ストックオプションや新株予約権は、スタートアップ企業にとって優秀な人材を惹きつけ、資金調達を柔軟に進めるうえで欠かせないツールです。
しかし、これらの制度には専門的な法的・税務的な知識が求められるうえ、発行の仕方を間違えると、企業にも役職員にも不利益が生じるおそれがあります。
本記事では、「ストックオプション」と「新株予約権」の違いを明確に整理したうえで、実務上の使い分け方、発行の流れや注意点を、スタートアップ法務に精通した弁護士の視点で詳しく解説します。制度の全体像を理解し、安心して導入を進めるための一助になれば幸いです。
もくじ
1. ストックオプションと新株予約権とは?基本の整理
1-1. 新株予約権の基本的な仕組み
新株予約権とは、将来一定の条件であらかじめ定められた価格で新株を取得できる権利のことです。会社法では株式と同様に取り扱われ、会社の資金調達やインセンティブ設計の手段として広く活用されています。新株予約権の行使によって実際に株式が発行されることで、会社の資本金が増加し、資金が会社に流入します。
1-2. ストックオプションとは新株予約権の一形態
ストックオプションとは、主に会社の役員・従業員に対して付与される新株予約権のことを指します。つまり、ストックオプションは新株予約権の一種であり、「役職員向けに無償または優遇価格で付与される新株予約権」という理解が正確です。これにより、企業は人材確保・モチベーション向上を図ることができます。
1-3. 両者の定義と制度上の位置づけ
- 新株予約権:第三者割当や資金調達など広い目的で発行される。行使により株式が交付される。
- ストックオプション:従業員・役員のインセンティブとして用いられる新株予約権の一種。会社から無償または安価に付与されることが多い。
このように、両者は制度の土台は同じですが、対象・目的・税務処理・設計方法に違いがあります。
2. ストックオプションと新株予約権の違いをわかりやすく解説
2-1. 法律的な位置づけの違い
まず大前提として、ストックオプションは新株予約権の一類型であり、制度上は同じ「会社法上の新株予約権」として規定されています。
ただし、実務では用途や法令上の根拠規定に差があり、それが実質的な「違い」として現れます。
項目 | ストックオプション | 新株予約権(一般) |
---|---|---|
法的根拠 | 会社法236条〜 | 同上 |
対象者 | 役員・従業員など社内関係者 | 投資家・取引先など社外関係者 |
意義 | 人材への報酬・動機付け | 資金調達・業務提携の対価 |
つまり、両者は「形式的には同じ」「使い方が違う」というのが実務上の捉え方です。
2-2. 対象者の違い(従業員向け/投資家・第三者向け)
ストックオプションは原則として役員・従業員向けに設計されます。報酬の一部として、あるいはIPO後の株式価値上昇をインセンティブとして発行されます。
一方、資金調達や業務提携を目的とする投資家・VC・事業会社向けには、一般的な新株予約権が使われます。たとえば「◯年以内に事業連携が実現した場合に行使可能」といった条件付き発行も可能です。
2-3. 税務上の違いと優遇制度(税制適格ストックオプションの概要)
最も大きな実務的差は税務処理の違いです。特にストックオプションには「税制適格ストックオプション」と呼ばれる優遇制度があります。
税制適格ストックオプションの主な特徴
- 権利行使時には課税されず、売却時に譲渡所得として課税
- 所得税の総合課税ではなく、分離課税で20.315%に軽減
- 税制適格要件(発行価格、権利者の年収制限、権利行使価格の下限など)を満たす必要あり
一方、新株予約権(一般)や税制非適格ストックオプションでは、行使時点で給与課税となるため、場合によっては50%を超える高税率が適用されることもあります。
2-4. 行使条件や譲渡制限など実務上の違い
設計面でも違いがあります。たとえばストックオプションでは以下のような実務的工夫が施されます。
- ベスティング(分割付与):入社◯年経過後に行使可能とする
- 譲渡制限:行使者本人のみ行使可能、譲渡不可
- 退職時の失効条項:退職後◯ヶ月以内に行使しないと失効
新株予約権(一般)では、譲渡可能とすることもあり、逆に一定の行使制限を設けて投資家との調整を図る場面もあります。
3. なぜスタートアップで活用されるのか?
3-1. 人材確保とインセンティブの観点
スタートアップでは、優秀な人材を確保することが成長の鍵を握りますが、初期フェーズでは資金に限りがあるため、高額な給与を支払うことが難しいケースが多く見られます。
そのような状況下でストックオプションを導入すれば、
- 企業の成長と連動した「将来の報酬」を提示できる
- 起業家・従業員が“一緒に企業価値を上げる”という共通意識を持てる
- IPOやM&Aによる「出口」を見据えたモチベーション設計が可能
といった効果が得られます。特にCTOや初期幹部人材の採用時において、ストックオプションの設計は極めて重要です。
3-2. 資金調達との連動による効果
ストックオプションや新株予約権は、資金調達スキームとも高い親和性があります。
- 有償SOやCB(新株予約権付社債)を活用し、将来的な資金流入を設計
- 投資家に対して、株主ではなく「予約権者」として関与させることでガバナンス設計に柔軟性を持たせる
- バリュエーションに応じて柔軟に行使価格を設定できる
このように、株式発行では得られないコントロールの柔軟性を確保できる点が、スタートアップにとっての魅力です。
3-3. 株式希薄化とのバランス
SOや新株予約権は「将来的に株式として行使される」ことから、潜在株式(dilution)の要素を持ちます。
しかし、以下のように設計・交渉によって希薄化リスクを最小限に抑える工夫が可能です。
- 行使時期を事業の成長タイミングに合わせる
- 一定の業績目標や契約達成を条件とした行使制限
- 優先株とのバランスを意識した資本政策設計
資本政策と連動して制度設計することが、スタートアップ成功の土台となります。
4. 種類別にみるストックオプションの分類
4-1. 税制適格ストックオプションの要件とメリット
ストックオプションには大きく分けて「税制適格」と「税制非適格」があります。
中でもスタートアップで広く使われるのが、税制適格ストックオプションです。
主な要件は以下のとおりです。
- 付与対象者:会社の役員または従業員(外部者は対象外)
- 権利行使価額:発行時の時価以上であること
- 年間行使額の制限:1人あたり年間1,200万円まで
- 保有期間:譲渡不可、行使後も一定期間保有義務あり
この要件を満たすことで、行使時課税がなくなり、売却時に譲渡所得として20.315%の分離課税のみとなる点が大きなメリットです。
4-2. 非適格ストックオプションの活用と注意点
税制非適格のストックオプションでは、権利行使時に「給与所得」として課税されるため、最大で50%を超える税率がかかる可能性があります。
ただし、以下のような場合には非適格ストックオプションをあえて活用することもあります。
- 外部取締役や顧問など、税制適格の対象外の人に付与する
- 柔軟な設計(行使価格の設定、譲渡制限の解除など)を優先したい
- IPOまでの期間が短く、短期での利益確定を視野に入れている
税制メリットを取るか、柔軟性を取るか。事業フェーズや人材戦略に応じて適切な選択が必要です。
4-3. 有償ストックオプションとは?特徴と活用例
有償ストックオプション(いわゆる1円ストックオプションなど)とは、権利を取得する際に一定の金額を払い込んでもらう形で発行するストックオプションです。
特徴
- 会計上の費用計上を抑えられる(報酬性を排除できる)
- 外部取締役や業務委託先にも広く発行可能
- 簿価と時価の差が大きい場合でも発行しやすい
スタートアップでは、「ベンチャーキャピタルへの報酬代替」「業務委託先との長期関係構築」などを目的に有償ストックオプションを設計するケースも増えています。
5. 新株予約権を使った資金調達・M&Aスキーム
5-1. 投資家向けの新株予約権発行スキーム
スタートアップがベンチャーキャピタル(VC)などから資金調達を受ける際には、普通株式ではなく新株予約権を使うことで、条件調整の柔軟性を持たせることが可能です。
例
- 将来の資本政策に応じて行使できる条件付予約権」
- 「シリーズB以降の資金調達が成功した場合に行使できる権利」
といった条件をつけて、新株予約権をカスタマイズすることで、希薄化を抑えつつ、投資家ニーズにも応える設計が可能です。
5-2. 第三者割当新株予約権と新株予約権付き社債(SB)の違い
新株予約権を使った調達では、次の2つのスキームがよく使われます。
スキーム | 内容 | 主なメリット |
---|---|---|
第三者割当新株予約権 | 投資家に予約権を直接付与 | 条件設定が自由、資本政策に柔軟対応 |
新株予約権付き社債(SB) | 社債として資金調達+後に株式化可能 | 初期段階で現金調達ができる |
どちらを採用すべきかは、資金の必要性・事業ステージ・投資家との交渉内容によって判断すべきです。
5-3. スタートアップ×新株予約権付き社債(SB)の活用例
新株予約権付き社債(SB)は、特に「将来性はあるが今は業績が安定していない」というフェーズのスタートアップに適しています。
活用例
- 「社債」として手元資金を確保しつつ、将来の事業成長に応じて株式転換可能
- VCや事業会社との提携の際に、持株比率を抑えつつインセンティブ提供が可能
- IPO時に株式転換→売却益の回収という出口戦略を設計できる
制度設計には高度な法務・税務スキームが必要なため、弁護士・税理士と連携した設計が不可欠です。
6. 発行の流れと実務上のポイント
6-1. ストックオプション発行の手続フロー
ストックオプションを発行するには、以下の手続が必要です。
- 定款の確認(必要に応じて定款変更)
- 取締役会での発行決議(株主総会決議が必要なケースもあり)
- 対象者との付与契約書の締結
- 税制適格要件を満たす条件の整備
- 登記(必要に応じて)
- 行使管理の体制整備(台帳の整備等)
ここで特に重要なのが「定款の確認」です。
株式の発行と異なり、新株予約権の発行は定款にその旨の定めがなくても原則可能ですが、ストックオプションのような「無償での新株予約権付与」を行うには、定款にその旨の定めがあることが必要とされています。
また、譲渡制限付き新株予約権や、有償発行の際の制限条項など、発行条件と定款記載事項との整合性もチェックポイントです。
したがって、ストックオプション発行を予定している企業では、定款を事前に弁護士や司法書士と確認し、必要に応じて株主総会による定款変更を行うことが実務上不可欠です。
6-2. 新株予約権発行の実務(登記含む)
新株予約権(第三者割当等)の発行では、以下が典型的なフローです。
- 発行内容の検討(株数、行使価額、行使条件)
- 株主総会または取締役会での発行決議
- 割当通知・申込書の受領
- 払込の確認
- 登記(発行・消却等の登記事項)
登記手続には司法書士の関与が必要な場面も多く、事前にスケジュールを押さえておくことが重要です。
6-3. 株主総会・取締役会での決議事項と注意点
新株予約権やストックオプションの発行では、「誰がどのような決議をするか」を明確に整理しておく必要があります。
- 無償でのストックオプション発行 → 原則として株主総会決議が必要
- 有償でのストックオプション・新株予約権発行 → 取締役会決議で可能なケースもあるが、定款に必要事項がなければ定款変更も必要
また、非公開会社であっても、将来のIPOやM&Aを見越して、譲渡制限条項・行使条件・失効条項などを定款に記載しておくことが推奨されます。
定款の整備状況によっては、登記時に補正指示を受けるケースや、税制適格性が認められなくなるリスクもあるため、事前に定款と発行スキームの整合性を専門家が確認するプロセスを入れることが、トラブル予防の観点から極めて重要です。
7. よくある失敗と注意点
7-1. 税制適格要件を満たさず課税されるケース
最も多いトラブルの一つが、税制適格ストックオプションの要件を満たしていなかったために「行使時課税」されてしまうケースです。
よくあるミス
- 行使価格が発行時の時価未満で設定されていた
- 年間1,200万円の上限を超えていた
- 権利行使期間が2年未満または10年超だった
税制適格の要件は細かく、一つでも漏れると非適格扱いとなり、最大で50%超の課税が発生する可能性があるため、必ず弁護士・税理士と事前に確認しておく必要があります。
7-2. 契約書の不備によるトラブル【より詳細版】
ストックオプションや新株予約権を発行する際には、会社と受領者(従業員・役員・投資家など)の間で、個別に契約書を取り交わすことが一般的です。この契約書(新株予約権契約書・ストックオプション付与契約書など)が曖昧だったり、不備があったりする場合、後のトラブルや権利行使の紛争につながるおそれがあります。
契約書に明記すべき主な項目(例)
- 付与対象者の氏名・属性(役員/従業員など)
- 付与数、行使価格、行使期間
- ベスティング条件(分割付与、権利確定日など)
- 譲渡制限の有無(本人限りの行使)
- 退職・解任・死亡時の扱い(失効条項)
- 行使申請手続、台帳反映の要件
- 契約解除や損害賠償に関する規定(違反時)
実務で起きやすいトラブル例
- 権利者から「退職後も行使できるはず」と主張される
- 条件の記載が不足しており、行使価格やスケジュールを巡って紛争になる
- 株主総会決議と契約書の内容が一致せず、効力に疑義が出る
- IPO審査やデューデリジェンスで「契約管理が不十分」と評価される
「通知書だけ」「決議書だけ」「クラウドシステムで取り交わしただけ」など、形式を軽視した運用は避けるべきです。
制度の設計意図を正しく反映した契約書を、法務・税務・資本政策の観点から整えておくことが極めて重要です。
7-3. ベスティング条件の設計ミス【より詳細版】
ベスティング(権利確定のスケジュール)は、ストックオプションや新株予約権の付与において人材へのインセンティブ効果とガバナンスを両立させるための極めて重要な要素です。
適切なベスティング設計を怠ると、次のようなリスクが発生します。
設計ミスの典型例とその影響
設計ミス | 想定されるリスク |
---|---|
即時100%ベスト | 入社直後に全権利を得てすぐ退職される。リテンション効果が働かない。 |
ベスト条件未設定 | 退職者が行使主張。会社との認識のズレから紛争へ。 |
成果連動の条件が曖昧 | 数値評価の解釈に齟齬が生じ、労使トラブル・IPO監査での指摘要因に。 |
条件が過度に厳格 | 実質的に誰も権利を行使できず、制度が形骸化する。 |
条項が契約書に反映されていない | 行使要件が証明できず、株式交付の正当性が疑問視される。 |
適切なベスティング設計のポイント
- 「入社○年後から25%ずつ」など、継続的に働くインセンティブを生む構造
- 成果連動型(ミルストーン方式)は評価指標を明確に定義
- 退職・解任時は失効が原則、例外を限定
- 契約書・稟議書・株主総会資料の間で条件整合を厳密に管理
- IPO時の開示資料に備えて、ベスティング経緯・権利管理台帳を整備
ベスティング条件はインセンティブとしての効果を適切に発揮できるようにする一方で、曖昧な条件で権利が主張されないよう、退職時や成果未達時の扱いを明文化しておくことが大事です。
制度導入の初期段階で専門家の助言を得ることで、実態に即した現実的な条件設定が可能となり、長期的なトラブルの芽を摘むことができます。
8. FAQ:新株予約権・ストックオプションに関するよくある質問
Q. ストックオプションを発行するには、必ず定款変更が必要ですか?
無償で新株予約権(=ストックオプション)を発行する場合、会社法により「無償発行に関する定款の定め」が必要です。
すでに記載がある場合は変更不要ですが、定めがない場合は株主総会で定款変更の決議を行ってから発行する必要があります。
また、譲渡制限付き新株予約権を発行する場合も、定款との整合を確認しないと登記時に差し戻される可能性があります。
Q. ストックオプションや新株予約権は、退職後でも行使できますか?
契約内容次第です。
一般的には、退職後は一定期間内に行使しないと失効する旨を契約書に明記します(例:退職後90日以内に行使しない場合は無効など)。
こうした条件が曖昧だと、退職者から「行使させろ」と主張されるリスクがあります。
そのため、付与契約書で退職時の扱いを明確に規定することが重要です。
Q. 新株予約権を有償で発行する場合、金額はどう決めればいいですか?
有償発行の場合、会計上・税務上ともに「公正な評価」が求められます。
通常は第三者評価機関や専門家(弁護士・税理士)による株価算定をベースに、フェアバリューで発行価額を設定します。
不当に安く設定すると、贈与や給与とみなされ課税リスクが生じるため注意が必要です。
Q. 行使されたストックオプション分の株式は、どこから発行されますか?
行使によって交付される株式は、新たに発行する新株であることが原則です。
ただし、会社によっては自己株式を用いて対応することも可能です(要件あり)。
そのため、事前に「どの株式を交付対象とするか」も定めておく必要があります。
9. Nexill&Partnersグループの支援体制
Nexill&Partnersでは、弁護士・税理士・司法書士がグループ内に在籍しており、発行スキームの構築から登記、税務申告までワンストップで対応できます。
そのため、
- 書類のやりとりが1か所で完結
- 税務・法務・登記の整合性チェックが迅速
- IPO・VC対応を想定したスキーム構築が可能
といった“総合対応力”が強みです。
スタートアップ特化の支援実績としても以下のような部分でサポートを行っており、単発対応だけでなく企業のフェーズに応じた継続した対応が可能です。
- 有償ストックオプション+税制適格SOのハイブリッド設計
- 投資家向け新株予約権の交渉支援・発行対応
- IPO審査直前フェーズでのSO再設計・登記修正
- シード期からシリーズBまでの成長フェーズ対応実績
ストックオプション、新株予約権の発行についてご不安な点や疑問点がございましたら、まずは一度ご相談ください。