事業承継を行う上で、ポイントになるのは非上場株式(自社株)の評価額です。株式の時価が高くなるほど、承継時の税金・買付資金が膨らむため、株価対策は重要な観点です。本コラムでは、非上場株式の評価方法の概要と短期・中長期の株価対策について弁護士が解説します。
1. なぜ非上場株式の株価対策が必要なのか?
最初に押さえておきたいポイントは、本コラムで取り上げる「株価対策」とは非上場株式(オーナー企業の自社株)に特有のテーマであるという点です。上場会社の株価は市場が日々決定するため個別策で直接コントロールすることはできません。一方、非上場株式は国税庁が定める評価方法により株価評価を行うこととなり、会社の財務構造や組織再編のしかたによって評価額を戦略的に引き下げる余地があります。
自社株の評価額が高値になると、以下のような懸念があります。
1-1 税負担の増加
たとえば、非上場株の評価額が億を超えてくるような場合、納税額が数千万単位になることが予想されます。
株式移転を実施すると、後継者は速やかに納税義務を負うため、納税資金の調達メドが立たない限り実務上は移転を躊躇せざるを得ません。結果として納税資金の確保が遅れるほど承継スケジュールも後ろ倒しになりやすく、経営権移行のタイミングを逸するリスクが高まります。
1-2 後継者の資金調達ハードルが上がる
自社株の評価額が高くなるほど買付資金が多く必要になるほか、前述した納税資金の調達方法も考慮しなければならないため、キャッシュの確保が難しい場合は事業承継が停滞する可能性があります。
1-3 株式買い取りコストの増加
少数株主が多い場合、他の株主から株式を買い取るか、議決権集約策(株式交換・種類株式発行等)を講じる必要がありますが、株式の評価額が高い状態では1株当たりの買い取りコストも大きくなってきます。
買収資金の調達に時間がかかると、意思決定権が分散したままの状態が続いてしまうため、経営停滞リスクが高まります。
株価対策は税負担軽減だけでなく、「議決権を後継者に集中させやすい価格帯」に調整してガバナンスを安定させる意味でも重要であるといえます。
2. 非上場株式の評価方法
非上場株式の評価については、株式を取得した株主が同族株主なのかそれ以外なのかで評価方法が異なります。
株式を取得した株主が、株式発行会社の経営支配力を持っている同族株主等である場合は、原則的評価方式を使用します。
原則的評価方式は、株式発行会社の総資産価額・従業員数・取引金額で大会社、中会社、小会社のいずれかに分類のうえで、それぞれで以下のように評価を行います。
- 大会社:原則として、類似業種比重方式(株式発行会社と類似する業種の株価を基に配当金額・利益金額・純資産価額の3点で比較)により評価する。
- 小会社:原則として、純資産価額方式(会社の総資産や負債を相続税の評価基準で評価しなおし、その評価額の価額から負債や法人税額等相当額を差し引いた残りの金額を株式価額とする)により評価する。
- 中会社:類似業種比重方式と純資産価額方式を併用して評価します。
同族株主以外が株式を取得した場合は、株式発行会社の規模に関わらず、特例的な評価方式として配当還元方式(株式を所有することで受け取る1年間の配当金額を一定の利率(10%)で還元して株式の価額とする)を使用します。
なお、以下のケースにあたる会社の場合は、評価方式が異なりますので留意が必要です。
(1)類似業種比重方式で評価する3つの比重要素のうち、直前期末の比準要素のいずれか2つがゼロであり、かつ、直前々期末の比準要素のいずれか2つ以上がゼロである会社(比準要素数1の会社)の株式
(2)株式等保有特定会社(総資産価額中に占める株式・出資及び新株予約権付社債の保有割合が一定の割合以上の会社)の株式
(3)土地保有特定会社(総資産価額中に占める土地等の保有割合が一定の割合以上の会社)の株式
(4)課税時期において開業後の経過年数が3年未満、類似業種比重方式で評価する3つの比重要素のうち直前期末の比準要素がいずれもゼロである会社
(5)開業前の会社の株式、休業中の会社の株式
(6)清算中の会社の株式
【株式を取得するのが同族株主の場合】
(1)~(5)は純資産価額方式で評価、(6)は精算分配見込額にて評価
【株式を取得するのが同族株主以外の株主の場合】
(1)~(4)は配当還元方式で評価、(5)は純資産価額方式で評価、(6)は精算分配見込額にて評価
状況によって評価方法が異なるため、自社株評価を実施する際は必ず税理士に相談の上で進めるようにしましょう。
3. 非上場株式の株価を押し上げる要因となるものはどのような要素か?
非上場株式の評価額が高く(=“重く”)なる主な要因は、評価方式(主に純資産価額方式と類似業種比準方式)で用いられる比準要素が押し上げ方向に働くときです。代表的な要素としては、次の5つが挙げられます。
1.純資産(簿価純資産)の増加
内部留保が厚い、含み益土地や有価証券を多く保有しているといった場合は、純資産価額方式でそのまま評価額が上昇します。
2.高い配当基準
類似業種比準方式では「1株当たりの配当金額」を比準要素に用いるため、配当性向が高い会社ほど株価係数が増えます。
3.高い利益水準(年利益金額)
営業利益・経常利益が好調だと「1株当たり利益金額」が大きくなり、比準価額が押し上げられます。特に中会社・大会社区分では利益要素のウェイトが高くなります。
4.会社規模が“大会社”に判定される
従業員数・総資産・売上高のいずれかが通達基準を超えると大会社扱いとなり、類似業種比準方式の採用比率が上がり評価額が高止まりする傾向があります。
5.含み益資産(土地再評価益・投資有価証券)の存在
時価評価差額は純資産に加算されるため、地価上昇や上場株保有が多い企業は評価額が伸びます。
これらの要素が複合すると株価は“重く”なりますので、株価対策では、配当政策の見直しやDES・会社分割による純資産圧縮などで上記五要素をコントロールすることが重要になります。
4.非上場株式の具体的な株価対策とは?
4-1. 短期的な株価引き下げ策
4-1-1 役員退職金・役員報酬調整
退任時に功績倍率5倍以内で支給すれば損金算入され、資産が減少して株価を下げます。後継者就任前に実行するのが鉄則です。
役員退職金は功績倍率5倍以内であれば全額損金算入でき、支払と同時に会社の現預金(=純資産)が減少します。たとえば簿価純資産5億円、発行株式1万株の場合、引退社長に2億円の退職金を支給すると純資産は3億円へ下がり、株価は理論上40%下落します。 退職金原資を確保できない場合は、承継の1~2年前から役員報酬を適正範囲まで引き下げ、減額分を退職金に振り替える方法が有効です。
ただし、功績倍率を業界平均より大きく設定すると“過大報酬”で損金否認されるおそれがあるため、適切な範囲内での設定が不可欠となります。
4-1-2 自己株式取得と配当方針の見直し
余剰現金で自己株を買い取り、消却するスキームは資産減×発行株数減の二段効果で株価を下げます。同時に一時的な減配または配当性向20~30%への引き下げを行うと、類似業種比準方式の「1株当たり配当金」が下がり、評価係数そのものを圧縮できます。配当を完全に“ゼロ”にすると資本コストが増すため、その点には注意が必要となります。
4-1-3 生命保険の活用と含み損資産の売却
損金性の高い逓増定期保険を活用すれば、支払保険料を経費化して純資産を削減しつつ、5年後の買取返戻金で退職金の財源を確保するという“二段仕掛け”が可能です。また、市場価格が帳簿より低い遊休不動産や古い機械装置を売却すれば、売却損が発生し純資産が下がります。売却先をグループ外の第三者にするか、同族資産管理会社にするかで譲渡損益の取扱いが異なるため、必ず税理士が資本関係を確認してから実行してください。
4-2. 中長期的な株価引き下げ策
4-2-1 高収益部門の会社分割・吸収分割
黒字事業を新会社へ移し、旧会社株価を引き下げてから贈与。承継後に再統合すれば税負担を抑えつつ経営権を維持できます。
黒字事業を新設子会社に移し、事業承継対象となる旧会社には赤字または低収益部門だけを残すことで、株価評価時点で旧会社の営業利益・配当が大幅に減少するため、類似業種比準方式の比準要素が一気に下がります。分割対価を「株式交付」とせず吸収分割または現物出資で行えば追加の納税が生じにくく、後継者は旧会社株式を低い評価額で承継できます。分割対価の株式により新会社⇔旧会社間でクロス持株が発生した場合は、株式交換や譲渡で持ち合いを解消したうえで、最終的に持株会社体制(ホールディングス化)へ移行することで、①議決権を後継者の持株会社へ一元化、②株価を低く抑えた旧会社株式を承継、③将来のM&Aや資本提携を子会社単位で柔軟に行えるというメリットを実現できます。
4-2-2 大型設備投資・不動産取得と減価償却戦略
成長投資を承継前に前倒しすると、減価償却費が増え利益が圧縮されます。利益要素を圧縮すれば類似業種比準方式の「1株当たり利益」が下がるため、中期的に株価を引き下げられますが、過大投資にならぬよう資金繰りシミュレーションが必須です。
4-3 デット・エクイティ・スワップ(DES)の利用
デット・エクイティ・スワップ(DES)は社長貸付金などの債務を現物出資し、新株と相殺して負債を資本に振り替える手法で、「負債圧縮」と「株価希薄化」を同時に狙える株価対策ですが、発行価額・贈与課税・債務免除益課税を誤ると逆に株価が上昇したり税負担が急増したりします。
実行前に必ず弁護士・税理士にて、株価・課税のシミュレーションおよび株価希薄化後の議決権シェアの検証を行ったうえで進められてください。
自社株の株価対策は、短期・中長期的の両輪で進めていくことが重要です。
事業承継の時期から逆算の上で、計画的な施策を取ることで、金額を抑えながらの承継が可能となります。
当事務所では弁護士・税理士が在籍しており、法務・税務の両面を一貫してサポートが可能です。「承継時の株価と税負担を最小限に抑えたい」「株価対策として何からやればよいのかがわからない」というように、将来的な事業承継を見据えた株価対策をご検討の方は、まずは一度ご相談ください。