2022年(令和4年)4月19日、最高裁判所は、相続財産であるマンションの評価額を、財産評価基本通達の定める方法による評価額でなく、鑑定の価額とした課税庁の更正処分を是認しました(民集76巻4号411頁)。
相続税に関する重要な判例の一つとなりましたので、その内容及び意義についてご紹介します。
前提として、相続税の評価に関する規定である相続税法22条と財産評価基本通達をみておきます。
もくじ
前提1.相続税法22条
この章で特別の定めのあるものを除くほか、
相続、遺贈または贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得における時価により、
当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。
前提2.財産評価基本通達
1 財産の評価については、次による。
(1)評価単位
財産の評価は、第2章以下に定める評価単位ごとに評価する。
(2)時価の意義
財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期(相続、遺贈若しくは贈与により財産を取得した日若しくは相続税法の規定により相続、遺贈若しくは贈与により取得したとみなされた財産のその取得の日又は地価税法第2条第4号に規定する課税時期をいう。以下同じ。)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。
(3)財産の評価
財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。
6 この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
それでは、2022年(令和4年)4月19日の判例について見ていきます。
1.事案の概要
- A(被相続人)は、平成21年1月及び同年12月、マンション2棟(以下「本件各不動産」といいます。)を合計13億8700万円で購入しました。その際の借入金額は合計10億5500万円でした。
- Aは、平成24年6月17日に94歳で死亡しました。
- 共同相続人の一部であるXら(上告人ら)は、平成25年3月11日、札幌南税務署長に対し、本件各不動産の価額を財産評価基本通達(以下「本件通達」といいます。)の定めによって合計約3億3400万円と評価し(以下、この価額を「本件通達評価額」といいます。)、課税価格の合計額を約2800万円、相続税の総額を0円とする相続税の申告書を提出しました。
- なお、本件各不動産の購入及び借入(以下「本件購入・借入れ」といいます。)がなければ、Aからの相続に係る相続税の課税価格の合計額は6億円を超えるものでした。
- これに対し、札幌南税務署長は、平成28年4月27日、本件各不動産の価額は本件通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、本件通達6項により、本件各不動産の価額を、別途実施した鑑定により合計12億7300万円と評価し(以下、この価額を「本件鑑定評価額」といいます。)、これを基礎として、課税価額の合計額を約8億8900万円、相続税の総額を約2億4000万円とする更正処分(以下「本件更正処分」といいます。)等をしました。
- Xらは、Y(国、被上告人)を相手に、本件更正処分等の取消しを求めて提訴しました。
2.下級審の判断
(1)第1審(東京地裁令和元年8月27日判決)
(2)控訴審(東京高裁令和2年6月24日判決)
第1審と控訴審の裁判所は、いずれも、要旨、本件各不動産の価額について、本件通達の定める方法により評価すると実質的な租税負担の公平を著しく害し、相続税法の趣旨及び本件通達の趣旨に反することになるなど、本件通達に定められた方法によることが不当な結果を招来すると認められるような特別な事情があるといえるから、他の合理的な方法によって評価することが許されると判断した上で、本件鑑定評価額は本件各不動産の時価であると認められるから、これを基礎とする本件更正処分は適法であるとしました。
↓
Xらが上告しました。
3.最高裁の判決要旨
(1)相続財産の価額について
相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。
そして、評価通達(引用者注:本件通達のこと)は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。
そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。
(2)相続税の課税価格に算入される財産の価額について
租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。
もっとも、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
(3) (2)が認められる事情について
これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。
もっとも、①本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価額の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価額の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。
そして、②被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。
そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。
したがって、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するということはできない。
4.判例の意義
従来の下級審判決は、特定の納税者についてのみ本件通達に基づく評価額によらないことは原則として許されないとしつつ、「特別の事情」があるときには、他の合理的な方法によって評価した額によることができるとしていました(例えば東京地裁平成4年3月11日判決・判例時報1416号73頁)。
しかし、「特別の事情」の位置付けや、具体的にどのような事情をいうのかなど、必ずしも明らかではありませんでした。
これに対し、本判決は、まず、更正処分の基礎とされた相続財産の価額が客観的な交換価値としての時価を上回るものでない限り、本件通達に基づく評価額を上回っていたとしても、相続税法22条に違反するものではないとしました。
そして、本判決は、本件通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を本件通達に基づく評価額を上回る価額によるものとしても、平等原則に違反しないとしました。
その上で、本判決は、①本件購入・借入れの結果、本件通達評価額によるとXらの相続税の負担が著しく軽減されること、②本件購入・借入れが租税負担の軽減をも意図して行われたことを指摘し、本件通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があると認めました。
本判決は、一定の行為がされた結果、本件通達に基づく評価額によると客観的に租税負担が著しく軽減されることを前提に、当該行為が租税負担の軽減をも意図して行われたものであることを指摘していますので、主観的な意図があれば直ちに例外を認めるものではないと解されます。
本判決が実務に与えた影響は多大であり、各種判例評釈がなされ、税理士からの批判も多いところです。
しかし、本判決が、相続税法22条の解釈に当たって、租税負担の公平という趣旨に立ち戻って判断をした意義は大きいと思われます。
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