クリニックの資金繰りが厳しくなり、融資の返済も難しくなると、個人再生や自己破産について考える場面があるかもしれません。開業医が個人再生や自己破産をした場合、不動産などの財産をすべて失ってしまい、医師免許まで取り消されるのでしょうか。
本記事では、クリニックの開業医が個人再生・自己破産をした場合の財産やクリニックへの影響、管財事件になる可能性、医師免許やその後の働き方について弁護士が解説します。
第1章 個人クリニックの借金を返せない場合は個人再生・自己破産を検討する
1-1 個人再生は借金を減額して返済を続ける手続
個人再生は、借金の全額を返済することが難しい場合に、裁判所の認可を受けた再生計画に従って減額後の債務を原則3年間で分割返済し、計画どおり返済することで残った債務の免除を受ける手続です。返済する金額は、借金の総額や保有している財産の価値などによって異なります。
個人再生には「小規模個人再生」と「給与所得者等再生」があります。個人事業者である開業医が利用を検討する場合には、小規模個人再生が中心となります。
小規模個人再生を利用するには、将来継続的に収入を得る見込みがあり、住宅ローンなどを除く無担保債務の総額が5,000万円以下であることなどが要件です。
自己破産とは違い、個人再生は保有する財産を当然に処分する手続ではありません。この違いはクリニックの土地や自宅を残したい院長にとって重要なポイントといえます。
1-2 自己破産は財産を清算して借金の免責を目指す手続
自己破産は、借金を継続して返済できない状態になった場合に、裁判所を通じて財産と債務を整理する手続です。破産手続では、一定の財産を換価して債権者への配当に充てます。その後、裁判所から免責許可を受けることで、税金など一部の債務を除き、原則として残った債務の支払責任を免れることになります。
自己破産をする場合の財産の整理については第2章で詳しく確認します。
1-3 個人クリニックの院長が自己破産すると管財事件になる可能性が高い
自己破産には、破産管財人が選任される「管財事件」と、管財人を選任せずに手続を終了する「同時廃止事件」があります。
一般に、法人の代表者や個人事業者の自己破産では、事業用の財産や取引関係などについて調査が必要になりやすいため、管財事件として扱われる可能性が高くなります。したがって、個人クリニックの院長も個人事業者にあたり、土地・医療機器・未収の診療報酬などの事業財産や、閉院前後の取引について調査が必要になりやすいため、管財事件となる可能性が高いと考えておいた方がよいでしょう。
1-4 個人再生と自己破産のどちらを選ぶかは資産・借金・今後の収入で変わる
個人再生と自己破産のどちらが適しているかは、借金の金額だけでは決まりません。
土地や自宅など残したい財産があるか、事業用不動産に抵当権が付いているか、現在のクリニックに再建できるだけの収益力があるか、勤務医になった場合にどの程度の収入を確保できるかといった事情を含めて検討します。
特に開業医の場合は、債務整理とクリニック経営を切り離して考えることが難しいため、申立てを決める前に弁護士へ相談して全体の方針を整理することが重要です。
第2章 個人再生・自己破産をするとクリニックの土地や財産はどうなる?
2-1 個人再生では財産を処分せずに残せる可能性がある
個人再生では、自己破産のように保有財産を換価すること自体を目的としていないため、土地や建物、自動車などを所有したまま手続を進められる場合があります。
ただし、財産を残せる代わりに、その財産を自己破産で処分した場合に債権者へ配当される金額以上は返済しなければなりません。
たとえば、借金の減額基準だけなら300万円で済む場合も、保有している財産の清算価値が1,000万円なら、少なくとも1,000万円以上の返済が必要になるわけです。そのため、高額な不動産や医療機器などを所有したまま個人再生を行うと、その分、返済額が高くなります。
また、抵当権などの担保権は個人再生によって消滅するものではありません。抵当権者は再生手続とは別に担保権を行使できるため、土地・建物を所有したまま個人再生を進めていても、抵当権を実行されれば、その不動産を手放すことになる可能性があります。
2-2 自己破産では換価価値のある財産は原則として処分の対象になる
自己破産では、破産手続が開始すると、所有している財産のうち一定のものについて、自分の判断で自由に売却したり処分したりできなくなります。管財事件では、破産管財人がこれらの財産を管理し、換価できるものを売却して債権者への配当に充てます。
このように、破産手続の中で破産管財人が管理・処分する財産を「破産財団」といいます。
ただし、自己破産をしたら身の回りの財産をすべて失うわけではありません。実際に手元に残せるかどうかは、財産の種類や価値、抵当権などの担保の有無、所有関係によって異なります。
以下、開業医が保有していることの多い土地・建物や医療機器、自宅などについて、個人再生と自己破産でそれぞれどのように扱われるのかを具体的に確認していきます。
2-3 自分の土地・建物でクリニックを経営している場合はどうなる?
院長自身が所有する土地にクリニックを建てている場合、その土地・建物を残せるかは特に重要な問題です。
個人再生の場合|抵当権の有無と担保権の実行で変わる
個人再生であれば、土地・建物を当然に売却する必要はありません。そのため、抵当権が設定されていない場合や、抵当権者への返済を継続するなどして担保権を実行されない場合には、土地・建物を所有したままクリニックを継続できる可能性があります。
ただし、先述のとおり財産価値は清算価値に反映されるため、返済額が高くなることが想定されます。
自己破産の場合|原則として土地・建物は処分対象
一方、自己破産では、院長が所有する土地・建物に換価価値があれば、原則として処分の対象になります。土地・建物に抵当権が設定されている場合には、自己破産をしても抵当権は残るため、担保権を実行される可能性があります。
したがって、自己破産をしながら院長本人が土地・建物を所有し続けることは、一般には難しいと考えた方がよいでしょう。
2-4 医療機器は自己所有・ローン・リースによって扱いが変わる
CTやMRI、内視鏡などの医療機器は、院長が所有しているのか、ローン購入・リース利用なのかによって扱いが異なります。
院長が所有している医療機器の場合
代金を完済し、院長が医療機器を所有している場合、個人再生では医療機器を当然に処分する必要はありません。ただし、その機器の価値は清算価値に反映されるため、高額な医療機器を所有していると返済額が高くなる可能性があります。
一方、自己破産では、院長が所有する医療機器に換価価値があれば、原則として破産管財人による調査・換価の対象となります。
ローン・リースを利用している医療機器の場合
医療機器をローン購入・リース利用している場合、契約内容と機器の所有関係の確認が必要です。ローン購入でも販売会社などに所有権が留保されている場合があり、リースでは一般にリース会社が機器を所有しています。そのため、まず院長自身の財産として扱われる機器なのかを確認したうえで、ローンやリース契約を継続できるのか、契約終了により機器を返却しなければならないのかを確認する必要があります。
2-5 自宅は個人再生と自己破産で扱いが大きく異なる
個人の自宅、およびクリニックとの併用住宅の扱いは、個人再生と自己破産で異なります。
個人再生の場合|住宅資金特別条項で自宅を残せる場合がある
個人再生では、一定の要件を満たせば「住宅資金特別条項」を利用し、個人再生とは別枠で住宅ローンを返済しながら自宅を残せる可能性があります。ただし、住宅ローンは原則として免除されず、返済を続けなければなりません。自宅の一部をクリニックとして使用している併用住宅でも、居住部分の割合などの要件を満たせば同条項を利用できます。
自己破産の場合|換価価値のある自宅は原則として処分対象
自己破産では、換価価値のある自宅は原則として処分の対象になります。そのため、自宅を残したい場合には、自己破産を申し立てる前に個人再生を利用できるかも含めて検討することが重要です。
2-6 預貯金・車・未収の診療報酬なども財産として確認する
車や預貯金、生命保険の解約返戻金といった財産は、個人再生では清算価値を算定する際の対象となり、自己破産では財産の種類や価値などに応じて換価対象となるかが判断されます。まとまった預貯金や換価価値の高い車などは、自己破産では原則として破産管財人による換価・配当の対象になると考えた方がよいでしょう。
また、社会保険診療報酬支払基金などからまだ入金されていない未収の診療報酬も、院長が有する債権として財産に含まれます。
第3章 個人再生・自己破産をする場合はクリニックを廃業しなければならないか?
3-1 個人再生をしてもクリニックを廃業しなければならないとは限らない
個人再生を利用するために、必ずしもクリニックを閉院しなければならないわけではありません。将来継続的に収入を得る見込みがあり、再生計画に沿った返済を続けられるのであれば、クリニックを経営しながら個人再生を利用できる場合があります。
ただし、赤字が続いているクリニックを経営し続けることが生活再建につながるとは限りません。設備費や人件費などを負担しながら返済原資を確保できるのかを十分検討し、事業を継続すべきか判断する必要があります。
3-2 自己破産しても法律上当然にクリニックを即時廃業するわけではない
自己破産を申し立てたからといって、その時点でクリニックを閉院しなければならないわけではありません。
ただし、破産手続が開始すると、院長が所有する医療機器や預貯金などの多くが破産財団に属することになり、院長個人が自由に管理・処分できなくなります。そのため、これまでと同じように院長自身の判断でクリニックの経営を続けることが実務上難しくなります。
そのため、自己破産の場合は廃業に向けて計画を考えるのが現実的でしょう。
いつまで診療を行うのか、患者をどのように引き継ぐのか、クリニックを第三者へ承継できるのかなどを、自己破産の申立て前から弁護士など専門家と検討することが重要です。
3-3 クリニックの継続が難しい場合は勤務医への転職も検討する
クリニックの経営が悪化している場合には、無理に事業を続けるのではなく、閉院して勤務医へ転職し、安定した収入を確保しながら生活を立て直すことも現実的な選択肢です。
特に個人再生では、将来継続的に収入を得る見込みが必要となるため、クリニックの収益から返済原資を確保できない場合には、勤務医として得る給与をもとに再生計画を立てることが考えられます。
自己破産についても、勤務医になることは申立ての要件ではありませんが、自己破産後にクリニックを経営し続けることが難しい場合には、勤務医への転職も含めてその後の生活再建を考えておく必要があります。
閉院、転職、個人再生・自己破産をどの順番で進めるかは一律ではありません。この順番についても申立て前から弁護士と整理しておきましょう。
第4章 個人再生・自己破産をしても医師免許は本当に失わない?
4-1 個人再生・自己破産をしたことだけで医師免許を失うわけではない
医師が自己破産を検討するとき、「破産すると医師免許まで剥奪されるのではないか」と心配するかもしれません。
しかし、医師法が定める医師免許の欠格事由には、自己破産や個人再生をしたこと自体は含まれていません。したがって、個人再生や自己破産をしたという理由だけで医師免許が取り消されることはありません。
4-2 個人再生・自己破産後も医師として診療を続けられる
医師免許が失われるわけではない以上、クリニックを閉院したとしても、勤務医として診療を続けることは法律上可能です。
勤務先が決まれば、個人再生・自己破産後であっても医師免許に基づいて医療行為を行うことができます。
4-3 勤務医への転職時に個人再生・自己破産したことを伝える必要はある?
医師法には、個人再生や自己破産をした医師が、その事実を転職先の医療機関へ一律に申告しなければならないという規定はありません。したがって、個人再生・自己破産をしたことについて当然に転職先へ申告義務が生じるわけではありません。
ただし、医療分野に限らず中途採用の場面では一般的に、前職を辞めた理由をたずねられることがあります。そのため、開業医から勤務医へ転職する場合にも「なぜクリニックを閉院したのか」と経歴について尋ねられることは考えられます。
その場合でも、借金や債務整理の詳細まで自分から説明する必要があるわけではありません。事実に反しない範囲で、経営状況を踏まえて閉院を決断したことや、今後は勤務医として診療に専念したいことなどを説明できるよう準備しておくとよいでしょう。
なお、破産や個人再生は完全な非公開手続ではなく、官報への公告も行われます。そのため、債務整理をした事実を絶対に知られないというものではありません。
まとめ|個人再生・自己破産を決める前の段階で専門家に相談を
クリニックの経営が厳しくなっていても、個人再生や自己破産まで考えることには抵抗があり、判断を先延ばしにしてしまうこともあるでしょう。しかし、土地や医療機器をどうするか、クリニックを続けるのか、勤務医へ転職するのかによって、適した手続や進める順番は変わります。
特に、資金繰りが限界に近づいてからでは選べる方法が少なくなることもあります。
個人再生や自己破産をすると決めていなくても、「このまま返済を続けられるか不安になってきた」という段階で、一度専門家に今後の選択肢を整理してもらうことには意味があります。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士だけでなく税理士や社会保険労務士などが連携し、債務整理だけでなく、クリニックの財務状況やスタッフへの対応、その後の生活再建まで含めてワンストップでサポートしています。クリニックを続けるべきか迷っている場合は、方針を決める前の段階からお気軽にご相談ください。