介護施設で利用者の転倒、転落、誤薬、誤嚥などの事故が起きた場合、事故報告書の書き方によって、その後の家族対応、行政報告、損害賠償請求への対応が変わることがあります。事故報告書は、単に「事故があったこと」を記録する書類ではありません。事故発生時に何が確認され、職員がどのように対応し、施設としてどのような再発防止策を検討したのかを、後から説明するための重要な資料です。
本記事では、介護施設で事故が起きた場合に、事故報告書をどのような視点で作成すべきか、項目ごとの書き方や注意すべき表現を、弁護士・社労士の視点から解説します。
もくじ
第1章 事故報告書は「後から説明するための資料」である
1-1 事故報告書は、施設内だけで完結する書類ではない
介護現場で事故が起きた場合、施設内で事故報告書を作成することが一般的です。
もっとも、事故報告書は、施設内で事故内容を共有するためだけの書類ではありません。家族への説明や、事故内容に応じた市町村への事故報告、損害賠償請求への対応などで、後から事故報告書が確認される可能性があります。
そのため、事故報告書は「とりあえず現場で書いておくメモ」ではなく、事故後の施設対応を説明するための資料として作成することが重要です。
特に、死亡事故、骨折を伴う転倒事故、救急搬送や入院を伴う事故、家族との認識に食い違いがある事故では、事故報告書の記載内容が後の対応に大きく影響することがあります。
1-2 介護記録・看護記録・行政提出書類との整合性が重要になる
事故後にトラブルになりやすいのが、事故報告書の内容が、介護記録や看護記録、行政提出用の事故報告書と食い違っているケースです。
たとえば、介護記録には「ベッド横の床上に座り込んでいる状態で発見」と記載されている一方で、事故報告書には「ベッドから転落」と断定的に記載されている場合、後から事故状況を確認する際に、施設側の説明が不安定に見えてしまいます。
事故直後は状況が十分に確認できていないことも多く、後から診断結果や原因が判明することもあります。そのため、事故報告書では、現時点で確認できている事実と、まだ確認できていない事項を分けて書くことが重要です。
1-3 大切なのは「隠さないこと」と「決めつけないこと」の両立
事故報告書では、施設に都合の悪い事実を隠したり、曖昧にしたりしてはいけません。後から介護記録や看護記録、職員への聞き取りなどによって矛盾が判明すれば、施設側の対応が不誠実だったと見られる可能性があります。
一方で、原因や責任が明らかでない段階で、「職員の確認不足」「施設の見守り不足」「施設側の責任」などと断定した記述を行うことも避けるべきです。状況を十分確認できていない段階で施設側の非を記載すると、後から施設側が過失を認めていたように読まれるおそれがあるためです。
法的責任の有無は、事故報告書の一文のみで定まるものではなく、事故発生前後の事情を総合的に考慮して判断されます。そのため、原因や責任について十分な確認ができていない段階で、評価や法的判断を含む表現を記載することは避け、確認できた事実と評価・分析を分けて記載することが重要です。
第2章 事故報告書を書く前に整理すべき3つの視点
2-1 事実・推測・評価を分けて書く
事故報告書を作成する際には、まず、事実・推測・評価を分けて整理します。
事実とは、職員が実際に見たこと、聞いたこと、確認したことです。
たとえば、「〇時〇分、職員Aが居室を訪問したところ、利用者がベッド右側の床上に座り込んでいた」という内容は事実です。
一方で、「ベッドから立ち上がろうとしてバランスを崩した可能性がある」という内容は推測です。
また、「職員の不注意である」「見守り体制が不十分だった」「施設側に過失がある」という内容は評価にあたります。
推測や評価を完全に避ける必要はありませんが、事実と同じように断定的に書くことは避けなければいけません。推測を書く場合には、「可能性がある」「確認中である」といった表現を使い、現時点で確定していないことが分かるように記載します。
2-2 発生時刻と発見時刻を書き分ける
介護事故では、事故の瞬間を職員が目撃していないことが少なくありません。特に、居室内や夜間の時間帯、トイレなどの個室で発生した事故は、正確な発生時刻が分からないことがあります。
このような場合に、発見時刻をそのまま発生時刻として記載したり、根拠なく「〇時〇分に転倒」と断定したりすると、後から記録との整合性が問題になることがあります。
事故の瞬間を確認していない場合には、無理に発生時刻を断定せず、「最終確認時刻」と「発見時刻」を分けて記載します。
2-3 原因欄では、責任を急いで決めない
事故報告書の中でも、特に慎重に書くべきなのが原因欄です。
原因が明らかな場合には、その内容を具体的に記載します。
たとえば、誤薬事故で、別の利用者の薬を配薬したことが確認できている場合には、どの段階で取り違えが生じたのかを整理する必要があります。
一方で、転倒・転落事故のように、事故の瞬間を確認できていない場合には、原因を断定しないことが重要です。
「見守り不足により転倒した」と書くのではなく、「事故発生時の直接の原因は現時点では特定できていない。利用者の身体状況、巡視状況、居室環境、センサーの作動状況を確認中である」といった形で、確認対象を具体的に記載します。
第3章 事故報告書の項目別の書き方
3-1 発生日時・発見日時・発生場所
2-2で確認した通り、事故報告書では、事故の発生日時、発見日時、そして発生場所をできるだけ正確に記録します。
事故の瞬間を目撃していない場合には、発生日時を無理に断定せず、最後に安全確認をした時刻と、事故を発見した時刻を分けて書きます。
また、発生場所についても、「居室」とだけ書くのではなく、「居室内ベッド右側」「トイレ内便器前」「食堂内テーブル横」など、できる限り具体的に記載します。
書き方の例
〇時〇分、職員Aが巡視した際、利用者は居室内ベッド上で臥床していた。〇時〇分、職員Bが訪室したところ、利用者が居室内ベッド右側の床上に座り込んでいる状態で発見された。事故発生時刻は不明であり、最終確認時刻から発見時刻までの間に発生したものと考えられる。
3-2 発見時の状況
発見時の状況は、事故報告書の中でも重要な項目です。
転倒・転落事故であれば、利用者がどのような体勢だったのか、ベッドや車椅子との位置関係はどうだったのか、床面は濡れていなかったのか、周囲に障害物はなかったのか、手すりやセンサー、ナースコールはどこにあったのかを記載します。
重要なのは、原因を決めつけるのではなく、発見時に確認できた状況を客観的に残すことです。
書き方の例
利用者は、居室内ベッド右側の床上に、両足を前方に伸ばした状態で座り込んでいた。床面に水濡れや障害物は確認されなかった。ベッド柵は上がっており、ベッド横の手すりは右側に設置されていた。離床センサーはベッド足元側、ナースコールはベッド左側の棚上に置かれていた。職員Bが声かけを行ったところ、利用者は右大腿部の痛みを訴えた。
3-3 利用者の状態と事故後の初動対応
事故後の対応は、時系列で具体的に記載します。
「すぐに対応した」「看護師に報告した」という抽象的な書き方ではなく、誰が、いつ、誰に、何を報告し、どのような対応をしたのかを明確にします。
特に、痛みの訴え、傷や意識の状態、バイタル、救急要請・医療機関受診の有無などは、後から確認されることが多い項目です。
書き方の例
- 〇時〇分、職員Bが利用者を発見し、声かけを行ったところ、右大腿部の痛みの訴えがあった。
- 〇時〇分、看護師Cへ報告し、看護師Cがバイタルを測定するとともに、患部の状態を確認した。利用者は呼びかけに応答しており、出血は確認されなかったが、右下肢を動かすと痛みが強く、自力での立位は困難であった。
- 〇時〇分、管理者Dへ報告した。
- 看護師Cおよび管理者Dが医療機関への受診が必要と判断し、〇時〇分に救急要請を行った。
- 〇時〇分、救急隊が到着し、〇〇病院へ搬送された。
3-4 家族への説明内容
家族への説明内容も、必ず記録しておくべきです。
家族対応では、後から「聞いていない」「説明が不十分だった」「施設が責任を認めたはずだ」といった食い違いが生じることがあります。そのため、説明を行った日時や説明を行った担当者、家族の誰が説明を受けたか、説明した内容、家族からの質問や要望を記録します。
このときも、原因や責任が未確定であれば、未確定であることを明確に伝え、その内容を記録します。
書き方の例
〇月〇日〇時〇分、管理者Dから長女E様へ電話連絡を行った。利用者が居室内ベッド右側の床上に座り込んでいる状態で発見されたこと、右大腿部の痛みを訴えていること、看護師確認後に救急搬送を予定していることを説明した。長女E様からは、受診結果が分かり次第連絡してほしいとの要望があった。事故発生時の具体的状況については、目撃者がいないため現在確認中であることを説明した。
3-5 原因分析
原因分析では、発見時の状況だけをもとに原因を決めつけないことが重要です。
転倒事故であれば、利用者が普段どの程度歩けていたのか、当日の体調に変化がなかったかを確認したうえで、職員の巡視や申し送りの状況、ベッド周辺の環境などもあわせて確認します。そのうえで、どの事情が事故に影響した可能性があるのかを整理します。
原因が特定できない場合には、「原因不明」とだけ書くのではなく、どの事項を確認中なのかを具体的に記載します。
書き方の例
現時点では、事故発生時の直接の原因は特定できていない。〇時〇分の巡視時には利用者はベッド上で臥床しており、〇時〇分にベッド右側の床上で座り込んでいる状態で発見された。事故の瞬間を目撃した職員はいないため、利用者の身体状況、当時の巡視状況、居室内の環境、離床センサーの作動状況について確認中である。
3-6 再発防止策
再発防止策では、「今後は注意する」「見守りを徹底する」といった抽象的な表現だけでは不十分です。
同じ事故を防ぐために、現場の運用をどのように見直すのかを具体的に記載します。
転倒事故であれば、巡視のタイミングやセンサーの設置位置、ベッド周辺の動線を確認し、利用者の動作に合った環境や見守り方法になっているかを検討します。誤薬事故であれば、薬剤確認の手順や申し送りの方法を見直し、どの段階で確認漏れを防ぐのかを明確にします。
再発防止策は、実際に現場で運用できる内容でなければ意味がありません。
そのため、誰が、いつまでに、どのような対応を行い、その後どのように効果を確認するのかまで整理しておくと、施設として継続的に改善していることを説明しやすくなります。
書き方の例
夜間の転倒防止策として、利用者の離床傾向がみられる時間帯を再確認し、巡視のタイミングを見直す。あわせて、ベッド周辺の動線を整理し、離床センサーの設置位置を利用者の動作に合わせて変更する。変更内容は申し送り時に職員間で共有し、次回カンファレンスでADL評価および見守り方法を再検討する。
3-7 第1報と追加報告は、分かっている範囲に応じて使い分ける
市町村への事故報告では、事故発生後に最初に提出する報告を「第1報」と呼び、事故発生後速やかに、遅くとも5日以内を目安に提出するものとされています。
もっとも、第1報の時点では、診断結果や事故原因、再発防止策まで確定していないことがあるため、無理に原因や再発防止策を断定して書く必要はありません。発生時の状況、事故後の対応、家族への連絡状況など、現時点で確認できている内容を整理します。
その後、医療機関での診断結果、家族への追加説明、事故原因の分析、再発防止策などが整理できた段階で、必要に応じて追加報告を行います。
追加報告は、第1報の内容を補足し、事故後に判明した事項や施設としての対応方針を伝えるためのものです。
追加報告の書き方の例
第1報提出時点では診断結果が未確定であったが、〇月〇日〇時〇分、搬送先医療機関において右大腿骨頸部骨折と診断された。〇時〇分、管理者Dから長女E様へ診断結果および今後の治療予定を説明した。事故原因については、当時の巡視状況、居室環境、利用者の身体状況を確認中であり、確認結果を踏まえて再発防止策を追加報告する。
第4章 事故報告書で避けるべき表現
4-1 未確認の事故原因を断定しない
事故報告書では、確認できていない事故原因を断定しないよう注意が必要です。
たとえば、事故の瞬間を誰も見ていないにもかかわらず、「ベッドから転落した」「一人で歩こうとして転倒した」「職員が目を離したため転倒した」と書くと、確認できていない事実まで記録してしまうことになります。
このような場合には、「床上に座り込んでいる状態で発見された」「事故発生時の具体的状況は目撃者がなく確認中である」といった書き方にとどめるべきです。
4-2 「職員の不注意」「見守り不足」といった評価表現に注意する
「職員の不注意」「確認不足」「見守り不足」「施設側の責任」といった表現は、施設側が法的責任を認めたように読まれることがあります。
もちろん、実際に手順違反や確認漏れがあった場合に、その事実を隠してよいわけではありません。
ただし、法的責任の有無は、事故前の利用者の状態や施設側の体制、事故発生時の状況、事故後の対応を総合的に見て判断されます。事実関係が十分に確認できていない段階では、責任を認めたように読める表現を避け、確認できた事実と今後の確認事項を分けて記載することが大切です。
4-3 職員個人を責める書き方にしない
事故報告書は、特定の職員を責めるための書類ではありません。
「職員Aの判断が甘かった」「職員Bの確認ミスである」といった表現で記録すると、職員との労務トラブルにつながる可能性があります。
職員の対応に問題が疑われる場合でも、まずは、どのような手順で業務が行われていたのか、マニュアルや申し送りはどうなっていたのか、教育や確認体制に課題がなかったのかを整理することが重要です。
第5章 事故報告書の整備に不安がある場合は弁護士に相談する
事故が発生した後は、現場対応だけでなく、家族への説明や市町村への報告、再発防止策の検討など、短期間で多くの対応を進める必要があります。事故報告書は、これらの対応の前提になる重要な資料です。
また、事故報告書は、後々の損害賠償請求訴訟等の場面において、事故発生時の状況や施設の対応経過を確認する資料となる可能性があります。
特に重大事故では、現場で作成した報告書をそのまま提出したり、説明に使用したりする前に、表現や記録の整合性を確認しておくことが重要です。施設内だけで判断が難しい場合には、早い段階で専門家に相談することで、家族対応や行政対応、紛争対応を見据えた整理がしやすくなるといえます。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループは、弁護士・社労士が連携し、介護施設における事故報告書の法的確認、家族対応、損害賠償請求への対応、事故対応マニュアルの整備などをワンストップでサポートしています。事故報告書の書き方に不安がある場合や、重大事故について専門的な対応が必要な場合には、早い段階でご相談ください。
また、事故が発生した後の対応だけではなく、事故発生時に施設として適切な対応を行うことができるよう、平時からの対応体制の整備も併せて支援しています。
介護事故については、事故そのものの発生を完全に防ぐことが難しい場合もあります。
そのため、重要なのは、事故発生時に利用者本人やご家族に誠実かつ適切に対応するとともに、施設として事実確認、原因分析、再発防止まで一貫した対応ができる体制を整えておくことです。
対応体制の整備についてご不安がある場合も、まずはご相談ください。
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