建設業における労働時間管理は、近年、国の政策的な背景もあってさらに厳格化されています。
2024年4月からは「時間外労働の上限規制」が建設業にも本格導入され、これまで以上に適正な管理体制が求められる状況にあります。
労働時間の適正管理を怠ると、労働基準法違反に伴う行政指導や罰則のリスクがあります。
本記事では、建設業で経営に携わる方を対象に、最新の法改正の動向や具体的な実務対応策を、使用者側に強い弁護士の視点でわかりやすく解説いたします。
もくじ
1. 時間外労働の上限規制とは︖〜建設業の特例と対応
建設業界においては、従来から「業務の繁閑差が激しい」「現場ごとの⼯期や天候の影響を受けやすい」といった理由から、恒常的に長時間労働が発⽣してきました。
しかし、近年の働き⽅改⾰の流れの中で、建設業においても時間外労働の上限規制が適用されるようになり、労働時間を厳格に管理することが求められています。
1-1. 建設業における時間外労働の上限規制の概要
時間外労働(いわゆる残業)の上限規制は、労働基準法の改正等に基づき、「1か月45時間、1年360時間(臨時的な特別条項を設けた場合は1年720時間)」という基準が原則となっています。
建設業界は、かねてより「業務量が天候等に左右されるため一律の上限規制が難しい」という実情から、施行時期がほかの業種より遅れてきましたが、2024年4月1日以降、建設業も原則として時間外労働の上限規制が適用されることになります。
ただし、建設業の場合、「災害復旧や突発的な工事対応など、やむを得ない状況」に対しては一定の特例が設けられており、これらの状況に当たる場合には、通常の上限を超えて労働を命じることが可能とされます。
もっとも、特例を利用する場合であっても、労使協定(36協定)を締結するとともに、真に緊急かつ一時的な状況であることが必要です。
1-2. 上限規制で何に注意が必要なのか?
今回の上限規制の適用により注意が必要な点は、上限を超える残業を恒常的に命じることはできなくなったことに加え、上限を超えてしまった場合には企業に罰則が科されるリスクがあるという点です。
実際の工事スケジュールにおいては、休日労働や早出・残業が必要となるケースが多いため、これらを見越した計画と労働時間管理の徹底が不可欠になりました。
特に、法律違反や労使トラブルの発生は、元請業者・下請業者ともに大きなリスクを伴いますので、早急に労務管理を含めて時間外労働に対する対応が必要になります。
参考:国土交通省も、業界事情を踏まえて「建設業における働き方改革に関するガイドライン」を公表し、どのように労働時間を削減していくかに関する指針を示しています。
建設業における働き方改革(国土交通省) https://www.mlit.go.jp/common/001189945.pdf
1-3. 建設業に認められる特例の趣旨と条件とは?
建設業における時間外労働の上限規制については、前述のとおり、災害対応などの緊急やむを得ない事情がある場合には一定の例外が認められています。
しかし、この例外措置が適用されるのは、あくまでも「突発的かつ一時的に対応が必要な工事」に限られます。
雨天続きで作業が遅れた場合や、工期がぎりぎりになってしまったために一時的に残業を増やしたいという通常のケースでは特例をそのまま使うことは難しいでしょう。
具体的には、国土交通省が定めるガイドラインなどに基づき、「災害発生後に緊急復旧が必要な工事」や「想定外の道路陥没・橋梁破損などに対する早急な対処が不可欠な工事」が対象とされます。
また、実際に特例を用いるときには、36協定の特別条項を締結する必要があり、協定書の中で「特例を適用する場面」「対象となる作業内容や期間」を明確にしておくことが求められます。
1-4. 企業が取るべき対応:管理体制の構築が急務
建設業の労働時間管理は、一歩間違えると「管理が難しいので仕方がない」「作業が長引いたので仕方がない」といった曖昧な運用に陥りがちです。
しかし上限規制が始まると、そうした曖昧な管理手法では法令違反のリスクが高まります。
そこで、企業としては以下の取り組みが必要になります。
- 労働時間の可視化: 勤怠管理システムの導入や工事現場での出退勤記録を電子化するなど、正確な労働時間把握を行う
- 短縮可能な工程の洗い出し: 施工計画を見直し、不要な残業が生じる要因(資材搬入時間や段取りの不備など)を改善
- 労働者への説明と協力体制の確立: 管理職や作業員に対し、上限規制の趣旨や遵守すべきルールを定期的に周知
- 緊急時対応のルール化: 大規模災害が発生した場合に備え、特例を適用できる条件や手続きを明文化しておく
これらの取り組みにより、「どうしても残業が多い」という状態から脱却し、法令遵守を前提とした安全な職場環境を整備していくことが不可欠です。
2. 建設業における労働時間管理と実務上のポイント
労働時間管理を徹底するためには、実務上の細かなポイントを押さえておく必要があります。
工事進行中のトラブルやイレギュラーをどれだけ想定し、かつ適切に対処できるかが、結果的に余分な残業の発生を抑えるカギとなります。
2-1. 施工計画の立案と労働時間管理の連動
工程表や施工スケジュールを作成する段階で、工事期間や必要人数、天候リスクなどを考慮することに加えて、「時間外労働の上限規制」を前提とした労働時間管理の視点を組み込むことで、無理のないスケジュール設定が可能になります。
例えば、週単位での天候予測や発注資材の到着状況を細かくチェックし、計画に遅れが生じそうな場合は早めにリカバリー策を講じる、といった仕組みが必要です。
突発的な工期延長に対応する余地をどこに設けるか、誰が最終判断を下すのかを明確化しておくことで、従業員への無理な残業指示を最小限に抑えられます。
また、建設業という業界特有の問題として、発注者・元請からの無理な納期が原因で下請労働者に過重残業が発生するケースもあります。
このような状態を防ぐためにも、発注時の契約条件や工程において、余裕を持ったスケジュールを設定し、お互いに合意の上で施工に着手することが望ましいでしょう。
参考:
建設工事における適正な工期設定等のためのガイドライン(第1次改訂) https://www.mlit.go.jp/common/001199095.pdf
2-2. 適正な勤怠管理システムの導入
建設業では、複数の現場が同時並行で動いていることも多く、従業員や作業員が異なる現場を掛け持ちするケースもあります。
そのため、旧来型のタイムカードや手書きの出勤簿だけでは労働時間の正確な把握が難しい場合があります。
クラウド型の勤怠管理システムやICカードによる打刻システムを導入することで、現場と本社の情報共有をリアルタイム化し、時間管理を透明化することが可能です。
システム上で残業時間が一定ラインを超えた場合にアラートが出るようにしておけば、担当者が早めに問題を把握し、対策を講じることができます。
2-3. 労使協定(36協定)と賃金の正確な支払い
時間外労働を可能にするための法的要件として、労働基準法では「36協定」の締結・届出を必須としています。
これを怠ったまま残業を命じる、36協定の範囲を大きく超過するような働き方が常態化すると、罰則リスクに加えて未払い残業代の支払い請求などに発展する可能性が高まります。
さらに、深夜残業や休日労働に対する割増賃金など、労働者に正しく支払われるべき賃金がきちんと支払われているかを定期的に監査する体制も重要です。
割増率の計算間違いや労務管理ミスが積み重なると、後々大きな負担や紛争リスクにつながるため、経理部門や人事部門との連携についても不足なく行っておきましょう。
2-4. 現場ごとの管理責任者の明確化
大規模な建設現場や多数の下請・孫請が関わる現場では、誰が労働時間管理の責任者なのかが明確になっていないケースがあります。
管理者が不明瞭だと、残業の許可・拒否や休憩時間の設定が不統一になり、結果的に法令違反が常態化する恐れがあります。
これを防ぐためにも、工事現場ごとに労働時間管理者を指定し、その役割を明確化することが必要です。
3. 時間外労働の上限規制対応における新たな取り組み:ITツールとDXの活用
建設業の労働時間管理を効率よく進めるために、近年はITツールを活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)の動きが加速しています。
勤怠管理だけでなく、工事の進捗管理や安全管理、資材調達などを含め、さまざまな作業工程を一元管理できるプラットフォームが注目されています。
3-1. 工事進捗管理システムの導入
専用の管理ソフトウェアやクラウドサービスを使えば、現場作業員がスマートフォンやタブレットで実際の作業状況をリアルタイムに報告することが可能です。
これにより、現場責任者や本社の管理部門が常に最新の進捗状況を把握し、労働時間の偏りを可視化できるようになります。
スムーズに連携ができれば、突発的な工期変更にも素早く対応できます。
3-2. AIによる予測と最適化
工期の遅延要因となりそうな天候不順や資材不足の可能性を、AIがビッグデータをもとに予測し、最適な工程計画を提案してくれるシステムも登場しています。
これらを活用することで、無駄な残業の発生を予め抑制し、短納期でも効率的に工事を進めることが期待できます。
4. 使用者が理解しておきたい罰則規定と違反リスク
4-1. 時間外労働の上限規制を超えた場合の行政指導・罰則
厚生労働省や労働基準監督署は、時間外労働の上限を超えるような働き方が常態化している企業に対し、是正勧告や指導を行います。
これらの行政指導に従って早期に改善措置を講じなかった場合、最終的には刑事罰や罰金が科される可能性もあるため、企業としては違反が指摘された段階で迅速な対応が不可欠です。
特に、使用者が36協定の範囲を大幅に逸脱するなど悪質なケースとみなされると、労働基準法違反として厳格な処分が下されるリスクが高まります。
また、一度是正勧告を受けた企業は継続的に監視の対象となり、再違反があればさらに重い処分を受ける可能性がある点にも注意が必要です。
4-2. 未払い残業代請求を受ける可能性
労働時間の管理に不備があると、従業員から「実際に残業していたにもかかわらず、給与に反映されていない」という未払い残業代請求が行われる可能性もあります。
実際に未払いが発生してしまっている場合は、最長で過去3年に遡っての残業代と遅延損害金を支払う必要があります。
労働時間の管理に不透明な部分が多いほど、未払い残業代が発生していないことの根拠として提示できる資料やデータが少なくなるため、企業側の反論が厳しくなります。
4-3. 社会保険料や労働保険料、賃金未払いへの影響
労働時間管理の不備に伴い賃金が実際より低く申告されていたり、従業員が正しく被保険者として扱われていなかったりする場合、社会保険料(健康保険・厚生年金)だけでなく、労働保険料(労災保険・雇用保険)についても追加納付や追徴が発生する可能性があります。
建設業の場合、雇用形態の多様さから被保険者の判断が難しいケースも多く、年金事務所(日本年金機構)や労働局などによる行政調査(いわゆる「監査」)で指摘を受けるリスクが高くなりがちです。
こうした監査では「被保険者の認定が正しく行われているか」「賃金(報酬月額)の算定に誤りはないか」が重点的に見られます。
調査の結果、実際より低く報酬額を申告していたことが判明すると、差額に応じた社会保険料や労働保険料の追加納付、さらには罰則や追徴金が科される可能性があります。
企業側に過失や故意が認められるほど、リスクや負担が大きくなる点に留意が必要です。
また、労働時間管理の不備が原因で未払い残業代や未払い賃金が発生している場合には、遅延損害金 や追加の源泉所得税・住民税 が発生するリスクも考えられます。
たとえば後日まとめて未払い分を支給する際には、源泉所得税の計算を再度行う必要があり、修正を怠ると加算税や延滞税が課される恐れがあります。
加えて、未払い賃金がある状態は「賃金の遅配」とみなされ、従業員との間でトラブルに発展する可能性も高まります。
賃金が適切に支払われていないと、労働基準法上の違反として労働基準監督署からの指導や是正勧告を受ける場合もあるため、十分に注意をしておく必要があります。
4-4. 企業の信用問題・入札資格への影響
公共工事の入札資格審査では、企業のコンプライアンス体制や過去の労働基準法違反歴が考慮されるケースがあります。
時間外労働の上限規制違反や未払い残業代などの事実が明るみに出ると、入札資格の制限や審査上のマイナス評価を受ける可能性があり、公共事業への参加機会を失うリスクが生じます。
また、取引先企業が厳格なコンプライアンス方針を掲げている場合には、違反実績が原因で契約更新や新規取引の打ち切りを招くこともあり得ます。
5. 建設業における労働時間管理のポイントまとめ
上限規制の遵守と法改正への早めの対応
2024年4月から本格適用となっている時間外労働の上限規制は、建設業にとって大きな転換点です。
違反リスクを軽視せず、早期に労働時間管理の実態をチェックし、必要な場合は労使協定の見直しや就業規則の改定を行いましょう。
現場ならではの働き方を踏まえた柔軟な管理策
作業工程の天候や災害対応など、不確定要素が多い業界だからこそ、36協定の運用や変形労働時間制などの制度を駆使しつつ、労使双方が納得できる仕組みを作ることが重要です。
ICTツールを活用した勤怠管理、職長や現場監督への教育強化なども効果的です。
弁護士への初回無料相談のご案内
当事務所は、使用者側の法務・労務に特化した弁護士を中心に、建設業の労働時間問題や未払い残業代トラブルのサポートを行っています。
「時間外労働の上限規制に対して具体的に何を行えばいいのか?」「従業員から時間外労働について指摘があったが、具体的にどう対応すべきかわからない」「労働基準監督署の調査が入りそうで不安」など、お悩みをお持ちの方はできるだけ早めにご相談ください。