労働審判は、会社側が必ず不利になる手続ではありません。ただし、労働審判は一般的な民事訴訟よりも短期間で進み、初回の期日までの準備が結果に大きく影響します。そのため、初動対応が遅れたり、証拠整理が不十分だったりすると、会社側の主張が十分に伝わらないまま不利な方向に進むことがあります。本記事では、労働審判の申立書が届いたあとの適切な対応のポイントを弁護士・社労士の視点から解説します。
もくじ
第1章 労働審判は会社側が不利になる手続なのか
1-1 労働審判は会社側が必ず負けるものではありません
まず初めに、労働審判は、会社側を一方的に不利に扱う手続ではありません。労働審判手続は、労働審判官である裁判官1名と、労使関係の知識・経験を有する労働審判員2名で構成される労働審判委員会が、個別労働紛争を迅速かつ実情に即して解決するための手続です。裁判所も、労働審判手続の特徴として、労働関係の専門家による関与、迅速な手続、事案の実情に即した柔軟な解決を挙げています。
会社側が事実関係を整理し、必要な証拠を提出できる場合には、会社側の主張が認められることもあります。
1-2 会社側が不利に感じやすい理由は手続のスピードにある
労働審判で会社側が不利に感じやすい大きな理由は、手続のスピードです。労働審判は、原則として3回以内の期日で審理を終えることが予定されています。裁判所の公表情報でも、平成18年から令和6年までに終了した労働審判事件の平均審理期間は82.6日であり、65.5%の事件が申立てから3か月以内に終了したとされています。
一般的な民事訴訟では、複数回の期日を通じて主張や証拠を補充していくのに対し、労働審判では、第1回期日の段階で争点や証拠の整理が進み、場合によっては1回目の期日で審理が終了することもあります。
そのため、第1回目の期日までに十分な準備ができていなかったというようなケースでは、会社側が本来主張したかった内容が主張できなかった・認められなかった=結果的に会社に不利な形で終わってしまったというような着地になることもあります。
第2章 労働審判において会社側が不利になりやすいケース
2-1 申立書が届いてから対応開始が遅れているケース
会社側が労働審判で不利になりやすい典型例は、申立書や呼出状が届いた後の対応が遅れるケースです。労働審判は短期間で進むため、対応開始が遅れると答弁書作成までの時間が一気に不足します。
特に、第1回期日までの段階で会社側の主張が整理されていないと、労働審判委員会に対して「会社側が何を争っているのか」「どの事実を根拠に反論しているのか」が伝わりにくくなります。単に「申立人の主張は違う」と述べるだけでは、会社側の反論として十分とはいえません。
対応開始が遅れるほど、主張も証拠も後追いになりがちです。その結果、本来であれば説明できたはずの事情が十分に整理されず、不利な印象につながることがあります。
2-2 社内資料の管理が不十分で事実関係を説明しにくいケース
労働審判では、客観的な資料に基づいて事実関係を具体的に説明することが求められますが、雇用契約書等が存在しない、勤怠記録が不完全である、賃金台帳と実際の支給実態に相違があるなど社内資料の管理が不十分な場合は会社の主張に説得力を持たせにくくなります。
また、就業規則や賃金規程が存在していても、従業員に周知されていなかったり、実際の運用と異なっていたりすると、規程を根拠に会社側の正当性を説明することが難しくなることがあります。
2-3 判断の経緯や社内対応の流れが記録化されていないケース
会社側が不利になりやすいのは、重要な判断をした経緯や、社内対応の流れが記録化されていないケースです。
社内では「何度も注意した」「本人にも説明した」「会社として対応した」という認識があっても、その経緯を示す資料がなければ、裁判所に対して十分に説明できないことがあります。特に、面談や口頭での注意指導が中心だった場合、後から発言内容や受け止め方をめぐって争いになることがあります。
このようなケースでは、会社側の対応自体に一定の理由があったとしても、その理由を裏付ける資料が不足しているために、不利な評価につながる可能性があります。労働審判を見据えると、重要な労務判断については、日頃から記録化しておく姿勢が重要です。
2-4 会社側が感情的な説明に終始してしまうケース
労働審判では、申立人の主張に対して具体的な事実と証拠に基づいた説明を行わなければなりません。もちろん、会社側にも言い分があり、納得できない点があることは少なくありませんが、主張の内容が感情論に終始してしまうことは避けなければなりません。
期日の中では、客観的な資料等をもとに事実と推測を混同せずに説明する、分からないことを無理にその場で断定しないことを心掛ける必要があります。
第3章 労働審判の申立書が届いたときの会社側の動き方とは?
3-1 期日・答弁書提出期限・請求内容を確認する
申立書や呼出状が届いたら、まず確認すべきなのは、第1回期日、答弁書の提出期限、申立人の請求内容です。
労働審判では、請求の種類によって、必要な資料や反論の組み立て方は変わります。
また、1回目の期日までにある程度の主張を組み立て、立証する必要がありますので、期日までに時間がない場合は早急な対応が必要です。
期日の変更は原則不可のため、弁護士への依頼を含め、早急な対応が必要です。
3-2 申立書に記載された内容の正否を整理する
次に、申立書の内容を確認し、相手が何を主張しているのか(未払い残業代、解雇無効など)を把握の上で、書かれている内容について、事実として認める部分、主張に対して争う部分、現時点で判断がつけられない部分(根拠確認が必要な部分)に分けて整理を行います。
3-3 事案内容に関係する資料を整理する
申立書を確認して事案の詳細を把握した後に、申立の内容と、会社側の主張内容に応じて、関係する資料を揃えます。会社側に有利な事情だけでなく、不利にみえる事情が含まれている場合でも、資料の修正や改ざん等を行うのは厳禁です。
3-4 必要に応じて事実確認のためのヒアリングを実施する
申立内容の事実認定を行う上で、特定の部署や対象者の上長などから話を聞かなければわからないような場合は、個別にヒアリングを実施します。
ヒアリングをする際は、いつ・誰が・何を・どのように対応したのかを時系列に沿って確認するようにしましょう。
その際には、当時の対応記録や勤怠データなど、社内資料と照合しながら話を聞き、内容に相違があるようなときには、何が正確なのかを確認しておきます。
3-5 弁護士・社労士へ相談する前に準備しておきたい資料
特に、解雇・未払残業代・ハラスメントなど争点が複数ある場合には、事案の内容や争点に応じて、できるだけ早期に弁護士へ相談することが望ましいです。労働審判では、短期間で主張と証拠を整理し、期日での対応方針や和解方針まで検討する必要があるためです。
本記事でいう弁護士・社労士の連携としては、社労士が労務管理や制度運用の整理を支援し、弁護士が主張立証や期日対応を中心に担うイメージです。社労士が関与している会社では、就業規則や賃金規程、勤怠管理などの整理を社労士と連携して行うことで、会社側の説明がより具体化しやすくなります。
相談前には、実際に届いた申立書に加えて、就業規則や雇用契約書、事案に関連する資料等を、可能な範囲で準備しておくと、初回相談の精度が高まります。
第4章 第1回期日までに会社側が対応すべきこと・整理すべき争点
4-1 期限までに答弁書と証拠を提出する
まず、提出期限までに答弁書を作成し、証拠と併せて裁判所への提出が必要です。
労働審判の答弁書では、申立書の各主張に対して、認めるのか、否認するのか、知らないのかを明確にし、そのうえで会社側の主張を記載します。
主張や反論を書くうえでは、抽象的に「会社は適切に対応していた」というように述べるのではなく、会社の主張を裏付ける事実が、どの証拠で示されているのか、客観的な説明ができるよう意識することが重要です。
答弁書を作成するにあたって、よくある請求内容ごとに整理しておきたいポイントを以下記載しています。
未払い残業代の請求:労働時間の実態と賃金計算の前提を整理する
未払残業代の労働審判では、労働時間の認定が中心的な争点になります。会社側としては、勤怠資料やPCログ、入退館記録などの資料をもとに、申立人が主張する労働時間と会社側の記録にどのような差があるのかを整理します。
また、賃金計算にあたっての各種手当の内訳、固定残業の有無などの前提条件を確認の上で、相手方の提示する金額が適切かどうかも確認します。
解雇・雇止め:適切な手順を踏んだ判断であったことを説明できるようにする
解雇や雇止めでは、会社側がその判断に至った経緯を具体的に説明できることが重要です。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利濫用として無効となる旨が労働契約法に定められています。また、雇止めについても、一定の場合には客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性が問題になります。
以下のような点をもとに、会社として適切な手順を踏んでの解雇・雇止めであったことを説明することが必要です。
- いつどのように注意指導を行ったのか、改善の機会を与えていたか
- 配置転換の検討を行ったか
- 懲戒対象となる行動がどのようなものであったか
- 契約更新の回数、更新期待を生じさせる言動の有無があったのか など
ハラスメント事案:調査経緯と対応内容を整理する
ハラスメント関連での請求の場合は、相談や申告を受けた後の調査から実際にどう対応を行ったのかという一連の経緯を把握しておく必要があります。
また、対応内容について、申告者への不利益取扱いと受け取られるおそれがないかも確認をしておきましょう。本人に対して、配置転換や業務変更などが行われている場合には、それに対する合理的な理由が必要です。
退職勧奨:本人の自由な意思による退職であることを説明できるようにする
退職勧奨とは、会社が従業員に対して退職を促すことをいい、退職勧奨自体が直ちに違法となるわけではありませんが、その度合いや方法によっては退職強要に近いものとして争われる可能性があります。
本人から退職届が提出されている場合でも、それが自由な意思に基づくものだったかどうかが問題になることもありますので、会社側としては退職勧奨を行った経緯や実際に誰がどう行ったかなどを含めてどのような流れで実施されたかの確認が必要です。
第5章 労働審判で不利な和解を避けるための判断ポイント
5-1 会社として譲れない条件を明確に線引きしておく
労働審判では、解決金の支払いや退職条件の調整などを含む和解案が示されることがありますが、申立人側の主張や裁判所からの提案を全てそのまま受け入れなければならないわけではありません。
たとえば、解決金の支払自体は検討できるとしても、会社として認められない事実まで前提にされると、後日の社内説明や同じようなトラブルが再度発生した際の対応に影響が出ることがありますので、安易に譲歩するのは避けたほうがよいです。
必要以上に不利な条件まで受け入れなければならないわけではないため、期日前に会社としての対応方針や条件の線引きを弁護士とも協議の上で明確にしておくことが大事です。
5-2 清算条項を含めて、後のリスク防止を踏まえた和解内容とする
清算条項とは、今回の和解によって、当事者間にこれ以上の請求関係が残らないことを確認する条項です。これが不十分なままだと、和解後に別の名目で追加請求を受ける余地が残ることがあります。
事案によっては、守秘義務や口外禁止条項を設けることも検討するなど、労働審判の和解は、単にその場の紛争を終わらせるだけでなく、和解後に会社側へ新たなリスクが残らないように設計することが大切です。
5-3 和解を受け入れない方が合理的なケースもあるのでそこを見極める
労働審判では早期解決のために和解を検討することが多いものの、会社側に十分な証拠があり、申立人側の請求に法的根拠が乏しいような場合や、会社として認められない事実を前提とする和解案が示されている場合には、和解を受け入れない判断が合理的なこともあります。
労働審判の短い期日では十分に判断しにくい複雑な事案の場合なども、無理に労働審判内で和解するより、万が一訴訟になったとしても、訴訟の中で主張立証を尽くした方がよいこともあります。
この辺りの判断については、裁判に移行した場合の会社側の勝訴見込みという観点だけでなく、紛争の長期化による費用や社内負担という部分も考慮の上で、会社の対応方針の見極めが必要になりますので、弁護士とも協議の上で最適な進め方を決められるのが望ましいでしょう。
第6章 労働審判後に同じトラブルを防ぐための労務管理の見直し
6-1 就業規則と実際の運用にずれがないか確認する
まずは、会社の就業規則や各種規程と実際の運用のずれを改めて確認することが大事です。
残業申請制があるのに、実際には申請なしで残業が行われている、懲戒処分の手続が定められているのに実際には守られていない、休職・復職のルールがあるのに個別対応になっている、というケースは少なくありません。
規程と運用にずれがある場合には、規程を現場に合わせるのか、運用を規程に合わせるのかを検討する必要があります。
6-2 雇用契約書・労働条件通知書を整備する
雇用契約書や労働条件通知書は、労働条件を確認するための基本資料です。
賃金だけでなく、業務内容や勤務地、固定残業代の有無など、明記すべき事項が適切な形で記載されている状態にしておく必要があります。
特に有期雇用契約では、契約更新の有無や更新判断基準の記載が重要です。更新時に契約書を作成していない、口頭で更新を続けている、契約期間と実際の勤務実態が合っていないといった場合には、雇止め時に争われる可能性があります。
6-3 勤怠管理と賃金計算申請のルールを見直す
勤怠管理が曖昧になっている場合は、早急に見直しが必要です。勤怠管理システムの導入などを含めて、適切に労働時間管理ができるような仕組みを作りましょう。
また、賃金計算の方法やルールについても法的に適切な形で行われているかを今一度確認し、必要に応じて是正を行いましょう。
6-4 解雇・退職勧奨・懲戒処分の社内フローを整える
解雇、退職勧奨、懲戒処分は、労務トラブルの中でも特に労働審判に発展しやすい領域です。これらの対応を現場任せにしていると、担当者ごとに対応がばらつき、後から説明が難しくなることがあります。
会社としては、問題行動を確認した場合の記録方法、注意指導の手順、面談時の同席者、改善期間の設定、処分検討時の確認事項、退職勧奨時の説明方法などを社内フローとして整備しておくことが重要です。
6-5 労働審判を予防法務につなげる
労働審判は、目の前の紛争を解決する手続ですが、会社にとっては労務管理の課題を見直す機会でもあります。
未払残業代の請求があった場合には、当該従業員だけでなく、他の従業員にも同様のリスクがないか確認する必要があります。ハラスメントの申立てがあった場合には、相談窓口、研修、管理職教育、再発防止策の整備が必要になることもあります。
労働審判をその場限りの紛争処理として終わらせず、弁護士と社労士が連携して法的リスクと労務管理の実態をあわせて見直すことで、今後の紛争予防につなげることができます。
第7章 労働審判で会社側が不利にならないために早期対応を進めましょう
労働審判は比較的短期間で審理が進むため、申立書が届いた段階で早急に対応方針を整理することが求められます。
加えて、法的な主張だけでなく労務管理の実態についても問われる手続のため、弁護士による主張立証の整理と、社労士による規程・勤怠管理や労務運用の確認を連携させることでより実態に即した対応がしやすくなります。
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