近年、企業における不祥事やハラスメント、法令違反の早期発見と是正が強く求められるようになり、「内部通報制度(ホットライン)」の重要性が大きく高まっています。
特に、2022年の公益通報者保護法の改正により、従業員数300人を超える企業には内部通報体制の整備が義務づけられ、実際に通報窓口をどのように設け、どのように運用するかが課題となっている企業も少なくありません。
そのような中、内部通報窓口を社内で設置するのではなく、「外部」に委託するという選択肢をとる企業が増えています。
本記事では、内部通報制度の基礎から、弁護士に通報窓口を委託する具体的な仕組み、メリット・デメリットまで、企業法務の観点から実務に役立つ情報をわかりやすく解説していきます。
もくじ
1. 内部通報制度とは?企業に求められる背景と義務
1-1. 内部通報制度の基本的な役割と目的
内部通報制度とは、従業員などが自社内の違法行為や不正行為、ハラスメントなどの問題を匿名または記名で通報できる仕組みのことです。 この制度の目的は、不正の早期発見と自主的な是正によって企業のリスクを最小限に抑えることにあります。
内部通報制度の具体的な狙い
- コンプライアンス体制の強化
- ガバナンスの透明化
- 組織への信頼性向上
- 従業員の安心感と心理的安全性の確保
これらの目的を達成するためには、単に窓口を設置しただけでは足りず、従業員が安心して利用できる環境づくりと、適切な運用体制の整備が不可欠です。
1-2. 改正公益通報者保護法による制度義務化の概要
これまでは内部通報窓口の設置は努力義務でしたが、2022年6月に施行された改正公益通報者保護法により、従業員数300人超の企業については以下の事項が義務づけられました。
従業員数300人超の企業に義務化された項目
- 内部通報の受付窓口の設置
- 通報内容の適切な調査と是正対応の実施
- 通報者の不利益取扱い禁止と、それを防止するための体制構築
- 内部規程やマニュアルの整備
- 担当者に対する研修・教育の実施
法改正により通報制度は努力義務から法的義務へと格上げされたため、対応が遅れている場合は法的リスクを抱える可能性が高まっています。
1-3. 社内通報が機能しないときの企業リスクとは
内部通報制度が存在していても、それがきちんと機能していなければ意味がありません。
例えば、
- 通報しても対応されない、もしくは握りつぶされる
- 通報内容が上司に漏れて報復された
- そもそも誰が窓口なのか、制度の存在自体を知らない
というような状況が続くと、従業員が企業内での対応を信頼できなくなり、社外の労働局・弁護士・報道機関などに直接相談や通報を行う可能性が高まります。
外部からの問題提起が起こってしまうと、報道などを通じた社会的信用の低下や行政調査や法的手続への発展などのリスクも高まるため、組織内での早期把握と是正対応を可能にするためにも内部通報制度を適切に整備・稼働させることが重要となります。
2. 通報窓口の種類と運用方法の選択肢
2-1. 社内設置型の窓口(総務・人事・法務)
もっとも多く採用されているのが、社内に通報窓口を設ける方法です。総務部や人事部、法務部などが担当する形が一般的です。
この方式のメリットは以下の通りです。
社内設置のメリット
- 社内事情に精通しているため、対応がスムーズ
- 費用がかからず、社内リソースで完結できる
- 他部門との連携・調整がしやすい
しかし一方で、以下のような課題も顕在化しやすくなります。
社内設置の課題
- 通報先と通報対象者が近すぎて、通報がためらわれる
- 担当者が主観や利害関係に左右されるリスク
- 通報内容によっては社内で対応しきれない(刑事事件・労基法違反など)
このような理由から、通報者が制度を信頼できず、制度自体が形骸化してしまうケースも少なくありません。
2-2. 外部委託型の窓口(コールセンター・社労士・弁護士)
通報の信頼性を高め、内部の利害関係から切り離すために、外部機関に窓口業務を委託する方法も普及しています。代表的な委託先としては以下のようなものがあります。
- コールセンター・BPO業者
- 社会保険労務士
- 法律事務所(弁護士)
この方式では、第三者機関に相談ができることで、通報者の匿名性が保たれやすく、かつ情報が揉み消されることがないという安心感を従業員に意識してもらうことができます。
2-3. 匿名通報・オンライン通報の仕組みと限界
近年では、オンライン上で匿名通報ができるSaaS型の内部通報サービスも多数登場しています。 ただし、匿名性が高すぎると次のような課題もあります。
匿名性が高くなりすぎることでの課題
- 事実関係の確認が困難になる
- 虚偽通報・悪意ある通報の抑制が難しい
- フォローアップが難しく、実効性が薄れる
そのため、匿名通報の利便性と適度な追跡性のバランスをどう取るかが、運用設計においての重要な論点となります。
3. 内部通報窓口を弁護士に委託するという選択肢
3-1. 弁護士に窓口業務を委託する基本スキーム
法律事務所に通報窓口を委託する場合、弁護士が通報受付を行い、内容を精査・分類したうえで、必要に応じて企業へ報告・助言を行うという形が一般的です。
事務所ごとにサポート範囲は異なりますが、以下のような部分を請け負ってもらえることが一般的です。
- 通報の受理(電話・メール・書面・フォーム等)
- 初期ヒアリングと一次分類(事実確認の足がかり)
- 内容に応じた企業側への報告と改善提案
- 必要に応じて社内調査・外部機関対応支援
通報件数が年間数件程度であっても、リスクが顕在化したときの影響が極めて大きいことから、あらかじめ弁護士と契約し、“何かあったとき”の受け皿を用意しておくことは極めて合理的なリスク対策と言えるでしょう。
3-2. どのような業務範囲を委託できるのか
契約内容にもよりますが、以下のような業務を委託対象に含められることが多いです。
基本業務(通報の受付と報告)
- 通報内容の記録・保存(書面・メール・フォーム・電話など媒体を問わず)
- 対象事案の分類(法令違反・ハラスメント・業務上の不正など)
- 経営層・コンプライアンス部門向けの報告レター・事案概要作成
法的観点からのアドバイザリー
- 通報内容に法的違反性があるかどうかの初期判断
- 労務・刑事・民事・行政リスクに関する見立てと助言
- 社内規程や懲戒規定に照らした処分可能性の整理
調査・是正支援フェーズ(事後対応)
- 通報者・関係者への聞き取り設計や同席(必要に応じて)
- 外部公表・行政対応を想定した証拠保全・説明書類の作成支援
- 改善策(再発防止策・研修・組織改編)へのリーガルサポート
通報者対応と通報制度全体の整備支援
- 通報者保護のための措置助言(不利益取扱い防止)
- 通報制度の規程・マニュアルのリーガルレビュー
- 定期的な通報対応報告会議への出席(外部第三者として)
業務委託にかかる費用は業務範囲や企業規模により異なりますが、通報件数に応じた月額報酬制をとる事務所、対応時間に応じたタイムチャージ報酬での対応をする事務所が一般的です。
4. 弁護士に通報窓口を委託するメリット
4-1. 守秘義務による安心感と通報者保護の信頼性
弁護士に通報窓口を委託する最大の強みは、「法律上の守秘義務」が確立している点です。 弁護士法第23条では、弁護士は業務上知り得た秘密を漏らしてはならないと明記されています。
これにより通報者は、「自分の身元が守られる」という心理的安全性を持って通報できるようになります。
また、通報内容が機微な問題(セクハラ・横領・刑事事件相当の不正など)であるほど、社内には話しにくく、中立かつ法的な守秘が保証される弁護士を通じた通報が信頼されやすくなる傾向があります。
4-2. 法的リスクを前提とした初動判断が可能
通報内容によっては、企業にとって重大な法的影響が生じる場合もあります。 弁護士が窓口であれば、通報内容に即して以下のような初期対応が可能です。
- 通報内容が刑事事件・民事賠償・行政処分に該当し得るかの判断
- 内部調査を実施すべきか、証拠保全の必要性
- 誤った社内処理をすることで二次被害につながるリスクの有無
このように、単なる事務処理ではなく、「初動で何をして何を避けるべきか」を法的見地からアドバイスできる点は、他の外部委託先と明確に異なる点です。
4-3. 社内関係者の利害関係を排した中立性
通報制度がうまく機能しない理由のひとつに、「通報先が通報対象者と近すぎる」「会社全体の空気として通報を歓迎しない」という構造的な不信感があります。弁護士という外部第三者が間に立つことで、組織的な利害から切り離された通報ルートが成立し、通報しやすい雰囲気が生まれやすくなります。
また、会社側も「通報を真摯に受け止めている」姿勢を対外的に示すことができ、社内外からの信頼構築につながります。
4-4. 通報内容への迅速な調査・改善支援につながる
通報があった際、内容を受けてから企業がどのように動くかは非常に重要です。 弁護士に委託している場合、調査の段取り・聞き取り項目の設計・処分の選択肢などをすぐに相談・実行できる体制が整っています。
これにより、調査が遅れたり、対応が不十分だったことによる二次被害(告発・SNS拡散・社外通報等)を防止することができ、結果的に経営リスクを最小限に抑えることができます。
5. 弁護士に委託することのデメリット・注意点
5-1. 通報数が少ないと費用対効果を感じにくい
特に中小企業では、年間に1件も通報がないケースも少なくありません。 そのような中で「月額数万円の外部委託費用」を支払うことに、費用対効果の疑問を感じる企業もあるのが実情です。
ただし、通報がなかった=不要だった、とは限りません。
「何か起きてから動く」よりも、「何もない状態を維持するための備え」として捉える必要があります。
5-2. 一次対応の範囲が限定的になることもある
弁護士によっては、通報受付までが契約範囲であり、調査や社内処分支援までは別途契約や追加費用が必要となるケースがあります。 そのため、委託契約を結ぶ際には以下の点を明確にしておくことが重要です。
- 通報の受付方法(媒体・対応時間)
- 初動アドバイスの有無と範囲
- 調査同行・報告書作成・対応助言の含まれ方
あらかじめ「どこまでをお願いできるのか」「どこから追加費用がかかるのか」を整理しておくことで、想定外の負担を防ぐことができます。
5-3. 全社員に制度周知されなければ機能しない
どれだけ優れた通報体制を外部に構築しても、社員がその存在を知らなければ意味がありません。社内ポータル・イントラネット・研修・就業規則などを通じて以下の点を周知することが重要となります。
- どこに通報できるのか
- 通報の方法
- 匿名通報は可能か
- 通報による不利益はないか
- どのように調査・対応されるのか
6. 弁護士委託の活用が特に有効な場面
6-1. ハラスメント通報への対応に迷う場合
近年、ハラスメントに関する通報はますます増加しています。中でも、セクハラ・パワハラ・マタハラなどは、企業にとって「対応を誤ると取り返しのつかないリスク」に直結します。
例えば以下のような状況では、弁護士による対応が有効です。
- 加害者と通報者の立場・関係性が複雑で判断が難しい
- 通報内容が曖昧で事実関係が見えにくい
- 通報者の感情が高ぶっており、慎重な対応が求められる
弁護士が窓口となることで、通報者との信頼関係を築きやすくなるだけでなく、通報を「不当に処理した」と見なされるリスクを下げることができます。
6-2. コンプライアンス体制の強化を図りたいとき
ESG経営、サステナビリティ、人的資本経営などが注目される中、社内通報制度の充実は企業のガバナンス水準を測る重要な指標と見なされるようになっています。
特に、株主・投資家・金融機関・取引先からのコンプライアンス要請が高まる中で、
- 弁護士委託による中立性と信頼性
- 通報対応の実効性と記録性
- 万が一の調査や報告対応の法的裏付け
が備わっていることは、企業の社会的評価や信用力の向上にも寄与します。
6-3. スモールスタートでリスク管理を始めたい中小企業
「そこまで通報は来ないから、制度はまだ要らないのでは」と考える企業も多いかもしれません。 しかし実際には、小規模な組織こそ「人間関係の近さ」から通報がしづらく、問題が見えにくくなる傾向があります。通報時のみの従量課金制がある法律事務所であれば、比較的コストを抑えながら安心感のある体制整備が可能となります。
7. 当事務所の弁護士による内部通報窓口支援サービス
当事務所では、内部通報窓口の初期対応を弁護士が代行するサービスをご提供しております。
当事務所の内部通報初期対応内容
- 弁護士による通報受付(メール・Webフォーム・電話)
- 通報内容の記録・一次分類・法的初期判断
- 匿名報告形式を含む企業側への概要報告
- 調査方針や聞き取り方法に関する助言
より専門的な案件や深刻度の高い通報に対しては、弁護士が同席する聞き取り面談(通報者・対象者)や実際の改善勧告・再発防止対応、対外対応(マスコミ・行政機関等)までサポートが可能です。
- 内部通報制度を整えたいがどこから始めればいいかわからない
- ハラスメントや内部不正の相談対応に不安がある
- 社内対応に限界を感じている
そんな企業さまには、ぜひ一度ご相談いただければと思います。
