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パート職員を正社員化したいと考えたときには|医療機関が知っておくべき社保負担・採用費・キャリアアップ助成金を踏まえた判断ポイント

2026.07.09

クリニックの現場を熟知し、他のスタッフや患者からの信頼も厚いパート職員に、正社員として活躍してほしいと考えたことはないでしょうか。その一方で、社会保険料など人件費の増加が気になって、正社員化の判断に迷う場面もよくあります。本記事では、医療機関でパート職員の正社員転換を検討する場合の正社員化コストと離職再雇用コストとの比較、キャリアアップ助成金の活用について、弁護士・社労士の視点から解説します。

 

第1章 パート職員の正社員化と社会保険料のコスト問題

1-1 クリニック経営者が正社員化をためらう社会保険料の事業主負担

パート職員の正社員化を検討する場面ではコストの問題で悩むことがあります。特に大きいものが、社会保険料の事業主負担です。

雇用形態がパートであれば、社会保険の加入義務が発生しない範囲での雇用も可能ですので、健康保険や厚生年金保険の適用要件を下回る労働時間・勤務日数に調整し、クリニック側の法定福利費負担を一定水準に抑えやすくなります。

しかし、パート職員を正社員としてフルタイム勤務に転換した場合、社会保険の加入対象になります。
健康保険料や厚生年金保険料は、職員の給与額に応じて算定され、その約半分を雇用主であるクリニックが負担することとなります。また、正社員化に伴い基本給等を増額改定した場合は、その給与総額の増加に比例して労働保険料(雇用保険と労災保険)の事業主負担額も増額します。

例えば、パート時代よりも月給を増額したうえで正社員化した場合、基本給の増額分に加えて、支給額の約15%に相当する社会保険料の事業主負担が毎月の固定費として上乗せされることになります。
年間を通してみると、職員1名あたり数十万円の新たな支出が発生することになり、特に中小規模のクリニックにとっては財務上の負担要素となりやすいといえます。

1-2 社会保険料だけで判断すると、採用費や人材流出リスクを見落としやすい

社会保険料の負担というコスト増を考えると、「今のままパートタイマーとして働いてもらう方がクリニックの財務上は安全ではないか」という判断に傾くかもしれません。しかし、正社員化するかどうかを検討する際には、増えるコストだけでなく、「正社員化しなかった場合に生じるコスト」も考えてみることをおすすめします。
特に、当該のパート職員が安定した雇用条件を希望しており、正社員への転換を見送ったことを理由に退職してしまった場合、採用費と教育コストは重要です。

次章で詳しく確認しますが、医療機関における看護師、医療事務、歯科衛生士などの採用についても近年は人手不足が課題になっています。
新たなスタッフを探す採用活動にかかるコスト、その後の新人スタッフの育成にかかる時間的コスト、既存スタッフへの負担、これらの捉え方によっては正社員転換にかかるコストの見え方も変わってくることがあります。

 

第2章 正社員転換コストと離職再雇用コストのシミュレーション比較

2-1 パートから正社員化した場合の実質コストの試算方法

パート職員をフルタイムの正社員へ転換する場合、まず確認すべきなのは、追加負担となる年間の総人件費です。

正社員化による追加コストを試算する際は、単に月給の増加分だけでなく、自院の就業規則や賃金規程に基づき、正社員に適用される以下のような項目を確認する必要があります。

項目 具体例
基本給・月給の増加分 時給制から月給制への変更、勤務時間増加による給与増
賞与・各種手当の増加分 賞与、資格手当、住宅手当、家族手当、通勤手当、夜診・土曜勤務に伴う手当など
退職金制度に関する負担 退職金規程に基づく将来の退職金支給、中退共、企業型DCなど
社会保険料・労働保険料の事業主負担分 健康保険、厚生年金、雇用保険、子ども・子育て拠出金など
割増賃金の増加分 残業代、休日労働手当、深夜労働手当など
有給休暇取得時の賃金負担分 有給取得時の賃金支払い

※上記のうち、どの手当や制度が適用されるかは、自院の就業規則や賃金規程などの内容によって変わります。

たとえば、時給制のパートとして年間250万円を支払っていた職員を、月給制のフルタイム正社員に転換し、賞与を含めた年間の額面給与を400万円に設定する場合、給与の増加分は150万円となります。

給与の増加分 = 正社員化後の額面給与 - パート時代の額面給与

次に、正社員化によって生じる社会保険などの事業主負担分を計算します。
健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料・労災保険料などの負担率は、所在地や保険料率、年齢、加入状況によって異なりますが、概算では年間総支給額の約15%前後を一つの目安として試算することがあります。

今回の例では、転換後の年間総支給額400万円に対して、社会保険料等の事業主負担分を概算で15%、年間60万円と見込むと、給与増加分150万円とあわせて、年間約210万円が追加コストの目安になります。

※この210万円は、給与増加分と社会保険料等の事業主負担分を中心にした概算のため、退職金制度や追加の手当などがあれば、さらにその分も別途加算して検討する必要があります。

経費算入による法人税等の軽減効果と実質負担額の目安

ただし、この210万円全額がそのまま実質的な負担になるわけではありません。
増加した給与や社会保険料等の事業主負担分は、医療法人であれば原則として損金、個人クリニックであれば必要経費として整理されます。
そのため、黒字で課税所得がある場合には、法人税や所得税等の負担が一定程度軽減されることがあります。

たとえば、追加コスト210万円について、仮に実効税率を30%として概算すると、税負担の軽減効果は約63万円となり、税引後の実質負担は約147万円と見ることもできます。

このような方法で正社員転換に伴う人件費を試算し、次に、当該パート職員が離職してしまった場合のコストと比較検討を行います。

2-2 当該職員が離職した場合に発生する採用費と教育コストの試算方法

正社員への転換を見送った結果、当該パート職員が離職し、別の人材を再雇用せざるを得なくなった場合のコストを確認します。

再雇用にかかるコストは、採用時に発生する直接的な費用と、採用後に発生する教育・定着までの間接的な負担に分けて考えます。

直接的な採用費用(人材紹介会社の紹介手数料、求人広告掲載費用など)

人手の確保のために人材紹介会社を利用する場合、採用が決まった時点で、想定年収の一定割合に相当する成功報酬が発生することが一般的です。紹介手数料の水準は契約内容によって異なりますが、想定年収の20%~35%程度を目安としていることが多いです。
たとえば、想定年収400万円の看護師を1名採用する場合、紹介手数料だけで80万円から140万円程度の費用が発生することもあります。

人材紹介契約では、早期退職時の返戻条項が設けられていることも多く、半年以内に退職された場合は一定程度の返戻がありますが、採用活動にかけた時間、面接対応、教育期間中の現場負担、シフト調整の負担まで回復できるわけではありません。

人材紹介ではなくWeb上の求人広告媒体を利用する場合も、直接的な採用費用として求人掲載費用がかかります。
比較的安価に掲載できる媒体から、1回の掲載で数十万円程度の費用がかかる媒体まで様々ですが、掲載する=必ず採用ができるという保証があるものではありませんので、人材の確保ができるまで何度か繰り返して求人を出さなければならない場合は、その回数分費用が発生することとなります。

間接的な採用費用(教育期間中の現場負担)

たとえ、新たな職員が見つかったとしても、自院のルールに慣れるまでに一定の教育期間が必要になる点も軽視できません。
この期間中は、既存スタッフが通常業務と並行して指導やフォローを行うことになります。

たとえば、時給換算で2,000円程度の既存スタッフが、1日2時間、月20日ほど新人指導に時間を使う場合、それだけで月8万円相当の時間的コストが発生することになります。
実際には、指導時間をすべて金額に換算できるわけではありませんが、新人教育によって既存スタッフの負担が増えたり、本来の業務に割ける時間が減ったりすることは、クリニック経営上の負担として考えておく必要があります。

2-3 正社員化コストと再雇用コストを比較する

ここまで確認したように、正社員化には人件費の増加が伴いますが、正社員化を見送ったことをきっかけに当該職員が離職した場合には、採用費や教育コストが発生し、既存スタッフにも負担が生じることが考えられます。

正社員化を検討する際には、増える人件費だけを見るのではなく、正社員化をしなかったことによって想定されるリスクについても検討しておくことが重要です。
自院のケースにおいて、正社員化した場合のコストと、正社員化しなかった場合に想定されるリスクやコストを比較してみましょう。

そのうえで、正社員化による負担を一部軽減できる可能性がある制度として、次章ではキャリアアップ助成金の活用について確認します。

 

第3章 【助成金】キャリアアップ助成金の活用で正社員化の負担を軽減

3-1 正社員化コースの対象になるかを事前に確認する

パート職員を正社員化する際の負担を、一定程度軽減する仕組みとして検討したいのが、厚生労働省が所管するキャリアアップ助成金の「正社員化コース」です。
この制度は、有期雇用労働者、短時間労働者、派遣労働者など、いわゆる非正規雇用労働者を正規雇用労働者等へ転換させた場合に、事業主に対して助成する制度として運用されています。

パート職員を正社員化する場合にクリニックがこの助成金を受給するには、以下のような要件を満たす必要があります。

受給の条件:正社員にする前の6か月間の実績

正社員に切り替える前のパート期間について、以下の条件をクリアしている必要があります。

  • パート職員に適用される就業規則や賃金規程などがあること
  • 就業規則や賃金規程などで、正社員とパート職員の違いが分かること
  • そのルールに基づいて、パート職員として通算6か月以上働いていた実績があること

院内の書類上、正社員とパート職員の区分や賃金ルールの違いが明確でない場合は、対象外となる可能性があるため注意が必要です。

正社員化コースの支給額

令和8年度版では、中小企業の場合、正社員化コースの支給額は次のように整理されています。

有期雇用労働者から正規雇用労働者へ転換する場合

 通常:1人あたり40万円
 重点支援対象者に該当する場合:最大80万円

無期雇用労働者から正規雇用労働者へ転換する場合

 通常:1人あたり20万円
 重点支援対象者に該当する場合:最大40万円

注意が必要なのは、パート職員であれば常に有期雇用労働者として扱われるわけではない点です。雇用契約に期間の定めがあるかどうか、雇用された期間が通算5年を超えていないか、過去に無期雇用労働者として雇用された期間がないかなどによって、助成金上の扱いが変わることがあるため、まずは当該パート職員との契約を確認しましょう。

3-2 正社員化してから申請するのではなく、転換前から準備する

キャリアアップ助成金で注意したいのは、手続きの順番です。
正社員化コースは、パート職員を正社員にした後で、あとから「助成金を申請したい」と考えても間に合わないことがあります。
キャリアアップ計画書の提出や就業規則の整備など、正社員転換を行う前に実施が必要な手続きについては、必ず先に済ませておきましょう。

具体的には以下のような流れで行っていきます。

ステップ1:【転換前】計画書の提出と就業規則の改定

「正社員に切り替える前」に手続きを完了させる必要があります。

キャリアアップ計画書の提出

転換日(正社員登用日)の前日までに、管轄の労働局へ計画書を提出し、受理されなくてはなりません。

就業規則の改定と届出

正社員への転換制度について、手続きや要件などを明記した就業規則を整備します。就業規則の届出義務がある場合は、施行後に労働基準監督署へ届け出ます。

ステップ2:【転換当日】正社員への転換と契約締結
雇用契約の切り替え

あらかじめ定めた転換日に、対象のパート職員と、正社員としての雇用契約を新たに締結し、実際に正社員として勤務を開始します。あわせて、就業規則等に基づき、賞与または退職金制度、昇給制度など、正社員として必要な処遇が適用される状態になっているかも確認します。

ステップ3:【転換後6か月間】3%以上の賃金増額と実績作り
賃金増額

正社員転換後6か月間の基本給・定額手当を、転換前6か月間と比較して3%以上アップさせて支給する必要があります。時給制から月給制に変わる場合などは、1時間当たりの賃金で比較する必要がある点にも注意が必要です。

適切な労務管理

タイムカードや賃金台帳を正確に記録・保管し、残業代の未払い等の法令違反がない状態で6か月間雇用を継続します。

ステップ4:【転換6か月後~】支給申請の実行
申請書と証明書類の提出

正社員として6か月分の給与を支払った翌日から「2か月以内」に、労働局(ハローワークの場合もある)へ支給申請書と、賃金台帳やタイムカードなどの証明書類を提出します。

ステップ5:【申請後】審査を経て口座へ入金
審査と受給

労働局による書類審査を経て、不備がなければ指定の口座へ助成金が振り込まれます。審査期間は申請内容や労働局の状況によって異なり、数か月以上かかることもあります。

 

第4章 パート職員の正社員化は、コストだけでなく人材確保の視点から検討を

医療機関においても人手不足が続くなかで、能力、勤務態度、患者対応、スタッフ間の協調性をすでに確認できているパート職員は、非常に貴重な人材です。その職員に長く働いてもらうために正社員化を検討することは、採用難の時代における合理的な経営判断といえます。
一方で、増加する人件費は継続的な負担となるため、慎重になるのも当然です。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士、社会保険労務士、税理士など5つの士業法人が連携し、法的な労務リスクのマネジメントから、キャリアアップ助成金の適正な申請手続き、財務面への影響まで、医療機関のあらゆる経営課題をトータルにサポートしています。客観的かつ専門的な視点が必要な際はお気軽にご相談ください。

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