遺産分割の話し合いがまとまらず、家庭裁判所の審判によって分割内容が決まることがあります。
しかし、審判で確定した内容に従わない相続人がいる場合、スムーズに財産を分割できず、トラブルが長引くことも少なくありません。
こうしたケースでは、強制執行という法的手続きを活用することが可能です。
本記事では、遺産分割審判の基本的な流れ、審判に従わない相続人への対応策、強制執行の手続きや注意点について、弁護士が詳しく解説します。
遺産分割審判が確定したものの、手続きが進まない方や、相続トラブルを適切に解決したい方は、ぜひ最後までご覧ください。
もくじ
1. 遺産分割審判とは?基礎知識と手続きの流れ
1-1. 遺産分割審判とは?
遺産分割審判とは、相続人間で遺産の分割方法について合意できなかった場合に、家庭裁判所が法的な判断を下す手続きです。
これは、遺産分割における最終的な解決手段であり、裁判官が民法や判例に基づいて遺産をどのように分けるべきかを決定します。
遺産分割審判は、調停とは異なり、相続人の合意を前提としないため、裁判所の判断がそのまま法的拘束力を持つのが特徴です。
そのため、当事者の意向とは異なる結果になることも少なくありません。
なお、遺産分割審判は、遺産分割協議がまとまらない場合の最終手段として利用されるため、原則として遺産分割調停を経ずに直接申し立てることはできません(調停前置主義)。
1-2. 遺産分割審判に進む条件(調停で合意できなかった場合)
家庭裁判所に遺産分割を申し立てた場合、まずは「遺産分割調停」が行われます。
調停は、調停委員を交えて相続人間で合意形成を目指す手続きですが、以下のような理由で調停が不成立(不調)となった場合、遺産分割審判へと移行することになります。
調停が成立しない代表的なケース
1. 相続人間の意見が折り合わない
例えば、相続人Aが「不動産を売却して現金で分割したい」と主張する一方で、相続人Bが「先祖代々の土地だから手放したくない」と反対し、合意に至らない場合。
2. 相続人の一部が調停に応じない
遺産分割調停は相続人全員の合意が必要ですが、一部の相続人が調停への参加を拒否する場合や、出席しても具体的な意見を示さない場合、話し合いが進まなくなります。
3. 遺産の範囲や評価に争いがある
例えば、被相続人名義の不動産について、相続人Aは「この土地は遺産に含まれる」と主張する一方で、相続人Bは「生前に贈与を受けており、遺産には含まれない」と争うケースでは、まず遺産の範囲を確定しなければなりません。
このような前提となる事実認定に争いがある場合、調停では解決できず、審判へ移行することになります。
4. 相続人が行方不明で話し合いが進められない
相続人の一部が長期間連絡が取れない場合、調停が成立しないため、家庭裁判所が不在者財産管理人を選任した上で、審判に進むことになります。
5. 相続人同士の感情的対立が深刻で合意が不可能
例えば、被相続人が再婚しており、前妻側の子どもと後妻側の子どもが強く対立しているケースでは、法的な分割案を裁判所が決定するしかない状況になることがあります。
1-3. 遺産分割調停と審判の違い
調停と審判の違いを明確にするため、以下の表に整理しました。
項目 | 遺産分割調停 | 遺産分割審判 |
---|---|---|
目的 | 相続人間の合意形成 | 裁判官が法的に判断 |
手続きの主体 | 調停委員会(裁判官と調停委員) | 裁判官 |
相続人の意思 | 合意が必要 | 合意不要(裁判所が決定) |
強制力 | なし(合意しなければ成立しない) | あり(裁判所の決定に従う義務がある) |
調停は「話し合いの場」であり、相続人同士が歩み寄ることが求められます。
一方、審判は「裁判所の判断に委ねる」手続きであり、相続人の希望とは異なる結論が下される可能性があることを理解しておく必要があります。
そのため、できる限り協議や調停段階で合意を目指すことが望ましいですが、どうしてもまとまらない場合には、弁護士に相談のうえで審判にて強制的に遺産分割を決着させるしかありません。
1-4. 遺産分割審判の流れと必要な書類
協議・調停で遺産分割がまとまらなかった場合は、裁判所に遺産分割の内容を判断してもらうべく、遺産分割審判の申立を行います。
遺産分割審判の手続きは、以下の流れで進められます。
1.家庭裁判所への申立て
○申立書の提出(相続人の情報、遺産の内容、希望する分割方法を記載)
○必要書類(被相続人の戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本、不動産登記簿謄本 など)
2.審理と証拠提出
○申立人と相手方の双方が、それぞれの主張を整理し、証拠を提出
○裁判官が遺産の種類や分割方法を総合的に判断
3.審判の決定
○裁判所が相続財産の分割方法を決定し、審判書を送付
○ここで決まった内容には法的拘束力があり、相続人はこれに従う必要がある
4.不服申立てと確定
○審判の内容に不服がある場合、「即時抗告」によって異議申し立てが可能(審判書の受け取りから2週間以内)
○即時抗告がなければ審判が確定し、相続人全員がこれに従う義務を負う
○※即時抗告がされた場合は、抗告審に移行し、高等裁判所にて審判の内容について再度審理されることになりますので、抗告審の判決が出るまでは原決定の効力は差し止められます(原決定での遺産分割および強制執行を進めることはできません。)
2. 審判確定後に従わない相続人がいる場合の対処法
遺産分割審判は一度確定すると、相続人全員に対して強制力を持ちますが、審判が確定したにもかかわらず、相続人の一部がこれに従わない場合があります。
この場合、遺産の分割が進まず新たな問題が発生しますので、審判内容に従わない相続人への対処法を検討する必要があります。
2-1. 審判確定後に発生するトラブル例
審判後に問題となるのは、以下のようなケースです。
・土地の引き渡しを拒否する相続人がいる
例:審判で相続人Aが土地を取得することが決まったが、相続人Bがその土地の明け渡しを拒否し続ける。
・預貯金を引き出して分配しない相続人がいる
例:相続人の1人が単独で預貯金を管理しており、他の相続人に分配しない。
・不動産の登記手続きを妨害する
例:審判による不動産の名義変更が決定したが、必要書類の提出を拒否して登記が進められない。
・賃貸物件の管理権限を巡る対立が続く
例:遺産分割審判で賃貸マンションの管理を相続人Aが引き継ぐことになったが、相続人Bが賃料の受け取りを継続し、管理権限を認めようとしない。
・審判後も遺産の評価額に異議を唱え続ける相続人がいる
例:審判で土地の相続割合が決まった後に、相続人Bが「土地の評価額が不当に低く見積もられた」と主張し、分割の実行に協力しない。
このように、審判が確定しても相続人の一部が協力しないと、遺産分割の実行が大きく遅れる可能性があります。
当人同士での解決が難しそうな場合は、弁護士に相談のうえで、早急に対応をすることが求められます。
2-2. 任意での審判内容履行を促す対応策
審判の確定後に相続人の一部が履行を拒否している場合でも、直ちに強制執行の手続きをとるのではなく、まずは相手に任意で履行を促すことが重要です。
強制執行は法的に強制力を持つ手続きですが、実際には時間と費用がかかるため、可能な限り任意の履行を引き出すことが望ましいといえます。
以下、審判内容に従わない相続人に対し、どのような手段を講じることで履行を促せるのか、具体的な対応策について解説します。
2-2-1 対応策(1) 履行勧告を申し立てる(家庭裁判所を介した通知)
家庭裁判所には、審判の履行を促すための「履行勧告制度」があります。
これは、審判で決定された内容に従わない相続人に対し、家庭裁判所が履行を勧告する手続きです。
・裁判所が関与するため心理的圧力がかかる
相続人同士の話し合いでは応じなかった者も、裁判所からの通知によって態度を改めることがあります。
・あくまで勧告であり、強制力はない
履行を促す効果は期待できますが、相手が拒否すれば法的強制力はないため、次の対応を検討する必要があります。
2-2-2 対応策(2) 弁護士名義での内容証明郵便の送付
家庭裁判所の履行勧告と併せて、弁護士名義で「内容証明郵便」を送付することも有効です。
これは、相手方に対し「審判の内容を履行しなければ法的手続きを進める」ことを正式に通知する手段です。
記載内容の例:
・遺産分割審判の確定内容
・履行期限の指定(例:「○月○日までに履行しない場合、強制執行を申し立てる」)
・履行がなされない場合の法的措置(強制執行・損害賠償請求の可能性)
この対応のメリット:
・弁護士が関与していることが明確になり、相手が軽視しにくい
・裁判所への履行勧告と併用することで効果が増す
2-2-3 対応策(3) 履行期限を定めた「履行協議書」の作成
相続人が審判内容を履行する意向はあるが、何らかの事情で履行を遅らせている場合には、弁護士を通じて「履行協議書」を作成し、履行の期日を明確にする方法もあります。
例えば…
・取得した不動産の売却資金で代償金を支払うため、一定期間の猶予が必要な場合
・預貯金を分配する手続きが複雑であり、具体的なスケジュールを整理する必要がある場合
このように、履行の意思がある相続人に対しては、一定の配慮をした上で履行期限を明確にすることで、不要なトラブルを防ぎながら円滑に進められます。
3. 遺産分割審判の履行確保と強制執行の手続き
遺産分割審判が確定したにもかかわらず、相続人の一部がこれに従わない場合、審判通りの分割を実現するために「履行確保の手続き」や「強制執行」を検討する必要があります。
これまで解説したように、まずは履行勧告や弁護士を通じた交渉を行い、任意履行を促すことが重要です。しかし、それでも相続人が協力しない場合、最終手段として強制執行の申し立てを行い、裁判所の手続きによって審判内容の履行を確保することになります。
本章では、強制執行の種類、手続きの流れ、必要な準備について詳しく解説します。
3-1. 遺産分割審判の履行を確保するための法的手段
相続人が遺産分割審判に従わない場合、強制執行を申し立てる前に、裁判所を通じた履行確保の手続きを行うことができます。
(1) 履行勧告制度(家庭裁判所による勧告)
家庭裁判所は、審判で確定した内容を相続人に履行させるために、履行勧告を行うことができます。
- 裁判所が履行を求める通知を送付し、相続人に心理的な圧力をかける。
- 強制力はないものの、裁判所からの通知があることで、履行に応じるケースが多い。
(2) 履行命令制度(裁判所の命令)
履行勧告と異なり、履行命令は法的拘束力を持つ裁判所の命令です。
- 相続人が命令に従わない場合、**過料(制裁金)**が科される可能性がある。
- ただし、これでも履行がなされない場合には、強制執行に進む必要がある。
このように、強制執行に進む前に、裁判所を通じて履行を促す手段があるため、これらを活用することでスムーズな履行を期待できます。
3-2. 強制執行の種類と手続きの流れ
裁判所の履行勧告や履行命令にもかかわらず、相続人が審判に従わない場合、強制執行を申し立てることで法的に履行を確保します。
強制執行にはいくつかの種類があり、遺産分割の内容に応じて適用される手続きが異なります。
(1) 金銭の支払いを伴う場合(財産の差押え)
・対象:審判で定められた金銭の支払い義務(代償金など)が履行されない場合
・具体例:相続人Aが代償金として500万円を相続人Bに支払うよう審判で決定されたが、支払いに応じない
・手続きの流れ:
1.強制執行の申し立て(地方裁判所)
2.裁判所が執行命令を発行し、金融機関や勤務先に通知
3.相続人の銀行口座や給与を差し押さえ、強制的に支払いを実行
(2) 不動産の引渡しを伴う場合(明渡しの強制執行)
・対象:審判で不動産の取得者が決まったにもかかわらず、占有者が退去しない場合
・具体例:相続人Aが審判で実家を取得したが、相続人Bが引き渡しを拒否し、住み続けている
・手続きの流れ:
1.地方裁判所に「不動産引渡し強制執行」の申し立て
2.執行官が現地を確認し、退去命令を発出
3.相続人が退去しない場合、執行官が立ち会いのもと強制的に明渡しを実施
(3) 登記の変更を伴う場合(登記手続きの強制執行)
・対象:相続人が審判で定められた登記変更に協力しない場合
・具体例:審判で相続人Aの単独所有とすることが決まったが、相続人Bが登記手続きを拒否し、移転ができない
・手続きの流れ:
1.地方裁判所に「登記手続義務履行請求」の申し立て
2.裁判所が執行官を通じて必要書類を作成
3.登記変更を実施し、法的に履行を確保
上記以外でも、動産執行(動産の差押え・競売。相続人が所有する貴金属、家財、自動車などを差し押さえ、売却して金銭に換える手続き。)や売掛金・債権執行(第三者に対する支払い請求。
相続人が取引先に対する売掛金や貸金債権を持つ場合、その支払いを直接差し押さえる手続き。)といった強制執行の方法があります。
4. 遺産分割の強制執行ができないケースとその対応策
遺産分割審判に基づく強制執行は、相続人が協力しない場合の最終手段として有効ですが、すべてのケースで適用できるわけではありません。
財産の性質や法的な制約によって、強制執行が困難な場合もあり、その場合には別の法的手続きを検討する必要があります。
4-1. 強制執行が難しいケースとは?
遺産分割の強制執行が難しい主なケースには、次のようなものがあります。
(1) 差押え可能な財産が特定できない場合
強制執行を行うには、差押えの対象となる財産の所在を特定する必要があります。
しかし、相続人が預貯金や不動産を所有していない場合、差押えを実施することができません。
(2) 共有不動産の売却に相続人が応じない場合
審判で「共有不動産を売却し、売却代金を分割する」と決定しても、一部の相続人が売却に協力しなければ手続きが進みません。
強制的に売却させることはできないため、交渉や訴訟による解決が求められます。
(3) 遺産がすでに第三者に譲渡されている場合
審判確定前に相続人が不動産や財産を第三者に売却してしまった場合、強制執行の対象から外れることがあり、実際の履行が困難になります。
このようなケースでは、弁護士が別の法的手続きを検討し、強制執行以外の方法で解決を図る必要があります。
4-2. 強制執行が難しい場合の代替的な解決方法
強制執行ができない場合でも、次のような法的手続きを活用することで、実質的な解決を図ることが可能です。
・財産調査の実施(預貯金・不動産の所在確認)
・不動産の共有物分割訴訟を活用し、裁判所の命令で売却を進める
・損害賠償請求を行い、相続人の履行拒否による損害を回収する
・間接強制(履行しない相続人に金銭的な負担を課す制度)を申し立てる
状況に応じて、上記の手段を組み合わせて遺産分割の実現を目指すことになりますので、相続に詳しい弁護士に相談のうえで手続きを進められることをお勧めします。
5. Q&A|遺産分割審判後のトラブルに関するよくある質問
Q. 遺産分割審判後に新たな相続財産が見つかった場合、どうすればよいですか?
A. 新たな遺産が発見された場合、原則として追加の遺産分割協議を行い、相続人間で協議をまとめる必要があります。
協議がまとまらない場合、改めて家庭裁判所へ審判の申立てを行うことが可能です。
Q. 強制執行を申し立てる前に、相続人に通知する必要はありますか?
A. 必ずしも事前通知は必要ありませんが、円滑な履行を促すために履行勧告や弁護士名義の通知を送付することが一般的です。
事前に通知することで相手方が任意履行に応じる可能性があり、強制執行の手続きを省略できることもあります。ただし、相続人が財産を隠匿するリスクがある場合は、事前通知せずに執行の申立てを行う方が有効です。
Q. 相続人が海外に住んでいる場合、強制執行は可能ですか?
A. 海外に居住する相続人に対する強制執行も可能ですが、手続きが複雑になります。
日本国内にある相続財産(預貯金・不動産など)については、通常通り日本の裁判所で執行が可能です。
一方で、海外にある財産の差押えや執行は、相手国の法律に従う必要があり、国際法の問題が絡むため慎重な対応が求められます。
Q. 相続人が意図的に財産を処分し、強制執行を回避しようとした場合の対処法は?
A. 遺産分割審判の確定後に財産を処分し、執行逃れを図った場合、不正行為として法的措置を取ることが可能です。
具体的には、
・詐害行為取消訴訟(裁判所に申し立て、処分の無効を求める)
・損害賠償請求(財産処分による損害を相続人に請求)
・財産開示手続きの利用(裁判所を通じて財産状況を開示させる)
といった法的手段が取れます。
Q. 遺産分割審判で決まった内容と異なる形で強制執行を行うことはできますか?
A. 基本的に審判の内容に基づいた執行しか認められません。
例えば、代償金の支払いが命じられたにもかかわらず、不動産の引渡しを強制執行することはできません。
審判後に事情が変わり、当初の内容通りの履行が困難になった場合は、履行変更の申立てを行い、裁判所に内容の修正を求める必要があります。
6. 弁護士に相談するメリットと当事務所のサポート内容
遺産分割審判後のトラブルは、法的な手続きが絡むため慎重な対応が求められます。
対応を誤ると不利な状況に陥る可能性もありますが、弁護士に相談すれば、状況に応じた適切な手続きを進め、スムーズな解決を目指すことができます。
弁護士に相談するメリット
・ 適切な手続きを選択し、迅速に解決できる
・ 交渉・履行勧告・強制執行まで総合的な対応が可能
・ 感情的な対立を避け、冷静に問題解決を進められる
当事務所のサポート内容
当事務所では、弁護士だけでなく、司法書士・税理士が在籍しており、遺産分割審判後のあらゆる手続きを一括で対応しています。
法的なサポートは弁護士が、実際の遺産分割手続きにかかる不動産の登記変更や相続登記は司法書士が、代償金の支払いや相続税申告に関する税務処理は税理士がサポートします。
それぞれの専門家が関与することで、依頼者が複数の機関に相談する手間を省き、スムーズかつ確実に問題を解決へと導きます。
遺産分割審判後のトラブルでお困りの方は、ぜひ当事務所へご相談ください。
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