勤務態度が不安定であったり、業務命令に従わなかったり、周囲とのトラブルを引き起こしたりといった「問題社員」への対応に頭を抱える企業は少なくありません。口頭注意や部署内での面談を重ねても改善されない場合、次のステップとして重要になるのが「指導書」の活用です。
指導書は、単なる注意文書ではなく、問題行動に対する是正の機会を提供すると同時に、将来的なトラブルに備える「法的証拠」としても極めて重要な役割を果たします。
本記事では、問題社員に対して指導書を発行する際の書き方や構成、注意点、リスク回避のポイントを、企業法務に精通した弁護士の視点から解説します。
もくじ
1. なぜ「指導書」が必要なのか?その役割と位置づけ
1-1. 企業が抱える「問題社員」対応の基本ステップ
多くの企業では、問題社員に対してまずは口頭で注意を行い、場合によっては面談や書面でのフィードバックを繰り返すという流れが一般的です。しかし、注意が繰り返されても改善が見られない、あるいは本人が改善の必要性を認識していない場合、より公式な手続きとして指導書を交付することが重要になります。
指導書は、「企業として改善を求めた」「問題点を具体的に伝えた」「記録として残した」という3つの役割を果たし、後の配置転換・懲戒・退職交渉といったステップに進む際にも、手続きの正当性を支える重要な基礎資料になります。
1-2. 指導書の目的は処罰ではなく改善支援
指導書というと、懲罰的・攻撃的といったネガティブな印象を持たれがちですが、本来の目的は問題行動の是正を促すための建設的な支援ツールです。「あなたの行動に問題があります」と断定するのではなく、「会社としてはこうした行動を問題と捉えており、改善してもらいたい」といった指導と支援のスタンスで伝えることが重要です。
2. 指導書作成の法的前提と労務管理上の意味
2-1. 労働契約における誠実義務と指導の意義
労働契約には、使用者と労働者の間に相互の「誠実義務」が含まれており、企業側は従業員が円滑に業務を遂行できるように適切な管理・指導を行う責任を負っています。 指導書はこの「誠実な指導行為」の一環として位置づけられるものであり、企業が一方的に社員を切り捨てるのではなく、改善の機会を与えた証拠としても活用されます。
2-2. 配置転換・懲戒・解雇との関係性
配置転換や懲戒処分、最終的な解雇に至る前提として、段階的な注意・指導の履歴があることは不可欠です。 裁判所も「企業が問題行動を把握したにもかかわらず、改善機会を十分に与えずに処分に踏み切った」と評価するケースでは、処分の無効や損害賠償を命じる判断を下す傾向があります。 指導書を交付し、その後の行動変化や反応を観察・記録することで、後の対応に対する正当性の裏付けが得られます。
2-3. 法的リスクを回避するための「記録の積み重ね」
口頭の注意では証拠が残らず、メールなどの非公式なやりとりだけでは法的な効力が弱い場合があります。 その点、文書としての指導書を作成・保管しておくことは、訴訟や労働審判における強力な防御資料となります。 また、複数回にわたる継続的な指導書の積み重ねにより、「改善の機会を与えたにもかかわらず、本人が応じなかった」事実が明確になります。
3. 指導書を活用するタイミングと位置づけ
3-1. どの段階で文書による指導が必要になるのか
すべての問題行動に対して、いきなり指導書を発行する必要はありません。 まずは口頭での注意を通じて是正を試み、それでも行動の改善が見られない、または再発を繰り返す場合に、指導書の交付を検討するのが一般的です。
また、本人が注意に対して開き直ったり、職場内に悪影響を及ぼしていたりするようなケースでは、書面をもった公式な指導に切り替えることで、企業の管理姿勢を明確に示す効果も期待できます。
3-2. 口頭注意との違いと併用の工夫
口頭注意は初動として有効ですが、後になって「そのような注意は受けていない」と否認されるケースも多く、証拠性に乏しいのが最大の弱点です。 一方で、指導書は記録としての価値がありますが、過度に形式的な運用をすると本人が萎縮してしまう、防衛的な態度を取ることもあります。
したがって、「まず口頭 → 改善が見られない → 文書(指導書)で正式に対応」という段階的運用を基本とし、ケースに応じて両者を併用することが理想的です。
3-3. 指導書→始末書→懲戒書面への段階的運用
実務上では、以下のような段階的な書面運用が推奨されます。
1. 指導書
改善を促す初期的な指摘
2. 始末書
再発時など、本人に原因を振り返らせる自己申告型の書面
3. 懲戒通告書/弁明通知書
就業規則違反などが明確になった場合の処分手続きの入口
このように書面を段階的に活用することで、過剰反応や法的リスクを抑えつつ、企業の管理権限を段階的に明示していくことができます。
4. 問題社員への指導書に記載すべき具体的な内容
4-1. トラブル内容の具体的事実(抽象表現は避ける)
指導書では、「具体的な行動事実」を客観的に記載することが何よりも重要です。 「態度が悪い」「やる気がない」などの抽象的・主観的な表現ではなく、日時・場所・行動・発言内容などをできるだけ明確に特定する必要があります。
例
×「勤務態度に問題がある」
○「2024年7月12日午前10時、会議中に上司からの業務指示を無視し、『関係ないのでやりません』と発言」
このように記録することで、本人に自覚を促すとともに、後日法的トラブルになった際にも証拠性が高まります。
4-2. 会社としての期待と改善要請
指導書は単なる過去の記録ではなく、未来に向けた改善要請を明記する必要があります。
- 会社としてどのような行動を期待しているのか
- どのような点をどのように改めてほしいのか
を明確に伝えることで、本人にとっても行動指針が見えやすくなります。
4-3. 今後改善されない場合の対応方針(懲戒可能性など)
改善が見られない場合にどのような措置が取られ得るか(例:再度の指導・配置転換・懲戒処分等)を穏やかながら明確に記載することも重要です。 これは脅しではなく、「会社が次に何をするか」を本人に予見させることによって、改善行動を促す目的があります。
4-4. 本人に確認させる形式(サイン/確認欄の設置)
指導書は、本人に渡して終わりではなく、「受領確認」の形式を整えることが必須です。 指導書の末尾に「本書の内容を確認しました」などの確認欄を設け、本人の署名または押印を求めるのが一般的です。
署名が得られなかった場合にも、
- 面談の録音記録
- 同席者(第三者)の記録
- 拒否の事実を記載した社内報告書
などにより、会社が説明責任を果たしたことを示す体制を整えておくことが重要です。
5. 指導書作成時に陥りがちな注意点とNG例
5-1. 主観的な表現・感情的な文言のリスク
「不愉快だった」「見ていられなかった」などの感情に基づく表現や、人格を否定するような文言(例:「幼稚だ」「常識がない」など)は絶対に避けるべきです。 こうした記述は、パワハラや名誉毀損と受け取られるリスクがあるだけでなく、訴訟や労働審判で企業側に不利に働く恐れがあります。
5-2. 明確な指導根拠の欠如(就業規則・業務命令違反との対応)
指導書においては、「何に違反したのか」「何を基準に問題と判断したのか」を明示する必要があります。 就業規則や業務マニュアル、職務命令と照らし合わせて、指導対象となった行為の根拠を明記することで、文書の正当性が高まります。
5-3. 周囲の社員が知ってしまうリスクへの配慮
指導書はあくまで個人の労務評価や指導履歴に関わる重要な個人情報です。 保管方法や交付時の取り扱いには細心の注意が必要であり、本人のプライバシーが周囲に漏れないよう、管理部門・担当者の意識徹底が求められます。
6. 正しいフォーマットと文書管理のポイント
6-1. 指導書テンプレートの構成要素と文例
指導書は以下のような構成を基本とすると、内容が過不足なく整います。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文書タイトル | 指導書、注意書、業務指導記録など |
| 宛名 | 対象社員の氏名と部署 |
| 指導日 | 指導面談を行った日付 |
| 指導内容 | 問題行動と改善要請(できるだけ具体的に) |
| 今後の対応 | 再発時の処分可能性、改善期限の提示など |
| 受領欄 | 氏名・日付・署名欄、拒否時の備考欄 |
文例は次回章で詳述しますが、感情的でなく、客観的な事実に基づいた内容であることが原則です。
6-2. 電子化・文書管理(保管期間・アクセス制限)
指導書は「個人情報」に該当します。保管期間については、少なくとも当該社員の在職期間中+一定期間(5年〜10年程度)を目安に保存されるべきです。 また、閲覧権限を限定し、アクセスログが残るクラウドシステムや社内フォルダで管理することで、社内のデータ保護体制にもつながります。
6-3. 再指導時・懲戒時における「証拠の出し方」
指導書は「いつ・誰が・どのような内容で・何を根拠に・どのような結果になったか」が明記された証拠文書です。 懲戒処分や解雇、または法的トラブルに発展した際には、必要な文書を整理・抽出し、時系列で提示できる体制を整えておくことが重要です。 単に文書を作って保管しているだけではなく、「使える形で記録されているか」が問われます。
補足:指導書の文例(フォーマット例)
以下は、問題社員に交付する指導書の一例です。指導書を作成するときは、客観的事実 → 指導の根拠 → 改善要請 → 今後の対応という構造で記載することが重要です。実際に使用する際には、各社の就業規則や職場文化に応じて調整してください。
例1:勤務態度に関する指導
【宛先】
営業部 〇〇〇〇 様
【発行日】
2025年8月29日
【指導目的】
あなたの最近の勤務態度および社内での行動について、会社として重大な懸念を抱いております。以下のとおり、具体的な事実とその影響を記録し、今後の改善を要請するものです。
【指摘内容】
2025年8月10日および8月17日、朝礼(8時45分開始)への遅刻が2回連続で発生しています。また、8月15日の営業会議中に上司の発言に対して「やる気が出ないので、自分はやりません」と発言し、会議進行を妨げる事案が確認されています。
【会社の立場と指導内容】
遅刻については、当社就業規則第○条第○項「始業時刻の遵守義務」に違反する行為であり、今後同様の事案が発生すれば、懲戒処分の対象となる可能性があります。
また、会議中の発言についても、業務への誠実な従事義務(労働契約法第3条)に反するものと判断しております。
以上の点を踏まえ、当社は以下のとおり改善を要請いたします。
1. 今後、始業時刻の遵守を徹底すること
2. 会議その他社内業務においては、円滑な業務進行に配慮した言動を心がけること
【今後の対応について】
上記の改善が見られない場合、就業規則に基づき、業務指導・懲戒処分等を含む対応を検討することになりますので、真摯に受け止めていただきますようお願いします。
【確認欄】
本書の内容について、指導を受けたことを確認します。
氏名:_______________________
日付:______年___月___日
※本書に署名を拒否された場合には、その事実を別途記録に残します。
例2:ハラスメント対応における指導書
【宛先】
技術部 〇〇〇〇 様
【発行日】
2025年8月29日
【指導目的】
当社では、職場におけるハラスメント防止を重大な経営課題と捉え、全従業員に対して相互尊重・安全な就業環境の維持を求めております。
以下の事案について、社内の複数名より具体的な報告があり、事実関係の確認を行ったうえで、あらためて会社としての指導を行うものです。
【指摘内容】
2025年8月14日、および8月21日におけるミーティング中の発言について、以下のような内容が確認されました。
• 「そんな考え方じゃこの仕事向いてないんじゃないか」
• 「またお前か。言い訳ばかりしてるな」
これらの発言は、同席していた部下2名に対して行われたものであり、対象者からは「委縮して業務に支障が出た」との声が上がっております。
本件は、厚生労働省の示すパワーハラスメントの定義(※業務上の地位を利用し、適正な範囲を超えて精神的苦痛を与える行為)に照らしても、グレーゾーン以上の行為と評価され得る内容です。
【会社の立場と指導内容】
当社就業規則第○条第○項(職場秩序の維持)および第○条(ハラスメント禁止規定)に基づき、他者を威圧・否定するような言動は明確に禁じられています。
本人にとっては指導のつもりであっても、受け手が精神的苦痛を感じる言動はハラスメントに該当する可能性があることを認識してください。
つきましては、今後以下の点を厳守するよう要請いたします。
1. 社内外を問わず、業務上の指導にあたっては人格を否定するような言葉遣いは使用しないこと
2. 特定の部下を繰り返し否定的に扱うことがないよう、言動のトーンに配慮すること
3. 必要に応じて、第三者(上司や人事)を交えた指導の在り方を再検討すること
【今後の対応について】
本書の内容に基づき、行動改善が見られない場合は、当社就業規則に基づき懲戒処分等を含む対応を検討する可能性があります。
なお、本人の意図が悪意によるものでなかった場合であっても、受け手がどう感じたかを重視するのがハラスメントの基本的な考え方ですので、その点もあわせてご理解ください。
【確認欄】
本書の内容について、説明を受けたことを確認します。
氏名:_______________________
日付:______年___月___日
※署名を拒否された場合は、その事実を別途記録します。
7. 指導書交付時の運用と本人とのやりとり
7-1. 面談での伝え方と録音・同席者の活用
指導書は、本人との面談の中で正式に交付・説明することが原則です。 この面談では、以下の点に注意しながら丁寧に進めましょう。
- 文書の目的は「罰」ではなく「改善の支援」であることを伝える
- 感情的な言動は控え、事実に基づいた説明を心がける
- 「改善の余地はある」と信じていることを誠実に伝える
また、面談時には、第三者(上司や人事担当者など)の同席を検討すると、後日「言った・言わない」問題になりにくく、証拠性が高まります。必要に応じて、録音や議事メモの作成も有効です。
7-2. 本人が署名を拒否した場合の対応策
指導書に対して本人が署名・押印を拒否するケースも少なくありません。 その場合には、次のような対応が推奨されます。
- 拒否した事実を記録として残す(例:「○年○月○日、説明のうえ交付を試みたが署名を拒否」)
- 同席者の確認署名を得る、面談報告書を別途作成する
- 本人にコピーを交付した場合は、交付済みであることを明記しておく
署名がないからといって指導書の効力が消えるわけではありませんが、交付事実を客観的に示せる体制を構築することが重要です。
7-3. 心理的な配慮と誤解を生まない伝え方
問題社員への対応は、法律的な正当性以上に社内の雰囲気、本人の納得感、モチベーションへの影響といった心理的側面にも細心の配慮が必要です。 特に次のような伝え方を意識しましょう。
- 「問題点があったのは事実だが、改善を前提に考えていること」
- 「会社として改善のチャンスを正式に用意したこと」
- 「これは他の社員にも適用される標準的な対応であること」
本人が「個人的に嫌われた」「見せしめだ」と捉えてしまうと、職場全体の空気にも悪影響を及ぼしかねません。伝え方のトーンと中立性にも配慮が求められます。
8. 問題社員への指導書作成に関連するよくある質問(FAQ)
Q1. 指導書を出すと、社員との関係がさらに悪化してしまいませんか?
A. その懸念はもっともですが、適切な伝え方をすれば、関係を悪化させずに改善を促すことは可能です。重要なのは、指導書を「処分の前触れ」ではなく、「会社として誠実に改善の機会を与えている証拠」として、前向きに説明することです。 また、面談時の言葉選びや同席者の配慮によって、相手に委縮させずに話を受け止めてもらいやすくなります。
Q2. 社員が指導書への署名を拒否した場合、効力はなくなりますか?
A. 署名がないことによって指導書そのものの効力が失われるわけではありません。 ただし、「本人に説明した事実」が後から争点になるリスクがあるため、署名拒否時は以下のような措置を講じてください。
- 拒否の事実を社内記録に残す
- 面談に第三者(人事・上司など)を同席させ、その場で証言できる体制を取る
- 説明文書の写しを本人に交付したことを明記する
これにより、交付と説明の事実を客観的に担保できます。
Q3. 指導書は何回くらい作成すれば十分でしょうか?
A. 一概に「○回必要」とは言えませんが、実務上は2〜3回程度の継続的な文書指導を行ったうえで、なお改善が見られない場合に次の対応(配置転換・懲戒など)を検討することが一般的です。 大切なのは「回数」よりも、「会社として改善のチャンスを誠実に与えた」事実を文書で積み重ねていることです。
Q4. 指導書は他の社員にも見える場所に保管してよいのでしょうか?
A. いいえ。指導書は労働者のプライバシーに関わる個人情報であり、社内でも管理部門以外が自由に閲覧できないように保管・管理する必要があります。 紙書類の場合は施錠管理、電子データの場合はアクセス制限を設けた専用フォルダでの管理を徹底しましょう。
Q5. 指導書をきちんと交付しても、労働審判や裁判で負けることはありますか?
A. 残念ながら、「指導書を出していれば絶対勝てる」というわけではありません。 ただし、指導書の有無や内容が、企業の誠実さや手続きの妥当性を示す重要な証拠になることは確かです。 特に、記録の正確性、就業規則との整合性、改善機会の提供履歴などが丁寧に整備されていれば、裁判所も企業側の対応を適法と評価しやすくなります。
9. 本コラムのまとめと当事務所のサポート内容
問題社員に対する対応としては、いきなり懲戒処分や配置転換に踏み切るのではなく、「段階的な指導と記録化」を積み重ねていくことが最も重要です。
そして、その際に使用する指導書についても、適切な記載内容で作成し、本人にきちんと説明をすることが重要です。
当事務所では、指導書に記載する内容の法的チェックから必要に応じた面談への同席、万が一の紛争化に備えた予防対応から紛争化してしまった際の迅速な初動対応まで、社労士資格を有する弁護士を中心に問題社員対応にかかる一連の実務支援をワンストップでご提供しています。
指導や懲戒処分を行う際は前提として就業規則の整備も必要となりますので、指導書で改善を求める行動が、そもそも就業規則上の違反と明確に対応しているかどうかという点についても確認を行い、必要に応じて規程整備についてもサポートを行います。
「この言い方で大丈夫だろうか」「指導書には何を書けば問題がないのか」といった不安がありましたら、まずは一度ご相談ください。
