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役員を兼務している従業員に残業代は必要か?「名ばかり役員」のリスクと紛争を防ぐ労務管理のポイントを弁護士が解説

2026.04.28

従業員を役員に登用したものの、実際の仕事内容や働き方は従業員時代と大きく変わらないケースがあります。このような兼務役員では「役員だから残業代は不要」と整理すると、後から未払残業代を請求されるリスクがあります。本記事では、兼務役員の残業代の考え方、名ばかり役員と評価されやすい場面、紛争を防ぐための制度設計と運用のポイントを弁護士が整理します。

もくじ

第1章 「役員だから残業代は不要」という誤解

1-1 なぜ役員兼務で残業代が発生する可能性があるのか

中小企業の経営において、現場に精通した部長や工場長などを取締役に昇格させ、引き続き現場の指揮や実務を担わせることがあります。この際、商業登記簿に取締役として記載されたことで、労働基準法の適用外になると考え、一律に残業代の支払いを停止してしまうケースがあります。
しかし、法的には「役員」としての委任関係と、「従業員」としての雇用関係がひとりの人物の中に併存していると解釈されます。これを使用人兼務役員と呼び、従業員としての職務に従事している時間については、原則として労働基準法が適用されます。
つまり、役員の肩書きがあっても、実態として従業員の仕事を継続している以上、その部分に関する残業代の支払い義務は消滅するとは限りません。

1-2 「役員=労働者ではない」と単純には整理できない

会社法上の役員は、株主総会から経営を託された受任者であり、会社とは委任契約の関係にあります。一方で、労働基準法上の労働者は、使用者の指揮命令を受けて働き、その対価として賃金を得る雇用契約の関係にあります。
これらは排他的な関係ではなく、一人の人物が経営者としての側面と労働者としての側面を同時に持つことが可能です。形式的に取締役の役職についていたとしても、その実態が会社から具体的な指示を受け、特定の労働時間に従事しているものであれば、その人物は依然として労働基準法上の保護を受ける対象となります。つまり、経営陣の一員として登記した事実のみをもって「労働者ではない」と法的に断定することは難しいのです。

第2章 残業代の要否は役員かどうかではなく労働者性で判断される

2-1 労働基準法上の労働者性とは

労働基準法における労働者とは、職業の種類を問わず、事業に使用される者で、賃金を支払われる者を指します。ここで重要となるのが、契約の形式や呼称ではなく、実態としての使用従属性があるかどうかです。
使用従属性とは、会社との間に「指揮監督下の労働」と「報酬の労務対価性」という関係が認められることをいいます。裁判例においても、取締役という役職にあったとしても、実質的に社長等の指揮命令に従って労務を提供している場合には、労働基準法上の労働者に該当すると判断される傾向にあります。

2-2 判断基準として見られる3つの軸

労働者性を判断する際、実務上は主に以下の3つの要素が検討されます。

業務遂行上の指揮監督

業務の内容や遂行方法について、会社(代表取締役等)から具体的な指示を受けているか、拒否する自由があるか。

時間的・場所的な拘束性

勤務場所や勤務時間が指定され、一般の従業員と同様に厳格な拘束を受けているか。

報酬の性格

支払われている報酬が、経営成果に対する報酬(役員報酬)なのか、あるいは提供した労働時間や量に対する対価(賃金)としての性質が強いか。
こうした点を総合的に見て、他者の指揮命令下で働いている実態が強いほど労働者性が肯定される可能性が高まり、その結果として残業代の支払義務が認められることになります。

第3章 「名ばかり役員」と評価される具体的な実態

前章の通り、労働者性の判断基準は働き方の中で評価されます。実際には次のような実態が「名ばかり役員」と評価されやすい傾向があります。

3-1 経営判断に関与せず現場業務が中心になっている

取締役会に出席はしているものの、実際には発言権がほとんどなく、決議事項についてあらかじめ決められた内容に署名捺印するだけといった状況は注意が必要です。
特に、業務の大部分が役員就任前と変わらない現場作業や営業活動であり、自らの判断で組織を動かす権限が与えられていない場合、労働者としての側面が強いと判断されやすくなります。予算策定や人事権の行使など、経営上の重要事項に実質的に関与していない実態は、労働者性を肯定する大きな要因となる可能性があります。

3-2 出退勤や業務指示が一般社員と同じ運用になっている

役員でありながら、一般社員と同じ時刻に出社することを義務付けられ、遅刻や早退に対して賃金の控除や人事評価のマイナスが行われている実態がある場合、時間的拘束を受けているとみなされる可能性があります。
また、日々の業務について上長や代表者から細かく進捗を管理され、具体的な作業手順の指定を受けている場合、それは指揮命令下にある労働そのものと判断されることがあります。

3-3 役員としての待遇・報酬・裁量が伴っていない

役員手当の金額が数万円程度と低額であったり、役員に昇格したことで以前支払われていた残業代がなくなり、結果として手取り額が従業員時代を下回るような逆転現象が起きていたりする場合も労働者と評価される傾向があります。
第三者に対する責任など、役員としての重い責任やリスクを負わされているにもかかわらず、その対価としての報酬が不十分であると、形式を整えただけの脱法的な運用であると疑われやすくなります。また、部下の採用や配置、経費の承認権限などが一切ないといった裁量の欠如も、名ばかり役員と評価される要因となり得ます。

第4章 兼務役員で発生しがちな未払残業代の請求トラブル

では、兼務役員の実態がありながら、残業代など必要な手当ての支払いを放置し続けた場合、どのようなトラブルに発展する可能性が高いのでしょうか。兼務役員をめぐって実際に発生する未払残業代請求のよくある場面を整理します。

4-1 退職をきっかけに過去分の残業代を請求されるケースが多い

兼務役員をめぐる残業代トラブルの多くは、在任中ではなく、役員の退任や従業員としての退職を機に顕在化することが少なくありません。特に、会社との関係が悪化した状態で退職に至った場合や、在任中の待遇に不満が蓄積していた場合に発生しやすくなります。
未払残業代の問題について在任中に異議を唱えていなかったとしても、退職したからといって即座に請求の権利が消滅するわけではありません。
ひとたび労働基準監督署や弁護士を通じて請求が行われると、会社側は過去の運用が適切であったことについて、説明や立証を求められる場面が多くなります。

4-2 争点になりやすい「役員だから残業代なし」という運用

紛争において争点となりやすいのは、会社側が「残業代は出ない前提で本人も合意していた」と主張し、労働者側が「実際の働き方は従業員と変わらず、残業代が支払われないのはおかしい」と反論するようなケースです。
このような場合、裁判所や労働審判では、当事者間で合意があったかどうかという点よりも、実際の業務内容や指揮命令関係、勤務実態といった客観的な事情を重視します。
したがって、仮に兼務役員就任時に、従業員としての残業代が支給されない点に了承したうえで役員に就任していたとしても、その了承のみをもって残業代の支払い義務が否定されるわけではなく、実態として労働者性が認められると判断されれば、残業代の支払い義務が肯定される可能性があります。

4-3 請求時に問題となる証拠(勤怠・業務内容・報酬)

紛争が表面化した際には、当事者の主張だけでなく、実際の働き方を裏付ける客観的な証拠が重視されます。実際の紛争では、次のような証拠が提出されることによって働き方の実態が認定されることがあります。

労働者側から提出される主な証拠の内容

勤怠記録が存在しない場合であっても、本人が残していたメモやPCのログ、メールやチャットの送受信履歴などから労働時間が認定されることがあります。また、日常的に代表者や上司から具体的な業務指示が出されていた形跡があれば、指揮命令関係の存在を裏付ける事情として評価されます。さらに、給与明細や社内規程の内容と実際の支給方法に不整合がある場合には、報酬の性質について会社側の説明が疑問視されることもあります。

会社側として押さえておきたい証拠・記録の考え方

これに対し、会社側としては、兼務役員が経営判断に関与していたことや、業務の進め方について広い裁量を有していたこと、勤務時間や勤務場所について厳格な拘束を受けていなかったことを裏付ける資料や運用を整えておくことが重要です。例えば、取締役会議事録における発言内容や担当領域の記録、業務指示を受けるのではなく自ら判断して意思決定を行っていたことが分かるメールや社内資料、勤務時間の管理対象外として運用していた実態などが挙げられます。

実務上、労働時間の認定や働き方の評価においては労働者側の主張や提出資料が重視される傾向があり、会社側にとって不利な認定がなされることも少なくありません。そのため、日頃からの運用や記録の蓄積によって会社側の主張を裏付けられるかどうかが、残業代の支払い義務の有無を左右する重要なポイントといえます。

第5章 紛争を防ぐための制度設計と運用の整理ポイント

5-1 役員業務と従業員業務を切り分ける職務設計

使用人兼務役員としての運用を維持するのであれば、まず、どの範囲が役員の仕事であり、どの範囲が従業員の仕事なのかを職務記述書等で明確に定義することが重要です。
例えば、部門全体の戦略立案や予算管理は役員業務とし、個別の顧客対応や事務作業は従業員業務として整理します。そのうえで、従業員としての職務に従事する時間については、労働基準法を遵守した管理を行う必要があります。

5-2 役員報酬と給与の構造を分けて設計する

報酬の支払い項目において、役員報酬と従業員給与を明確に区分して支給することが不可欠です。合算して支払っていると、残業代の計算基礎となる金額が曖昧になり、結果として支払い不足を招くおそれがあります。
また、役員報酬部分は経営成果に対する対価とし、従業員給与部分は労働に対する対価として、それぞれの算定根拠を規定に定めておくことが望ましいです。
特に残業代が発生する可能性がある従業員部分については、基本給や諸手当の構成を整理し、法に則った割増賃金の計算が可能な状態を整えておく必要があります。

5-3 勤怠管理の要否と管理方法を立場に応じて見直す

兼務役員の従業員としての側面が否定できない以上、労働時間の管理を完全に放棄することは望ましいとはいえません。従業員としての職務に従事している時間については、労働安全衛生法の観点からも健康管理のための時間把握が求められます。
もし、真に従業員としての側面を解消したいのであれば、従業員の立場を解いて専任役員とする必要があります。もっともその場合は、前述した労働者性の判断基準に照らし、実際に指揮命令系統から外れ、大幅な裁量権を持たせる運用へと実態を移行させなければなりません。

5-4 就業規則・役員規程・議事録の整合性を確保する

制度上の整合性を担保するため、以下の書類の整備が求められます。

就業規則

兼務役員における従業員としての労働条件や適用範囲を明記する。

役員規程

役員報酬の決定プロセスや、従業員給与との併給に関する定めを置く。

取締役会議事録

役員の選任理由や、具体的な担当職務の内容が決議されている記録を残す。
これらの書類が実態と乖離していると、紛争時には会社側に不利な証拠となり得ます。実態に即した規程の改定と、適切な手続きの実行をセットで行うことが重要です。

第6章 兼務役員の労務問題は実態と制度の両面からの見直しが重要

兼務役員については、役員という立場にありながらも、従業員としての側面を完全に切り離せない場面が少なくありません。そのため、実態として労働者性が認められる可能性がある以上、該当部分については労働時間を適切に管理し、必要な残業代を適法に支払うという基本的な対応が重要となります。
もっとも、すべてを厳密に整備しようとすると、現場との乖離が生じ、かえって運用が形骸化してしまうおそれもあります。特に中小企業では、役員と従業員の役割が柔軟に行き来する場面も多く、制度と実態の整合に悩むケースも少なくないでしょう。
こうした実情を踏まえると、自社の実態に即した形で就業規則や役員規程を整備し、無理なく運用できる労務管理体制を構築していくことが現実的な対応といえます。その際には、労働法に加え、会社法や税務の観点も含めた総合的な検討が必要となるため、専門家と連携しながら制度設計を行うことも有効な選択肢の一つです。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士・社会保険労務士・税理士・司法書士・行政書士が連携するワンストップ体制により、兼務役員の取り扱いを含む労務管理や規程整備について、実務に即したサポートを提供しています。現行の運用に不安がある場合や、将来のリスクを整理しておきたい場合には、どうぞお気軽にご相談ください。

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