相続税の申告と納付には、明確な期限が定められており、一定の財産を相続した方は、原則として相続発生日の翌日から10か月以内に申告・納税を完了させる必要があります。この記事では、相続税の申告から納税完了までの一連の流れと、それぞれの場面での注意点を、実績豊富な専門家の視点から解説します。
1. 相続税の申告と納付が必要になるのはどんなとき?
1-1. 相続税の申告義務の有無は「基礎控除額」で判断
相続税の申告が必要かどうかは、「基礎控除額」と呼ばれる非課税枠を超えているかどうかで判断されます。計算式は、3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数で算定され、たとえば、相続人が配偶者と子ども2人(合計3人)の場合、3,000万円+600万円×3=4,800万円が基礎控除額となります。
相続財産の課税評価額がこの金額を超えていれば、原則として相続税申告と納税が必要になります。
1-2. 申告と納付の義務がある人とは?
相続税の申告義務があるのは、実際に相続財産を取得した人です。
主に以下のような人が対象となります。
- 法定相続人(配偶者、子、親など)
- 遺言により財産を受け取った受遺者
- 相続時精算課税制度を適用した受贈者(一定条件下で加算対象)
相続放棄をした人は、相続人ではなくなるため申告義務もありません。
ただし、相続放棄手続前に財産を処分した場合などは相続放棄が無効となり、申告義務が残るケースもあるため、注意が必要です。
また、相続人が未成年者、認知症の方、または海外在住である場合でも、原則として申告義務はあり、本人または適法な代理人が対応する必要があります。
なお、相続財産の合計額が基礎控除額を下回っており、相続税が実際には発生しない場合であっても、一定の特例を適用するためには申告書の提出が必要になるケースがあります。(ゼロ申告)
たとえば、
- 配偶者の税額軽減(相続財産のうち1億6,000万円または法定相続分まで非課税)
- 小規模宅地等の特例(宅地の評価額を最大80%減額)
などは、いずれも申告書の提出が「適用要件の一部」とされており、申告しなければ特例が使えないため、納税額が0円であったとしても必ず申告書の提出を行ってください。
1-3. 課税対象となる財産と贈与加算制度に注意
相続税の課税対象となるのは、以下のような財産です。
- 土地・建物などの不動産
- 預貯金・現金・株式・投資信託
- 自動車・貴金属・骨董品
- 生命保険金や死亡退職金(一定額までは非課税)
- 未収金や貸付金、未登記の不動産など
これらに加えて注意したいのが、「相続開始前の贈与が加算される制度」です。
これまでは、被相続人が亡くなる前3年以内に行った贈与は「相続税の課税価格」に加算されるルールでしたが、2023年度の税制改正により、この加算期間が7年に変更されました。ただ、これは一気に変更されるわけではなく、2024年1月1日以降の贈与から段階的に延長され、2031年以降に発生した相続から完全に7年の適用となります。
加算対象となるのは、「相続または遺贈により財産を取得した人が、被相続人から贈与を受けた分」に限られます。
贈与税をすでに納めていても、相続税の課税価格に加算され、結果的に課税対象が増える場合がありますので、生前贈与の時期は必ず確認をしておきましょう。
2. 相続税申告の流れと必要書類
相続税の申告は、相続財産の評価と遺産分割の方針の両方が確定しなければ申告書を作成できません。
この章では、実際の申告書作成までに必要な主なプロセスと、準備すべき書類の全体像を紹介します。
2-1. 財産と債務の調査・評価
まず行うべきは、被相続人が保有していたすべての財産と債務の洗い出しです。
評価対象となる代表的な財産は以下のとおりです。
- 現金・預金・株式・投資信託
- 土地・建物(固定資産税評価証明・路線価評価などが必要)
- 自動車、骨董品、貴金属など動産
- 生命保険金・死亡退職金(非課税枠超過分)
- 相続開始前3年以内の贈与財産(加算対象)
また、債務として差し引けるものには、住宅ローン、未払医療費、葬儀費用などがあります。
2-2. 遺産分割協議書の作成と確認ポイント
財産の評価が終わったら、相続人全員で遺産分割協議を行い、その結果をまとめた「遺産分割協議書」を作成します。
協議書には、以下の内容を明記する必要があります。
- 誰が、どの財産を取得するか
- 相続人全員の署名・実印・印鑑証明書の添付
- 財産の取得割合(配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の可否に影響)
協議が長引く場合でも、期限内の申告が必要なため、法定相続分に基づいた「未分割申告」+「分割見込書」の提出という対応が可能です(後述参照)。
2-3. 各種特例の適用要件と注意点
相続税の負担を軽減できる主な特例には以下のようなものがあります。
小規模宅地等の特例
自宅や事業用地について一定面積まで80%評価減
配偶者の税額軽減
1億6,000万円または法定相続分まで非課税
未成年者控除・障害者控除
生活保障の観点で設けられた控除
これらの特例を使うには、申告書の提出と、特例要件を満たす具体的な証明資料の添付が必須です。
要件を満たしていても、相続税申告をしなければ適用されない点に注意が必要です。
2-4. 税理士に依頼する場合の準備と役割分担
税理士に申告業務を依頼する場合でも、以下の書類や情報提供は相続人側で準備しておく必要があります。
- 戸籍謄本・住民票・印鑑証明書
- 不動産の登記簿謄本・評価証明書
- 預金残高証明書・株式の取引報告書
- 被相続人の通帳コピー(過去3年分以上)
- 遺言書や遺産分割協議書
税理士は、これらを基に評価・申告書の作成・提出を行い、納税額の計算や特例の適否もアドバイスしてくれます。
評価・分割・納税の実務判断に直結するため、相続発生からできるだけ早い段階での依頼が望ましいです。
3. 相続税の納付方法と実務的な注意点
3-1. 相続税は現金納付が原則、納付先と方法の種類
相続税は、金銭(現金)での一括納付が原則です。
納付方法には以下の選択肢があります。
- 税務署窓口での現金納付
- 金融機関(銀行・郵便局)での納付
- e-Tax(電子申告)によるインターネット納付
- クレジットカード納付(1,000万円未満、納付額に応じた決済手数料がかかる)
- ダイレクト納付(口座引き落とし)
原則として、相続開始日の翌日から10か月以内の申告期限日が納付期限ですので、それまでに納付が必要です。
3-2. 延納・物納の制度とは?申請要件と審査の流れ
どうしても期限内に現金一括納付が難しい場合には、「延納」または「物納」の制度を利用することができます。
延納
税額10万円超・納付困難な事情がある場合に、最大20年まで年1回の分割払いが可能。ただし担保提供や利子税が必要。
物納
延納すら困難な場合に、土地や建物など相続財産そのもので納税できる制度。適格財産・優先順位・事前審査が厳格。
これらの制度は、いずれも相続税の申告期限までに申請する必要があります。
「あとから延納できないか?」という対応は基本的に認められませんので、早い段階で方針を固めておくことが大切です。
なお、延納・物納は税務署の審査によって許可されるかどうかが決まりますので、申請をすることで必ず使えるわけではない点には留意が必要です。
相続税の納付が発生しそうな場合は、相続税申告の準備と併せて、早めの資金準備も着手をしておきましょう。
4. 申告や納付が期限に間に合わないときの対応策
4-1. 遺産分割がまとまらない場合の「未分割申告」
期限までに遺産分割協議が整わない場合でも、申告期限を過ぎてしまうと配偶者の税額軽減や小規模宅地の特例などが適用できなくなります。
このようなときは、一時的に法定相続分に基づいた「未分割申告」を行い、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付することで、将来的な特例適用の道を残すことができます。
後日、分割協議が整った際に更正の請求または修正申告を行い、正しい相続分に基づいた税額へ修正することが可能です。
4-2. 期限超過が確実な場合の“最低限の先行対応”とは
申告書の提出や納税がどうしても期限に間に合わないと判明した場合、すべてを諦めるのではなく、可能な限りで以下のような対応を取っておくと、後の税務署対応や期限徒過時のリスクを大きく抑えることが可能です。
- 可能な部分だけでも仮の申告を出す(期限内提出)
- 税務署へ事前相談を行い、事情説明を行っておく
- 「分割見込書」など特例維持に必要な様式を必ず添付して申告する
- 納税額の見込みがあれば、先に一部納付して延滞税を軽減
何も対応をせずに当然に未申告・期限超過するのが一番よくありませんので、早めに税理士に相談の上で現時点でできる範囲での対応を行っておきましょう。
4-3. 延滞税・加算税が発生するケース
相続税の申告・納付期限を過ぎてしまった場合には、次のようなペナルティが課されます。
無申告加算税
期限内に申告書を提出しなかった場合に最大20%課される
延滞税
納付が遅れた日数に応じて加算。
ただし、税務署に指摘を受ける前に自主的に申告・納付を行った場合は、これらの税の割合が軽減されることがあります。
万が一すでに申告・納付の期限が過ぎてしまっている場合は、早急に税理士に相談の上で、速やかに手続きを行うようにしましょう。
5. よくある質問(FAQ)
Q1:基礎控除額を下回る財産しかなくても、申告はした方がいいのですか?
A:相続財産の課税価格が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えない場合、原則として相続税の申告義務はありません。
ただし、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減などの特例・控除を適用することで、相続税の納税額が0円になる場合は、これらの制度を使うには相続税申告書の提出が必要です。
たとえば、配偶者の税額軽減を受けて相続税が非課税になる場合でも、申告書を出しておかないと軽減措置は適用されません。
特例を利用する可能性がある場合には、税理士に相談のうえで期限内に申告書の提出を行うようにしてください。
Q2:財産の一部の評価や資料収集が期限に間に合いそうにありません。どうすればいいですか?
A:期限に間に合わない財産評価がある場合でも、現時点で可能な範囲の情報をもとに申告書を提出しておくことが重要です。
評価が確定していない財産については「概算評価」で一旦申告し、後日、評価が確定した段階で更正の請求(税額減)または修正申告(税額増)を行うことで対応できます。
申告そのものを遅らせてしまうと、特例適用の要件を失ってしまうほか、無申告加算税の対象となるリスクがあるため、部分的でも期限内申告が原則です。
Q3:配偶者の税額軽減はすべてのケースで自動的に適用されますか?
A:いいえ、配偶者の税額軽減は申告書を提出しないと適用されません。
この特例は、配偶者が取得した財産のうち「1億6,000万円」または「法定相続分相当額」のどちらか多い方まで、相続税が非課税になる制度ですが、申告書に明記し、分割内容や取得財産を裏付ける書類を添付する必要があります。
Q4:申告後に税務署から調査が入るのはどんなときですか?
A:税務調査は必ず行われるわけではありませんが、次のようなケースでは対象となる可能性が高くなります。
- 名義預金や名義株が疑われる取引がある
- 評価額の低い不動産や特殊資産が多く含まれている
- 生前贈与や貸付金の申告漏れがあると見られる
- 相続財産が高額で、特例の適用範囲が大きい
税理士の関与により、評価方法の妥当性や説明資料が整っていれば、仮に調査があっても大きな問題に発展する可能性は低くなります。
6. 当事務所グループの支援体制
当グループでは、税理士法人を中心に、弁護士・司法書士がグループ内で連携し、相続に関するすべての手続きをワンストップで支援できる体制を整えています。
相続税申告の代行だけでなく、その前段階の遺産分割協議や節税の観点も加味した遺産分割案の検討、相続税申告以外の相続手続まで全てご対応可能です。
万が一紛争化してしまった際も弁護士が代理人として対応を行えますので安心してお任せください。
Nexill&Partners Group(弁護士法人Nexill&Partners)
福岡を中心に、全国からご相談をお受けしております。 弁護士だけでなく社労士・税理士・司法書士・行政書士と多士業が在籍。 遺産相続、企業支援(企業法務・労務・税務)に特化した総合法律事務所です。 博多駅徒歩7分。初回相談無料、お気軽にお問い合わせください。 当グループでは博多マルイ5Fの「相続LOUNGE福岡オフィス」を運営しております。こちらもぜひご活用ください。