個人開業医の先生が、法人の仕組みを検討する場合、MS法人の設立が選択肢になることがあります。MS法人(メディカル・サービス法人)とは、クリニックの診療以外の業務や資産管理などを担う株式会社・合同会社などを指す実務上の呼び方です。本記事では、特に個人開業医に的を絞り、MS法人設立のメリットと、税務・法務の注意点を弁護士・税理士の視点から解説します。
第1章 個人開業医がMS法人を活用する税務上のメリット
1-1 青色事業専従者給与では対応しにくい家族の関与を整理できる
個人開業医の場合、配偶者や家族がクリニックの受付や経理、スタッフ管理などに関わっていることがあります。このような場合、個人事業の枠内では、家族の給与を経費にできる青色事業専従者給与が使われます。
しかし、青色事業専従者給与として認められるには、家族がその事業に専ら従事していることなど、一定の要件を満たす必要があります。そのため、家族が他の仕事をしている場合には、対応しにくいことがあります。
これに対し、MS法人を設立し、家族が役員や従業員となって業務を行う場合には、その業務の内容に応じて、役員報酬や給与という形で報酬設計を検討できます。
このように、MS法人を活用することで、個人事業の枠内では対応しにくかった家族の関与を、業務への対価として整理しやすくなります。
1-2 社宅・退職金・生命保険など法人特有の制度を活用しやすくなる
MS法人を設立すると、個人事業では使いにくい法人特有の制度を活用しやすくなります。具体的には次のようなものがあります。
役員社宅を活用し、住居費の一部を法人側で整理できる
MS法人が賃貸物件を借り上げ、役員に社宅として貸与する方法があります。
たとえば、配偶者や家族がMS法人の役員として事務業務など継続的に関与している場合、MS法人が役員社宅を用意し、一定の賃料を受け取る形が考えられます。この方法をとることで、単に個人が自宅家賃を支払う場合と比べ、住居費の一部を法人の経費として整理しやすくなります。
役員退職金を準備し、将来の資金設計をしやすくなる
MS法人では、役員退職金の制度を設計することもできます。
個人事業の場合、生計を一にする家族が長年クリニック運営を支えていても、税法上、退職金を必要経費に算入することは原則できません。これに対し、MS法人の役員として家族が業務に関与している場合、退任時に役員退職金を支給することが検討できます。
将来家族にまとまった資金を支給する設計ができるため、配偶者や後継世代の将来資金を計画的に準備しやすくなります。
法人契約の生命保険を活用し、事業保障や退職金原資を準備できる
MS法人を契約者として生命保険に加入し、万が一の事業保障や将来の退職金原資を準備する方法もあります。
たとえば、MS法人の代表者や重要な役員に万が一のことがあった場合に備え、法人契約の保険で資金を確保しておけば、借入金の返済、事業継続資金、家族役員への退職金原資などに活用しやすくなります。
個人で生命保険に加入する場合は、個人の保障や相続対策が中心になりますが、MS法人で保険を設計する場合には、法人の資金計画の中で、事業継続、役員退職金、将来の承継資金を一体的に考えやすくなります。
1-3 個人クリニックの利益の一部をMS法人に分散できる
個人事業主にかかる所得税は、利益が高くなるほど税率が上がる累進課税です。住民税も含めて最高55%という税負担がかかります。
一方、法人の場合は税率がほぼ一定です。さらに中小法人の場合、年800万円以下の所得部分については約15%という軽減税率が適用されるなど、個人よりも税率が低く抑えられています。
たとえば、クリニックの受付やレセプト請求などの周辺業務をMS法人へ外注し、適正な業務委託料を支払うことで、個人クリニックにかかる高い税率の利益の一部を、税率の低いMS法人側へと移転させることができます。
このように、MS法人へ利益を分散させることで、個人と法人の税率の差を利用し、クリニック全体として支払う税金の総額を引き下げられる可能性があります。
第2章 医師の枠にとらわれない事業展開や資産承継の可能性
MS法人の活用場面は、税金対策だけではありません。診療外の事業を整理したり、医師免許を持たない家族へ資産を承継したりする場面でも有効な場合があります。
2-1 診療以外の収益事業をMS法人側で展開しやすくなる
医療機関は、患者に医療を提供する施設であり、一般の営利法人と同じ感覚で診療外の収益事業を広げることはできません。そのため、診療以外の収益を展開する場合には、医療機関の非営利性や診療との関係が問題になることがあります。
このような場合、診療行為や医療判断は個人クリニックに残し、たとえば、サプリメントの販売や講演・セミナーの企画・運営、企業向けの健康相談など、診療以外の収益事業をMS法人側で行う設計が考えられます。
2-2 医師免許を持たない家族に事業を承継しやすくなる
個人クリニックそのものは、医師である院長の資格や診療体制と強く結びついています。そのため、子どもが医師免許を持っていない場合、クリニックの診療事業をそのまま承継させることはできません。
一方で、MS法人の運営に医師免許は必要ありません。たとえば、MS法人がクリニックの土地や建物、医療機器などを保有し、それをクリニックに賃貸する仕組みにしておけば、MS法人の株式や持分を通じて、医師免許を持たない家族にも資産管理の仕組みを承継しやすくなります。
第3章 個人開業医のMS法人活用で問題になる税務調査、消費税、社会保険料の注意点
ここまで、MS法人の税務負担の調整や資産管理の面でのメリットを整理しました。ただし、これらのメリットは、業務実態や金額の相当性があって初めて認められるものです。節税目的だけで実態に合わない取引を行うと、税務調査で支払いが否認されたり、医療法務上の問題が生じたりする可能性があります。
以下では、2章までに説明したメリットを実現するために、注意すべきリスクを整理します。
3-1 院長がMS法人の代表を兼務する場合は特に、税務調査で取引の実態が確認されやすい
個人開業医がMS法人を設立する場合、院長自身がMS法人の代表を兼ねるケースがよくあります。
院長がMS法人の代表を兼ねること自体が、直ちに違法になるわけではありません。ただし、その場合、税務調査においてMS法人への支払いが本当に業務の対価であるか、単に個人所得を法人側に移すための取引ではないかを確認されやすくなります。
特に問題になりやすいのは、次のようなケースです。
- MS法人に従業員や設備がなく、実際には業務が行われていない
- 契約書はあるが、業務報告書や成果物が残されていない
- 管理料が売上の一定割合で機械的に決まっている
- 外部業者に依頼した場合と比べて委託料が高すぎる
- 家族役員や家族従業員の具体的な業務内容が説明できない
このような場合、クリニック側からMS法人への支払いが必要経費として認められず、否認される可能性があります。
そのため、MS法人を活用する場合は、代表者を誰にするかに加えて、実体を伴った事業運営が行われることが大前提となります。
そのうえで、事業を行っている証拠として、契約書や請求書、業務報告書などの記録を残すことも重要です。税務調査が入った際には、それらの証拠を示しながら、MS法人の業務実態について説明できる状態にしておくことが求められます。
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3-2 保険診療中心のクリニックでは、消費税コストでメリットが薄れる可能性がある
個人開業医のMS法人活用で見落とされやすいのが、消費税の問題です。
クリニックからMS法人へ支払を行う場合、その取引は消費税の課税対象となり、消費税が上乗せされます。一般企業であれば、通常、仕入れや外注で支払った消費税は、売上に伴って預かった消費税から差し引いて国に納めるため、実質的なコストになりにくいといえます。
しかし、社会保険診療は原則として消費税が非課税です。そのため、保険診療が中心のクリニックでは、売上に消費税を上乗せして受け取る場面が少なく、支払った消費税を十分に控除できないケースも考えられます。
つまり、MS法人に支払った消費税は、クリニックにとって実質的なコストとなる可能性があります。
そのため、MS法人の設立前には、所得税・法人税だけでなく、こうした消費税を含めたトータルの負担で試算することが重要です。
3-3 社会保険料の負担増で手残り額が減るケースもある
MS法人は株式会社や合同会社などの法人のため、役員報酬や給与が発生する場合には、原則として健康保険・厚生年金の適用対象となります。たとえば、所得分散のために配偶者や家族をMS法人の役員にし、役員報酬を支払う場合、その報酬に応じて社会保険料の負担が発生します。
社会保険料は、役員報酬の金額に応じて決定される標準報酬月額をもとに計算されます。この標準報酬月額は等級ごとに区切られており、役員報酬を高く設定すると、それに応じて社会保険料の本人負担分とMS法人側の会社負担分も上がります。
つまり、所得分散を目的として家族役員の報酬を高めに設定したとしても、それに応じて社会保険料の負担が増え、所得税や住民税の軽減額よりも社会保険料の増加額が大きくなってしまうと、MS法人設立のメリットが薄れることになります。
そのため、MS法人で役員報酬を設計する際は、その報酬額によって標準報酬月額がどの等級になり、本人とMS法人にどれだけ社会保険料が発生するのか、社会保険料まで含めた手残り額を事前にシミュレーションすることが重要です。
第4章 個人開業医のMS法人活用は税務・法務・労務をあわせて検討する
MS法人は、個人開業医にとって、税務負担の調整や家族への報酬設計などに活用できるとして注目されています。ただし、実際に業務を行っていること、委託料や役員報酬の相当性について、契約書や請求書、業務報告書などで説明できる状態にしておかなければ、税務調査で認められず、追徴課税を受けるリスクがあります。
また、MS法人を設立すれば当然に手残りが増えるわけではありません。消費税や社会保険料、法人の維持費まで含めて試算しなければ、所得税の負担は下がっても、結果として手残りが少なくなることもあります。
MS法人を活用すべきかどうかは、個別の事情にあわせて、税務・法務・労務の視点からの検討が求められます。私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士、税理士、社会保険労務士などが連携し、個人開業医のMS法人活用をサポートしています。MS法人を設立すべきか、医療法人化と比較すべきか、実際にメリットが出る設計になるのかなど不安がある場合は、お気軽にご相談ください。