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パワハラは安全配慮義務違反にあたるのか?企業が知っておくべきリスクと対応策を弁護士が徹底解説

2025.07.11

職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)は、一社員の問題として片づけるのではなく、企業側が適切な対処を怠れば、「安全配慮義務違反」として法的責任を問われる可能性もあります。
本記事では、「パワハラが企業の安全配慮義務違反に該当するのはどのような場合か?」という疑問に答えるとともに、具体的な裁判例やリスク、対応の実務ポイントまでを弁護士がわかりやすく解説します。
社内体制を見直すきっかけとして、ぜひご一読ください。

もくじ

1. パワハラとは?定義と企業に求められる姿勢

1-1. パワーハラスメントの定義(厚労省ガイドラインより)

パワーハラスメント(以下、パワハラ)は、厚生労働省の指針により以下のように定義されています。
「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える、または就業環境を悪化させる行為」
この定義からも分かるとおり、単なる厳しい指導とパワハラとの線引きは非常に曖昧です。そのため、企業としては“本人にそのつもりがあったかどうか”ではなく、“受け手がどう感じたか”という観点も含めて慎重に対応する必要があります。

1-2. 境界が曖昧なケースにどう向き合うべきか

「これはパワハラですか?」と問われたとき、即答できるケースばかりではありません。

  • 厳しい叱責があった
  • 個人に業務を集中させていた
  • 私的なことで侮辱された

このような行為があった場合、業務上の指導なのか、それともパワハラなのかは事案ごとに判断されます。企業には、“グレーゾーンをグレーのまま放置しない”ための制度整備が求められています。

2. 安全配慮義務とは?企業が負う責任の本質

2-1. 労働契約法第5条における安全配慮義務の位置づけ

労働契約法第5条では、企業(使用者)は「労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働させるよう配慮する義務」を負うと明記されています。
これは「安全配慮義務」と呼ばれ、企業が従業員に対して当然に果たすべき基本的な責任とされています。
この義務は、肉体的な安全(危険な機械の操作など)だけでなく、精神的な健康や快適な労働環境の維持まで含まれます。よって、パワハラによって従業員が精神的苦痛を受けた場合、企業が安全配慮義務を怠ったと判断される余地が十分にあるのです。

2-2. パワハラに対する安全配慮義務の具体的内容

企業が果たすべき具体的な対応義務には、以下のようなものが含まれます。

  • 予防義務:パワハラが起こらないよう、教育・周知・規程整備などの事前対応を講じること
  • 察知義務:職場の状況を把握し、問題の兆候に気付くよう努めること
  • 対処義務:パワハラが疑われた場合には速やかに調査し、適切な措置を講じること

これらを怠ると、たとえパワハラの加害者が個人であっても、会社が「監督不行き届き」「対処不適切」として法的責任を問われることになります。

2-3. 安全配慮義務違反が成立する条件

企業に安全配慮義務違反が認定されるためには、以下の3要件が一般的に検討されます。

  1. 義務の存在:労働契約や法令上、企業に何らかの配慮義務が課せられていること
  2. 義務違反の事実:企業が注意や対処を怠ったこと(例:パワハラを放置)
  3. 損害発生と因果関係:被害者に精神的・身体的損害が発生し、それが義務違反によると認められること

この判断は個別の事実関係に基づいてなされますが、「上司の言動が常態化していた」「会社が実態を知りながら放置していた」などの要素があると、安全配慮義務違反が成立しやすくなります。

3. パワハラが安全配慮義務違反と認定された裁判例

3-1. パワハラでうつ病を発症し退職、企業に安全配慮義務違反が認定

この事案では、上司からの度重なる叱責や暴言を受けた従業員がうつ病を発症し、最終的に退職に至ったというものでした。被害者側は企業に対し、「上司のパワハラを放置し、必要な措置を取らなかった」として安全配慮義務違反による損害賠償を請求。
裁判所は、企業が職場の実態を認識していながら適切な対応を取らなかったことを問題視し、使用者責任および安全配慮義務違反が成立すると判断。企業に対して損害賠償を命じました。
出典:名古屋地裁 平成29年12月5日判決

3-2. 従業員の自殺がパワハラによるものとして企業に責任

いわゆる「加野青果事件」と呼ばれるこの事例では、従業員が長期間にわたり先輩からいじめ・パワーハラスメントを繰り返し受けたこと、会社側が事態を放置したうえ十分な引継ぎなしに配置転換の上で過重な業務を担当させた結果、うつ状態に陥り自殺に至ったとして、会社に対して従業員の両親からの損害賠償請求がなされた事案です。
裁判所は、企業側が先輩従業員の行為を制止しなかったこと、配置転換後の従業員の業務の負担や遂行状況を把握し、場合によっては業務内容や業務分配の見直し等を実施すべき義務を怠ったことは不法行為及び安全配慮義務違反に該当するとし、会社の不法行為と従業員の死亡(自殺)との間の相当因果関係があるとして、遺族に対して損害賠償の支払いを命じました。
出典:名古屋高裁(控訴審) 平成29年11月30日判決(加野青果事件)

3-3. 裁判所が重視する“企業の対応姿勢”とは

これらの裁判例から分かる通り、パワハラによる損害賠償が認定されるかどうかは、単に行為の有無だけでなく、企業がパワハラを把握・認識しながらどのように対応したかが極めて重視されます。
裁判所が判断において注視するポイントは以下のとおりです。

  • 被害の申告に対して誠実な調査・対応を行ったか
  • ハラスメント防止体制(相談窓口や社内ルール等)が整備されていたか
  • 加害行為者への適切な指導・処分が行われたか
  • 被害者の健康悪化や退職に至るまでの経緯を企業が把握・支援していたか

「知らなかった」では済まされず、“知ろうとしなかった”“放置した”という企業の姿勢自体が、責任を問われる要因になることが裁判実務では明らかになっています。

4. パワハラを放置した場合の企業側リスク

4-1. 慰謝料請求などの損害賠償リスク

パワハラの放置は、企業に対する損害賠償請求へ直結する重大な法的リスクです。
請求を受ける可能性のある損害賠償の内訳としては以下のようなものがあげられます:

  • 精神的損害に対する慰謝料
  • 治療費、通院交通費などの実費
  • 休職・退職による逸失利益(収入の喪失分)

パワハラの程度や被害状況に応じて数百万、数千万単位での支払いを求められる場合があるほか、企業の評判や信用にも大きな影響を与えかねないため、軽視は禁物です。

4-2. 労災認定やメンタルヘルス対応への波及

パワハラが原因で従業員がうつ病等を発症し、長期休職や退職に至る場合、それが労働災害(労災)として認定されることも少なくありません。
労災認定された場合:

  • 企業の労災保険料率が上がる可能性がある
  • 管轄労基署からの是正勧告や調査対応を求められる
  • 他従業員への不安や職場不信につながる

また、企業のメンタルヘルス対応体制そのものに疑問符がつく事態となり、従業員の離職率や採用への悪影響も招きかねません。

4-3. 企業イメージや職場環境への悪影響

ハラスメントに対する世間の目は年々厳しくなっており、「問題のある職場環境」として一度評価が下がれば、企業イメージの回復には時間とコストがかかります。
さらに、

  • 職場の士気低下
  • 離職者の増加
  • 社内の対立構造や沈黙の文化の温床化

といった“目に見えにくいコスト”が長期的に組織にダメージを与えます。パワハラ対応は、単なるコンプライアンスではなく「経営戦略の一部」として取り組むべき課題です。

5. パワハラ対応における企業の対応義務と実務

5-1. パワハラ防止法で求められる義務とは?

2020年6月に施行された「労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)」により、企業にはパワハラ防止のための措置義務が明確に課されました。中小企業も2022年4月から義務対象に含まれています。
企業が講ずべき措置には以下が含まれます:

  • 就業規則や社内ルールによるパワハラ禁止の明文化
  • 社内研修等を活用した意識啓発
  • 社内外の相談窓口の設置
  • 被害者・加害者のプライバシー保護
  • 再発防止のための必要な措置

これらが講じられていない場合、企業は労基署など行政機関からの指導対象にもなりえます。

5-2. ハラスメント対応規程・相談窓口の整備

対応体制構築の基本は、明文化された規程と、機能する相談体制の両輪です。

  • ハラスメント防止規程を就業規則と別建てで用意
  • 匿名で相談可能な社内・社外窓口の設置(外部委託も可)
  • 人事担当者や上長への対応フローのマニュアル化
  • 社内ポスター掲示やイントラ配信による周知徹底

「規程はあるけど誰も知らない」「相談しても握り潰される」では意味がありません。仕組みが“実際に機能するか”が問われます。

5-3. 被害者・加害者への調査と再発防止策

パワハラの申告があった場合、企業は以下のようなステップで対応する必要があります。

  1. 事実確認調査の実施(ヒアリング、資料確認)
  2. 調査結果の記録と判断理由の明確化
  3. 加害者への懲戒処分等の対応
  4. 被害者のフォロー(配置転換・医療支援など)
  5. 再発防止に向けた教育や組織改善の実施

これらを怠ると、「対処を怠った=安全配慮義務違反」とみなされかねません。特に“形式的な対応”で終わらせることは、最も危険です。

6. 実務対応で見落とされがちな注意点

6-1. 被害者の申告がないケースでも対応は必要か?

結論から言えば、被害者からの申告がなくても、企業は対応義務を負います。
上司や同僚など第三者がハラスメントの疑いを感じた場合でも、企業には調査義務が発生します。
また、申告がないのは「安心して相談できない」環境が原因のことも。
その場合、企業の対応体制自体が問われます。

6-2. 外部対応の要否(労基署・弁護士・社労士)

社内で対応しきれない・判断に迷うケースでは、外部の専門家との連携が極めて有効です。

  • 弁護士:調査支援、懲戒処分の法的適正性チェック、被害者の代理人対応
  • 社労士:就業規則やハラスメント規程の整備、労基署対応の実務助言
  • 外部ハラスメント窓口:ハラスメント相談窓口の外部委託による中立的運営、事案発生時の早期報告~初動対応実施

専門家や外部委託先を活用することで、法的リスクを未然に防ぎつつ、当事者に対しても適切な対応ができます。

6-3. “軽微なトラブル”と判断してはいけない理由

「ちょっとした指導の行き過ぎ」「業務上のコミュニケーションミス」としてパワハラ事案を軽視することは、最も大きなリスクにつながります。
軽微に見える事案でも、調査の結果:

  • 他にも複数の被害者がいた
  • 実は過去にも同様の申告があった
  • 社内で当たり前の状態として放置されていた

というケースは少なくありません。初動の重要性を再認識し、“小さな火種”を見逃さないことが、組織を守る大きな防火壁になります。

7. 社労士・弁護士と連携した対応体制の構築

7-1. 社内対応の限界と専門家連携のメリット

パワハラ対応は、社内の人事・総務部門だけで完結できる問題ではありません。
事案によっては以下のような判断が求められるため、専門家と連携した体制構築がリスク管理の鍵となります。

  • 処分内容が懲戒解雇に該当するかどうか
  • 就業規則や労使協定との整合性
  • 被害者への医療的・心理的フォローの必要性
  • 被害者・加害者双方の対応に法的リスクがあるか

企業の対応が適切であったとしても、「対応の過程が不十分だった」と後から問われることもあります。社労士や弁護士と平時から連携し、“備えある対応体制”を構築しておくことが、最終的には企業の信頼と継続性を守ることにつながります。

7-2. 弁護士に依頼できる具体的な支援内容

パワハラ対応において、弁護士が関与できる範囲は多岐にわたります。実際には以下のような支援が可能です。

  • 調査設計・ヒアリング支援(適法性や中立性の確保)
  • 被害者・加害者双方の法的権利・義務の整理
  • 懲戒処分の内容・進め方のリーガルチェック
  • 被害者側弁護士がついた場合の交渉・示談対応
  • 労災申請や損害賠償請求への企業側代理対応

特に、訴訟に発展するリスクがあるケースでは、初期段階から弁護士が関与することで損害やトラブルを最小限に抑えることが可能です。

当事務所グループでは、社労士資格保有の弁護士を中心に、パワハラ対応を含む労務リスクに対して包括的な支援を行っています。
また、ハラスメント窓口の外部委託先として、弁護士が相談窓口対応を代行するサービスもご提供しております。
社内でもハラスメントの相談窓口を設置しているが機能していないと感じている、ハラスメントの疑いがある社員がいるがどのように対応すればよいかというようなお悩みをお持ちの方は、できるだけ早急にご相談ください。
対応が遅れることで、企業側の安全配慮義務が問われることにもつながり大きなリスクとなる場合がありますので早めの対応をお勧めします。

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