訪問診療クリニックが個別指導を受けるとき、中心に据えられるのは診療報酬の請求と、それを裏づける診療録の記載です。診療を行っていても、記載が算定要件を満たさなければ、算定を認められないことがあります。本記事では、厚生局が公表している在宅医療の指摘事項をもとに、訪問診療の個別指導で何を見られるのか、返還はどこまで及ぶのか、通知から当日までに何をするのかについて弁護士が解説します。
第1章 個別指導の目的と結果の4区分
1-1 個別指導で見られる中心は、請求と診療録の対応関係
個別指導で主に確認されるのは、診療報酬の請求内容と、それを裏づける診療録の記載が対応しているかどうかです。個別指導は、健康保険法73条などに基づき、保険医療機関の診療内容や診療報酬請求の適正化を図るために行われる手続です。
厚生局が公表している在宅医療の指摘事項も、大半は診療録の記載に関するものです。
1-2 結果は4区分で厚生局が判断する
個別指導の結果は4つの区分に分けられ、どの区分にするかは厚生局が判断します。
区分ごとの内容は、次のとおりです。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 概ね妥当 | 診療内容と請求が、概ね妥当適切な場合 |
| 経過観察 | 適正を欠く部分はあるものの、程度が軽微で、理解も十分に得られ、改善が期待できる場合。改善が見られなければ再指導の対象 |
| 再指導 | 適正を欠く部分があり、再度指導しなければ改善状況を判断できない場合 |
| 要監査 | 監査要綱に定める監査の要件に該当すると判断された場合 |
なお、どの区分であっても、指摘を受けた項目については、自主点検を行なったうえで、不適切に受領した診療報酬の返還を求められる場合があります。
1-3 不正又は著しい不当が疑われる場合などは、監査に進むことがある
監査に進む典型的なケースは、不正又は著しい不当が疑われる場合です。これに加え、度重なる個別指導によっても改善が見られない場合や、正当な理由なく個別指導を拒否した場合も監査の対象となります。
もっとも、診療録の記載不足が指摘されただけで、直ちに監査になるわけではありません。一方で、同じ指摘が繰り返されている場合や、記録を事後的に作り替えた疑いが生じた場合は、評価が重くなることがあります。
監査後の措置には、取消処分、戒告、注意があり、故意による不正・不当は取消処分の対象となります。過失の場合も、その程度や同様の行為が繰り返されているかなどによって、取消処分、戒告又は注意の対象となります。
第2章 在宅医療で指摘されやすい診療報酬と、診療録の記載
診療報酬の算定が認められるかを判断する際は、実際に診療を行っていたかだけでなく、算定要件として必要な事項が診療録に記載されているかも確認されます。
そのため、診療を実施していても、記載が足りなければ算定要件を満たさないと判断される場合があります。
※本章の指摘は、令和5年度から令和7年度に各厚生局が公表した指摘事項に基づきます
2-1 在宅患者訪問診療料は、署名付きの同意書と診療時間・場所の記載が指摘の中心
在宅患者訪問診療料(Ⅰ)では、署名付きの同意書と、診療時間・診療場所の記載が指摘の中心になっています。同意書の未作成や未添付、診療時間と診療場所の記載不足は、複数の厚生局で繰り返し指摘されています(九州・東海北陸・東北・北海道・中国四国の各厚生局公表資料)。
診療録を点検するときは、次の3点を見ます。
- 患者またはその家族等の署名がある同意書が、診療録に添付されているか
- 訪問ごとに、診療場所と、開始時刻・終了時刻の両方が記載されているか
- 記載された時刻が、実際の訪問の順序と所要時間に合っているか
2-2 在宅時医学総合管理料は、計画書だけでなく説明の要点まで記載が必要
在宅時医学総合管理料と施設入居時等医学総合管理料では、在宅療養計画に加えて、患者・家族への説明の要点まで診療録に記載することが求められます。この記載がない例が、複数の厚生局で指摘されています(東海北陸・東北・北海道・中国四国の各厚生局公表資料)。
令和8年度の算定要件でも、患者ごとに総合的な在宅療養計画を作成し、その内容を患者や家族に説明したうえで、計画と説明の要点を診療録に記載することが求められています。
そのため、計画書があるだけでは足りず、在宅療養計画と説明内容の要点が診療録に残っているかを見る必要があります。
2-3 往診料は、患家からの求めと往診が必要と判断した理由の記載が必要
往診料では、患者や家族等からの求めに基づく診療であることと、往診が必要と判断した理由を診療録で示せるかが問われます。
指摘事例には、求めがないのに往診料を算定している例、定期的・計画的な訪問を往診料として算定している例、往診の根拠の記載が不十分な例があります。緊急往診加算についても、医学的な根拠なく算定していた例が指摘されています。
診療録には、患者や家族等からどのような求めがあり、なぜ往診が必要と判断したのかなど、往診の根拠が分かるように記載しておく必要があります。これらが欠けると、定期訪問との区別がつかず、算定区分の誤りと判断されるおそれがあります。
2-4 ターミナルケア加算・看取り加算は、協議と看取りまでの経過の記載が必要
ターミナルケア加算と看取り加算では、算定の根拠となる診療内容の要点が、診療録に記載されているかが問われます。
そのため、ターミナルケア加算・看取り加算を算定している場合は、単に終末期の診療を行った事実だけでなく、患者・家族とどのような協議を行い、どのような方針で看取りまで対応したのかが診療録から確認できる状態になっているかを確認する必要があります。
個別指導では、算定要件を満たしていることを診療録上説明できなければ、診療報酬の返還を求められる可能性があります。
第3章 診療報酬の返還の対象期間と、返還額の見積もり方
3-1 個別指導後の診療報酬の自主返還は、原則として指導月前1年以上が対象
個別指導で不当とされた事項は、原則として指導月前1年以上について、同種の請求を自主点検し、不適切に受領した診療報酬を返還する取扱いが示されています。つまり、点検の対象は、指摘された患者の請求だけでなく、同じ指摘に当たる請求全体に広がります。
手続は、医療機関が自主点検を行い、その結果をもとに厚生局へ返還の同意書を提出する流れが一般的です。返還の方法は、今後の診療報酬から控除する方法と、保険者へ直接返還する方法があります。対象期間は事案によって1年を超える場合もあります。
3-2 監査後の診療報酬の返還は原則5年分で、不正があれば加算金も加わる
監査の結果として診療報酬の返還を求められる場合、対象期間は原則として過去5年間とされています。個別指導後の自主返還と比べると対象期間が長くなります。
さらに、偽りその他不正の行為によって診療報酬の支払を受けた場合は、返還額に加えて、返還額の100分の40に当たる加算金を、保険者が支払わせることができます。
3-3 診療報酬の返還額は、請求件数と要件の性質から見積もる
診療報酬の返還額は、対象期間の請求件数に、1件当たりの診療報酬額を掛けて見積もります。
たとえば、在宅時医学総合管理料を月1回算定する患者が常に100名いる場合、1年分の点検なら1,200件、5年分に及べば6,000件が対象です。これは件数を見積もるための仮定の例で、実際には患者数や算定項目によって異なります。
また、返還の範囲を検討する際は、単に「カルテに記載がない」というだけで判断するのではなく、何が算定要件になっているのかを確認する必要があります。
たとえば、診療録への記載そのものが算定要件とされている項目では、別の資料から診療の実態を確認できても、要件を満たしていたとは評価されないことがあります。
一方、往診について患者から求めがあったかどうかなど、一定の事実が算定要件となっている場合には、電話記録や訪問依頼の記録など、診療録以外の資料からその事実を確認できるケースもあります。
第4章 通知から指導当日までの対応の流れ
通知を受けてから指導当日までは、通知の内容の把握、請求と診療録の照合、不足の整理、当日の回答準備の順に進めます。時期ごとの確認内容と担当の目安は、次のとおりです。
| 時期 | 内容 | 担当の目安 |
|---|---|---|
| 通知を受けた直後 | 指導日・場所・持参物・対象期間の把握、点検担当者の決定 | 院長・事務長 |
| 指導日まで | 請求と診療録の照合、不足の一覧づくり(書き足しはしない)、想定質問の準備 | 事務長・医事担当者 |
| 指導当日 | 事実に基づく回答、不明な点の持ち帰り | 院長・事務長 |
4-1 通知後まずは指導日・持参物・対象期間を把握する
通知を受けた直後にすることは、指導の日時と場所、指定された持参物、対象期間を把握し、指導日までの作業計画を立てることです。
院長と事務長が通知の内容を共有し、照合の担当者を決めておくと、その後の点検が進めやすくなります。
4-2 指導日までに、請求と診療録を照合して不足を一覧にする
指導日までに、請求と診療録を突き合わせ、必要な書類や記載に不足がないかを一覧にします。特に、2章で挙げた同意書、診療時間と診療場所、在宅療養計画と説明の要点、往診の求めと理由、看取りの経過と協議などは重点的に確認します。
診療録への書き足しは行わず、不足している事実をそのまま一覧にすることが重要です。
4-3 不足が見つかっても、当時の記録として診療録を書き足さない
過去の診療録にさかのぼって記載を追加することは避ける必要があります。
診療録は、その時点でどのような診療を行ったのかを示す記録です。個別指導の通知を受けた後に、当時記載されていなかった内容を書き加えると、記録全体の信頼性を損ない、不適切な修正や改ざんを疑われるおそれがあります。内容によっては、個別指導だけでなく、その後の監査との関係でも問題となり得ます。
たとえば、診療時間が記載されていなかったため、記憶をもとに後から時間を書き加えることや、当時取得していなかった同意書を新たに作成し、過去の日付を記載することは行うべきではありません。
なお、通常の診療録の訂正や追記まで禁止されるものではなく、その場合は訂正・追記した者、内容、日時が分かる形で行う必要があります。
4-4 指導当日は、診療の事実を答え、不明な点は持ち帰る
指導当日は、診療の事実を正確に答え、その場で分からない点は推測で答えずに、後日の回答として持ち帰ります。そのため、当日までに、診療内容は院長が、請求の取扱いは事務長や医事担当者が、それぞれ説明できるよう準備します。
持ち帰った点については、関係する診療録や請求資料を確認し、院内で事実関係を整理したうえで回答します。個別指導では、その場で無理に答えることよりも、確認できる資料に基づいて正確に説明することが大切です。
第5章 弁護士の関与を検討したほうがよいケース
個別指導は医療機関だけで対応できる場合もありますが、返還の範囲が広がる可能性がある場合や、監査への移行が懸念される場合には弁護士へ相談することも選択肢になります。
特に、次のようなケースでは専門家の関与を検討するとよいでしょう。
- 多数の患者について、同じ算定方法やカルテ運用を行っている
- 診療録とレセプトの内容に大きな不整合が見つかった
- 自主返還の対象範囲や返還額が大きくなるおそれがある
- 過去の記録の扱いや、厚生局への説明方法に迷っている
- 不正又は著しく不当な請求を疑われる可能性がある
- 個別指導当日の受け答えに不安がある
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