相続が発生したものの、遺産分割や名義変更を行わないまま10年以上放置している――結論から言えば、10年以上放置していても相続手続きを進めることは可能です。ただし、放置期間が長くなるほど、できること・できないことの線引きは明確になり、選択肢が狭まりやすくなります。本記事では、相続を10年以上放置した場合に生じる具体的なリスクと、今からでも取れる対応について、弁護士が実務の視点から整理します。
第1章 相続手続・遺産分割を10年以上放置している状態とは
1-1 相続を長期間放置すると動けなくなる理由
相続は、法律や制度の問題である以前に「家族関係の問題」です。相続人が複数いることや相続人同士の関係が微妙で話し合いを避けてしまうこともありますし、不動産を含む相続では、結論がまとまらないまま時間が過ぎてしまうケースは少なくありません。
10年以上放置していても相続手続そのものができなくなるわけではありませんが、実務上の負担は増す場合がほとんどです。
1-2 10年以上放置すると何が起きるのか
放置期間が長い相続で共通するのは、関係者と情報が増える点です。
たとえば、相続人の一部が亡くなり、さらに次の相続が発生している、連絡が取れない相続人がいる、資料が散逸しているといった状況は時間と共に増えていきます。その結果、単純な名義変更で済むはずの手続が、調査や調整を前提としたものに変わってしまうのです。
1-3 今から手続きを進めるために最初に整理すべき3つの視点
相続を10年以上放置している場合、まず整理すべきは以下の3点です。
②どのような財産があるか
③どこで手続が止まっているか
感情的な対立や将来の分配方法を考える前に、事実関係を整理することが、解決への第一歩となります。
第2章 預貯金を10年以上放置するリスク
2-1 相続手続きを放置した預貯金は?口座凍結と必要書類の現実
被相続人名義の預貯金口座は、金融機関が死亡を把握すると原則として凍結されます。凍結された預貯金口座から相続人が預金の払い戻しを受けるためには、金融機関所定の手続を行う必要があります。
相続開始から10年以上が経過している場合でも、預貯金口座そのものが消滅するわけではありませんが、金融機関が「誰が正当な相続人で、どのような割合で預金を承継するのか」を確認した上で払い戻しに応じる必要があるため、相続人全員の同意書類や戸籍一式の提出を求められるのが一般的です(遺言書で対応できる場合もあります)。そのうえ、長い期間が経過している分、相続人が増えている可能性もあるので、書類をそろえる手続の負担はより大きくなる傾向があります。
2-2 休眠預金になっている可能性と、10年経過後の払戻し手続
被相続人名義の預貯金口座が長期間にわたり利用されていない場合、金融機関の管理上、その口座が「休眠預金」として扱われていることがあります。もっとも、休眠預金になったからといって、相続人が預金を受け取る権利そのものが失われるわけではありません。
2-1で触れた凍結された口座と同様に、正当な相続人であることや相続関係を示す資料を提出すれば、払い戻しを受けることは可能です。
ただし、相続開始から10年以上が経過している場合には、当時の取引状況や口座管理の履歴を金融機関側で確認し直す必要が生じるため、通常の一般的な払戻し手続と比べて、確認や照会に時間がかかる傾向があります。
第3章 不動産を10年以上放置するリスク
3-1 名義変更されていない土地・建物が引き起こす不利益
被相続人名義のまま不動産を放置している場合、まず、その不動産は相続人が自由に処分できる状態にはありません。
なぜなら、不動産を売却したり担保に入れたりするためには、その不動産について法律上の「所有者」として登記簿に記載されている必要があるからです。その不動産を誰がどの割合で所有しているのかが確定していない状態では登記簿に記載することができず、登記がされていない不動産は、買主や金融機関も所有者の特定ができないため、売却や担保設定が事実上不可能になります。さらに、相続人が複数いる場合には相続人全員の共有状態と評価されるため、相続人の一部が反対している状態では処分を進めることはできません。
このように、相続登記や遺産分割が行われていない不動産は、法律上も実務上も動かすことが困難になる点が、長期間放置することの大きな不利益といえます。
3-2 相続登記義務化により、過料が課されるリスクも
2024年4月1日の改正により、相続登記は法律上の義務とされ、相続によって不動産を取得した相続人は、一定期間内に相続登記を行うことが求められるようになりました。
この制度では、相続によって不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を行わない場合、正当な理由がなければ過料(行政罰としての金銭的な制裁)の対象となる可能性があります。
特に、相続開始から10年以上が経過しているケースでは、遺産分割が未了であったり、相続人の範囲が整理できていなかったりするため、相続登記を行う前提条件が整っていないケースが少なくありません。相続登記ができない状態で時間が経過し、過料のリスクが現実的な問題となる点に注意が必要です。
3-3 相続人が増えている場合に遺産分割が難航する典型パターン
相続手続きを10年以上放置している間に、当初の相続人の一部が亡くなり、その子や配偶者が新たな相続人となっていることがあります。こうした場合、遺産分割協議に参加すべき人数が増え、全員の同意を得る難易度が高くなるといえます。
相続人が増えると、不動産の処分についても、売却したいのか、利用を続けたいのかと相続人の間での意見が合いにくくなるため、その結果話し合いが平行線となり、遺産分割が長期化してしまうことがあります。
第4章 その他の財産を10年以上放置した場合に生じる問題点
4-1 株式・投資信託など金融資産は手続きと評価の負担が大きくなる
被相続人名義の株式や投資信託などの金融資産も、相続が発生した時点で相続人に承継されますが、名義変更の手続を行わなければ相続人が自由に処分できる状態にはなりません。これらの金融資産について名義変更や売却を行うためには、証券会社等に対して、相続人が誰であるか、どのような割合で承継するのかを示す書類を提出する必要があります。
相続開始から10年以上が経過している場合、当時の取引状況や保有銘柄が把握しにくくなっていたり、証券会社が変更・統合されていたりすることもあります。
その結果、残高や評価額を確定させるための照会や資料収集に時間がかかり、名義変更・換価までの事務負担が大きくなる傾向があります。
4-2 生命保険金は遺産分割の対象にならない場合がある
生命保険金については、被相続人が生前に受取人を指定している場合、原則として遺産分割の対象にはなりません。この場合、保険金請求権は、受取人固有の権利として扱われ、他の相続人との話し合いを経ずに受け取ることができます。
もっとも、保険会社が保険金を直ちに支払うかどうかは、また別の話です。保険会社は、被相続人の死亡の事実や受取人の指定内容を確認したうえで支払いを行うため、相続手続を10年以上放置しているケースでは、契約内容の確認に時間を要することがあります。
また、受取人がすでに亡くなっている場合や、受取人の指定が不明確な場合には、保険金が相続財産として扱われる可能性もあり、遺産分割協議が必要になる場合もあります。
4-3 借金や保証債務を把握しないまま放置するリスク
相続財産には、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金や保証債務などのマイナスの財産も含まれます。相続手続きを10年以上放置している場合、被相続人が負っていた債務の全体像を、相続人が正確に把握できていないことがあります。
相続放棄や限定承認には期限があるため、長期間が経過した後では、これらの制度を利用することが難しくなります。
その結果、債務の存在が後から判明しても、相続人が責任を免れられない状態に陥るおそれがあります。
この点も、相続を放置することによって生じる、見えにくい実務上のリスクといえます。
第5章 10年以上放置すると使えなくなる制度・制限される権利
5-1 相続放棄・限定承認は、原則として期限を過ぎると利用できない
相続が発生した場合、相続人は、被相続人の財産をそのまま引き継ぐか、相続放棄や限定承認といった方法を選択することができます。しかし、相続放棄や限定承認は、相続人が相続の開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があり、この期間を経過すると、原則として利用することができなくなります。
相続開始後の整理を10年以上先送りしているケースでは、この期間がすでに経過していることが多く、後から多額の借金や保証債務の存在が判明しても、相続人が責任を免れる選択が難しくなるおそれがあります。
この点は、相続を放置することによって生じる、重大な制度上の制限の一つといえます。
5-2 遺留分侵害額請求は、一定期間を過ぎると行使できなくなる
被相続人が遺言などによって特定の相続人に財産を集中させていた場合、他の相続人は、遺留分侵害額請求を行うことで、一定の金銭的補填を求めることができます。
ただし、この請求には明確な期間制限があり、原則として相続開始および侵害を知った時から1年、相続開始から10年を経過すると、請求自体ができなくなります。
そのため、相続を10年以上放置していると、たとえ不公平な内容の遺言が存在していたとしても、法的に是正を求めることができない可能性が高まります。
5-3 遺産分割を長期間放置すると主張できる内容が制限されることがある
遺産分割においては、被相続人から生前に特別な利益を受けていた相続人がいる場合の「特別受益」や、被相続人の財産形成に特別な貢献をした場合の「寄与分」といった事情を考慮することがあります。
しかし、相続手続きを長期間放置していると、これらの事情を裏付ける資料や記憶が失われ、主張そのものが困難になることがあります。その結果、本来であれば考慮されるべき事情が遺産分割に反映されず、形式的な分割にとどまってしまうケースも見られます。
第6章 【FAQ】放置していた相続手続のよくある疑問
Q1 相続人の一人が協力してくれない場合でも、手続きを進められますか?
A1 家庭裁判所の手続きを利用する方法があります
相続人全員の合意が得られない場合でも、遺産分割調停や審判といった家庭裁判所の手続きを利用することで、法的に遺産分割を進めることが可能です。10年以上放置されているケースでは、当事者間での話し合いが難航していることも多いため、第三者を介した整理が有効となる場面があります。
Q2 連絡が取れない相続人がいる場合、相続手続はできませんか?
A2 一定の条件下で手続きを進められる場合があります
相続人の所在が不明な場合でも、戸籍調査や住民票の職権取得、場合によっては不在者財産管理人の選任といった手続きを通じて、相続を進められることがあります。放置期間が長いほど、こうした手続の検討が必要になるケースが増えます。
Q3 相続手続を放置していると税務署から問題にされることはありますか?
A3 状況によっては指摘を受ける可能性があります
相続税の申告が不要またはすでに完了している場合でも、名義変更がされていない不動産や金融資産の状況によっては、後年の取引や調査の過程で説明を求められる場合があります。手続を放置したまま資産を動かす際には、税務面も含めた整理が重要です。
第7章 放置していた相続手続を終わらせるために
相続を10年以上放置していても、遺産分割や名義変更などの整理を始められないわけではありません。ただし、放置期間が長いほど、状況の整理と判断には専門的な視点が欠かせなくなります。まずは、相続人と財産の全体像を把握し、どこで問題が生じているのかを冷静に整理することが重要です。そのうえで、不動産、預貯金、期限のある制度の優先順位を見極めて対応することで、不利益を最小限に抑えることができます。
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