兄弟から「相続分なきことの証明書」が送られてきたけど,署名していいの?
<相談内容>
父が亡くなり,相続人は私と兄です。先日,兄から突然「相続に必要だから,同封の書類に実印を押して,印鑑証明書を同封の上,返送してください。後日ハンコ代として50万円をお送りします。」という手紙と共に,委任状と,「被相続人から生前贈与を受けているので,相続する相続分のないことを証明します。」と書かれた書類が送られてきました。私は父の生前に何ももらっていませんが,これに印を押すとどうなるのでしょうか。兄の言う通りにすると,もう遺産分割ができなくなるのでしょうか。
相談者の受け取った「被相続人から生前贈与を受けているので,相続する相続分のないことを証明します。」と書かれた書類のことを,「相続分なきことの証明書」といいます。今回は,この証明書についてご説明していきます。
1 相続分なきことの証明書とは
共同相続人の中に,被相続人から,相続分の価額以上の遺贈や生前贈与(特別受益)を受けた相続人がいれば,その相続人は特別受益との関係で具体的相続分がないことになるため,遺産を取得しないのが原則です。その際,相続放棄をするという方法もありますが,放棄するには相続開始を知った時から三カ月以内に申述をしなければならないという制約があります。これは,遺産分割協議の一種と言えるでしょう。
そこで「相続分なきことの証明書」を作成することにより,相続放棄を行うことなく,他の相続人に遺産を取得させることができます。
2 証明書に基づく登記
相続分なきことの証明書があれば,遺産分割協議書がなくても相続登記が可能です。つまり,相続登記をする上では,遺産分割協議書に準ずる書類となります。
上記の相談事例では,相談者の証明書と印鑑証明書の他,兄が相続登記に必要な書類を揃えていれば,相続による所有権移転登記を行うことが可能です。
3 内容が虚偽の場合の効力
相続分なきことの証明書があれば,簡単に登記ができます。そのため,共同相続人の中に財産の取得を希望しない者や特定の相続人に取得させたい者がいる場合にも,生前贈与を受けていないのに,受けたとする虚偽の内容で証明書を作成することが見られます。
虚偽の証明書の効力は,どうなるのでしょうか。
⑴ 偽造の証明書
証明書自体の署名・押印が第三者又は他の共同相続人により偽造されたのであれば,その証明書に基づく相続登記は無効となります。この場合には,改めて遺産分割の請求ができます。
上記の相談事例では,相談者が証明書を返送しないでいるうちに,兄が相談者の証明書を偽造して相続登記をしても,相談者は遺産分割を求めることが可能です。ただし,兄が遺産分割協議に応じてくれない場合,登記の無効を主張して訴訟を行い,判決をもらって初めて正しい登記に直すことができますので,相当に煩雑な作業となります。
⑵ 内容が虚偽の証明書
証明書の内容が虚偽の場合(生前贈与を受けていないのに,受けたという内容を記載しているケース),作成者本人が署名・押印していても,その証明書は無効となり相続分は失いません。改めて遺産分割の請求をすることができます。
しかし,作成者が,本人の意思に基づいて,遺産分割協議の結果,便宜上証明書を用いることに同意し,その証明書に記載した内容が事実に反していることを知りながら作成し,事実上の相続放棄,あるいは自分の相続分をゼロとする遺産分割協議であることを理解して交付した場合には,相続分の放棄・贈与・譲渡と同じ効果が生じ,又は遺産分割協議書の作成があったものとみなされるので,虚偽の内容を理由に無効の主張はできません。
したがって,上記の相談事例で,相談者が生前贈与を受けていないことを認識しつつ,証明書に署名・押印すれば自己の相続分がなくなることを分かった上で証明書を作成した場合には,改めて遺産分割を請求することはできません。
4 まとめ
今回は,相続分なきことの証明書についてご説明しました。
証明書を交付してしまうと,それに基づいて相続登記がなされることになります。ですから,安易に署名・押印しないようくれぐれもお気を付けください。
また,ハンコ代(遺産の代償)としてある程度の金額を支払う,という申し出がなされることがあります。しかし,法定相続分によれば,提示されているハンコ代以上の相続分があるというケースが多く見られます。そこで,まずは遺産を明らかにして,自分にどのくらいの相続分があるのか確認しておくと良いでしょう。
また,証明書の作成に納得できなければ,その旨伝え,遺産分割協議を進めていくことになります。
共同相続人との交渉,遺産の調査,遺産分割協議など,ご自身で進めるのは困難だと考えられます。共同相続人から相続分なきことの証明書を要求されたら,すぐに弁護士に相談することをお勧めします。