クリニックの開業には、内装工事や医療設備の導入など多額の初期費用がかかるため、同じテナントで長期にわたり診療を続けることが前提となります。そのため、契約締結前に、予定する診療や工事が認められているか、契約期間や費用負担が経営計画に合っているかを十分に確認することが重要です。
本記事では、クリニックのテナント契約で確認すべきポイントを弁護士が解説します。
第1章 クリニックのテナント契約で確認すべき5つのポイント
1-1 予定する診療と内装工事が契約上認められているか
テナント契約書では、借りた区画をどのような目的で使用できるかが定められています。使用目的が単に「診療所」や「クリニック」とされていても、自院で予定する診療内容や物件の使い方について、貸主と認識が一致しているとは限りません。
特に、建物の設備や管理、他のテナントへの影響が大きい診療を予定している場合には、その内容をあらかじめ貸主へ説明しておくことが重要です。そのうえで、予定する診療を行えることが契約書の使用目的から明確に読み取れるか、将来の診療内容を必要以上に制限する書き方になっていないかを確認しましょう。
診療に必要な設備工事まで承諾されているか
診療内容に応じて、給排水設備の増設や電気容量の変更、換気設備の設置、床や壁への医療機器の固定などが必要になることがあります。
契約書に「内装工事には貸主の事前承諾が必要」と書かれているだけでは、実際に予定している工事が認められるかは分かりません。契約後に図面を提出したところ、建物の構造や管理上の理由から承諾を得られず、予定する診療を行えなくなる可能性も考えられます。
そのため、契約前に基本レイアウトや主要な工事の概要を貸主へ示し、開業に欠かせない工事を実施できることを書面で確認しておきましょう。
1-2 予定どおり開業できない場合の解除・賃料負担
契約書では、診療に必要な工事について貸主の承諾を得られない、物件の構造・設備上の問題で診療所の開設手続を進められないといった場合に、違約金なしで契約を解除できるかも確認しておきましょう。契約書に「開業に必要な手続は借主の責任で行う」と定められている場合には、予定どおりに開業できなくても、賃料や違約金の支払いを免れない可能性があるためです。
開業の可否を左右する条件がある場合には、その条件を満たせなかった場合の解除や保証金の返還について、契約書に定めておくことが重要です。
賃料がいつから発生するか
賃料の発生日については、契約日だけでなく、実際に物件の引渡しを受け、内装工事に着手できる時期との関係を確認します。貸主側の工事や引渡しが遅れた場合の扱いが定められていなければ、開業準備を始められない期間の賃料負担をめぐって争いになるおそれがあります。貸主側の事情で工事に着手できない場合には、その期間に応じて賃料の発生日やフリーレント期間も延期される内容にできないかを確認しましょう。
1-3 契約期間・中途解約などが経営計画に合っているか
クリニックでは、内装や医療設備への初期投資を回収するまでに一定の期間がかかります。そのため、契約期間が短すぎないか、期間満了後も同じ場所で診療を続けられる契約になっているかを確認する必要があります。
賃貸借契約には、普通建物賃貸借契約と、期間満了によって契約が終了する定期建物賃貸借契約があります。定期建物賃貸借契約の場合、期間が満了しても当然には更新されず、引き続き入居するには貸主との再契約が必要になります。
契約期間が初期投資の回収に見合っているか、再契約が可能か、再契約時にどのような条件変更があり得るかを確認しておきましょう。
経営上の理由で中途解約できるか
契約期間の定めがある事業用物件では、契約書に中途解約条項がなければ、経営上の理由で撤退したくても、借主の判断だけでは契約を終了できない可能性があります。
中途解約の可否、何か月前までに通知が必要か、違約金はいくらかを確認しましょう。「残存期間の賃料を支払う」と定められている場合には、退去後も大きな負担が残るおそれがあります。
医療法人への名義変更が認められるか
医師個人の名義で契約し、開業後に医療法人へ契約を引き継ぐ予定がある場合も注意が必要です。
医師個人と医療法人は別の契約主体であるため、医療法人化した後に契約書の名義を形式的に書き換えるだけで済むとは限りません。貸主の承諾を得ずに医療法人へ物件の使用を引き継ぐと、契約違反とされる可能性があります。
1-4 賃料、工事費、管理費などの負担範囲が明確か
月額賃料だけでなく、開業準備から退去までにどのような費用を借主が負担するのかを把握しておくことも大切です。
特に注意したいのが、貸主指定業者が行う工事です。内装工事の一部を貸主指定業者が行う場合、借主は業者を選べず、想定を上回る見積りを提示されることがあります。
契約書や工事区分表を確認し、どの工事を誰が手配し、その費用を誰が負担するのかを明確にしておきましょう。主要な工事については、契約前に見積額や概算額を確認し、追加費用が発生する場合には、借主の確認を経てから工事を行うよう定めておくことも重要です。
管理費などの増額条件が明確か
共益費や管理費については、契約時の金額だけでなく、どのような場合に増額されるのかも確認します。「貸主が必要と認めた場合に変更できる」という条項だけでは、将来の負担額を予測できません。増額の理由や算定方法、事前通知の有無まで明確に定められているかが重要です。
保証金から何が差し引かれるか
保証金については、退去時にどの程度返還されるのかを把握しておく必要があります。
契約書に償却条項がある場合には、物件の使用状況にかかわらず、保証金の一定額または一定割合が返還されないことがあります。その償却分に原状回復費用が含まれるのか、それとも償却とは別に原状回復費用を負担するのかも、あわせて確認が必要です。
1-5 退去時の原状回復義務が過大ではないか
クリニックでは、給排水や電気、空調などに手を加えることが多いため、退去時の原状回復費用が高額になることがあります。事業用の賃貸借契約では、特約によって借主の原状回復義務が広く定められていることもあるため、契約前に工事の範囲を確認しておきましょう。
「スケルトン状態に戻す」と定められている場合には、契約上、どの状態まで戻すことを意味するのかを確認する必要があります。特に居抜きで入居する場合は、入居時から存在する内装・設備を誰が撤去するのか、退去時に入居時の状態へ戻せばよいのか、それ以前の状態まで復旧する必要があるのかを、契約締結前に明確にしておきましょう。
貸主指定業者に工事を依頼する必要があるか
退去時の原状回復工事を貸主指定業者へ依頼しなければならない場合には、借主が業者を選べず、工事範囲や金額を調整しにくくなります。原状回復の範囲を貸主の判断に委ねる内容になっている場合には、工事の着手前に借主へ工事範囲や見積内容を示し、借主側でも内容を確認できるよう、契約締結前に条項の修正を検討します。
原状回復工事中も賃料が発生するか
また、契約によっては、原状回復工事が完了し、物件を明け渡すまで賃料や賃料相当額が発生する場合があります。どの時点まで賃料負担が必要になるのかはあらかじめ契約書で確認しておきましょう。
第2章 医療モールでは運営条件も契約書に残す
医療モールでは、賃貸条件だけでなく、競合するクリニックの入居や他のテナントの開業状況、モール全体のサービスが経営に影響します。入居前の説明を前提に判断した場合には、その内容が契約書や確認書に反映されているかを確認しましょう。
2-1 競合する診療科の入居を制限できるか
不動産会社や運営会社から「同じ診療科のクリニックは入居させない」と説明されていても、その内容が契約書に記載されていなければ、後から競合するクリニックが入居した場合に対応を求めることが難しくなる可能性があります。
また、競合制限条項に「同一診療科」とだけ定めても、十分とは限りません。標榜する診療科が異なっていても、実際の診療内容や対象となる患者が重なることがあるためです。
競合するクリニックの入居を制限したい場合には、対象となる診療科や診療内容に加え、同じ建物内や医療モール内など、制限が及ぶ範囲を契約書で具体的に定めておきましょう。あわせて、競合制限に違反する入居があった場合に、貸主へ是正や契約条件の見直しなど、どのような対応を求められるのかも確認しておくことが重要です。
2-2 他のクリニックや薬局の開業予定が書面化されているか
医療モールへの入居時には、「複数のクリニックが同時に開業する」「調剤薬局が併設される」などと説明されることがあります。
しかし、契約書に「入居予定」と書かれているだけでは、そのテナントが開業しなくても、貸主や運営会社の契約違反とはならない可能性があります。「誘致に努める」という内容も、開業を保証する条項とは異なります。
他のテナントの入居が契約締結の重要な前提である場合には、どのテナントがいつまでに開業する予定なのか、計画が変更された場合にどの時点で通知を受けられるのかを確認しましょう。
一定の開業計画が実現しなかったときに、賃料を見直すことや、違約金なしで契約を解除できる条項を協議する余地があります。
2-3 共同サービスの内容と費用負担が明確か
医療モールでは、共同広告や総合案内、共用スペースの管理などのサービスについて、賃貸借契約とは別に運営会社との契約を締結することがあります。
運営契約では、提供されるサービスの内容と費用に加え、サービスや費用を変更できる条件、サービスが終了した場合の扱いを確認しましょう。運営会社がサービスを縮小したり終了したりできる一方で、借主は同じ運営費の支払いが続く内容になっていないかにも注意が必要です。
【FAQ】クリニックのテナント契約でよくある疑問
Q1. クリニックを第三者へ譲渡する場合、テナント契約も引き継げますか?
A1. 事業譲渡では、貸主の承諾が必要となるのが原則です。
クリニックの事業を別の医師や医療法人へ譲渡しても、テナント契約が当然に譲受人へ移るわけではありません。借主を変更するには、貸主から賃借権の譲渡や契約上の地位の移転について承諾を得る必要があります。貸主の承諾を得られなければ、内装や医療設備を承継できても、同じ場所で診療を続けられない可能性があります。
将来、事業承継を想定している場合は、契約書の譲渡禁止条項や承諾条件、承諾料の有無をあらかじめ確認しておくことが大切です。
Q2. 入居申込書へ署名した後でも、テナント契約を断れますか?
A2. 正式契約前でも、自由に撤回できるとは限りません。
入居申込書は通常、賃貸借契約書そのものではなく、提出しただけで必ず契約が成立するわけではありません。ただし、賃貸借契約は申込みと承諾が合致すれば成立し、原則として契約書への署名は成立の必須条件ではありません。そのため、対象区画や賃料、契約期間などの主要な条件が固まり、貸主も承諾している場合には、正式な契約書を締結する前でも契約の成立が認められる可能性があります。
まとめ|クリニックのテナント契約は署名前に弁護士へ相談を
クリニックのテナント契約は、長期間にわたる診療所経営の基盤となる契約です。契約書に署名した後は、想定していなかった条件があったとしても、簡単に内容を変更できるとは限りません。そのため、内装工事や医療設備への投資を始める前に、契約内容を十分に理解しておくことが重要です。
テナント契約書には、貸主と借主の責任分担や、建物の管理・運営に必要な条件が細かく定められています。一般的な内容に見える条項でも、予定する診療内容や工事計画、将来の法人化や事業承継まで考えると、クリニックの運営に思わぬ影響を及ぼすことがあります。契約内容に分かりにくい点や、診療計画に合っているか判断しにくい点がある場合には、署名前に弁護士へ相談することも選択肢の一つです。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、弁護士を中心に、社会保険労務士や税理士などの専門家が連携し、クリニックの開業準備から開業後の契約・労務・経営上の法的課題まで支援しています。テナント契約の内容に不安がある場合や、契約書に署名してよいか判断に迷っている場合は、契約締結前に一度ご相談ください。