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クリニックで未払い残業代請求を受けた場合どの期間支払わなければならない?時効の考え方と実際に請求を受けた際の初動対応を弁護士が解説

2026.05.28

従業員や既に辞めた従業員から未払いの残業代を請求された場合に、どこまでを残業として取り扱うのか、どこまでの期間までさかのぼって支払う義務があるのか不安になるかと思います。本記事では、クリニックが未払い残業代請求を受けた際に知っておきたい時効の考え方や初動対応の注意点について弁護士が解説します。

 

第1章 未払い残業代請求の時効は3年が原則

残業代を請求された際、まず確認すべきは「いつまで遡って支払う義務があるのか」という時効の問題です。

1-1 現在は「3年」が原則となる法的な仕組み

未払い残業代請求には時効があります。現在、残業代請求権の消滅時効は原則として「3年」です。
これは、2020年(令和2年)の労働基準法改正によって、それまでの「2年」から延長されたものです。もっとも、すべての未払い賃金が一律で3年になるわけではなく、賃金の発生時期によって適用されるルールが異なります。
残業代の時効は、残業した日ではなく、給与支払日からカウントされます。

残業代のカウント方法の例

たとえば、毎月末締め・翌月25日払いのクリニックで、2023年4月分給与の支払日が2023年5月25日だった場合、その残業代請求権は原則として2026年5月25日で時効を迎えることになります。

 

クリニックで未払い残業代請求を受けた場合どの期間支払わなければならない?時効の考え方と実際に請求を受けた際の初動対応を弁護士が解説

 

1-2 将来的には「5年」へ延長される可能性と経過措置

もっとも、現在の3年という時効期間は経過措置であり、将来的には未払い賃金の時効を「5年」とする方向が法律上予定されています。
そのため、今後は未払い残業代請求を受けた場合、請求対象となる期間が長くなり、結果として請求額がさらに高額化する可能性があります。

1-3 内容証明や交渉によって時効完成が止まる「完成猶予」とは

時効は、単に時間が経過するだけで完成するとは限りません。その理由のひとつが、「時効の完成猶予」です。完成猶予とは、一定の手続きが行われた場合に、時効の進行が一時的に停止する仕組みをいいます。

内容証明郵便による時効の進行停止

代表的なものが、内容証明郵便による請求です。元従業員側が内容証明郵便などで未払い残業代を請求した場合、その時点から6か月間は時効の完成が猶予されます。ただし、これは一時的に時効の完成を止める効果にとどまるため、その後6か月以内に訴訟提起などの法的手続を行わなければ、内容証明郵便による時効完成猶予の効果は失われます。

 

そのため、時効完成が迫っている段階で内容証明郵便による請求が行われた場合でも、元従業員側が6か月以内に法的手続を取らなければ、そのまま時効が完成する可能性があります。一方で、6か月以内に訴訟提起などの法的手続が行われた場合には、時効の完成が止まりますので、クリニック側としては、時効成立までの期間と内容証明郵便を受け取った後の相手方の動きも踏まえて、時効の成否を確認する必要があります。
なお、クリニック側が債務を承認したと評価される対応をした場合には、時効の主張が難しくなるケースもありますのでその点は注意が必要です。

 

クリニック側の返答が債務承認と評価されるリスク

たとえば、未払いの存在を前提とした回答や、支払いを前向きに検討しているような返答をすると、債務を認めたと評価される可能性があります。
実際にどのような発言や対応が問題になるかは、交渉経過や文面内容によって異なります。そのため、内容証明が届いた際には、自己判断で返答するのではなく、まずは法的観点から対応方針を整理することが重要です。

 

第2章 クリニックで残業代と判断されやすい医療現場特有のケース

医療現場では慣習として行われている行為が、法的には指揮命令下の労働とみなされる場面があります。

2-1 診療前後のカルテ入力やレセプト作業

診療時間が終了した後、患者がいなくなってから行うカルテ入力やレセプトの点検作業は、原則として労働時間に含まれます。
たとえクリニック側が「残業を命じていない」と主張しても、その業務を終えなければ帰宅できないような客観的な状況があれば、黙示の指示があったと判断される可能性があります。

2-2 診療開始前の準備・清掃・朝礼

始業時間より前に出勤して行う、医療機器の立ち上げ、院内の清掃、予約確認、朝礼などは、それらが任意ではなく義務付けられている場合、始業時間前労働として扱われる可能性があります。
特に、スタッフが事前に準備や清掃をしなければ開業時間どおりに診療を始められない運用になっている場合には、形式上の始業時刻前であっても、実質的にはクリニックの指揮命令下で行われた業務と評価される可能性があります。
その場合、始業前の準備や清掃、朝礼に要した時間についても、未払い残業代の支払義務が認められることがあります。

2-3 院内勉強会やカンファレンスへの参加

院内勉強会や研修については、任意参加と説明していても、実態次第では労働時間と評価されることがあります。
たとえば、以下のような場合です。

労働時間と評価されやすいケースの例
  • 不参加者が事実上いない
  • 参加しないと人事評価へ影響する
  • 院長や主任から参加を強く求められる

 

特に医療業界では、患者対応の質向上という目的から半ば当然に参加しているケースが見受けられます。法的には、任意参加という名目だけでなく、事実上、断りにくい状況だったか否かで判断されることがあります。

2-4 昼休み中の電話対応や急患対応

労働基準法上の休憩時間は、労働者が労働から完全に解放されていることが必要です。
そのため、昼休み中に電話番をさせていたり、急患対応で中断されたり、外出できなかったりする状況では、休憩時間として認められない場合があります。
特に小規模クリニックでは、昼休み中も最低限の人員を残していることがあります。しかし、誰かが院内に残って電話対応や急患対応をしなければならない運用になっている場合、その時間は単なる休憩ではなく、労働時間と評価される可能性があります。その時間を休憩時間として扱い、賃金計算の対象から外していると、後に未払い残業代として請求されるおそれがあります。

2-5 帰宅後や休日の患者対応や持ち帰り業務

近年増えているのが、業務用メールやスマートフォン対応に関する問題です。
帰宅後や休日に、患者の容体についてメールやチャットでやり取りをしたり、レセプト業務を自宅に持ち帰って行ったりした場合、継続性や業務命令性が認められると、労働時間として主張されることがあります。

 

第3章 タイムカードが無い=残業代請求が認められないわけではない

3-1 タイムカードがなくても未払い残業代請求は認められることがある

厚生労働省のガイドラインにより、雇用主には労働時間の適正な把握義務が課せられています。
タイムカードがない、あるいは打刻させていないという事実は、むしろ使用者側が適切な勤怠管理を行っていないと判断され、クリニック側に不利に働く可能性があります。

3-2 パソコンのログイン履歴・予約システム・SNS送信記録が証拠になる場合

近年は、デジタル記録が証拠として利用されるケースが増えています。
例えば以下のようなものです。

  • 電子カルテログイン履歴
  • パソコン起動記録
  • 予約システム操作履歴
  • チャットやメッセージの送信履歴
  • メール送信時刻

タイムカードがなくても電子カルテに毎日22時までアクセス記録が残っているといった状況の場合、残業の裏付けとして扱われる可能性があります。

3-3 看護師同士のチャットやシフト表が労働時間の裏付けとして使われることもある

スタッフ同士や家族とのやり取りの記録を証拠とされる場合もあります。
「今から帰ります」といったメッセージ送信時刻、あるいは本人が個人的につけていたメモや日記であっても、他の証拠と整合性が取れれば労働時間の推認材料とされることがあります。

3-4 裁判所が行う「労働時間の推定」とは

裁判では、すべての時間を秒単位で証明する必要があるわけではありません。特に、客観的な記録が不十分な場合、裁判所は従業員側の主張や断片的な証拠をもとに、「おそらくこの程度は働いていただろう」という労働時間の推定を行うことがあります。
そのため、クリニック側に反証できる資料がなければ、従業員側の主張に近い時間が認定されてしまうおそれがあります。

 

第4章 実際に未払残業代の請求を受けた直後にクリニックが行うべき初動対応

4-1 まずは請求期間と時効が成立している範囲を確認する

残業代請求の意思が載った通知書が届いた場合は、まず以下の項目をベースに請求期間を確認すべきです。

  • どの期間が対象か
  • どこまで時効が成立しているか

相手がいつからいつまでの残業代を請求しているのか、そのうち3年の時効にかかっている部分はないかを確認します。

4-2 直接連絡を避け、窓口対応を弁護士に一本化する

内容証明が届いた場合は、早い段階で弁護士へ対応窓口を一本化し、法的な観点から回答・対応を検討するのが望ましいでしょう。
病院側が直接やり取りをしてしまうことで、後の交渉で不利な事情になるような発言をしてしまったり、内容によっては時効の主張に影響したりする可能性もありますので、初めから弁護士に代理人として動いてもらう方が安心です。

4-3 タイムカード・シフト表・電子カルテ記録などの資料を保全する

未払残業代の請求を受けた後は、関連資料を保全する必要があります。
具体的には、以下のようなものです。

通知書が届いた際にまず保全すべき資料の例
  • タイムカード
  • シフト表
  • 電子カルテログ
  • チャット・メッセージ履歴
  • 給与台帳
  • 就業規則

 

請求を受けた金額がそのまま法的に認められるとは限らず、従業員側も限られた資料から推計計算している場合があるため、今後の対応を進めるにあたって請求の根拠を精査するための資料は一通り準備が必要です。

4-5 労基署の調査・是正指導まで見据えた周辺対応の検討

残業代請求は、当事者間の民事上の問題だけで終わるとは限りません。元従業員が労働基準監督署へ相談し、調査や是正指導につながることもあります。
労働基準監督署の調査に発展した場合、勤怠管理の不備、休憩時間の運用、固定残業代制度の有効性など、院内全体の労務管理が確認され、結果的に個別の残業代請求よりも大きな負担が生じる可能性も否めません。
だからこそ、早い段階で弁護士に相談し、請求内容にどこまで応じるのか、どの点を争うのか、労基署対応や制度改善まで見据えて収束方法を整理することが望ましいのです。

 

第5章 時効による減額や解決交渉を進める際の重要ポイント

5-1 時効を理由に支払いを拒否するには「時効の援用」が必要

時効は、自動的に適用されるわけではありません。時効なので支払いをしないという意思表示(時効の援用)を行う必要があります。
これを行わずに一部でも支払ってしまうと、時効の利益を放棄したとみなされることがあるため注意が必要です。

5-2 請求額がそのまま認められるとは限らない

相手方の請求額が、そのまま裁判所で認められるとも限りません。従業員側の計算には、本来差し引くべき休憩時間や、労働時間とは言えない私的な時間が含まれていることが少なくないためです。これらを一つずつ証拠に基づいて除外していくことで、現実的な支払い額まで交渉する余地が生まれます。
一方で、クリニック側に十分な記録がない場合には、想定以上の認定がされることもあります。請求金額だけで判断するのではなく、争点をどこにするかを整理して対応を検討することが重要です。

5-3 裁判になった場合の付加金リスクも見据えて対応する

話し合いが決裂して裁判になった場合、裁判所の判断により、「付加金」という追加支払いが命じられる可能性があります。付加金は、制裁的な意味合いを持つ制度であり、未払い残業代と同額程度の支払いが追加で命じられるケースもあります。

付加金の発生リスクが想定されるケース

特に、長時間労働を放置していた場合、是正の指摘後も改善がなされていない場合、勤怠管理が極めて不十分な場合などには、付加金が命じられるリスクが高くなります。
そのため、時効や労働時間の評価について争う余地がある場合でも、裁判に進んだ場合の付加金リスクまでふまえて、交渉による解決を検討した方がよいケースもあります。
どの段階で合意による解決を図るべきかは事案によって異なるため、早い段階で弁護士に相談し、請求内容や証拠関係を踏まえて判断することが重要です。

5-4 示談書・清算条項を作成し、将来の再請求リスクを防ぐ

未払い残業代請求について一定の金額で合意する場合には、口頭のやり取りだけで終わらせず、合意書を作成しておきましょう。
合意した支払いによって、どの期間・どの請求を解決するのかを明確にしておかなければ、後になって別の期間の残業代や、休憩時間、深夜割増、各種手当などに関する追加請求を受ける可能性があるためです。

合意書に記載すべき事項の例
  • 支払額
  • 支払期限
  • 対象となる勤務期間
  • 解決する請求の範囲
  • 清算条項(合意後に当事者間に未解決の債権債務がないことを確認する条項)

未払い残業代請求への対応では、金額を支払って終わりにするのではなく、将来の再請求や紛争の蒸し返しを防ぐ形で対応を終結させる必要があります。

 

第6章 未払い残業代請求は時効だけで判断せず、専門的な対応を

未払い残業代の請求は、時効の判断や労働時間の評価など、専門的な法律知識を要する複雑な問題です。特にクリニックにおいては、特有の勤務形態や慣習が法的リスクにつながりやすく、場当たり的な対応をすれば事態を不利に進めてしまうおそれがあります。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループは、弁護士法人をはじめ、社会保険労務士法人、税理士法人などの士業法人が一体となり、クリニックの法務・労務・税務をワンストップでサポートしています。専門的な対応や予防策の構築が必要な場合はお気軽にご相談ください。

 

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