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クリニック経営を支える概算経費とは?実額経費との違いと節税メリット、活用の判断基準を専門家が解説

2026.02.05

クリニックを開業して数年が経つと、「思ったより税金が重い」「売上は伸びているのに手元資金が増えない」と感じる場面が増えてきます。こうした中で検討対象になりやすいのが、クリニックの概算経費(社会保険診療報酬の所得計算の特例)です。概算経費は、条件が合えば節税に寄与する可能性がある制度ですが、使い方を誤ると、かえって税務上のリスクを高めてしまう可能性もあります。実額経費との違いやメリット・デメリットを整理したうえで、どのようなケースで検討すべきか、税務調査を見据えた実務上の判断軸を分かりやすく解説します。

 

第1章 クリニック経営における「概算経費」とは何か

1-1 概算経費は社会保険診療報酬に適用される特例制度

通常、事業所得の計算では、所得の計算は「総収入 - 必要経費 = 所得(利益)」が原則です。しかし、医療機関には、社会保険診療報酬の額に応じて、あらかじめ定められた一定の割合を必要経費として計算できる特例が認められています。これが「租税特別措置法第26条」、通称「26条特例」や「概算経費」と呼ばれる制度です。
概算経費は、社会保険診療(以下、保険診療)という公共性の高い業務を担っている医療機関について、医師が診療に専念できるよう事務負担を軽減し、同時に医療の質を確保するための財政的基盤を整えることを目的としています。そのため、あくまで保険診療に対応する経費を簡便的に算定する制度であり、自由診療には適用されません。また、すべてのクリニックに無条件で適用できる制度ではなく、収入金額の上限などの前提条件が設けられています。

1-2 実額経費より高い経費が認められる場合がある

クリニック経営の現場で概算経費が話題になりやすいのは、一定のケースにおいて、実際にかかった経費よりも、高い経費が計算上で認められる場合があるためです。
概算経費では、社会保険診療報酬の金額に応じて、あらかじめ法律で決められた割合を経費として扱います。この割合は、実際の支出状況にかかわらず一律に適用されるため、支出が比較的少ないクリニックでは、結果として「実額で計算するよりも経費が多くなる」場合もあります。

概算経費の計算例

例えば、社会保険診療報酬が年間2,000万円で、実際にかかった経費は1,200万円だったが、72%(※ここでは、社会保険診療報酬の金額が2,500万円以下に適用される概算経費率72%を用います)を概算経費として扱った場合、以下のようになります。

2,000万円×72%=1,440万円(概算経費)

実額経費で計算すると経費1,200万円のところ、概算経費を選択したことで1,440万円の経費が認められ、税務の上で240万円程度、利益を抑えられることになります。概算経費が節税効果の側面で語られるのは、こうした理由からです。

1-3 概算経費が適用されるための主な要件

概算経費は、すべてのクリニックが自由に選択できる制度ではなく、一定の要件を満たす場合にのみ適用が認められています。実務上、特に重要となるポイントは次のとおりです。

社会保険診療報酬の金額が5,000万円以下

一般的には、社会保険診療報酬が年間5,000万円以下であり、かつ医業収入全体が一定額(7,000万円以下)に収まる場合に、概算経費の適用が検討されます。もっとも、具体的な適用可否は、個別の収入内容や年度ごとの取扱いを踏まえて判断されます。

確定申告で選択する

概算経費は自動的に適用される制度ではなく、確定申告において選択する必要がある点も重要です。要件を満たしていたとしても、申告内容が実額経費となっていれば、概算経費は適用されません。

 

第2章 実額経費と比べた場合のメリット・デメリット

2-1 メリット:手元資金を残しやすくなるケースがある

第1章の計算例からも分かる通り、概算経費は、キャッシュフローの改善に寄与する節税効果が期待できる場合があります。ここで重要なのは、単に税金が安くなることではなく、この制度を活用することで、本来であれば税金として流出していたはずの資金を、クリニックへの投資に回せるという点にあります。
例えば、最新の医療設備の導入、スタッフの研修費、退職金の積み立てなど、概算経費によって生み出された余剰資金を戦略的に再投資することで、クリニックの競争力を高めることができます。

2-2 メリット:経理業務の負担軽減と事務コストの削減

経理作業が簡略化されることは、単に楽になるというだけでなく、クリニック全体の経営コスト削減にもつながります。
実額経費を厳密に管理しようとすれば、領収書の整理や会計ソフトへの入力に、毎月相当な時間と手間を費やすことになります。さらに、その作業を税理士事務所へ完全に代行(記帳代行)依頼する場合は、仕訳の数が増えれば増えるほど、顧問料とは別に記帳代行手数料が加算されるのが一般的です。
概算経費を適用し、少なくとも保険診療分に関する細かな入力作業を省くことができれば、そうした事務コストを軽減できる可能性があります。特に、経理担当者を置いていない個人クリニックや院長夫人が事務を一手に引き受けている場合などにおいては、特に大きなメリットといえるでしょう。

2-3 デメリット:支出分を上乗せして計上できないというデメリット

一方で、概算経費を選択した場合、保険診療に対応する経費は、実際にいくら支出したかにかかわらず、すべて概算額の中に含まれてしまう点には注意が必要です。
例えば、ある年に保険診療を中心に診療しているクリニックで、診療効率を高めるために新しい医療機器を導入し、数百万円の支出が発生したとします。実額経費であれば、その年の減価償却費として経費計上できますが、概算経費を選択している場合、この支出分を別途上乗せして経費にすることはできません。
同様に、人手不足への対応として一時的に人件費が増えた場合や、診療体制見直しのために外部業者へ支払ったコンサルティング費用が発生した場合も、それらはすべて「概算経費に含まれているもの」として扱われます。
その結果、実際には多くの支出があったのに、すべてが概算経費に含まれてしまい、税務上はそれほど経費を増やせない事態になる可能性もあります。

2-4 デメリット:概算経費を適用できない場合、税負担が急増する可能性

また、売上が一定の基準を超えると、その年は概算経費を適用できなくなります。注意すべきなのは、この場合、経費の計算が「概算経費」から「実額経費」へ一気に切り替わるという点です。
前年まで概算経費を適用していたクリニックでは、保険診療について、実際に支出した金額よりも多めの経費が計算上認められているケースが少なくありません。しかし、基準を超えた年は、その保険診療分についても、実際に支出した人件費や家賃、消耗品費などの「実額」しか経費として認められなくなります。
その結果、経費として計上できる金額が大幅減少し、計算上の利益が一気に増える可能性があります。利益が増えれば、連動して所得税や住民税、場合によっては事業税の負担も増えるため、税負担が「徐々に」ではなく「急激に」増えたように感じられる場合があります。

 

第3章 概算経費と実額経費の有利・不利の判定ポイント

概算経費と実額経費のどちらが有利かは、クリニックの経営状況によって異なります。実務上よく見られるケースごとに、有利・不利の分かれ目となる判断ポイントの目安を整理します。

3-1 【実額経費が有利傾向】開業初期・設備投資が多い時期

開業直後や設備投資が重なっている時期は、実額経費が有利になるケースが多く見られます。
この時期は、内装工事費の減価償却費、高額な医療機器の購入費用、借入金に対する利息、求人広告費など、実際の支出額が大きくなりやすいためです。
実額経費であれば、これらの支出を実態に即して経費計上できますが、概算経費を選択すると、保険診療に対応する部分については、法律で定められた割合の範囲内でしか経費を計上できません。
その結果、実際には多くの支出が発生しているにもかかわらず、税務上は経費が十分に反映されず、課税所得が大きくなってしまう可能性があります。

3-2 【概算経費が有利傾向】人件費や外注費を抑えて運営している場合

スタッフ数を必要最小限に抑えて運営しているクリニックや、家族を中心に診療を行っている場合には、実額経費が比較的低く抑えられる傾向があります。
このようなケースでは、概算経費によって計算される経費額が、実際の支出額を上回り、結果として概算経費の方が有利に働く可能性があります。
ただし、この判断は一時点だけで行うものではなく、今後、診療体制の拡充に伴って人件費や外注費が増える見込みなどを踏まえたうえで検討する必要があります。

3-3 【収入構造で判断が分かれる】保険診療中心か、自由診療中心か

概算経費の対象となるのは、あくまで社会保険診療報酬に対応する部分です。
そのため、保険診療の割合が高いクリニックほど、概算経費の影響を受けやすくなります。一方で、自由診療の割合が高いクリニックでは、概算経費によるメリットは限定的になります。
また、保険診療と自由診療が混在している場合には、家賃や人件費、光熱費などの共通経費をどのような基準で按分するかが重要になります。
収入割合や診療時間など、第三者に説明できる合理的な基準をあらかじめ定めておかなければ、税務調査の際に指摘を受ける可能性が高まります。収入構造を正確に把握し、「どの収入にどの経費が対応しているのか」を整理することが、有利・不利を判断するための起点となります。

 

第4章 税務調査で問題になりやすいポイントと誤解

4-1 概算経費を使うこと自体が問題になるわけではない

概算経費は、法律で認められた制度であり、適用要件を満たしていれば、その選択自体が否定されることは通常ありません。
税務調査で確認されるのは、「なぜ概算経費を選択したのか」「制度の前提となる数値や区分が正しいか」といった点です。調査官の関心は制度の利用そのものではなく、制度を支える前提条件が正確かどうかにあります。

4-2 自由診療分の経費按分で問われやすいポイント

税務調査で特に確認されやすいのが、保険診療と自由診療が混在している場合の経費按分です。家賃、光熱費、人件費などの共通経費について、収入割合で按分しているのか、診療時間や使用面積などの業務実態に基づいているのかなど、振り分けの基準に合理性があるかが重点的に見られる傾向があります。

保険診療と自由診療が混在する場合の按分方法

按分方法について、法律で一律の計算方法が定められているわけではありませんが、申告者が自由に有利な割合を選べるわけでもありません。重要なのは、その按分方法が業務の実態を反映した合理的なものであるかどうかです。
例えば、収入割合で按分する場合には、売上構成が診療内容や業務負担の実態と大きく乖離していないことが求められます。診療時間で按分するのであれば、実際の診療スケジュールや予約状況から、その時間配分が客観的に確認できる必要があります。また、使用面積を基準とする場合には、自由診療専用スペースの有無や利用状況が説明できることが重要になります。

一方で、「毎年同じ割合を何となく使っている」「税理士に任せきりで理由を説明できない」といった場合には、按分の合理性が弱いと判断され、修正を求められる可能性があります。

4-3 領収書や帳簿の保存義務は免除されない

概算経費を選択している場合でも、帳簿書類や領収書の保存義務がなくなるわけではありません。もちろん自由診療分の経費については実額での申告が必要であり、その根拠となる書類の保存が求められます。
税務調査では、概算経費の適用が要件を満たしているか、また実額経費との比較を含めた計算過程が合理的であるかが確認されることがあります。その意味でも、実額経費を把握できる状態を維持しておくこと自体が、税務上のリスク管理につながるといえます。

 

第5章 概算経費を正しく活用するための判断軸

5-1 決算前のシミュレーションの重要性

概算経費と実額経費の有利不利は、決算が近づいてから慌てて判断できるものではありません。決算前の段階で通期見込みを立て、両者を比較することで、冷静な判断ができるといえます。
この際、単に税額の多寡を見るのではなく、売上の見込み、突発的な支出予定の有無、翌期の投資計画なども併せて検討することが重要です。

5-2 毎年見直すという前提を持つ

概算経費は毎年選択できる制度であり、前年と同じ選択を続けなければならない義務はありません。
診療報酬改定、人件費の増減、診療体制の変更など、クリニックを取り巻く環境は毎年変化します。「昨年は概算経費が有利だったから、今年も同じでよい」と考えるのではなく、毎期ゼロベースで見直す姿勢が、結果的に税務リスクを抑えることにつながります。

5-3 専門家との連携の必要性

概算経費の判断は、税務処理にとどまらず、経営全体に影響します。
顧問税理士などの専門家と相談する際には、過去の数値だけでなく、今後の採用計画、設備投資の予定、診療内容の変更など、将来の見通しを共有することが重要です。「今年は概算経費が有利」「来年は実額経費に切り替えた方がよい」といった、先を見据えた判断を意識しましょう。

 

第6章 概算経費は使う・使わないではなく「判断」が重要

概算経費は、クリニック経営において一定のメリットが期待できる制度ですが、すべてのケースで有利になるわけではありません。実額経費との比較、収入構造、将来の経営計画などを総合的に踏まえて判断する必要があります。
まずは、自院の売上構成や経費の内訳を正確に把握し、概算経費が適しているかを冷静に検討することが重要です。判断に迷う場合や、税務調査への不安がある場合には、早めに専門家へ相談することで、不要なリスクを避けることができます。
私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)グループでは、税理士法人をはじめ、弁護士法人、社会保険労務士法人が連携し、医療機関特有の税務・労務・法務の課題をワンストップでサポートする体制を整えています。概算経費の適用判断や、将来を見据えた経営設計についてお悩みの際はぜひお気軽にご相談ください。