M&Aの是非を判断するうえで、買い手が最も重視するのがデューデリジェンス(DD)です。ところが実務では「何をどこまで調べれば十分なのか」「費用はどれくらいかかるのか」が分からず、途中で手戻りや追加コストが発生しがちです。本コラムでは、最低限押さえたい必須DD項目から、できれば実施したい推奨項目、より慎重を期すなら検討したい項目まで優先度別に三段階に整理し、費用相場と進め方のポイントを弁護士目線で解説します。
もくじ
1. デューデリジェンス(DD)とは何か──目的と近年のトレンド
DDは「買収対象のリスクと価値を多面的に検証し、最終的な買収価格・契約条件に反映する調査プロセス」です。
近年はESG、サイバーセキュリティ、人的資本といった非財務リスクへの評価ニーズが高まっています。株式譲渡のみならず事業譲渡、会社分割でもDDの範囲はほぼ同等に求められます。
2. M&A・デューデリジェンスの全体フローとタイムライン
M&A・デューデリジェンス(DD)は「①準備 → ②本調査 → ③契約調整 → ④クロージング・統合」の4段階で進みます。ここでは規模・業種を問わず共通する大枠を整理します。
2-1 準備フェーズ(約2~4週間)
- 買い手・売り手がまず秘密保持契約(NDA)を結びます。
- 売り手は会社概要書を提示し、買い手は初期質問リストで大枠リスクを確認します。
- リスクが許容範囲なら、価格レンジと独占交渉期間を定めた基本合意書を締結します。 ※ここまでは公開情報・経営者ヒアリング中心の“ライトDD”です。
2-2 本調査フェーズ(約4~8週間)
- 売り手は、契約書・財務データ・許認可などのデューデリジェンスに必要な資料を提出します。
- 買い手側の弁護士・会計士・専門士業が資料を精査し、質問事項の整理と確認を行います。
- 必要に応じて現地視察や経営幹部等へのヒアリングを実施し、各専門家がリスクと金額影響をまとめたDDレポートを作成します。
2-3 契約調整フェーズ(約2~6週間)
- DDレポートの結果をもとに、株式/事業譲渡契約のドラフトを作成します。デューデリジェンスで見えたリスクも契約書内に織り込みます。
- 双方の同意の上でM&Aの最終契約を締結します。
2-4 クロージング
代金決済と株式(または資産)の引渡しをもってクロージング完了となります。
準備からクロージングまで、おおむね3〜4か月が標準スケジュールです。タイトな案件では2か月以内で終えることもありますが、売り手の資料開示が遅れるとそのまま後工程が延びるため、売り手・買い手双方で提出期限と回答期限をあらかじめ書面で取り決めておくとスムーズに進みます。
3. DDにかかる費用相場とコスト管理の考え方
デューデリジェンス費用は「調査の深さ」と「関与する専門家の数」で大きく変動します。以下、企業規模や案件特性を問わず押さえておきたい費用構造を一般化して解説します。
3-1 デューデリジェンスにかかる費用の種類
一般的に、デューデリジェンスで発生する費用としては、以下の3つのブロックに分けられます。
①専門家報酬
弁護士・公認会計士・社労士などの報酬。作業時間や成果物単位で請求されることが一般的です
②実費
出張旅費、翻訳料などがかかった場合、別途請求されることが多いです。
③追加調査コスト
初期DDでリスクが見つかった場合の深堀り調査や再鑑定を行う場合は追加で費用が発生します。
大体の企業規模別の費用感として、目安を以下に記載しています。
売上規模(目安) | 法務DD | 財務・税務DD | 労務DD | おおよその合計 |
---|---|---|---|---|
10億円未満 | 100〜200万円 | 150〜250万円 | 50〜100万円 | 300〜500万円 |
50億円前後 | 300〜500万円 | 400〜600万円 | 100〜150万円 | 800〜1,200万円 |
100億円超 | 500万円〜 | 700万円〜 | 150万円〜 | 1,500万円以上 |
※国内の標準的な深度で実施した場合の目安です。海外子会社DDやIT・サイバーDDを追加する場合は、上記費用感から2〜5割程度上振れすることがあります。
3-3 コストを膨らませない3つのポイント
1.スコープを段階的に拡張する
最初から“全部盛り”にせず、必須項目だけ着手→リスクの有無を見て追加調査を判断するとムダが出ません。
2.資料提出期限を契約で明確化する
売り手からの開示が遅れると専門家の待機時間が発生し、追加稼働が請求されがちです。基本合意やNDA締結の段階で資料提示の期限についても双方で合意しておきましょう。
3.重複作業が発生しないように依頼範囲を調整
たとえば財務DD担当の会計士が売掛金の回収状況を調べるなら、法務DD側で同じ取引基本契約を二重レビューしないよう担当範囲を明確に分けます。チェックリストを共有し「誰がどこまで見るか」を事前に合意することで、専門家報酬の二重計上を防げます。可能であれば、各専門家の納品物の共通様式を決めておけると後行程もスムーズです。
デューデリジェンス費用は「専門家の種類×深度×期間」で決まります。まずは最低限の必須項目から着手し、追加の深掘りが必要かどうかを早い段階で見極めることがコスト管理のカギです。
4. 必ず実施すべきデューデリジェンス(優先度:高)
「最低限ここまでは確認しないと危ない」という領域です。買い手が安心してクロージングに進むための“土台づくり”だとお考えください。
主な内容としては、対象企業が締結している契約書の内容に不備がないか、訴訟リスクを抱えていないか、許認可を適切に取得しているかなどを確認します。
- 株主・議事録の確認(株券発行会社なら未発行分の有無、名義書換が適切かの確認)
- 主要契約のリスク評価(取引基本契約、長期供給契約、販売代理店契約などを抽出し条項確認)
- 許認可(建設業許可、飲食店営業許可など)の有効性
- 訴訟・行政指導歴、知的財産の侵害有無
見落としが買収後に損害をもたらすリスクが高いため、弁護士による精密な確認が不可欠です。
4-1. 財務・会計デューデリジェンス(決算・負債・税務)
過去の決算書・試算表を突き合わせ、帳簿と実態が乖離していないかを検証する作業です。
- 会計処理の妥当性(架空売上・在庫評価など)
- 資産・負債の評価(簿外債務の有無)
- 税務申告状況・税務調査歴の確認
- 過年度損益の分析
企業価値評価(バリュエーション)と価格交渉にも直結するため、正確性が最重要となります。
4-2. 労務デューデリジェンス(就業規則・未払い残業代)
労務リスクは隠れがちですが、実はM&A後に最もトラブルとなりやすい分野です。
- 就業規則や雇用契約書の整備状況
- 未払い残業代や不適切な勤怠管理
- 解雇・雇止めをめぐる過去の紛争履歴
- 労働基準監督署の調査・是正指導の履歴
特に買収後に雇用トラブルが発覚した場合、「知らなかった」では済まされません。
5. 実施すると望ましいデューデリジェンス(優先度:中)
コストと期間に余裕があれば、将来の“見えにくい損失”を防ぐために以下を追加しましょう。
5-1. 知的財産・商標・ライセンス関係
BtoC事業やテクノロジー企業を中心に、知的財産の価値は無視できません。以下のような確認が求められます。
- 登録済の商標・特許の一覧と所有状況(共同出願の有無など)
- ライセンス契約(OEM、ソフトウェアなど)の内容と期限
- 無断使用や権利侵害のリスク
- 登録漏れのリスクや無効理由の存在
商標権が他社にある場合は、商号変更やロゴの変更が必要となる可能性もあります。
5-2. 内部通報制度・コンプライアンス体制
近年はガバナンス意識の高まりから、内部通報制度や社内コンプライアンス体制の整備状況も重要視されます。
- 内部通報窓口の設置状況と運用履歴
- コンプライアンス規程の整備と従業員教育の有無
- ハラスメント対応実績と苦情件数
特にIPO準備企業や公的機関との取引が多い企業では、買い手側もこの点を重視する傾向があります。
5-3. 顧客・取引先の契約状況や継続性
収益基盤の安定性を把握するため、売上上位顧客の契約内容や取引履歴の調査が推奨されます。
- 顧客との長期契約の有無
- 取引中止リスク(顧客依存度、1社集中のリスク)
- 未回収売掛金の状況
- 得意先・仕入先リストと関係性の深さ
顧客との取引がM&Aによって打ち切られるケースもあるため、事前の確認が必要です。
5-4. サイバーセキュリティ・ITインフラ面
DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中、IT環境の健全性もM&Aで注目されるポイントです。
- サーバ・クラウドの構成や運用体制
- 個人情報保護体制(Pマーク取得状況など)
- サイバー攻撃やデータ漏洩の発生歴
- 使用ソフトのライセンス管理・保守契約状況
特にEC企業やWebサービス事業者では、ITインフラの状態次第で買収の成否が左右されることもあります。
6. より安全性を求める・特殊ケースで必要となる項目【優先度:低】
6-1. 環境・許認可デューデリジェンス
製造業や不動産業、エネルギー業界などでは環境規制や許認可が重要なリスク要素となることがあります。
- 産業廃棄物処理・排水基準の遵守状況
- 建築基準法や都市計画法の適合性
- 営業許可や業種ごとの登録・認定制度
対象事業の地域的規制(例:農地法、景観条例など)にも注意が必要です。
6-2. 外国人雇用・海外子会社の確認
外国人労働者を雇用している、あるいは海外拠点を持つ企業では、以下のような確認が必要です。
- 就労ビザ・在留資格の適正性
- 外国子会社の現地法遵守状況(労務・税務)
- クロスボーダー取引の契約リスク
- 為替・輸出入規制など国際取引上の課題
外資規制や外国送金規制など、通常の国内M&Aでは想定しづらいリスクにも目を向けなければなりません。
6-3. グループ会社・ホールディングス化の影響分析
対象会社が他のグループ会社と資本関係を持つ場合、グループ全体に及ぼす影響も検討する必要があります。
- ホールディングス化に伴う親子会社間取引の妥当性
- 関連会社とのクロスグループ契約
- 税務上の連結納税、移転価格税制への対応
税務・法務の両面からの複合的な調査が必要となるため、経験豊富な専門家による対応が望まれます。
7. DD結果をクロージングとバリュエーションに落とし込むステップ
デューデリジェンスで洗い出したリスクや価値は、最終契約と買収価格に「どう条文化し、どう数字で調整するか」が勝負どころです。ここでは ①リスクを契約で封じ込める方法 ②価格を公正に調整する仕組み ③買収後のトラブルを防ぐ資金留保――の3手順に整理して解説します。
7-1 表明保証・補償条項で“契約上の壁”をつくる
表明保証
売り手が「開示した情報は正確/訴訟は存在しない」と保証し、虚偽が判明した場合は損害を賠償すると約束する条項です。DDで判明した既知リスクは「開示例外」に入れ、未知リスクのみを補償対象にすると、売り手の負担過多を避けながら買い手の保護を確保できます。
補償義務
具体的な損害額が想定できる簿外債務などは「●年以内に××円まで補償」と個別に定義します。上限額と請求期限を設定するのが実務上の標準です。
7-2 価格調整メカニズムで“数字上のズレ”を是正する
ネットデット/NAVアジャスト
DDで確定した純有利子負債や純資産を基準値と比較し、差額をクロージング日に調整します。これにより簿外債務や過大資産計上の影響を価格に反映できます。
ワーキングキャピタルアジャスト
通常運転資金を下回っていた場合、買い手が不足分を補填する必要があるため、超過・不足額を最終価格に加減算します。季節変動の激しい業種では過去12か月平均を基準に据えると公平です。
7-3 エスクロウやR&W保険で“万一の後払い”を担保する
エスクロウ留保
買収対価の5〜15%程度を金融機関に預託し、表明保証違反があった場合に買い手が取り崩せるようにします。留保期間は税務リスクなら3年、一般債務なら1年程度が相場です。
表明保証保険(R&W保険)
売り手の説明義務を軽くしつつ買い手を保護したいときの選択肢です。保険料は買収価格の1〜3%前後ですが、高額案件では売り手・買い手双方にメリットがあります。
ポイントまとめ
- リスク=契約条項で封じ込める。DDで把握できた事項は金額と期限を明示し、曖昧な表現を避ける。
- 数字のズレ=価格調整で公平に是正。買い手の「想定外の持ち出し」を防ぎ、売り手の過度な値引きを防止。
- 残余リスク=資金留保または保険で担保。クロージング後の紛争コストを最小化できます。
上記の3点を契約書面に盛り込むことで、買収後のキャッシュアウトを抑えつつ円滑な統合へとつなげられます。
8. 注意すべきポイントと失敗事例
8-1. 確認漏れによる思わぬ落とし穴
DDを省略・簡略化してしまった結果、以下のような問題に直面することがあります。
- 買収後に、元従業員から未払い残業代の請求を受け、過去にさかのぼって数百万単位での支払い義務が生じた
- 許認可が特定の代表者個人に紐づいていたため、譲渡後に営業停止状態となった
- 表面上は黒字でも、資産価値が実際より過大評価されており、のちに大幅な減損処理が必要になった
どれも「事前に分かっていれば避けられた」トラブルばかりです。
8-2. 買収契約での表明保証の“中身”が曖昧
買収契約における「表明保証」は、対象企業側が自社の状況に責任を持って説明する条項です。しかし、この内容が曖昧なままだと、買い手側が救済されない事態にもなりかねません。
表明保証条項のチェックポイント:
- 保証の対象範囲(契約、債務、税務、訴訟など)が明確か
- 保証違反時の損害賠償や解除の条項が設定されているか
- 買収契約とDD報告内容が整合しているか
このあたりも、弁護士がきちんと目を通すことで、契約全体の“セーフティーネット”を張ることができます。
9. 当事務所が提供するワンストップ型デューデリジェンス支援
9-1. 複数士業による総合調査体制
当事務所では、以下の専門家がひとつのチームとなってM&A支援を行っています:
- 弁護士:法務リスク、契約交渉、買収契約の作成
- 税理士:税務調査、財務分析、企業価値評価
- 社労士:労務リスク、就業規則、未払賃金リスク
- 司法書士:会社登記、株式譲渡登記など手続対応
これにより、必要な調査と対応を一貫して提供できるのが最大の特徴です。
9-2. スタートアップや中小企業への柔軟な対応
特に当事務所では、スタートアップ企業や中小企業のM&A支援に数多く対応してきました。
- 限られた予算内での調査項目の優先順位付け
- スモールM&Aに最適化されたシンプルでスピーディーな対応
“初めてのM&Aで不安”という企業様にこそ、当事務所の知見をご活用いただきたいと考えています。
10. まとめ:M&Aにおけるデューデリジェンスは、まず専門家への相談から
M&Aは短期間に多くの判断と作業が必要となる重たい仕事です。
特にDDにおいては、専門知識なしに正確な判断をすることは非常に難しく、結果的に重大な見落としにつながりかねません。
スモールDDを含めて、貴社の状況に応じた最適なデューデリジェンス計画をご提案いたしますので、まずは一度ご相談ください。