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就業規則に定年の定めをする場合の注意点|企業が知っておくべきポイントを弁護士が解説

2025.10.29

近年、人材の多様化や高齢化の進展により、企業における雇用管理のあり方も変化しています。その中でも「定年制度」は、就業規則を整備するうえで避けては通れない重要なテーマです。
しかし実務では、「定年の定めをどう書くべきか分からない」「再雇用との関係が複雑」「高年齢者雇用安定法の義務はどこまで対応すればいいのか」といった疑問を抱える企業担当者の声が多く聞かれます。
本記事では、就業規則に定年を定める際の法的留意点や記載例、関連制度との関係、さらにトラブルを防ぐための運用ポイントまで、弁護士の視点から分かりやすく解説します。制度を単に作るだけでなく、活かせるものにするための指針として、ぜひご活用ください。

もくじ

1. 就業規則と定年制度の基本的な関係性とは?

1-1. 就業規則における「定年」の法的位置付け

就業規則とは、労働契約の内容や労働条件を定めた社内ルールのことで、常時10人以上の労働者を使用する事業場では作成・届出が義務付けられています。この就業規則に「定年」に関する規定を設けることで、企業と従業員の間における高年齢期の雇用関係の見通しを明確にすることができます。
定年制度は、労働者が一定の年齢に達した時点で労働契約を終了させる仕組みです。これは雇用の打ち切りを制度的に整えるための手段であり、就業規則により明文化されていることが前提となります。つまり、就業規則に定年の定めがなければ、企業が一方的に定年退職を求めることはできません。
なお、定年制度は任意の制度であり、導入が義務付けられているわけではありません。ただし、導入する場合は「高年齢者雇用安定法」の規定にも適合させる必要があります。

1-2. 労働契約法・高年齢者雇用安定法との関係

就業規則に定年の規定を設ける際には、関連する法律との整合性にも注意が必要です。特に重要となるのが以下の2つの法律です。

労働契約法第10条(就業規則の変更)

 この規定により、就業規則を労働条件とするためには「合理性」が求められます。定年制度の導入や変更が不利益変更に該当する場合、労使間の合意形成や合理性の担保が必要になります。

高年齢者雇用安定法

 この法律では、原則として定年を60歳未満に設定することは禁止されており、企業には希望者全員を65歳まで雇用するための措置(継続雇用制度など)を講じる義務があります。
また、近年の法改正により、65歳以降の雇用確保についても「努力義務」として規定されており、将来的にはより一層の高齢者雇用の延長が求められる可能性があります。
このように、定年制度を就業規則に盛り込む場合は、単に社内のルールとして定めるだけでなく、外部の法規制と整合性を取りながら、将来的な対応も見据えた設計が必要です。

2. 就業規則に定年を定める意義と企業側のメリット

2-1. 定年制がない場合のリスク

定年制度を設けていない場合、企業と従業員との間に労働契約の終了時期に関する合意が存在しない状態となり、従業員の意思がない限り、労働関係は無期限に継続されることになります。これにより、以下のようなリスクが生じます。

  • 高齢になっても契約終了の見通しが立たず、人員構成の柔軟な調整ができない
  • 業務遂行能力の低下が見られても、明確な契約終了事由がないため対応しづらい
  • 他の従業員との賃金バランスや評価制度に不公平感が生じやすい

このような事態を回避するためにも、就業規則において明確に定年年齢と再雇用制度の取り扱いを定めることが、組織運営上不可欠です。

2-2. 従業員構成の適正化と雇用調整の観点から

定年制度は、企業が中長期的に健全な人員構成を維持するための重要な手段でもあります。特に、以下のようなメリットが考えられます。

組織の新陳代謝を促進できる

 一定の年齢で一旦雇用を区切ることで、若手の登用や新規採用を円滑に進めやすくなります。

後継者育成のタイミングを可視化できる

 部門責任者やリーダー層の交代時期が予測しやすくなり、人材育成計画が立てやすくなります。

年功的賃金体系の是正につながる

 定年後再雇用では賃金体系を切り替えることが一般的であり、制度設計により人件費全体の適正化を図ることも可能です。
このように、定年制度は単なる雇用の終了制度ではなく、企業の持続的成長を支える「組織設計の要素」とも言えます。

2-3. 定年再雇用制度との組み合わせによる柔軟運用

現在の法制度では、「定年=退職」ではなく、定年後も再雇用により雇用を継続することが前提とされています。高年齢者雇用安定法では、希望者全員を65歳まで雇用する義務があるため、定年制度を設ける場合は、再雇用制度とのセット設計が必要です。
これにより、企業側は以下のような柔軟な対応が可能となります。

  • 定年後の再雇用時に職務内容や勤務時間を変更できる
  • 賃金水準を再設定し、労働生産性に見合った待遇とすることができる
  • 定年を契機に業務内容の見直しや負担軽減を検討できる

つまり、定年制度は、単なる「一律終了ルール」ではなく、個別事情に応じた雇用継続の「設計図」として活用することが可能なのです。

3. 定年の設定における法的制約と実務上の注意点

3-1. 原則として60歳未満の定年設定は禁止

定年制度を設ける際の大前提として押さえておくべきなのが、「60歳未満の定年設定は法令で禁止されている」という点です。これは高年齢者雇用安定法第8条により明確に規定されており、60歳に達する前に定年退職を命じる制度は、たとえ就業規則に明記していたとしても無効とされます。
このため、定年を設ける場合は60歳以上を基準とし、さらに65歳までの雇用確保措置を制度的に整える必要があります。

3-2. 定年年齢の一律適用と例外規定の設け方

定年を制度化する際には、「一律の年齢で適用する」ことが原則です。たとえば「60歳定年」と定めた場合、基本的にはすべての従業員に対して同様に適用されなければなりません。個別に対象者を区別する、「職種別にバラバラの定年を設ける」ことは、原則として望ましくありません。
もっとも、以下のような合理的な理由がある場合には、限定的な差異を設けることも可能です。

  • 嘱託社員や契約社員など、雇用形態による就業規則の別立て
  • 公務員的性質をもつ一部職種における年齢上限の法的根拠がある場合
  • 管理職や専門職制度に付随した再雇用要件の設定(慎重な運用が必要)

こうした例外規定を設ける際には、あらかじめ就業規則に明確な根拠と基準を記載することが不可欠です。恣意的な運用や差別的取扱いと誤解されないよう、実務上は慎重な検討が求められます。

3-3. 不合理な差別や年齢制限と判断されないために

定年制度の運用において特に注意したいのが、「不合理な差別」や「年齢制限の問題」として指摘されるリスクです。就業規則に基づいて定年退職を命じる際でも、それが次のような状況であれば、法的な紛争に発展する可能性があります。

  • 実際には年齢以外の理由で雇い止めや退職強要が行われている
  • 定年後の再雇用が極端に限定的で、実質的な雇止めとなっている
  • 従業員の評価制度と連動させず、一律で賃金を下げている

特に昨今は、「同一労働同一賃金」の観点からも、再雇用後の待遇差や再雇用の運用実態について、裁判所が厳格に判断する傾向があります。
したがって、定年制度を整えるにあたっては、「年齢のみを根拠にした雇用打ち切り」ではなく、「合理的な人事制度に基づいた制度設計」であることを、制度設計段階から意識する必要があります。

4. 定年後再雇用制度との関係性とセットでの設計ポイント

4-1. 継続雇用制度の法的義務と対象者の範囲

高年齢者雇用安定法により、企業は希望する労働者を65歳まで継続して雇用する義務を負っています。これは「継続雇用制度」と呼ばれ、定年を60歳に設定していたとしても、原則として希望者全員を再雇用するか、定年の延長や廃止のいずれかで対応しなければなりません。実際の運用例としては、以下のような形があげられます。

継続雇用制度の運用例
再雇用制度型

いったん定年退職とし、再度契約を締結する方式

定年延長型

定年を65歳以上に引き上げる方式

定年廃止型

定年という概念自体を設けない方式
多くの中小企業では、柔軟性が高くコストコントロールが可能な「再雇用制度型」を採用していますが、希望者全員を対象としなければならない点には注意が必要です。 運用上のトラブルを防ぐためにも、対象者の範囲や再雇用の条件については、あらかじめ就業規則や再雇用規程に明示することが求められます。

4-2. 無期転換ルールとの整合性確保

再雇用制度を運用する際に注意すべき法制度の一つが、労働契約法第18条に基づく「無期転換ルール」です。これは、有期労働契約が通算5年を超えて反復更新された場合、労働者からの申込みによって「無期契約」に転換される制度です。
定年後の再雇用契約は一般に有期契約とされることが多いですが、更新を続けると、知らぬ間に無期転換申込み権が発生する可能性があります。これを回避するためには、以下のような定めを入れておくことが望ましいです。

自動的な無期転換を防ぐための規定例
  • 再雇用契約に「期間の定めの趣旨」や「更新上限」等を明示しておく
  • 雇止めの基準や判断要素を就業規則・再雇用規程に定めておく

再雇用という雇用の形式上、無期転換のリスクを十分に理解したうえで、再雇用制度と他の労働契約制度との整合性を図ることが、適正な雇用管理には不可欠です。

4-3. 65歳超雇用推進措置の努力義務への対応方法

令和3年4月の法改正により、企業には65歳を超えて働ける制度の導入についても努力義務が課されるようになりました(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律第10条の2)。
この努力義務の具体的な措置としては、以下のいずれかを講じることが推奨されています。

  • 65歳以上への定年延長
  • 定年制の廃止
  • 66歳以上の継続雇用制度の導入
  • 業務委託契約への切替(一定の条件下で)
  • 社会貢献活動等への参加支援措置

中小企業にとってはすぐに制度整備を進めるのが難しい場合もありますが、採用や労務管理の将来的な環境変化に備え、段階的に整備を進める姿勢が問われていると言えるでしょう。
特に、人手不足が顕著な業界や、熟練人材の活用が欠かせない業種では、高齢者の継続活用を前提とした就業規則や人事制度の見直しが、今後ますます重要性を増していくことが想定されます。

5. 就業規則への定年条文の記載例と実務上のポイント

5-1. 条文例(定年・再雇用・継続雇用)

就業規則に定年制度を盛り込む際は、条文の構成を以下のように分類して明記するのが一般的です。

(例)定年規定の条文構成案

第○条(定年)
1. 当社の定年は満60歳とする。
2. 定年に達した日以降は、労働契約を終了するものとする。

第○条(継続雇用制度)
1. 定年に達した従業員で、本人が希望し、かつ会社が適当と認めた者については、再雇用する場合がある。
2. 再雇用後の雇用形態、職務内容、就業条件は別に定める再雇用規程による。

また、希望者全員に継続雇用義務がある場合は、上記「会社が適当と認めた者」の文言は不適切となりますので、「希望者全員を65歳まで継続雇用する」旨を明示する必要があります。

5-2. 表現上の留意点(曖昧表現・恣意性の排除)

就業規則の条文は、法的拘束力を持つ社内ルールです。したがって、あいまいな表現や会社側の裁量が強く出すぎる文言は避ける必要があります。
たとえば、以下のような表現はリスクがあります。

「会社が必要と認める場合に限り再雇用できる」

 → 一見正当なようですが、希望者全員の継続雇用義務に反する可能性があります。

「再雇用の内容は会社の裁量による」

 → 労働条件や職務内容を明確にしないと、トラブルの温床になります。
これらを避けるためには、再雇用条件を別規程(再雇用規程、嘱託就業規則など)に明示し、全体の整合性を図る運用が重要です。

5-3. 定年後の待遇変更ルールの明文化の必要性

再雇用後は、勤務日数・時間・業務内容・給与などが現役時代とは異なることが多く、これらの変更が“合理的である”とされることがトラブル回避のカギとなります。
そのため、以下のような点については、必ず事前に文書化・制度化しておくことが望まれます。

  • 再雇用時の賃金水準やその決定方法
  • 業務範囲や就業場所の変更に関するルール
  • 契約更新の有無と更新判断基準(パフォーマンス、出勤状況など)

加えて、定年後に適用される評価制度・福利厚生の取り扱いなども明文化しておくと、本人の納得性が高まり、法的紛争の予防にもつながります。

6. 定年制度に関連するよくあるトラブル

6-1. 定年後再雇用拒否を巡る紛争

最も多いトラブルの一つが、従業員側が定年後に再雇用を希望したにもかかわらず、企業側が拒否したことをめぐる紛争です。高年齢者雇用安定法では、原則として「希望者全員を65歳まで雇用する義務」が課されており、企業側が合理的な理由なく再雇用を拒否した場合、違法と判断される可能性があります。
特に、以下のような理由で拒否した場合には、訴訟リスクが高まります。

  • 健康状態の確認を怠ったまま「就業不能」と決めつけた
  • 過去の勤務態度を理由に拒否したが、評価基準が不透明だった
  • 曖昧な規程や事実上の慣行に基づく対応

企業の主張が法的に正当であるかを事前に精査し、リスクのある対応を是正することが必要です。

6-2. 同一労働同一賃金との整合性に関する争点

近年注目されているのが、「定年前後で同じ業務をしているにもかかわらず、著しく賃金が下がることは違法ではないか?」という争点です。特に、再雇用後も業務内容が変わらないケースでは、待遇差の合理性を企業側が説明できるかどうかが重要になります。

6-3. 定年延長制度導入時の労務管理体制の再構築

65歳以降の雇用確保が努力義務とされた今、定年の延長や廃止を検討する企業も増えていますが、それに伴い発生するのが、人事制度・評価制度・勤怠管理など、社内全体の労務体制の見直しです。
このような再構築の場面では、以下のような実務支援が求められます。

  • 評価制度の再設計(能力・貢献度をどう測るか)
  • 賃金テーブルの改訂と説明体制
  • 高齢社員向けの就業環境整備(安全衛生、ハラスメント対応など)
  • 契約更新ルールや雇止め基準の適正化

7. 弁護士に相談することで得られる具体的な支援

7-1. 就業規則の条文化とリーガルチェック

定年制度の設計や再雇用制度との整合性確保においては、就業規則や再雇用規程の正確な記述と法令適合性が非常に重要です。弁護士に相談することで、

  • 法改正に対応した適切な条文設計
  • トラブルを防ぐための曖昧表現の排除
  • 他制度(退職金、評価制度など)との整合チェック

といった観点から、実務に即した就業規則整備が可能となります。

7-2. 高年齢者雇用全体のリスクマネジメント支援

定年制度に起因する法的トラブルは、就業規則の記載不備だけでなく、制度の設計思想そのものに起因していることも少なくありません。弁護士は、単なる文言チェックにとどまらず、

  • 制度導入の必要性や妥当性の検討
  • 会社の風土・規模・業種に応じたリスク分析
  • 労働組合や従業員代表との交渉支援

といった支援を通じて、制度設計そのものからの予防法務を提供します。

当事務所では、弁護士法人だけでなく、社会保険労務士法人・税理士法人・司法書士法人・行政書士法人を含めた士業グループ体制を構築しているため、制度の構築・整備・運用まで、企業の成長ステージや課題に合わせた柔軟な対応をワンストップでご提供することが可能です。

8. まとめ|定年制度は専門家の力を活かして整備を

定年制度は、単に従業員の退職年齢を定めるルールではなく、企業の人材戦略・評価制度・コスト管理に直結する“経営制度”そのものです。法改正や社会情勢の変化により、今後も制度の見直しや整備が求められる場面は増えていくでしょう。
形式的な整備ではなく、法的リスクを踏まえた“実効性ある制度”として設計・運用することが、労使の信頼関係を維持し、長期的な企業成長を支える土台になります。
就業規則の整備や定年制度の設計に不安がある場合は、どうぞお早めに弁護士へご相談ください。

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