eスポーツ市場の拡大に伴い、事業に関わる事業者も複雑化・多様化しています。
本記事では、eスポーツに関わる事業者の立場ごとに、特に注意すべき法的課題を整理し、具体的にご紹介します。
もくじ
1. なぜeスポーツの現場には、法律の視点が必要なのか?
eスポーツは、プロプレイヤーの台頭、スポンサー企業の参入、ライブ配信やSNSを通じた観戦文化の定着など、急速に発展を遂げている分野です。ところがこの分野では、明確なルールがまだ十分に整備されておらず、多くの場面で既存の法制度を“応用的に当てはめる”形で対応されているのが現状です。
そのため、 “問題が発生したときに、どの法律で・誰が・どんな責任を問われるのかを個別事情に応じて判断していかなければなりません。
さらにeスポーツ事業は、プレイヤー、主催者、チーム運営者、スポンサー、配信事業者、観客、メディアなど、多くの関係者が関与する多層構造を持っています。そのため、1つのトラブルが複数の当事者に波及しやすく、誰がどの責任を負うべきかが見えづらいという側面もあります。
こうした状況では、「問題が起きてから法的対応を検討する」よりも、「そもそも問題が起きないようにスキームを構築する」ことが極めて重要です。
そのためには、大会設計・契約書・配信構成などの初期段階から、法律の視点を取り入れることが不可欠となります。
2. 大会主催者が注意すべき法的課題
2-1. 規約や同意書の整備
eスポーツ大会における「参加規約」や「同意書」は万が一のトラブルの際に重要な意味合いを持ちますが、こうした文書が未整備、または汎用的なひな形のまま使用されているケースも少なくありません。
実情に応じ、適切な項目を明記した書面作成が必要となりますので、以下のような項目を中心に契約書面の整備が実施されているかの確認が重要です。
規定しておくべき項目例
- 出場資格(年齢制限、登録条件)
- 禁止行為と処分基準(チート、不正通信、暴言など)
- トラブル時の主催者判断の優先性
- 機材不具合・通信障害時の再試合ルール
- 配信・撮影・SNS投稿におけるプレイヤーの肖像利用同意
- 運営側の免責事項と準拠法(日本法等)
2-2. 大会の形式や賞金・賞品の形式の法令リスク確認
eスポーツの大会運営では、イベント構成や報酬設計によって関係法令に抵触しないかの確認が必要です。主催者としては、下記のような視点で法令リスクを事前に点検しておく必要があります。
| 関与が想定される法律 | 主なリスク場面 |
|---|---|
| 風営法 | 大会の形式が「遊技場営業」に類似している(PC等の常設・自由使用など)、設備や入退場管理が基準を満たしていないなどで法令違反リスクあり |
| 賭博罪(刑法) | 参加費を徴収して賞金を分配 →“賭博的構成”とされる懸念あり |
| 景品表示法 | スポンサー品提供が高額・広告性を帯びる場合に、適切な表示をしなければ法律違反のリスクあり |
| 青少年保護条例 | 未成年の深夜帯参加、親権者同意の未取得等が条例違反になる可能性 |
3. チーム・選手マネジメント企業が注意すべき法的課題
3-1. 契約形態と労務管理の線引き
eスポーツ選手とチーム運営会社との契約関係は、一般的に「業務委託契約」「マネジメント契約」として結ばれることが多い一方で、実態としては“就労に近い状態”になっているケースも少なくありません。
特に、以下のような要素が重なると、「形式は委託でも、実態は雇用に近い」と判断され“偽装請負”や“労働者性の認定”がなされるリスクがあります。
実質的な勤務時間管理が存在している
たとえば「毎日午後2時から練習」「週6日配信」「指定の大会には必ず出場」など、時間を主催側が明確に指定している場合、それは業務委託契約であっても“実態としての労働時間管理”とみなされる可能性があります。
所属選手が会社設備・指示系統に従って日常活動している
会社所有のゲーミングルームでの練習、運営スタッフの指示に基づく行動などが常態化していれば、実質的に「雇用関係に類する支配・従属関係」があると判断されるリスクがあります。
報酬が固定制で、成果連動でない場合
業務委託であるならば、本来「対価=業務成果」であるはずが、実態は“月額報酬”として定額支払いがされているだけ、となると、これも雇用性の判断材料になります。
また、万が一の労災事故や病気が発生した際に、プレイヤーが「労働者である」と主張した場合、過去の契約・就労実態をもとに“実質的な労働関係”が認定され、未納の社会保険料や損害賠償を請求される可能性もあります。
適切な契約書の整備と、委託・雇用の線引きを意識した実務運用が求められます。
3-2. 移籍・独立に伴う競業避止や違約金条項
プレイヤーが、契約途中で別チームへ移籍したり、独立して個人活動を始めたりするケースは、年々増加しています。その際に発生しやすいのが、競業避止条項の不備や、契約違反に基づく違約金に関するトラブルです。
特に、契約期間が残っている状態での移籍や、明確な交渉禁止期間が設定されていないまま水面下で話が進んでいたような事案では、当事者間でのトラブルが起きやすくなります。こうした問題に対応するには、契約書上であらかじめ競業避止義務の有効性や範囲を明確にしておくことが不可欠です。
3-3. SNS・メディア対応と炎上リスクへの備え
SNSやライブ配信などを活用した情報発信は、eスポーツにおいて欠かせない要素の一つです。しかし、その一方で、プレイヤー個人の発言がチームやスポンサーに波及する炎上リスクも常に付きまとう課題です。
たとえば、過去の差別的な投稿や過激な発言が掘り返される、所属中の不適切な発信によってスポンサー契約が揺らぐような事例は、現実に多数起きています。また、炎上時に選手本人が独断で反論や釈明を行った結果、火に油を注いでしまうようなパターンも少なくありません。
こうしたリスクに備えるには、SNSガイドラインやメディア対応方針を明文化しておくことが重要です。プレイヤーへの教育資料や社内マニュアルを整備し、発信内容に問題があった場合の初動対応(削除要請、投稿の一時凍結、謝罪文案の監修など)までを含めた体制づくりを行っておくことが望ましいでしょう。
4. スポンサー・協賛企業が注意すべき法的課題
4-1. スポンサー契約における表示義務と成果条件
eスポーツ大会やチームへのスポンサー契約を実施する際は、「協賛内容の表示」を曖昧にせずに明確に双方の合意を得ておくことが必要です。
ロゴ掲載・アナウンス・SNS投稿など、表示の場所・頻度・文言など、細かい部分についても契約書面上に記載がなかったことで後のトラブルにつながるリスクもありますので、明確に定めておくようにしましょう。
また、成果連動型(例:チームの入賞、一定再生数到達)での報酬条件を定めている場合は、成果の定義・評価指標・未達時の扱いなどについても契約書に明記しておくことが重要です。
4-2. 景品提供と景品表示法・ステマ規制への対応
スポンサー企業が大会に対して景品(モニター、周辺機器、飲料など)を提供する場合、提供した商品に対してPRをしてもらうような場合は、主催者とのやり取りだけでなく、その景品が大会の中でどのように表示され、消費者や視聴者にどう受け取られるかまでを含めて、スポンサー側が配慮すべき範囲になります。
PRを実施する際はステルスマーケティング規制に該当するようなやり方になっていないかの確認が必要であるほか、過大な景品や「抽選で◯◯名にプレゼント」などの表記がある場合、景品表示法に基づく限度額・表示方法のルールを外れていないかの確認も必須となります。
4-3. 主催者との責任分担と契約構造の見直し
eスポーツイベントにおいて、スポンサー企業が法的責任の主体となることは稀かもしれません。しかし、現実にはトラブル時にはそのスポンサー名が批判の矢面に立たされるケースが少なくありません。
たとえば、大会中にプレイヤーが差別的発言を行いSNS上で拡散された場合、スポンサー企業がその大会を支援していたことで「企業としての社会的責任」を問われる事態につながることがあります。また、運営上の不手際によって大会が予定通り進行せず、協賛内容が実現されなかった際には、スポンサー契約の履行をめぐる紛争に発展するおそれもあります。
こうしたリスクを踏まえ、スポンサー契約書ではあらかじめ、主催者側の説明責任や報告義務、協賛表示の履行基準、不測の事態が生じた場合の免責条項などを明確に定めておく必要があります。主催者が適切な法的体制のもとでイベントを設計・運営しているかを契約前に確認することも、スポンサー企業自身のリスク管理の一環といえるでしょう。
5. 配信事業者・イベントプロデューサーが注意すべき法的課題
5-1. 音楽・映像素材の著作権管理
eスポーツイベントでは、会場内や配信映像の中でゲーム映像だけでなく、選手紹介映像、BGM、スポンサーCMなど、多くの素材が使用されます。これらの素材が第三者の著作物である場合、無許可での使用や編集、配信が著作権侵害となるリスクがあります。
特に注意すべきは、商用目的での利用や再配信、アーカイブ公開を行うケースです。一度は許容された使用でも、配信プラットフォームの収益化機能や企業のプロモーション活動と結びつくと、著作権者から法的対応を求められることがあります。
配信業者やプロデューサーとしては、ゲームメーカーや音源提供会社との契約内容を再確認し、使用許諾の範囲(例:非営利/営利・一時/継続・国内/海外など)を明確にしておく必要があります。また、関係者が複数いる場合には、権利処理の責任主体を契約で明確化しておくことも重要です。
5-2. 出演契約と肖像権・音声の使用許諾
eスポーツイベントにおいて、選手やゲスト、実況解説者の映像や音声を配信に使用する場合、肖像権・パブリシティ権など、複数の権利が関係します。
このため、出演者が大会出場者であっても、配信や収録映像への出演を当然のように許容していると、後に「同意していない利用だ」として問題になるケースがあります。
起こり得る実際のリスク
- SNSでの拡散や二次利用に出演者が不満を持ち、削除や謝罪を求めてくる
- 映像が広告や商品販促に転用されていたことが、事後的に問題視される
- 出演者が未成年で、保護者の同意が不十分だった場合の同意能力の問題
こうしたトラブルを防ぐには、事前に出演同意書を取得し、利用範囲・使用期間・メディアの種類・編集の有無などを細かく明記しておくことが必要です。万が一のトラブルを防ぐためにも、ひな形任せにせず、個別具体的に内容の精査とカスタマイズを行うことが推奨されます。
6. ゲームメーカー・IPホルダーとの関係上の法的留意点
6-1. 利用許諾の範囲と商用利用の判断
eスポーツで使用されるゲームは、当然ながらそれぞれのメーカーやパブリッシャーが著作権その他の知的財産権を保有しています。大会を開催する側や配信者がこれらのゲームを利用するには、“許可なく利用できる範囲”と“許諾が必要な範囲”を正確に把握する必要があります。
一般的に、ゲーム会社の公式サイト等に記載されているガイドラインでは、非営利の個人配信やファンイベント等に限り、一定の使用が認められていることがあります。
しかし、eスポーツ大会のように、参加費や賞金が発生する、スポンサーを募って収益化する構成であれば、「商用利用」に該当すると判断される可能性があり、メーカーから正式な利用許諾を取得しなければなりません。
「一度許可が出たから」「他社もやっているから」ではなく、都度のイベントごとに契約の有無、許諾の書面、使用範囲を確認しておくことが不可欠です。
なお、ゲームメーカーとの間で正式な利用契約を結ぶ際には、契約書の中で“使ってよい範囲”だけでなく、“やってはいけないこと”“責任の所在”“終了条件”まで明確に定めておくことが重要です。
IPホルダーの権利を尊重しつつ、イベント実施側として必要な運営自由度を確保するためには、双方の理解と合意を前提とした契約設計が求められます。
6-2. 二次創作・ファンコンテンツとの境界線
eスポーツイベントでは、選手紹介映像やプロモーション動画の中で、ファンアートやプレイヤーによるカスタマイズ素材が使用されるケースがあります。
これらはいわゆる「二次創作」に該当することがあり、著作権者(=ゲームメーカーやキャラクター原作権者)の権利を侵害するおそれがあるため注意が必要です。
たとえば
- ファンが作成したイラストやBGMを、企業主体の大会映像に使用
- キャラクターの衣装や設定を改変したロゴ・配信画面
- プレイヤー自身によるMODやUI変更を使用したプレイ画面の配信
これらは「ファンによる自由な表現活動」として許容される一方で、大会や動画に商業的性格がある場合には、“権利者の事前同意がなければ違法となり得る”ことを正しく理解しておく必要があります。
IPホルダーとの事前協議やガイドラインの熟読に加え、弁護士によるリスク評価を行っておくことで、後からの警告・削除・損害賠償請求などを回避することが可能です。
7. プレイヤー本人が抱える法的リスク
7-1. 適切な契約・管理が不十分になることでのリスク
eスポーツプレイヤーの中には、チームに所属せずに個人で活動している方も多く見られます。大会出場、配信、企業案件、SNS発信など、多様な活動を展開する一方で、「契約書を交わさずに活動している」「金銭や肖像の扱いが不明確」など、法的な管理がほぼ手つかずのまま進んでしまっているケースが少なくありません。
たとえば、大会の賞金が振り込まれない、提供された機材に契約義務が付いていた、出演映像が無断で広告に使われた──こうした問題に直面しても、契約書がなければ権利主張も難しく、交渉の足場すら持てないという状況が生まれます。
また、未成年プレイヤーの場合、契約や出演に保護者の同意が必要であるにもかかわらず、イベント側もプレイヤー本人もその重要性を認識していないまま進んでしまうこともあります。
7-2. SNS発信と名誉毀損・信用毀損リスク
SNSはプレイヤーにとって、自らの実績を発信したり、ファンとの距離を縮めたりするためのツールになりますが、その一方で発言の一つ一つが「法律的な責任」を問われるリスクを伴うことも忘れてはなりません。
例えば、対戦相手への批判、企業や運営への不満、政治的・社会的な発言は、以下のような展開を招くことがあります。
- 名誉毀損や侮辱として訴えられる
- 所属チームやスポンサーから契約違反を理由に契約解除される
- ファンとのトラブルがSNSで拡散し、プレイヤーとしての活動継続が困難になる
「個人の自由な発言」と「職業的立場としての配慮」の線引きは、非常に曖昧かつ繊細です。だからこそ、発信のルールや危機対応の準備を“自衛手段”として講じておくことが求められます。
8. 弁護士に相談できること/相談すべきタイミング
弁護士というと、「訴訟」「交渉」「裁判対応」のイメージが強いかもしれませんが、eスポーツ業界においては、次のような“予防的・戦略的”な支援こそが価値を発揮する場面です。
- 大会設計段階でのスキームチェック(風営法・賭博罪・景表法等)
- プレイヤーやスタッフとの契約書作成・レビュー
- 配信・出演・肖像利用に関する同意書・許諾設計
- スポンサー契約の調整・表示義務の明確化
- 炎上対応や初動マニュアルの整備
- 知的財産権(ゲームIP、映像、音楽等)に関する利用許諾契約のチェック
- 運営中の法令遵守体制の支援(社内ガイドラインの整備 等)
弁護士の関与によって、「何がリスクかが見えないまま進んでしまう」状態を回避できることこそ、最大のメリットだといえるでしょう。
Nexill&Partnersは、弁護士・行政書士・税理士・社労士・司法書士など複数の士業が在籍する専門家グループとして、eスポーツ事業者の複合的な法務ニーズに対応できる体制を整えています。
どうぞお気軽にご相談ください。
