医療業界の経営・法務・労務に精通した総合リーガルファーム

病院 診療所 クリニック 歯科医院 薬局

新着情報

【2026年10月施行】カスハラ対策義務化|クリニック・病院は何をする?必要な院内対策を弁護士・社労士が解説

2026.09.15

2026年10月1日から、クリニックや病院を含む事業主にカスハラ対策が義務付けられます。患者や家族からの暴言・過度な要求への対応を職員個人に任せている場合は、院内ルールや相談体制などを整える必要があります。
本記事では、カスハラ対策の義務化をふまえ、医療機関が具体的に何を決め、どのような体制を整える必要があるのかを弁護士・社労士が解説します。

 

第1章 医療機関もカスハラ対策が義務化|施行前に何をする?

従業員を雇用するクリニック・病院もカスハラ対策義務化の対象になる

2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法に基づき、事業主にはカスタマーハラスメントを防止するために必要な雇用管理上の措置を講じることが義務付けられます。従業員を雇用するクリニックや病院などの医療機関も対象です。

カスハラ防止指針(※)では、病院などの施設利用者も「顧客等」に含まれるため、患者や家族の言動もカスハラの対象になり得ます。たとえば、通常の患者対応として受け入れるべき範囲を超えた言動によって職員の就業環境が害される場合には、医療機関として対応することが求められます。

つまり、今回の義務化で医療機関に求められるのは、患者対応一般のルールを新たに定めることではなく、事業主として、患者や家族からのカスハラから職員を守るための仕組みを整えることです。

※カスハラ防止指針

「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)

 

第2章 まず患者・家族への対応について職員がどこまで対応するかを決める

カスハラ対策の義務化に向けて、まず院内で決めておきたいのは次の3点です。

  • ① どこからカスハラ対応に切り替えるか
  • ② どの段階で、誰に対応を引き継ぐか
  • ③ どのような場合に、その場の患者対応を終了できるか

この3点をあらかじめ院内で共有し、受付や看護師など一人の職員だけに判断や対応を任せない仕組みを整える必要があります。

2-1 通常の苦情対応からカスハラ対応へ切り替える基準を決める

まず決めたいのは、どこまでを通常の苦情や要望として受け止め、どこからカスハラ対応へ切り替えるのかという基準です。

正当な苦情や合理的配慮を求めること自体はカスハラではない

待ち時間や診療内容について説明を求めるなど、医療機関として通常対応すべき範囲の苦情や要望はカスハラではありません。
また、障害のある患者が、障害者差別解消法に基づく合理的配慮を求めること自体もカスハラには当たりません。

要求に理由があっても、要求の仕方が行き過ぎればカスハラになり得る

一方、必要な説明をしても同じ要求を何度も繰り返す、人格を否定するような暴言を続ける、大声で威圧するといった場合には、通常の患者対応からカスハラ対応へ切り替えることを検討します。

ポイントは、要求の内容だけでなく、その方法も見ることです。診療内容について説明を求めること自体は正当でも、そのために職員を長時間拘束したり、暴言を繰り返したりすれば、カスハラに当たる可能性があります。

こうした線引きを院内であらかじめ決めて職員へ共有し、通常の患者対応を続ける場面と、カスハラ対応へ切り替える場面を現場で判断できるようにしましょう。

2-2 どの段階で誰に対応を引き継ぐか決める

次に、どの段階で誰へ対応を引き継ぐのかを決めます。
たとえば、暴言が始まった時点で責任者へ引き継ぐのか、まず職員からやめるよう伝え、それでも続く場合に引き継ぐのかなど、引継ぎのタイミングを決めておきます。あわせて、受付から事務長、事務長が不在の場合は院長など、誰へ引き継ぐのかも明確にします。

重要なのは、「困ったら院長に相談する」とだけ決めて終わらせないことです。院長が診療中で対応できない場合に誰が代わるのかまで決めておかないと、実際には受付や看護師がそのまま対応を続けることになりかねません。

2-3 どのような場合にその場の患者対応を終了できるか決める

引継ぎルールとあわせて、どのような場合に患者や家族への対応を終了できるのかも決めておきます。
たとえば、「暴言をやめるよう伝えても続く場合」「必要な説明をしても同じ要求を繰り返す場合」など、対応を打ち切る基準をあらかじめ定めておけば、その都度院長や事務長の判断を待たず、職員が院内ルールに沿って対応を終了できるようになります。
カスハラに該当するか判断が難しい場合だけ責任者へ確認する流れにしておくと、現場でも運用しやすくなります。

なお、ここでいう「対応の終了」とは、電話や窓口での苦情対応を終えることです。今後の診療自体を断るかどうかは、第4章で別途解説します。

 

第3章 職員をカスハラから守る院内体制を整える

患者対応のルールを決めたら、カスハラを受けた職員を院内で支える体制を整えます。具体的には、次の3点です。

  • ① 医療機関としての対応方針を決めて職員へ伝える
  • ② 職員が誰に相談し、その後誰へ報告するかを決める
  • ③ 相談後の事実確認・職員保護・再発防止の流れを決める

3-1 医療機関としての対応方針を決めて職員へ伝える

法律上求められているのは、カスハラ専用の規程を新設することではなく、「医療機関として対応し、職員を守る」という方針と具体的な対処方法を職員へ周知することです。
既存のハラスメント規程や患者対応マニュアルに、第2章で決めた対応ルールを追加する方法でも対応できます。

このとき、既存の接遇ルールや院内ルールとの整合性も確認しておくことが大切です。
たとえば、接遇ルールに「患者の話は最後まで聞く」と定められていると、暴言や執拗な要求を受けた場合も対応を続けなければならないようにも受け取れるため、「ただし、カスハラに該当する場合はこの限りではない」などの例外を示し、職員が迷わず対応を切り替えられるように整理しておきましょう。

3-2 職員が誰に相談し、その後誰へ報告するかを決める

次に、カスハラを受けた職員が誰に相談するのか、その相談を受けた後に誰へ報告するのかを決めます。
相談先は、大規模な病院であれば人事・総務部門、小規模なクリニックであれば事務長や院長など、自院の体制に合わせて設定します。既存のハラスメント相談窓口を利用しても構いません。

相談窓口は、カスハラだと確定した事案だけを受け付ければよいわけではありません。カスハラに該当するか判断が難しい段階でも相談できるようにしておく必要があります。
あわせて、相談者のプライバシーを保護することや、相談したことなどを理由に解雇その他の不利益な取扱いをしないことも定め、職員へ周知します。

3-3 相談後の事実確認・職員保護・再発防止の流れを決める

実際に相談を受けた場合は、①何があったのか確認する ②被害を受けた職員を守る ③同じ被害を繰り返さないための対応を決める、という流れで進めます。

何があったのか確認して記録を残す

対応した職員から当時の状況を確認し、必要に応じて防犯カメラ映像や通話録音、メールなども確認して記録を残します。
なお、録音や防犯カメラ映像には患者の個人情報が含まれるため、保存や院内での共有にあたっては個人情報の取扱いにも注意が必要です。

被害を受けた職員を患者対応から外すなど保護する

カスハラが確認された場合には、責任者が対応を引き継ぐ、被害を受けた職員をその患者の対応から外すなど、状況に応じて職員を保護します。心身への影響が大きい場合には、休養などの配慮も検討します。

同じ患者が再来院した場合の対応まで決める

医療機関では、問題を起こした患者が再び受診することがあります。前回被害を受けた職員には対応させない、次回来院時は最初から責任者が対応するなど、再来院時のルールを決めておきます。
小規模なクリニックでは、患者が突然来院すると、その場にいる職員が対応せざるを得なくなります。そのような事態が想定される場合には、カスハラを起こした患者に対して、今後の受診は事前に予約・連絡するよう伝え、責任者や他の職員が対応できる時間帯に来院してもらうなど、被害を受けた職員とできるだけ接触させない運用を検討することも考えられます。

 

第4章 悪質なカスハラが起きた場合の対応をあらかじめ決めておく

院内だけでは対応しきれない悪質なケースに備えた対策として、次の3点も決めておきます。

  • ① 暴力・脅迫などがあった場合に、どの段階で警察へ切り替えるか
  • ② 悪質なカスハラを行った患者の診療を今後も続けるか
  • ③ 院内で対応しきれない場合に、どの段階で弁護士へ相談するか

4-1 暴力や脅迫などがあった場合の警察への切替基準を決める

患者や家族が暴力を振るう、物を投げる、脅迫する、退去を求めても院内に居座るなどの行為をした場合には、通常の対応を続けるのではなく、警察への通報に切り替える基準を決めておきます。
特に小規模なクリニックでは、院長が診療中でその場に出られないこともあります。「院長の許可がなければ警察を呼べない」といったルールにせず、暴力や身の危険がある場合などは、その場の職員が速やかに通報できるよう基準を決めておきましょう。

4-2 悪質なカスハラを行った患者の診療を今後も続けるか決める

悪質なカスハラがあった患者については、今後も診療を続けるのか、一定の場合には診療を断るのかについても院内で判断基準を決めておきます。

応招義務はカスハラ患者を無条件に診療し続ける義務ではない

医師法19条1項の応招義務があるため、患者の診療を断ることは、一般の事業者がサービス提供を断る場合と同じには考えられません。
ただし、厚生労働省は、患者の迷惑行為の態様から診療の基礎となる信頼関係が失われている場合には、新たな診療を行わないことが正当化されると整理しています。具体例として、診療内容そのものとは関係のないクレーム等を繰り返し続ける場合が挙げられています。

重大な行為は一度でも検討対象にし、暴言などは警告後の繰り返しを目安にする

診療を断れるカスハラの回数について、法律上何回以上といった基準はありません。
院内での目安としては、職員への暴力や具体的な脅迫など重大な行為は、一度でも今後の診療継続を見直す対象とすることが考えられます。これは、一度の暴力があれば直ちに診療拒否が適法になるという意味ではなく、院内で診療継続の可否を個別に検討する基準とする、という趣旨です。

重大とまではいえない暴言や執拗な要求の場合には、まず行為をやめるよう注意・警告し、それでも繰り返す場合に診療を断ることを検討する、といった基準が考えられます。

緊急性の高い患者は、カスハラ歴があっても別に対応する

ただし、緊急に診療が必要な患者には同じ基準をそのまま適用できません。
厚生労働省は、診療を断ることが正当化されるかについて、患者に緊急対応が必要かどうかを最も重要な考慮要素としています。そのため、過去にカスハラ行為があった患者でも、緊急に診療が必要な状態で来院した場合には、その時点の病状を踏まえて別途対応することを院内ルールに盛り込んでおきましょう。

4-3 院内で対応しきれない場合にどの段階で弁護士へ相談するか決める

悪質なカスハラを院内だけで抱え込まないよう、どの段階で弁護士へ相談するのかも決めておきます。
カスハラ防止指針では、特に悪質な事案への対処例として、警告文の発出や、法令の制限内でサービスの提供を行わないことなども示されています。医療機関の場合、診療を断る対応には応招義務との関係があるため、書面での警告や今後の診療拒否まで検討する段階を、弁護士へ相談する一つの基準にするとよいでしょう。

 

まとめ|カスハラ対策をきっかけに患者対応と職員を守る体制を見直しましょう

2026年10月からのカスハラ対策義務化を機に、これまで職員個人に任せていた患者対応を見直し、院内で共通のルールを整えておきましょう。患者への適切な対応と職員が安心して働ける環境を両立させることが大切です。

私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士と社会保険労務士をはじめとする各士業が連携し、医療機関の法務・労務に関するさまざまな課題をサポートしています。カスハラ対策に限らず、患者対応や職員に関する労務問題、院内規程の整備など、医療機関の運営についてお困りのことがあれば、お気軽にご相談ください。

※本コラムは、厚生労働省のカスハラ防止指針・リーフレットおよび応招義務に関する通知等を踏まえて作成し、弁護士・社労士が監修しています。

厚生労働省 資料

厚生労働省 資料リンク

関連コラム

・医療機関でのカスタマーハラスメント対応に限界を感じたら|弁護士が教える不当要求への切り替え判断と法的な解決への手順

・患者からのクレーム対応は看護師でどこまで実施すべき?現場を守るための判断基準と法的ポイントを弁護士が解説