事業承継を進めるうえで、多くの経営者が直面する課題のひとつが「資金の確保」です。株式の買い取り資金や相続税・贈与税の納税資金、従業員への退職金や新たな投資資金など、承継には思いのほか多額の資金が必要となります。
このとき検討される手段の一つが金融機関からの融資です。本記事では、事業承継資金としての融資の可能性と、融資検討時の注意点・流れなどを弁護士・税理士が連携する当事務所の視点からわかりやすく解説します。
もくじ
1. 事業承継における資金需要の実態
1-1. なぜ事業承継には資金が必要になるのか
事業承継というと、会社の代表者が交代する「人の承継」に目が向きがちですが、実際には資金の承継=お金の準備が極めて重要です。
とくに中小企業では、オーナー経営者が会社の株式を100%保有しているケースも多く、後継者が株式を取得するための買い取り資金や、相続税・贈与税の納税資金が必要になります。
また、承継のタイミングで経営者の退職金や役員報酬清算、債務整理、設備投資、人材採用などの新たな出費が重なることもあり、事業の継続性と成長性を担保するためには、一定の資金余力が不可欠です。
1-2. 資金使途の典型例
以下は、事業承継において現実的に発生しやすい資金使途の例です。
株式の取得費用
親族外承継やM&A時などに株式を買い取るための資金
相続税・贈与税の納税資金
株式や不動産の相続・贈与にともなう高額納税への備え
経営者退職金・清算資金
代表者の退任に際して発生する退職金・未払報酬・社宅処理など
設備投資・運転資金の積み増し
承継後に求められる更新投資や新規事業への対応
幹部人材の引き留め・採用費用
後継体制を安定させるための組織再編
これらの費用は一度に発生するとは限りませんが、承継時期を中心に数百万円〜数千万円規模の資金が必要となることもあります。
1-3. 承継規模によって異なる必要資金の目安
必要となる承継資金の規模は、会社の財務体質・株価・不動産保有の有無などにより大きく変わります。
| 承継タイプ | 規模感の目安 | コメント |
|---|---|---|
| 小規模同族承継(無償・相続中心) | 数百万円程度 | 納税・退職金などに限定。内部留保で賄えるケースも。 |
| 中規模・親族外承継 | 1,000万円〜5,000万円 | 株式取得・地位承継費用・役員退職金などが重なる |
| M&Aによる第三者承継 | 数千万円〜数億円 | 株式買収、DD費用、譲渡契約手続費用などが発生 |
特に資産価値の高い会社(不動産保有、利益蓄積型)ほど株式評価額も高くなり、融資なしでは承継が困難なケースも増えています。
2. 事業承継資金として融資を受けられるのか?
2-1. 事業承継に対応した主な融資制度
事業承継の資金需要に対応するため、国や金融機関では特定目的に対応した融資制度を整備しています。とくに日本政策金融公庫や商工中金などの政策系金融機関は、後継者や承継実行者を支援する制度融資を複数用意しています。
以下は代表的な融資制度です。
| 融資制度 | 運営主体 | 概要 |
|---|---|---|
| 事業承継・集約・活性化支援資金(承継M&A支援資金) | 日本政策金融公庫 | 後継者が株式を取得するための融資。 小規模事業者向け:一般の融資と別枠で7,200万円まで。 中小企業向け:直接貸付14億4千万円まで。 無担保・無保証枠については個別相談。 |
| 経営承継円滑化資金 | 商工中金 | 自社株式・事業用資産の取得資金に対応。資本性ローン併用も可能。 |
| 地方銀行・信金の独自制度 | 地域金融機関 | 各金融機関が地域中小企業向けに独自に展開。 |
これらの制度は、一定の事業継続性や後継者の実務能力を前提としているため、申請には事業計画書や資金計画などの書類整備が必要となることが一般的です。
2-2. 金融機関が重視する審査ポイント
事業承継資金の融資は、通常の設備資金や運転資金とは審査の視点が異なることが多く、主に金融機関は次のような観点で総合的に融資の可否を判断します。
後継者の信用力・経営能力
経験・保有資格・社内での実績
承継後の収益見込み
過去の財務データと今後の売上計画
必要資金の妥当性
承継スキームと金額が現実的かどうか
自己資金との併用
すべてを融資に頼っていないか
株式取得や契約上の整合性
議事録・株主名簿・定款の整備状況
また、後継者が役員就任して間もない場合などは、連帯保証や担保提供が条件となることもあることに留意が必要です。
事業承継資金は「一時的にまとまった額が必要」「資金使途が株式取得や税納付など無形なもの」など、通常の融資と異なる性質があることから、金融機関にとっても目に見えない価値への融資となるため、より慎重なヒアリングと書類確認がなされる傾向があります。
3. 事業承継資金の融資を受ける際の実務フロー
3-1. 必要資金の算定と資金計画の策定
まず行うべきは、「そもそもどの程度の資金が必要なのか」を明確にすることです。
事業承継の目的・方法によって必要金額は大きく異なるため、承継対象とその評価額を整理した上で、資金使途を一つずつ見える化する作業が必要です。
必要資金の洗い出し例
- 株式の買い取り代金(親族や他の株主からの取得)
- 贈与税・相続税の納税資金
- 旧代表者の退職金・役員報酬清算
- 後継者が就任する際の採用・組織整備コスト
- 運転資金の積み増し・当面の生活費
これらを踏まえたうえで、必要な資金を、自己資金/融資等の組み合わせでどう調達するかを計画し、金融機関に提出する資金使途計画書に落とし込む必要があります。
3-2. 事業承継計画書・財務資料・契約整理の準備
融資審査においては、形式的な書類だけでなく、事業の継続性と後継者の実行力を裏付ける資料も併せて提出が求められることが一般的です。
提出を求められやすい主な資料
- 事業承継計画書(経営方針、後継者の紹介、課題と改善案など)
- 資金計画書・資金繰り表(融資を受けた後の資金使途と返済可能性)
- 直近の決算書・試算表(財務基盤の健全性)
- 株価評価書(自社株取得資金の妥当性の説明)
- 株主名簿・定款・株式譲渡契約案(法務面の整備状況)
- 後継者の履歴書等
また、申請時点で会社名義と個人名義の不動産や借入金が混在しているケースでは、名義や債務関係の整理も必要になることがあります。
3-3. 融資契約書の条件・条項の確認
融資契約書には、一般的に期限の利益喪失条項や財務制限条項(コベナンツ)といった、契約履行を厳しく管理する条件が記載されています。
チェックすべき条項とリスク
| 条項名 | 内容 | リスク |
|---|---|---|
| 期限の利益喪失 | 一定の事由が発生した場合、即時一括返済を求められる条項 | 軽微なミスでも一括請求の可能性/後継者に債務集中のリスク |
| 財務制限条項 | 債務超過・債務償還年数・利益水準などの数値基準を下回ると違約となる | 財務状況が一時的に悪化しただけで、契約違反扱いになることも |
こうした条項は、承継直後の経営体制が安定しないタイミングで条件に引っかかってしまうと、即座に一括返済を求められるなど深刻な影響を及ぼす可能性があります。
特に、新任の後継者が資金繰りや財務運営に不慣れな場合は、思わぬ形で契約違反とされてしまうこともあるため、必要に応じて事前に弁護士による契約内容のリーガルチェックを受けるなどの対応が望ましいでしょう。
4. 不動産を活用した資金調達の方法
4-1. 不動産担保融資
中小企業の経営者の中には、自社または個人名義で不動産(事業用地・社屋・倉庫・投資用不動産など)を所有しているケースが少なくありません。
これらを資金調達に活かす方法として、不動産を担保に融資を受ける「不動産担保融資」がよく検討されます。
メリット
- 無担保融資に比べて借入額の上限が大きく、金利が低くなりやすい
- 株式取得・納税資金など幅広い資金使途に対応しやすい
- 資産の有効活用により、会社のキャッシュフロー改善につながる
デメリット
- 万が一返済不能となった場合、不動産を失うリスクがある
- 名義や利用状況(自社保有か、経営者個人保有か)により担保設定の契約形態含めて審査や実務処理が複雑になる場合がある
不動産を担保に融資を受ける場合、不動産の評価額に加えて「安定的な返済能力があること(キャッシュフローの見通し)」も重視される点には留意が必要です。
4-2. 不動産の売却とリースバック
融資以外での不動産を活用した即時の資金調達手段としては、売却とリースバックが代表的です。
いずれも所有する不動産を資産として現金化できる点では共通していますが、手続き・リスク・法的留意点には明確な違いがあります。
資金調達手段① 不動産売却
所有不動産を第三者に売却し、その対価を資金化する方法です。
事業に使用していない不動産や、今後の活用予定がない遊休資産の整理に適しています。
不動産売却時の留意点
- 所有不動産が事業拠点の場合、売却により拠点を失う可能性があるため、移転先や業務継続の可否を事前に検討する必要があります。
- 売却益には法人税や所得税(譲渡所得)が課税されるため、税負担のシミュレーションを行っておく必要があります。
- タイミングによって売却価格が変動するため、マーケット状況の見極めが重要です。
資金調達手段② リースバック
不動産を売却した後、買主と賃貸借契約を締結し、引き続き自社で物件を利用しながら資金を得る方式です。
現金化と物件利用継続の両立が可能で、近年は中小企業でも導入が進んでいます。
リースバック利用時の留意点
- 毎月の賃料(リース料)が発生するため、中長期的にはコスト増となる可能性があります。
- 契約解除や更新条件など、賃貸借契約書の内容次第で将来的なリスクが左右されるため、契約条項(解約条件・賃料・使用期間)を慎重に交渉する必要があります。
- 長期的な使用を前提とする場合は、安定的な使用権限を確保できる契約設計が不可欠です(例:普通借家契約とする、買戻し特約を付けるなど)。
4-3. 不動産を活用した資金調達の判断基準
事業承継に必要な資金を不動産で調達する場合は、「どの不動産をどの方法で活かすか」を明確に定める必要があります。
その際の判断軸としては、以下のような観点が参考になります。
| 判断軸 | 選択手段 | 解説 |
|---|---|---|
| 資産を保有したまま資金調達したい/担保余力がある | 不動産担保融資 | 審査や手続きに一定の時間はかかるものの、保有資産の評価によって比較的高額な融資を受けやすく、資金調達の選択肢として現実的かつ安定性のある手段です。 |
| 自社保有物件を継続使用したい/現金化+融資の返済負担を避けたい | リースバック | 短中期的な資金ニーズに対応可能。ただし、契約条件の精査は必須になるほか、返済負担は無いものの、リース料の負担増には注意が必要です。 |
| 将来的に不動産を活用しない/承継の一環として資産処分を行いたい | 売却 | 現経営者の退任・引退を見据え、経営者の個人資産の整理や老後資金の確保を目的とする場合にも活用可能。ただし、売却時の税務対策は必須となります。 |
不動産を活用した資金調達の場合は融資と異なり資産の処分が伴うケースがあるため、自社の状況や将来的な不動産の活用予定等を踏まえて総合的に判断の上で方針を決めることが望ましいでしょう。
5. よくある質問(FAQ)
Q1. 事業承継資金として融資を受ける場合、使い道に制限はあるのでしょうか?
基本的には、株式の取得資金・退職金の支払い・相続税や贈与税の納税資金など、「承継の実行に直接関係する支出」であれば、資金使途として認められることが多いです。 ただし、金融機関によっては、個人用途と会社用途の区分を明確に求められるため、「資金を法人で借りて、個人の相続税に充当する」といった使い方は制限されることがあります。実際の事業承継スキームと合わせて、使途の妥当性を正確に説明することが求められます。
Q2. 承継前に赤字決算が続いています。それでも融資を受けられる可能性はありますか?
赤字決算が続いている場合はどうしても融資は厳しくなりますが、可能性が全くないというわけではありません。
金融機関は、決算書上の数字のほかにも、事業性評価や承継後の収益改善見込みという点も加味したうえで審査を行うため、赤字の原因が一時的なものであることや、後継者が具体的な改善策を提示できる場合には、融資が通る場合もあります。
Q3. 事業承継資金の融資では代表者個人で借りるのと法人で借りるのは、どちらがよいですか?
それぞれメリット・デメリットがありますが、資金の使途や担保の対象、返済原資を考慮して判断すべきです。 法人で借りる場合は、会社の資産・収益を前提とした審査になるため、業績が安定していれば借りやすく、税務処理も明快です。 一方、相続税の納税といった代表者個人の支出に充てる場合は、個人で借りる方がスキーム的に整合がとれるケースもあります。事前に専門家に相談の上で進められることをおすすめします。
Q4. 事業承継融資とあわせて補助金・助成金も活用できますか?
はい、併用可能な制度が複数存在します。 たとえば「事業承継・M&A補助金」(中小企業庁)では、M&Aにおける専門家活用に対して補助金が出る場合があります。 また、都道府県や市区町村レベルでも後継者育成支援や設備更新費用に対する助成制度が設けられている地域があります。
融資と補助金をセットで活用することで、自己資金の負担を抑えながら承継スキームを実行することが可能です。 申請タイミングや条件も複雑なため、活用を前提とする場合は早めに専門家へご相談ください。
6. 当事務所でのサポート内容
事業承継においては、事業承継にかかる多額の資金をどう確保するかが大きな課題になります。
当事務所では、事業承継の初期段階(構想段階)から、弁護士・税理士・社労士・司法書士等が連携し、計画段階からの総合支援を行っています。
複数の士業が在籍する強みを活かし、承継計画の立案から金融機関提出資料の作成、融資契約書のレビュー、担保・保証のリスク整理、承継後の運営支援まで一貫してサポートが可能です。
事業承継の進め方に不安がある方、自社の状況に応じた資金調達の方法を検討したい方は、まずは一度ご相談ください。
