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コラム

相続をしたくないときはどうしたらよい?遺言書があっても相続しないことは可能?弁護士が基礎から解説

2025.12.27

相続は「必ず受けなければならないもの」ではありません。
多額の借金を抱えた親の遺産を相続したくない、親族との関係性や家庭の事情から財産を受け取る気になれない、相続人同士でもめるのが嫌だ——。
そうした事情を背景に、相続をしたくないと考える方も少なくありません。
本記事では、相続を放棄するという選択肢の基本から、遺言書がある場合でも相続を拒否できるのかどうか、相続を辞退することの影響や注意点、相続放棄と混同しやすい制度との違いまで、相続を受けない側の立場から実務的な視点で解説します。

1. 相続は「断る」ことができるの?

1-1. 「相続をしたくない」という選択肢は法的に認められている

相続人には、被相続人の死亡によって一定の権利(相続権)が自動的に発生します。
しかし、民法ではその権利を「放棄する自由」も認めており、相続開始後に家庭裁判所に申述を行うことで相続を拒否することができます。
つまり、相続人には以下の3つの選択肢があります。

単純承認

すべての権利・義務をそのまま引き継ぐ(何もしなければ自動的にこれになる)

限定承認

遺産の範囲内でのみ債務を引き継ぐ(超過分は負わない)

相続放棄

一切の財産・債務を相続しない(最初から相続人でなかったとみなされる)
「相続をしたくない」と感じた場合には、相続放棄または限定承認という制度を利用することになります。

1-2. 相続放棄・限定承認・辞退の違い

混同されやすい概念として、「相続放棄」「限定承認」「辞退」がありますが、法的には明確に異なる意味を持ちます。

項目 法的効果 裁判所申立ての有無 債務引継ぎ 他の相続人への影響
相続放棄 一切の権利義務を承継しない 必要 しない 次順位の相続人に権利が移る
限定承認 遺産の範囲内で承継する 必要(全員一致) する(ただし超過しない) 承認した者のみの影響
辞退(口頭・合意) 法的効果なし(実質無効) 不要 する(相続人のまま) 相続人のまま残る

「親族に迷惑をかけたくないから遺産はいらない」と口頭で伝えるだけでは、法的には何も放棄していない扱いとなるため注意が必要です。

1-3. 遺言書に名前があっても拒否は可能?

遺言書の中に「〇〇に財産を相続させる」「〇〇に遺贈する」と記載されていた場合でも、
その対象者が望まないのであれば、財産を受け取らずに済む方法があります。
ただし、その人が「法定相続人かどうか」によって、手続の種類や必要な対応が異なります。
以下に、パターンごとに整理して解説します。

パターン①:遺言で財産を相続させると書かれている「法定相続人」の場合

被相続人の子ども、配偶者、兄弟姉妹など、もともと法律上の相続権を持っている人に対して、
遺言書で「〇〇に財産を相続させる」と記されている場合、これは相続人としての地位に基づく取得を意味します。
この場合でも、相続人本人が望まなければ、家庭裁判所に「相続放棄の申述」をすることで、相続を拒否することができます。
申述が認められれば、その人は初めから相続人でなかったものとみなされ、財産も債務も一切引き継ぎません。

パターン②:遺言で財産を遺贈すると書かれている「相続人以外の人」の場合

法定相続人ではない第三者(例:知人、内縁の配偶者、甥姪など)が、
遺言書によって「〇〇に○○を遺贈する」と指名されていた場合、この人は「受遺者」として扱われます。
受遺者は、遺言に基づいて財産を受け取るかどうかを自由に選ぶことができます。
相続人ではないため、「家庭裁判所への申述」は不要であり、意思表示(受け取りません)のみで辞退が成立します。
実務では、遺言執行者や相続人に対して「遺贈を放棄する旨の書面(遺贈放棄届)」を提出するのが一般的です。

このように、自分の立場が「相続人」なのか「受遺者」なのかを確認することで、どのように相続を拒否できるかが明確になります。

2. 相続放棄とは?制度の基本と活用場面

前章では、「相続をしたくない」と思ったときに選べる方法として、法定相続人の場合は“相続放棄”の手続が必要であることを説明しました。
ここからは、その「相続放棄」について、制度の基本や実際に活用される場面、注意点などを詳しく見ていきます。

2-1. 相続放棄の制度概要(民法の規定)

相続放棄とは、被相続人の死亡により発生する「相続権」を、家庭裁判所に対して申述することによって放棄し、自分は“最初から相続人でなかった”とみなしてもらう制度です(民法第939条)。
この制度を利用することで、財産だけでなく債務も一切相続しないことが可能になります。
相続放棄が認められると、その人は法的に「相続人ではなかったもの」と扱われるため、相続登記・相続税申告・遺産分割協議などの手続からも外れます。
なお、相続放棄の申述には期限があり、「自己のために相続があったことを知ったときから3ヶ月以内」に行わなければなりません。

2-2. 相続放棄が選ばれる主な理由とは?

相続放棄は、「借金が多いときだけに使う制度」と誤解されがちですが、実際にはさまざまな理由・事情により放棄が選択されるケースがあります。
主な背景としては、次のようなものが挙げられます。

債務超過の懸念がある場合
  • 被相続人に借金・ローン・保証債務などがある
  • 財産よりも負債の方が明らかに多い
  • 財産はあるが、正確な内訳が不明でリスクがある
家庭・人間関係上の事情による場合
  • 被相続人との関係が疎遠、不仲で関わりたくない
  • 他の相続人との関係性が悪く、遺産分割に巻き込まれたくない
  • 感情的に「受け取る気になれない」事情がある
実質的にすでに受け取っていると感じている場合
  • 生前に学費・住宅資金など多額の援助を受けていた
  • 他の兄弟姉妹に譲りたいと考えている
手続負担・税務対応を避けたい場合
  • 財産がわずかで、申告・登記などの負担が大きい
  • 遠方に住んでおり、実務対応が難しい

このように、相続放棄は必ずしも“財産がマイナスだから”という理由に限らず、「あえて受け取らない」ことが選ばれる合理的な選択肢になっています。

2-3. 相続放棄すべきかどうかを判断するために確認したいこと

「相続を放棄した方がいいのか、すべきでないのか」は、相続財産の内容や自身の立場を正確に把握した上で判断する必要があります。
次のような項目を確認しながら、慎重に検討することが大切です。

相続放棄を検討する際に確認すべきポイント例
  • 被相続人にどのような財産・債務があったか(現預金/不動産/借金/連帯保証など)
  • 相続放棄の申述期限が過ぎていないか(=相続を知ってから3ヶ月以内)
  • 他の相続人の動向(すでに放棄しているか/調整の意思があるか)
  • 自分が放棄した場合、次の相続人(子や兄弟姉妹)に影響が及ぶか
  • すでに相続財産の一部を使ってしまっていないか(※相続することを承認したと見なされるおそれ)

前述した通り、すでに財産を使ってしまっていたり、被相続人の公共料金を相続財産から支払っていたりすると、「単純承認」とみなされ相続放棄ができなくなるリスクもあります。
そのため、相続放棄を検討する場合は、なるべく早く専門家に相談することが非常に重要です。

3. 相続放棄の手続の流れと必要書類

3-1. 相続放棄の基本的な流れ

相続放棄の一般的な手続は、以下のような流れで進められます。

1. 被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所を調べる
2. 相続放棄の申述書を作成
3. 必要書類を添えて家庭裁判所に提出(原則郵送)
4. 裁判所による形式的審査(不備がなければ面接なし)
5. 申述受理通知書が送付され、手続完了

申述は原則として本人が行う手続ですが、弁護士が代理人として申述を行うことも可能です。
特に手続に不安がある場合や、期限が迫っている場合には、弁護士を通じて迅速に進めるのが安心です。

3-2. 申述期限と「知ったとき」からのカウント

相続放棄には厳格な申述期限があります。
民法上、相続人は「自己のために相続が開始したことを知ったときから3ヶ月以内」に申述を行わなければなりません。
ここでポイントとなるのが、「知ったとき」の判断です。
通常は次のようなケースが起算点とされます。

第一順位の相続人

被相続人の死亡を知った日

第二順位・第三順位の相続人

自分に相続権が回ってきたことを知った日(前順位の放棄が確定した日)
つまり、被相続人が死亡してすぐに自分が相続人になるとは限らず、「知らなかった」期間がある人にとっては、その時点から3ヶ月がスタートする場合があります。

4. 相続放棄と「辞退」とはどう違うの?

相続に関するご相談の中でよく聞かれるのが、「相続は辞退したつもりなんですけど…」という言葉です。
実はこの“辞退”という言葉、日常会話ではよく使われるものの、法律的には非常に曖昧で誤解を生みやすい表現です。

4-1. 法的な意味での「放棄」と、口頭での「辞退」はまったく別物

「相続はいりません」と家族に伝えたり、遺産分割協議の場で「私はもらわなくていいです」と言ったりすることはよくあります。
しかし、それだけでは相続人としての地位を法的に放棄したことにはなりません。
相続放棄は、家庭裁判所に申述し、受理されることで初めて法的効力が生じる手続です。
一方で、「辞退」はあくまで気持ちや合意の意思表示にとどまるため、のちに相続人として責任を問われる可能性が残ってしまいます。

4-2. 書面による辞退(遺産分割協議書等)でも相続人ではなくならない

たとえば、遺産分割協議書に「次男〇〇は一切の財産を取得しない」と書かれ、署名・押印していた場合でも、それは“財産を取得しない”という合意であって、“相続人でなくなる”という意味ではありません。

相続の現場では、以下のような“辞退したつもり”というケースがよく見られます。

  • 「遺産はいらない」と家族に口頭で伝えただけ
  • 遺産分割協議書に「一切取得しない」と記載して署名・押印した
  • 兄弟姉妹同士で「私は相続しない」という合意書を交わした

こうした行為は一見すると「相続放棄にあたるのでは」と思われがちですが、法的には“相続放棄”とはみなされません。

相続人である立場を失うには、家庭裁判所に正式な申述を行い、受理される必要があります。
そのため、たとえ財産を受け取っていなくても、放棄手続を取っていなければ、法律上は相続人のまま扱われ、相続税の申告や、将来的な遺産分割・債務承継などに巻き込まれる可能性が残ることになります。
このようなトラブルを防ぐためにも、「いらない」「辞退する」という気持ちだけで済ませず、法的に有効な手続きを選択することが重要です。

5. 限定承認というもう一つの選択肢

相続を「したくない」と考える背景には、「財産よりも借金のほうが多いかもしれない」といった不安があることも少なくありません。
しかし、実際にはプラスの財産がある可能性もあり、「放棄してしまうのはもったいないかもしれない」という状況もあります。
こうした場合に検討できる制度が、限定承認です。

5-1. 「債務を超える分だけ」相続する限定承認の仕組み

限定承認とは、相続によって取得した財産の範囲内でのみ、被相続人の債務や義務を引き継ぐという制度です(民法922条)。
この制度を利用すると、仮に被相続人が多額の借金を抱えていたとしても、相続財産の範囲内でしか責任を負わないため、それ以上の支払い義務は発生しません。
つまり、リスクを限定したうえで、プラスの財産を受け取る可能性も残すことができます。

5-2. 限定承認を検討すべきケース

以下のような状況では、限定承認の検討余地があります。

限定承認を検討できるケースの例
  • 債務があるかもしれないが、正確な負債額が不明
  • 相続財産に居住用不動産が含まれており、残したい意向がある
  • 債権回収や資産売却の実務が見込まれており、専門家に一括委任する予定
  • 他の相続人と連携して手続に臨む意思がある(限定承認は相続人全員での申述が必要)

限定承認は、相続放棄と異なり「相続人全員の同意が必要」な制度です。
誰か1人でも単純承認(=相続手続を進めるなど)してしまうと、限定承認ができなくなるため、早期の相談と合意形成が必須です。

6. 相続を放棄した場合のその後の留意点

相続放棄や限定承認を選択した場合、「手続きが終わればそれで完了」と思われがちですが、実際にはその後にも影響があります。

6-1. 相続人の順位が繰り下がる:次の相続人への影響

相続放棄が成立すると、その人は「初めから相続人でなかったもの」とされるため、相続人の順位が自動的に繰り下がります。
たとえば、子が相続放棄をした場合には、被相続人の親(第2順位の相続人)が新たに相続人になります。
親もすでに死亡していた場合には、兄弟姉妹(第3順位)が相続人となります。
また、兄弟姉妹がすでに亡くなっている場合は、その子(甥・姪)が代襲相続人として権利を持つ可能性があります。
このように、放棄によって次に誰が相続人になるのかが変化するため、放棄する前に自分の放棄が誰に影響を与えるかを考慮することが大切です。

6-2. 他の相続人への通知・手続上の影響

相続放棄が成立したからといって、家庭裁判所が他の相続人全員に通知してくれるわけではありません。
実務上は、相続放棄があったことを他の相続人に書面で伝えたり、登記・金融機関手続で提示したりする必要があります。
相続放棄が受理されると、相続放棄受理通知書という書類が裁判所より発行されるため、この書類を提示することで相続放棄をしたということを証明することとなります。無くさないように気を付けましょう。(もし紛失してしまっても、裁判所に申請の上で再発行してもらうことは可能です。)

6-3. 相続放棄後の対応と「相続人でない者」の立場

相続放棄が成立すると、その人は以後、遺産分割協議などにも一切関与できません。

たとえば
  • 他の相続人が遺産分割協議を行っても、意見を言う権利はない
  • 遺言書に基づく分割の内容にも、影響力は持たない
  • 遺産の分与や現物取得・換価などの収益にも関与しない

ただし、祭祀財産の承継者として指定されていた場合など、民法の相続とは異なる法的関係が残る場合もあるため、完全に「何も関係がなくなる」というわけではありません。
また、放棄後に後順位の相続人に連絡がいかず、相続人が不在になってしまう(いわゆる“空き家問題”や“相続登記未了”)といった事態が発生することもあります。
そのため、放棄を選択したとしても、一定の情報共有や対応を行っておくことが、周囲との良好な関係維持にもつながります。

7. よくある質問(FAQ)

Q1. 相続放棄をしようと思っていますが、遺品整理や家の片付けなどはやってもよいのでしょうか?

相続放棄をすると、原則として「相続人でなかったもの」とみなされるため、相続財産に手をつけることは避けるべきとされています。たとえば、遺品の中から通帳や現金を持ち出したり、勝手に不動産を処分したりすると、“単純承認”したものと見なされ、放棄が無効になる可能性もあります。ただし、鍵の返却や公共料金の解約手続きなど、必要最小限の「事務管理行為」は例外的に許される範囲とされています。迷った場合は、放棄を完了させるまでは慎重に対応することが大事で、ご自身で動く前に弁護士へ相談するのが安全です。

Q2. 兄が相続放棄をしました。自動的に私が全ての財産を相続することになりますか?

相続放棄をした場合は、初めから相続人でなかったものと扱われます。そのため、相続人の構成が繰り下がり、他の相続人(たとえばあなた)に相続権が移ることはあります。ただし、自動的に「すべての財産を取得する」というわけではありません。特に他にも相続人がいる場合は、新たな相続人全員による遺産分割協議が必要になります。放棄があった場合の影響は、相続順位や人数によって異なるため、必ず確認が必要です。

Q3. 相続放棄をした後に新しい財産(不動産や預貯金など)が見つかったら、もう取り戻せないのですか?

原則として、相続放棄が受理された後に放棄を撤回することはできません。そのため、放棄後に高額な不動産や金融資産が見つかったとしても、その財産を取得することはできません。ただし、家庭裁判所への申述時に「相続財産は一切ない(または債務超過)」という前提が誤っていたことが明らかになれば、例外的に放棄の無効を主張できる余地がある場合もあります。とはいえ、実務的には非常にハードルが高いため、放棄をする前に財産の調査をできる限り行っておくことが重要です。

Q4. 相続放棄をした場合、祭祀財産(お墓や仏壇)や葬儀費用の支払い義務も放棄できますか?

相続放棄をしても、お墓や仏壇などの「祭祀財産」は通常の相続財産とは別に扱われるため、放棄しても承継者としての立場を失わない場合があります。また、葬儀費用についても、法律上は「相続財産から支出すべき費用」ではあるものの、喪主や近親者が負担するという社会通念上の義務として、請求されることもあります。つまり、放棄したからといって「一切関係ない」とは限らず、法的義務はなくても現実的な対応を求められる場面があることに注意が必要です。

8. まとめ:相続をしたくないと思ったら、まずは専門家に相談を

相続は必ずしも「受けなければならないもの」ではなく、相続放棄や限定承認といった選択肢も認められています。
ただし、制度には期限や手続上の注意点が多く、「感情的に辞退する」だけでは法的に無効となる可能性もあります。
相続をしたくないという意思がある方は、ご自身のみで対応を始める前にまずは一度ご相談ください。

 

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監修者:後藤 祐太郎
弁護士後藤 祐太郎

弁護士法人Nexill&Partners

弁護士後藤 祐太郎

  • 2010年
    日本大学法学部 卒業
  • 2012年
    慶應義塾大学大学院法務研究科 修了
  • 2014年
    竹口・堀法律事務所 入所
  • 2016年
    現:弁護士法人Nexill&Partners 入所 那珂川オフィス支店長 就任

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