運送業は、長時間運転や荷待ち時間、日をまたぐ業務など、他の業種にはない特殊な労働実態を持つため、残業時間の計算・管理や法的な制限においても、通常のオフィス労働とは異なる運用が必要とされます。
本記事では、労働法に精通した弁護士の視点から、運送業における残業時間の管理実務や注意点、対応が必要な法改正のポイント、そして法的トラブルを未然に防ぐために企業がとるべき対応をわかりやすく解説します。
もくじ
1. 運送業における残業時間管理の特徴
1-1. 運送業が他業種と異なる背景とは
運送業は、製造業やサービス業など他の業種とは異なり、労働時間の「長さ」「変動性」「拘束性」が特に大きい業態です。
これは、業務の特性として「道路状況に左右される」「荷主都合で待機が発生する」「長距離運転が多い」「早朝・深夜をまたぐ勤務がある」といった事情があるためです。
これらの要因により、一般的な労働時間の概念や管理方法をそのまま適用するだけでは、実態に即した労務管理ができないという問題が生じやすくなります。
とくに、ドライバーの拘束時間が長時間にわたることが常態化しやすく、「労働時間としてカウントすべきかどうか」「割増賃金の対象になるのか」といった判断が難しい場面も多いのが実情です。
1-2. 荷待ち・手待ち・運行指示と労働時間の関係
運送業では、走行そのもの以外の時間についても、「それが労働時間に該当するかどうか」が重要な論点になります。
特に、以下のような場面が該当します。
- 荷待ち時間(荷物の積み込み・積み下ろしを待っている時間)
- 点呼待機・運行指示待ち(指示があるまで車内等で待機している時間)
- 休憩時間中の電話対応や拘束状態
これらの時間は、たとえ実際に作業していなくても、会社の指示により待機している状態であれば「労働時間」と判断される可能性が高いとされています。
近年では、こうした待機時間にも残業代支払義務があるとして、未払い賃金請求を受ける事例が全国で増加しています。
そのため、実労働時間・拘束時間・休憩時間を正確に把握し、法的整理を行うことが、労務リスク回避の第一歩になります。
2. 運送業における「残業時間」の定義とその考え方
運送業で残業時間を正確に把握・管理するためには、まず前提となる「労働時間」「所定労働時間」「法定労働時間」の違い、そして割増賃金の発生タイミングを正しく理解しておく必要があります。
2-1. 労働時間と残業時間の違い:運送業の文脈で整理
労働時間の概念にはいくつかの種類がありますが、運送業で実務上重要となるのは以下の3つです。
| 用語 | 定義 | 運送業での具体例 |
|---|---|---|
| 所定労働時間 | 就業規則・雇用契約で定めた勤務時間 | 8:30〜17:30など、運行スケジュールに基づく設定 |
| 法定労働時間 | 労基法で定める上限(原則:1日8時間、週40時間) | 法定労働時間を超える部分に時間外労働が発生 |
| 時間外労働(残業) | 法定労働時間を超えた時間の労働 | 拘束時間が長くなった場合や荷待ちが長引いた場合など |
→ 会社の「定時」を超えた=残業、とは限らないことに注意が必要です。
運送業では、法定上限と業務実態がズレやすいため、法的な定義を意識して勤怠記録を整えることが重要です。
2-2. 残業(時間外労働)に該当するケースとしないケース
法定労働時間を超えて働いた時間は「時間外労働」となり、原則として25%以上の割増賃金の支払いが義務づけられます(労基法37条)。
実務では、これは労働時間なのか?そうでないのか?という線引きで悩みやすい部分も多く、時間外労働なのかどうかの判断は問題になりやすいです。
これらの線引きが曖昧なまま放置されていると、未払い残業代請求のリスクや、労基署からの是正指導の対象となることがあります。
残業時間と認定されやすいもの
- 運転業務そのもの(当然に労働時間でもあります)
- 点呼〜出庫前の待機・整備
- 荷物の積み込み・積み下ろし時間(荷役作業)
- 荷主の都合による荷待ち(業務指示下での拘束)
- 車両での待機中に通信指示が可能な状態
- 運送業特有のガイドラインである改善基準告示で定められる拘束時間の法定上限を超えた部分(改善基準告示については詳しくは後述します。)
残業に該当しにくい/判断がグレーなもの
- 自主的な早出・残業(上司の明示的な指示がない場合)
- 宿泊施設等で自由に離脱可能な休憩時間(ただし条件あり)
- 車両整備中の完全休憩(業務命令を受けない場合)
2-3. 深夜・休日労働の割増計算
運送業では、深夜帯や休日をまたいだ業務が日常的に発生します
割増賃金の対象となる労働時間を正確に管理するには、以下の「時間の種類」を区別し、それぞれに応じた割増率を正しく適用する必要があります。
| 時間の種別 | 割増率 | 概要 |
|---|---|---|
| 時間外労働(法定超) | 25%以上 | 1日8時間/週40時間を超える部分 |
| 深夜労働(22:00〜翌5:00) | 25%以上 | 夜間運行がある場合は常時発生しやすい |
| 休日労働(法定休日) | 35%以上 | 週1回の法定休日を越えて勤務した場合 |
とくに深夜時間帯の運行が多い運送業では、「深夜労働+時間外労働」の両方が重なる場面も多く、割増率が合算で50%以上となるケースも頻繁に生じます。
さらに、月60時間を超える時間外労働に対しては、「50%以上の割増賃金」が必要になるという特例ルールがあります。
こうした複数要素が重なった場合の計算方法や記録の取り方についても、正確な理解と仕組みづくりが必要です。
3. トラック運転者に関する労働時間規制:改善基準告示とは?
運送業界の労働時間管理は、労働基準法だけでは完結しません。
その実態に即した特例として、国土交通省・厚生労働省が策定した「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」が別途適用されます。
この告示では、トラックドライバーの労働時間・休憩・休息等に関して、以下のような独自の制限を定めています。
主な上限(2024年4月以降の基準)
| 項目 | 原則的上限 | 最大限(特例含む) | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1日の拘束時間 | 13時間以内 | 15時間まで(週2回まで) | 点呼〜点呼(始業~終業)までが対象。休息期間を除く |
| 1ヶ月の拘束時間 | 284時間以内 | 310時間まで(回数制限あり) | 月間のトータル拘束時間 |
| 連続運転時間 | 4時間以内 | 超過不可 | 休憩や中断をはさむ必要あり |
| 運転時間(2日平均) | 1日9時間以内 | 最大11時間 | 週単位でも制限あり |
| 勤務間インターバル(休息期間) | 原則9時間以上 | 継続11時間(努力義務)、短縮は限定的に可 | 自由な休息が可能な時間であることが条件 |
労働時間規制を考えるにあたっては、拘束時間≠労働時間であることに注意が必要です。労働時間が8時間でも、荷待ちや点呼の拘束が長ければ、拘束時間超過になる可能性があります。
なお、この告示は、厚生労働省が発出した労働省告示(法令ではなく“指針”)ですが、実務上は労働基準監督署もこれに基づき指導を行っており、遵守しなければ事実上の是正指導や法的リスクが生じます。
改善基準告示は、貨物運送事業者すべてに適用され、正社員・契約社員・パートといった雇用形態を問わずドライバーに適用される点も特徴です。
補足:拘束時間・運転時間・休息時間の区分け
拘束時間
点呼・整備・運転・荷待ち・待機などを含む、会社の指揮命令下にある全時間。
運転時間
実際に車両を運転していた時間。休憩や荷役を除外。
休息期間
勤務終了から次の勤務開始までの「業務から完全に解放された時間」。会社連絡への対応義務がある場合は該当しない。
4. トラック運転者に関する労働時間規制:2024年問題といわれる時間外労働上限規制への対応
4-1. 働き方改革関連法による新たな上限
2024年4月より、自動車運転業務に対しても「働き方改革関連法」に基づく時間外労働の上限規制が適用されることになりました。
これは、2019年に施行された改正労働基準法のうち、トラックドライバーをはじめとする一部業種に猶予されていた規制がいよいよ本格的に適用されることとなり、具体的には、以下のような上限が設けられます。
| 区分 | 規制内容 |
|---|---|
| 時間外労働の年間上限 | 原則960時間まで(特例含む) |
| 原則残業上限(月) | 45時間まで(繁忙期は100時間未満) |
| 年間総拘束時間 | 3,300時間以内 |
→ このように、これまで暗黙の了解で長時間労働が行われていた運送業にも、明確な法的上限が課されることとなり、違反すれば罰則も伴う「法的義務」となります。
4-2. 月・年単位での限度と例外規定
労働基準法では、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間までとされています。
ただし、繁忙期などやむを得ない事情がある場合には、労使間で「特別条項付き36協定」を締結することで、一定の範囲で上限を超えることも可能です。
運送業もこのルールの対象となりますが、2024年4月以降は業界特例として「年960時間」という絶対的な上限が新たに設けられており、特別条項を結んでいてもこの上限を超えることは認められません。
複数月平均での上限(80時間)や連続した休日労働なども監視対象となるほか、一部緊急輸送や災害対応を除き、業務都合による恒常的な超過は許されませんので実際の労働時間の記録・把握・調整が不可欠になります。
従来、運送業界では「納品時間優先」「現場対応重視」「労働時間はおおよそで記録」など、柔軟な現場判断が尊重されてきた風潮がありましたが、「時間管理の厳格化」「可視化」「法的証拠性の担保」が求められる時代に移行しています。
単に規制に対応すればよいということではなく、経営課題としての物流効率・収益性・安全性のバランス確保が問われるフェーズに入ったといえます。
5. 運送業における残業代の計算と未払いリスク
5-1. 基本給に基づく残業代の正確な計算方法
残業代の計算は、以下の基本式に基づいて行います。
残業代 = 基礎賃金 × 割増率 × 残業時間数
ただし、運送業では「時間外労働(法定超)」「深夜労働(22時~5時)」「休日労働(法定休日)」が重なりやすく、それぞれに応じて異なる割増率を適用する必要があります。
| 労働の種類 | 割増率 | 備考 |
|---|---|---|
| 時間外労働 | 25%以上 | 月60時間超は50% |
| 深夜労働 | 25%以上 | 時間外と重複する場合は合算 |
| 休日労働 | 35%以上 | 法定休日に勤務した場合 |
なお、原則として、職務に直接関係しない手当(通勤手当・家族手当など)は基礎賃金からは除外されますので、残業代計算の際は注意が必要です。
5-2. 定額残業代制度を導入する際の注意点
運送業では、毎月一定の残業が見込まれることから、給与にあらかじめ一定時間分の残業代を組み込む「固定残業代制度(みなし残業代)」を採用している事業者も少なくありません。
制度自体は違法ではありませんが、導入の仕方や運用に不備があると、法的トラブルや過去の残業代の一括支払いリスクに直結します。
適法な運用に必要な3要素
- 定額で支払われている残業時間数が明確であること
- 実際の労働時間と支払い済み残業代を比較して、不足分がある場合に追加支払いしていること
- 雇用契約書や就業規則にその内容が明示されていること
これらのいずれかを欠いている場合、未払い残業代を請求されるリスクが高まりますので正しく運用を行うようにしましょう。
6. 残業時間を適正に管理するための実務対応
6-1. 勤怠管理の手法(デジタコ、GPS、手書き日報の扱い)
運送業では、オフィス勤務と異なり、ドライバーが事業所外で勤務するため、「タイムカードだけでは労働時間を正確に把握できない」という根本的な課題があります。
そのため、次のような複数の手段を組み合わせて、信頼性の高い勤怠記録を整備することが重要です。
| ツール | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| デジタルタコグラフ(デジタコ) | 運転・停止・休憩の時間を自動記録 | 記録されない荷待ちや手待ちの補足が必要 |
| GPS運行管理システム | 車両の位置と移動履歴を可視化 | 労働時間の証拠として使うには補強が必要 |
| 手書き運行日報 | 荷主対応や点呼時間などを細かく記録 | 曖昧な記載・後記入は信頼性が低い |
| 点呼記録簿 | 拘束開始・終了の基準になる | 時刻の正確性と保存義務に留意 |
実務ではどれか一つで完結させようとせず、相互に記録を突き合わせる“複線管理”を行い、後から矛盾が生じない体制を整えることが肝心です。
6-2. 勤務間インターバル・拘束時間の見える化
改善基準告示では「勤務間インターバル(休息期間)」として、勤務終了から次の勤務開始までに原則9時間以上の休息を取ることが義務付けられています。
運送業においては、以下のような部分での見落としが多くなります。
- 退勤点呼から出勤点呼までが9時間未満
- 車両返却後の事務作業が「退勤」とみなされず実質的に休息時間を侵害
- 夜間勤務を終えたドライバーが、十分な休息を取らないまま翌日の昼間の業務にも入る(ダブルシフト状態)
これらを防ぐには、以下の対応が有効です。
- 点呼時刻と実労働の終了・開始時間を必ず記録し、業務システム上でインターバルが自動チェックできる仕組みを導入
- 拘束時間・運転時間の集計表を毎月ドライバーにフィードバックし、意識付けを行う
- シフト組みや運行管理者の配車に法的チェックの観点を加える
適切なインターバルの確保ができていないことは法令違反・事故リスク・未払い残業代請求などの複合的リスクを招きますので、適法に運用がされているか必ず確認をされてください。
6-3. 労使協定(36協定)の締結と運用
36(サブロク)協定とは、労働基準法第36条に基づき、法定労働時間を超えて労働させる場合に労使間で結ぶ書面協定です。
運送業では、時間外・休日労働が日常的に発生するため、36協定の存在と正しい運用が不可欠です。
ポイントとなる運用チェック
- 協定の内容が、実際の勤務実態と合っているか(上限時間・事由など)
- 毎年の更新がなされているか(通常は年度単位)
- 特別条項付き協定の場合、「限度時間を超える具体的事由」と「回数制限」などが記載されているか
雛形通りの36協定を提出しているだけで、中身を把握していない・現場に共有されていないというケースもありますので、必ず現場に即した内容での労使協定の締結を行うようにしましょう。
なお、前述したような実務対応と併せて管理者・運行管理者への労務教育も必要です。
最前線の管理を担う運行管理者や配車係は、現場判断が求められる場面も多く、法的なルールを知らないまま対応してしまうことがトラブルの原因となりやすい立場です。管理者の法令違反を認識していたにもかかわらず対応を放置していたような場合は、会社側が使用者責任を問われることもありますので、管理者に対する適切な法務・労務教育も重要であるといえます。
法改正も含めて、最新のルールに沿って定期的に運用をアップデートすることが不可欠です。
7. 弁護士に相談すべき場面と当事務所の支援
7-1. 法改正・行政対応に不安がある場合
2024年の働き方改革関連法による上限規制の適用や、改善基準告示の厳格運用など、近年、運送業を取り巻く労働時間管理の法的ハードルは格段に上がっています。
しかし、法改正の情報が現場にまで届いていない、制度対応が追いつかないといったケースは依然として少なくありません。
こうした法的観点からの不明点は、弁護士が早期にチェック・助言を行うことで、重大な違反・制裁を未然に防ぐことが可能です。
とくに改善基準告示は「法律ではないが、実質的には遵守必須」であるため、解釈の整理や社内対応ルールの整備には専門的な視点が必要です。
7-2. 未払残業代請求・労基署対応への備え
ここ数年、退職者や社内の一部ドライバーから「未払い残業代の請求」を受けるケースが増加しています。
過去数年分を遡って請求されると、数百万単位での支払いが必要になる場合があるほか、1人の請求から派生して他の従業員からも請求を受けるという状況もあり得ます。
初期対応を誤ると、企業側が圧倒的不利になってしまう可能性も高いため、早期に弁護士による状況精査を行い、リスクを最小限にする対応が不可欠です。
7-3. 就業規則・36協定・契約書の法的整備
運送業では、現場の慣習や業界独自の対応に依存してしまい、法令やガイドラインに沿った文書が整備されていないケースも散見されます。
就業規則がそもそも存在しない・作成してから一度も更新していない、36協定を雛形のまま提出している、雇用契約書に固定残業代の記載が不十分など、契約書や規則があっても、その内容が曖昧である場合は万が一の労務トラブルの際にリスクを防ぐことができません。
弁護士の関与により、法的な目線での規則・規程のチェックができるほか、将来的なトラブルを未然に防ぐような内容での整備が可能です。
当事務所では、運送業の実態に精通した弁護士・社労士・税理士がグループ内で連携の上で、法務・労務・運用まで一貫した支援体制を整えています。
残業時間の管理に不安がある方や、労基署対応や残業代請求への備え、記録整備や契約見直しをお考えの際は、ぜひ一度ご相談ください。
