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クリニックの院長がスタッフからパワハラで訴えられたら?損害賠償請求・労働審判への対応を弁護士が解説

2026.09.25

スタッフへの注意や指導について、「パワハラだ」と主張され、慰謝料などを請求されることがあります。必要な指導だったという認識でも、請求を受けた場合には、問題とされている言動や請求内容を整理し、法的な責任の有無を確認して対応することが重要です。
本記事では、クリニックの院長がスタッフからパワハラを理由に損害賠償を請求された場合の初動から、示談交渉、労働審判に進む場合までを弁護士が解説します。

 

第1章 クリニックでスタッフからパワハラを訴えられる3つのケースと対応

スタッフからパワハラを訴えられる場合、必ずしも本人から院長へ直接「パワハラなので慰謝料を請求します」と伝えられるとは限りません。特に、院長自身の言動が問題とされている場合には、スタッフが院内で申告するのではなく、休職した後や退職後に代理人弁護士から通知が届く場合もあります。

1-1 在職中のスタッフ本人からパワハラを訴えられるケース

勤務を続けているスタッフ本人から、「院長の言い方はパワハラだ」「慰謝料を請求したい」「弁護士に相談する」などと直接伝えられるケースです。
この段階では、まだスタッフ本人からクリニックへ問題が提起されているため、対応次第では勤務を継続しながら院内で事実確認や関係調整を進められる余地があるといえます。

院長本人はその場で反論や説得をせず、どの言動を問題としているのかを可能な範囲で確認します。そのうえで、チャットやメール、指導記録などの資料を確保し、詳細な事実確認は事務長など院長以外の担当者が行います。

勤務を続けられる環境を確保しながら事実確認を進める

現職スタッフの場合には、パワハラの申告と日々の勤務を切り分けて考えることが重要です。申告したことを理由にシフトを減らしたり退職を求めたりせず、必要に応じて院長との直接のやり取りを減らすなど、勤務を継続しやすい環境を整えながら事実確認を進めます。
クリニック内に窓口となる適任者がいない場合には、外部の社会保険労務士などに事実確認を依頼することも考えられます。パワハラの有無について法的な判断が必要な場合や、慰謝料など具体的な請求に発展した場合には、弁護士への相談に切り替えるとよいでしょう。

なお、勤務態度などに問題があるスタッフへの指導方法については、以下の記事でも詳しく解説しています。

クリニック職員の勤務態度が悪いとき、どう指導すべきか?放置のリスクと法的紛争を防ぐ正しい手順を弁護士が解説

退職してほしいスタッフがいる|医療機関における退職勧奨の進め方と注意点を弁護士が解説

1-2 スタッフが欠勤・休職し、その後に代理人弁護士から請求されるケース

スタッフが体調不良などを理由に欠勤・休職し、その後、代理人弁護士から「院長のパワハラが原因で精神的な不調が生じた」などとして慰謝料を請求されるケースです。
このような場合、相手方の弁護士から内容証明郵便などの書面で通知が届き、「今後の連絡は本人ではなく代理人弁護士宛てにしてほしい」「○日までに回答してほしい」などと記載されていることがあります。

院長本人が相手方弁護士に直ちに反論する必要はない

通知書が届いたら、まず問題とされている言動、請求額、回答期限を確認します。「弁護士まで連絡してください」と書かれていても、院長本人がすぐに電話をして、「パワハラではない」「必要な指導だった」などと説明する必要はありません。
一方で、通知書を放置するのも適切ではありません。相手方に弁護士が付き、慰謝料などの具体的な請求が始まっている場合には、こちらも弁護士を窓口として相手方弁護士とのやり取りを進めるのがよいでしょう。

通知書ではなく、相手方弁護士から電話で連絡があった場合には、事実関係についてはその場で回答せず、「内容を確認したいので、まず書面を送ってください。確認のうえ回答します」と伝える程度にとどめるのがよいでしょう。

1-3 退職したスタッフや代理人弁護士から後になって請求されるケース

在職中にはパワハラを正式に問題にせず、退職後になって元スタッフ本人や代理人弁護士から慰謝料などを請求されるケースです。
この場合は、問題とされている言動だけでなく、採用から退職までの経緯も含めて確認します。退職届や面談記録、勤怠記録、チャット、メールなどを確保し、パワハラ以外に未払残業代などの請求が含まれていないかも確認しておく必要があります。

 

第2章 パワハラを理由に損害賠償を請求された場合に確認すべきこと

スタッフから慰謝料などを請求されたとしても、その請求額を支払う義務が直ちに生じるわけではありません。請求への対応を決めるには、「誰が責任を負う可能性があるのか」「院長の言動が法的にどのように評価されるのか」「その言動によってどのような損害が発生したのか」を分けて検討する必要があります。

2-1 院長個人とクリニック側にどのような責任が生じる可能性があるか確認する

まず確認したいのが、当該スタッフの雇用主です。
個人開業のクリニックで院長自身がスタッフを雇用している場合には、院長自身が事業主です。
一方、医療法人がスタッフを雇用している場合には、院長個人と医療法人は法的には別の主体です。院長の言動が違法なものと評価されれば、院長個人について不法行為に基づく損害賠償責任が問題となる可能性があります。それとは別に、雇用主である医療法人についても、事案によっては安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任、他にも不法行為責任が問題となります。
実際、代理人から届く通知書では、院長個人と医療法人の双方に請求されるケースもあるため、誰に対してどのような法的根拠で請求されているのかを確認しましょう。

2-2 パワハラに当たるかは医療現場の状況も踏まえて判断する

スタッフがパワハラと主張している言動が、実際にパワハラに当たるかは本人の主張だけでは判断できません。
厚生労働省は、職場におけるパワハラについて、①優越的な関係を背景とした言動で、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されること、という3つの要素をすべて満たすものとしています。

一方、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる指示や指導は、パワハラには該当しません。

医療現場では患者の安全や緊急性も考慮される

特に、医療ではスタッフのミスや判断の遅れが患者の生命・身体に影響することがあります。
たとえば、処置や投薬を誤ろうとしているスタッフをその場で大きな声で制止した場合、単に「他のスタッフや患者の前で強い口調で注意した」という事実だけを切り取ってパワハラと判断することは適切ではありません。
患者の安全を確保するため、その場で直ちに行為を止める必要があったのであれば、その緊急性や指導の必要性は重要な判断材料になり得ます。

もっとも、患者への危険を防止するための注意であれば、人格を否定するような発言をどこまでも許されるという意味ではありません。危険がなくなった後も長時間にわたり叱責する、業務上の注意とは関係なく侮辱的な発言を繰り返すといった場合には、別の評価となる可能性があります。

2-3 請求された慰謝料や休職による損害がすべて認められるわけではない

院長の言動がパワハラに当たる可能性があるとしても、スタッフから請求された金額をそのまま支払う必要があるとは限りません。
パワハラを理由とする請求では、慰謝料のほか、治療費や休職による収入減などが請求されることがあります。

まず何についていくら請求されているかを確認する

通知書を確認し、慰謝料、治療費、休職による収入減など、請求の内訳を整理します。
休職による収入減であれば、休職期間や実際の賃金減少額を勤怠記録・賃金台帳などと照らし合わせます。精神的な不調については、診断書などから受診時期や診断内容を確認します。
もっとも、診断書が提出されていても、それだけで院長の言動が精神的な不調や休職の原因であると決まるわけではありません。診断書があることと、院長の言動との因果関係が法的に認められることは別の問題です。

2-4 争うのか示談するのかは証拠と今後の紛争リスクを踏まえて判断する

パワハラを理由に損害賠償を請求された場合、「すべて認める」か「一切認めない」かの二択で考える必要はありません。
たとえば、問題とされた発言の一部は認めるものの、スタッフが主張するような継続的なパワハラはなかったというケースもあります。反対に、院長としては必要な指導だったと考えていても、録音やメールなどを見ると、第三者からは行き過ぎた発言と評価される可能性がある場合もあります。

そこで、問題となった言動や証拠、請求額を確認したうえで、どの部分を争うのか、一定の金額を支払って示談による解決を目指すのかを検討します。

示談する場合は何を解決するのかを明確にする

示談する場合には、金額だけでなく、今回の合意によってどこまで紛争を解決するのかも重要です。たとえば、パワハラに関する慰謝料だけを解決するのか、退職に関する問題なども含めて解決するのかによって、示談書の内容は変わります。

特に現職スタッフの場合には、示談後も勤務が続く可能性があります。金銭面だけを解決しても、その後の勤務関係が整理されていなければ再びトラブルになることもあるため、今後の雇用関係も踏まえて解決方法を検討する必要があります。

 

第3章 交渉で解決しない場合は労働審判に進む可能性がある

スタッフとの示談交渉で解決できない場合には、その後、労働審判を申し立てられる可能性があります。現時点ではまだ労働審判になっていなくても、申し立てられた場合に何が問題になるのかを見据えて、交渉段階から資料を整理しておくことが重要です。

3-1 労働審判では短期間で主張と証拠を提出する必要がある

労働審判は、労働者と事業主との労働関係に関するトラブルを、原則として3回以内の期日で審理する手続です。
通常の訴訟と比べて短期間で進むため、申立てを受けてから一から資料を探していると、十分な準備ができない可能性があります。
そのため、パワハラを理由とする請求を受けた段階から、問題とされている言動が行われた時期の記録を整理しておくことが、その後の労働審判への備えにもなります。

3-2 パワハラだけでなく退職・解雇・残業代なども請求されることがある

現在はパワハラを理由とする慰謝料だけを請求されていても、労働審判では別の労働問題についても併せて請求されることがあります。
たとえば、「パワハラが原因で退職せざるを得なかった」「パワハラを訴えた後に解雇された」といった主張や、未払残業代の請求などです。
そのため、労働審判に進む可能性がある場合には、パワハラに関する資料だけでなく、雇用契約書や就業規則、勤怠記録、退職・解雇に関する資料なども準備しておく必要があります。

未払残業代を併せて請求された場合の初動や時効については、以下の記事で詳しく解説しています。

クリニックで未払い残業代請求を受けた場合どの期間支払わなければならない?時効の考え方と実際に請求を受けた際の初動対応を弁護士が解説

3-3 労働審判や訴訟まで見据えて示談するか争うかを判断する

労働審判では、裁判官と労働関係の専門家で構成される労働審判委員会が双方の主張や証拠を確認しながら、まず話し合いによる解決を試みます。
話し合いで解決できない場合には、原則として、労働審判委員会が事案に応じた判断を示します。ただし、事案の性質上、労働審判手続による解決が適当でない場合には判断を示さず訴訟へ移行することがあります。また、判断が示された場合でも、当事者のどちらかが異議を申し立てると訴訟へ移行します。

訴訟まで進めば、解決までにさらに時間がかかり、弁護士費用や院長自身が対応に要する負担も大きくなります。

そのため、示談するか争うかは、目の前の請求額だけではなく、クリニック側にどの程度の証拠があるのか、最後まで争った場合にどのような結果が見込まれるのか、そのためにどの程度の時間や費用がかかるのかも踏まえて判断することが重要です。

 

まとめ|パワハラを理由に請求を受けた場合は早めに弁護士へ相談を

スタッフ本人や相手方の代理人弁護士からパワハラを理由に慰謝料などを請求された場合には、院長自身で相手方とやり取りを続けるよりも、早い段階で弁護士に相談することをおすすめします。
特に、相手方にすでに弁護士が付いている場合や、休職・退職、未払残業代など別の労働問題も併せて主張されている場合には、パワハラの有無だけでなく、今後どこまで争うのか、示談で解決するのか、労働審判や訴訟まで進んだ場合の見通しも含めて判断する必要があります。

私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、医療機関の労務トラブルやパワハラ問題について、弁護士と社会保険労務士が連携して対応しています。スタッフ本人への対応、代理人弁護士との交渉、示談書の作成、労働審判への対応まで、現在の状況に応じてサポートすることが可能です。
どこまで自院で対応してよいのか、弁護士に任せるべき段階なのか判断に迷われている場合も、まずはご相談ください。

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