても、満期か否かを問わず原則としてその時点の元本+既経過利息相当額が課税対象になります。
2-2. タンス預金や貸金庫に保管していた現金はどう扱われる?
自宅に保管されていた現金、いわゆる「タンス預金」や「手持ちの現金」も、相続税の課税対象となります。相続人が申告しなかったとしても、金融機関口座からの大口引き出しや、死亡直前の預金移動が不自然だった場合には、税務調査で発覚するケースがあります。
また、貸金庫に保管されていた現金や貴金属類についても、税務署が金融機関に対して情報照会を行うことで、貸金庫の契約状況や利用履歴(開設・解約・名義人)などが調査対象になることがあります。
一部の金融機関では、セキュリティカードや入退室記録によって利用履歴が記録されている場合もあり、こうした情報が税務署の調査に活用されることもあります。
通帳に載っていないから大丈夫ということではないため、必ず正確に申告を実施してください。
2-3. 名義預金は厳しくチェックされる
被相続人が子や孫名義の口座にお金を移していたとしても、その実態が被相続人の管理下にあった場合には、「名義預金」として、相続財産に加算される可能性が非常に高いです。
名義預金と見なされる典型例
- 通帳・印鑑を被相続人が管理していた
- 預金の入出金を被相続人本人が指示していた
- 口座の存在を口座名義人本人が知らなかった
このような場合は、「実質的には被相続人の財産である」と判断されるのが税務上の基本スタンスです。
子や孫への生前贈与としたい場合には、贈与契約書の作成や贈与税の申告実績が重要な証拠になります。
名義を変えただけで実質が伴っていない資金移動は、節税どころか追徴課税のリスクにもなります。現金・預金こそ、形式よりも「実態の管理関係」が問われるということを理解しておきましょう。
3. 現金・預金に対してできる代表的な相続税対策
3-1. 生前贈与(暦年贈与・相続時精算課税)の活用
現金・預金に対する最も基本的な相続税対策は、「生前に家族へ贈与して、相続時の財産総額を減らしておくこと」です。 特に活用されるのが、毎年110万円まで贈与税がかからない「暦年贈与」制度です。たとえば、子や孫へ毎年110万円ずつ10年間贈与すれば、それだけで1,100万円分の相続財産を圧縮することができます。
また、一定の要件を満たせば、「相続時精算課税制度」を使って、2,500万円までの贈与をまとめて非課税とすることも可能です(ただし、最終的には相続時に合算されるため、制度選択は慎重に)。
なお、生前贈与を行う場合は口約束だけでなく必ず贈与契約書を作成するなど形式面の整備も忘れずに実施が必要です。
3-2. 生命保険への置き換えで非課税枠を利用する
現金をそのまま保有していると、相続時に額面通りの課税対象になりますが、生命保険に組み替えることで非課税枠を利用した圧縮が可能になります。 具体的には、被相続人が契約者・被保険者、相続人を受取人とする契約であれば、500万円×法定相続人の人数分の金額までは相続税が非課税になります。
現金のままでは全額が課税対象になりますが、生命保険を活用することで、相続発生時には相続人の手元には現金が渡り、かつ非課税枠の適用によって相続税評価額を抑えることが可能になります。
ただし、年齢や健康状態によっては保険加入が難しくなることもあります。また、生命保険の契約形態によっては贈与税や所得税がかかることもあるため、事前に専門家に相談の上で保険設計を行うことが望ましいでしょう。
3-3. 教育資金・結婚子育て資金贈与の特例を活用する
子や孫に対して現金を贈与する際、「教育資金の一括贈与」や「結婚・子育て資金の一括贈与」の特例を活用すれば、贈与税の非課税枠を拡大することが可能です。 これらの制度では、信託口座を通じて使途を限定しながら一定金額まで非課税で贈与することができます。
教育資金贈与
1人あたり最大1,500万円(学校以外は500万円まで)
結婚・子育て資金贈与
最大1,000万円(子育ては500万円まで)
注意点としては、教育資金の一括贈与の特例は2026年3月末まで、結婚・子育て資金の一括贈与の特例は2027年3月末までの時限措置であり、制度内容が頻繁に改正されるため、利用時期や内容を必ず確認する必要があります。
また、使途が限定されているため、自由な資金移転とは異なることにも留意が必要です。
3-4. 不動産や法人への資産組み換え
現金をそのまま保有し続けると、相続時には額面どおりの金額が課税対象になります。 そのため、節税の観点から、現金を他の資産に組み替えることで評価額を抑える方法が検討されることがあります。 典型的な方法としては、①不動産の取得、②法人設立・出資による株式取得が挙げられます。
まず、不動産については、評価の仕組みが市場価格ではなく相続税評価額によって決まるため、現金で購入した場合よりも低い評価額になる可能性があります。
たとえば、3,000万円で購入したマンションが、相続税上は2,000万円程度の評価になるといった例です。
一方、現金を法人に出資する方法も一定の節税効果を狙える手段として用いられます。
これは、被相続人が出資者となって法人を設立したり、既存法人に増資したりして、現金を法人に移動させる代わりに、出資の見返りとして法人の株式を保有する構造です。
相続時には、法人に移された現金自体が直接課税対象となるのではなく、その見返りである株式の評価額が相続財産として扱われることになります。
この株式は、類似業種比準価額方式や純資産価額方式など、一定の評価方法に基づいて算出されるため、現金を保有していた場合と比べて評価が抑えられるケースもあります。
ただし、この手法には以下のようなリスクや注意点もあります。
- 実態のない法人(いわゆる「ペーパーカンパニー」)に出資しただけでは、税務署に「租税回避行為」とみなされ、否認される可能性がある
- 株式の評価が、法人の純資産や利益水準に応じてかえって高く算定されるリスクもある
- 法人資産にしてしまうと、その現金を自由に使えなくなる
- 家族が法人株を引き継ぐ場合、後継者間の持株争い・経営権問題に発展する可能性がある
このように、現金を資産組み換えすることで節税が図れる一方で、節税目的だけで実行するとリスクもあるため、必ず専門家のアドバイスを受けながら法務・税務両面からの検証を行ったうえで進めることが重要です。
4. 現金・預貯金の相続対策に関連するよくある質問(FAQ)
Q1. 現金を口座に入れていなければ相続税はかからないのですか?
いいえ、現金であっても被相続人が保有していた事実があれば、相続税の課税対象になります。通帳に残っていないタンス預金や金庫保管の現金であっても、相続人が適切に申告しなかった場合には、追徴課税の対象になることもあります。
Q2. 亡くなる前に引き出した現金は相続財産になりますか?
はい。相続人が被相続人の口座から死亡前に現金を引き出していた場合、その現金は原則として相続財産に含まれます。とくに、引き出した現金が被相続人の手元に残っていた、あるいは引き出した相続人が保管していたような場合には、「被相続人が死亡時点で保有していた財産」と見なされ、相続税の課税対象になります。
また、「本人の依頼で引き出した」「生活費や医療費として使った」などの主張がある場合でも、その使途が客観的に証明できなければ、課税対象から除外されることは極めて困難です。
たとえば、実際に支払いが行われたことを示す領収書や振込記録、本人の意思を示す書面などがないと、税務署は「引き出された現金は本人の財産」と判断する傾向にあります。
したがって、死亡前の出金については、誰が引き出したのか・どのように使ったのかを明確に説明・記録できる状態にしておくことが極めて重要です。
Q3. 子どもの口座に毎年お金を移しています。この分のお金の取り扱いはどうなるのでしょうか?
場合によっては相続財産とみなされる可能性があります。たとえ口座名義が子どもであっても、実際には親が通帳や印鑑を管理していたり、資金の使い道を親が決めていたりする場合は、その預金は「名義預金」として親の財産と判断される可能性が高く、実質的に親が所有・管理していた預貯金として相続時に課税対象となります。
これを回避し、移しているお金を子どもへの生前贈与としたい場合は、実際に贈与契約が成立していることを証明する記録や実態が必要です。
Q4.相続手続が終わった後で現金が追加で見つかったときも相続税申告しないといけないのでしょうか?
はい、被相続人の死亡時以降に追加で見つかった財産も、相続時点で被相続人が保有していたものであれば、相続財産として申告対象になります。遺産分割協議後や相続税の申告後に発見された場合は、修正申告または更正の請求が必要になる可能性があります。
そのまま申告せずに放置すると、税務調査で発覚した際に加算税や延滞税が課されるだけでなく、重加算税が適用されることもあるため、誠実な対応が重要です。
Q5. 海外にある預金も相続税の課税対象になりますか?
はい、被相続人が日本に住所(居住地)を有していた場合には、海外にある預金や現金も相続税の課税対象になりますので、国外財産であっても、原則として日本の相続税がかかります。
たとえば、
- 外国の銀行口座にある現金
- 海外証券口座の現金残高
- 海外の貸金庫内の現金や貴重品
なども、相続税申告に含めて評価・申告する必要があります。
一部例外として、被相続人と相続人のいずれもが国外に居住していた場合などには課税対象から除外されるケースもありますが、原則は「国外でも対象」と理解すべきです。
また、海外資産は金融情報交換制度(CRS)により、日本の税務当局に情報が自動的に共有される仕組みがあるため、申告漏れは高い確率で発覚します。
海外口座や資産をお持ちの場合は、事前に税理士へ相談し、申告体制を整えておくことが重要です。
5. まとめ:現金・預金の対策は“今すぐ始められる相続税対策”
現金・預金は、不動産のように評価を圧縮できるわけではなく額面通りに評価され、確実に課税対象になるという特性を持っています。
だからこそ、節税や円満な承継を目指すのであれば、他の財産よりも早めに、そして計画的に対策を進めておく必要がある資産でもあります。
また、現金という資産は「動かしやすい反面、見えにくい・疑われやすい」性質もあるため、相続税対策と並行して、客観的な証拠や説明ができるような対策設計が不可欠です。
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