近年、クリニックの継承・事業承継に関するご相談が増えています。高齢化する開業医の引退や、子ども世代への承継、地域医療の維持といった課題のなかで、「今のクリニックをどう引き継ぐか」「将来的に売却できるのか」といった問題意識を持つ医師が増えているためです。
しかし、医療法人や個人開業のクリニックは、一般企業と異なる数々の制度的・実務的な制約があります。たとえば、許認可の取り扱いや医師免許の制限、患者情報やスタッフ体制の扱い、そして税務上の論点など、専門的な知識と判断を要する場面が多く存在します。
本記事では、医療業界に精通した弁護士・税理士が、クリニックの継承に関して検討すべき法務・税務・実務のポイントをわかりやすく解説します。
1. クリニックの継承とは?|医療業界における「事業承継」の特殊性
1-1. 一般企業と異なる医療法人・個人クリニックの制度的特徴
クリニックの継承と聞くと、一般企業のM&Aや親族への引き継ぎを想像されるかもしれません。しかし、医療機関の場合には、医療法や保健所指導、都道府県の認可手続など、他業種には見られない特殊な制度が数多く関係してきます。
たとえば、医療法人であれば法人格をそのまま引き継ぐ「出資持分の譲渡」や「社員構成の変更」などの方法がありますが、出資持分の譲渡の可否は、定款の定めによる制約があり、また、出資持分と社員の地位(議決権)は同一ではないなど、会社法とは異なる独自のルールが存在します。
一方、個人クリニックであれば事業そのものを「事業譲渡」として引き継ぐ方法が一般的ですが、医療機器の名義変更、スタッフの雇用継続、診療報酬請求権の承継可否など、単純な売却では済まない論点も少なくありません。
こうした背景から、クリニックの継承は「医療機関特有の制度」と「一般的な承継スキーム」の両方を踏まえて設計する必要があるのです。
1-2. 承継に際して行政の許認可・届出が必要な理由
クリニックを承継するにあたり、忘れてはならないのが「許認可」という行政手続きの存在です。 クリニックは医療法上「開設許可制」の事業であるため、承継の過程で経営者(=開設者)が変更される場合には、都道府県知事の許可または届出が必要になります。
たとえば、個人開業医から子ども(別人格)に継承する場合、「廃止届+新規開設申請」が必要になります。これは事業がそのまま続いているように見えても、法律上は「別の医療機関」となるためです。
さらに、保険医療機関の指定、労災指定医療機関の継続手続き、医療機器・放射線の設置許可、消防・建築確認の変更届など、複数の官庁にわたる手続きが並行して発生することも珍しくありません。
これらは見落とすと「診療停止」や「無保険診療状態」となるリスクもあるため、スケジュール管理と実務的な段取りの把握が非常に重要です。
1-3. 「医師免許を持つ承継者が必要」という前提の重み
もうひとつ重要なのが、「開設者=医師でなければならない」という医療法のルールです。 たとえば、子どもが経営を引き継ぎたいと思っても、その方が医師免許を持っていなければ、そのまま継承することはできません。
この点で、他の事業における「非専門職による経営継承」とは大きく異なります。
また、複数の承継者候補がいる場合(たとえば兄弟でどちらも医師)、誰を後継に選ぶかによって、開設者名義・医師会の加入・保険医の登録など多方面に調整が必要となります。
つまり、「医師であること」が承継の大前提となる業界であるがゆえに、選択肢やスキームも制限されるのです。
2. どのような継承パターンがあるのか?|承継類型の整理と比較
2-1. 親子・親族間承継
もっとも多いのが、親が開業したクリニックを子ども(または親族の医師)が引き継ぐパターンです。 この場合のメリットは、内部事情に精通しており、患者やスタッフの信頼も継承されやすい点です。また、スムーズな引き継ぎが可能なため、廃止や売却による地域医療への影響も最小限に抑えられます。
ただし、親子間といえども、
- 医療法人の社員変更や役員交代手続き
- 医療機器・不動産の名義変更
- 相続税・贈与税の税務対策
- 感情的なもめ事(兄弟間の公平性など)
といった点には注意が必要です。
2-2. 第三者承継(M&A・外部医師への売却)
近年増えているのが、「後継者がいない」ことを理由とした第三者への譲渡(M&A)です。 これは、外部の医師や医療法人グループなどにクリニックを「売却する」形で承継する方法です。
このスキームのメリットは、
- 自身の引退後の生活資金を確保できる
- 承継準備にかける時間や労力を短縮できる
- 地域医療を維持したまま廃業リスクを回避できる
などが挙げられます。
一方で、売却額の評価や契約条件の交渉、スタッフの継続雇用、患者の信頼維持といった実務的・心理的ハードルがあるため、専門家の関与が非常に重要となります。
2-3. 院内承継(勤務医や共同経営者への継承)
勤務医として長年働いてきた医師に対し、「いずれこのクリニックを任せたい」と考える開業医も多くいます。 この場合は、医療法人化して共同経営者に加える形や、出資持分株式によって徐々に引き継ぐ方法など、柔軟なステップを設計できるのが特徴です。
信頼関係が構築されていれば、患者や職員への影響も小さく、円滑な承継が可能となるケースが多く見られます。
2-4. 事業譲渡・医療法人の分院化など複合スキーム
複雑なケースでは、事業譲渡と医療法人の新設・合併・分割などを組み合わせて承継を進める場合もあります。 特に、大型クリニックや複数診療科を持つ医療法人では、資産・人員・許認可の整理が難航しやすく、法務・税務・行政のすべてを統合的に設計する必要があります。
3. クリニック継承の進め方|準備からクロージングまでの全体像
3-1. 初期検討:現状分析と承継方針の明確化
クリニック継承の第一歩は、現在の状況を正確に把握し、承継の目的と方向性を明確にすることです。 以下のような観点で現状分析を行いましょう。
- 開設者の年齢や健康状態、引退時期の希望
- 後継候補者の有無(親族/勤務医/第三者など)
- 法人か個人かの経営形態
- 財務状況(借入・資産・売上など)
- 不動産や医療機器の保有状況
- 承継後のクリニックのあり方(規模、診療科、運営体制など)
この段階では、まだ具体的な手続きに入る必要はありません。
むしろ、「どういう方向で引き継ぎたいか」を丁寧に整理することが、後のスキーム設計や専門家選定の判断軸になります。
3-2. 承継対象の整理(資産・債務・許認可・契約関係など)
次に、事業承継や継承を行う上では、クリニックが保有する資産や契約について、何を誰に引き継ぐのかを明確にする必要があります。 以下のように、対象事項を網羅的にリストアップし、それぞれの取扱い方針を整理しましょう。
- 医療法人の出資持分または個人事業の営業権
- 医療機器・什器備品
- 不動産(土地・建物・テナント契約)
- 職員との雇用関係
- 患者情報(電子カルテ・紙カルテ)
- リース・ローン契約
- 保険診療に関する届出・許認可(保険医療機関指定、労災指定等)
このうち、患者情報や診療記録、医療機器の設置許可などは慎重な取扱いが求められますので、法律・行政手続きの視点から整理することが重要です。
3-3. 候補者の選定と交渉
承継候補者が決まっていない場合、「誰に引き継ぐか」を探すフェーズに入ります。 親族・勤務医・第三者(M&A)など、候補ごとに検討ポイントが異なりますが、共通して重要なのは以下の2点です。
- 医師免許を持っているか
- 継続して地域医療を担う意思と能力があるか
特に第三者承継の場合、金額や契約条件の交渉だけでなく、診療方針や地域との関係性をどう維持するかといった定性的な調整も求められます。
この段階では、信頼関係を構築するための情報開示(財務情報・患者数・従業員構成など)と、条件のすり合わせを行う慎重な姿勢が必要です。
3-4. 法的・税務的な設計と契約書類の整備
承継の枠組みが固まったら、スキーム設計に基づいて法的・税務的な処理を行います。
- 医療法人の社員変更、役員変更、定款変更
- 出資持分や営業権の評価と譲渡契約
- 医療機器や施設の売買契約・賃貸契約の承継
- 職員の労働契約の継続/変更通知
- 許認可の名義変更や届出(診療所開設、保険医療機関、放射線・麻薬使用など)
- 税務申告・譲渡所得税・消費税・相続税の確認
これらの手続きは専門的かつ煩雑になるため、複数の専門家(弁護士・税理士・社労士・行政書士)の連携が不可欠となります。
3-5. 引継ぎ・関係者への説明・開業許可手続き
スキームが整っても、実際の引継ぎが円滑に行われなければ、患者や職員の不安を招くことになります。 以下のようなソフト面の対策も重要です。
- スタッフへの説明会・個別面談の実施
- 院内掲示やニュースレターによる患者向け案内
- 近隣医療機関・調剤薬局・訪問看護ステーション等への引継ぎ挨拶
- 地域包括支援センター・ケアマネ等との連携強化
- 必要に応じて新開設医師の紹介文・SNS発信等の広報活動
また、開業許可・保険指定の再取得など、行政手続きに必要な期間(2週間〜数ヶ月)を見越したスケジュール設計も不可欠です。
4. 法律上の注意点|トラブルになりやすい契約・規程の落とし穴
4-1. 不動産(テナント・土地建物)の契約名義と賃貸借契約
クリニックがテナントに入っている場合や、開設者個人名義で土地・建物を保有している場合、不動産の契約名義と承継方法は特に注意が必要です。
よく問題になりやすい点は以下のようなものがあげられます。
- 賃貸契約が開設者個人名義であり、法人化後の使用継続が困難になる
- 自己所有の不動産を無償で使用していたが、承継後に名義変更されないまま利用を続けている
- 不動産が相続対象に含まれているのに、事業承継だけが先に進んでしまった
このようなケースでは、後になって第三者(相続人・地主など)との紛争や契約解除のリスクが生じることがあります。
あらかじめ使用権限や賃料、賃貸借契約の名義変更・契約期間などを整理しておくことが不可欠です。
4-2. 医療法人の定款・社員構成・社員総会の運営
医療法人を承継する場合には、医療法人独自の運営ルール(定款・社員総会等)にも留意が必要です。
特に確認・整理しておきたい点
- 出資持分の有無(持分あり法人か、持分なし医療法人か)
- 社員構成(医療法人の“社員”とは、会社法でいう「株主」に近い存在)
- 総会決議の要件と実態の整合性
- 名ばかり社員・実質的に経営に関与していない理事の存在
これらが承継時に整理されていないと、「誰が決定権を持っているのか不明確」「意思決定に無効の可能性がある」といった問題が生じ、承継後に経営の足を引っ張るリスクとなります。
4-3. 労務契約の継続・変更、職員説明の注意点
事業承継によって、スタッフの雇用関係にも変更が生じる場合があります。雇用主がどう変更になるかによって、以下のように労働契約についても取り扱いが異なります。
- 医療法人の承継で法人格が変わらない → 労働契約は自動継続
- 個人クリニックを事業譲渡 → 契約の一部変更または再契約が必要
どちらのケースでも、労働条件の変更や雇用継続の有無については事前に明確に伝える必要があります。
また、後継者が変わることへの不安感や誤解を防ぐためにも、就業規則や給与規程、退職金制度等の整備と説明責任が極めて重要です。
4-4. 機密情報や患者情報の取扱い(個人情報保護)
患者の診療録(カルテ)や電子カルテのデータベース、紹介先のリストなど、医療機関には極めてセンシティブな情報が日常的に蓄積されています。
これらの情報を「そのまま引き継げるかどうか」については、個人情報保護法・医師法・医療法など複数の法令にまたがる判断が必要です。
特に、
- 電カルの契約者が旧開設者個人
- カルテの保存義務(5年間)と開示請求への対応体制
- 情報管理体制の不統一(クラウド利用やUSB保存等)
といったケースでは、承継後の運営責任者が情報を安全に管理できる体制を構築しているかが問われます。
弁護士などの専門家による事前チェックを行うことで、万が一のトラブルや法的責任リスクを未然に防ぐことができます。
5. 税務上の注意点|承継で問題になりやすい相続・贈与・譲渡税
5-1. 個人クリニックの譲渡に関する所得税・消費税
個人クリニックを第三者に譲渡した場合、譲渡益に対して所得税・住民税が課税される可能性があります。 また、営業用資産の譲渡であるため、消費税の課税対象となるケースもあります。
このため、以下のような判断が必要です。
- 営業権の有無とその評価額
- 医療機器や什器など固定資産の帳簿価額と時価の差額
- 不動産の所有がある場合の譲渡所得課税(3,000万円控除などの適用可否)
金額が大きくなりやすいため、事前の試算と節税対策が重要です。
5-2. 医療法人の持分なし法人化と課税関係
平成19年以降、医療法人の新設は「持分のない医療法人」に限定されていますが、それ以前に設立された“持分あり医療法人”では、出資持分の相続・贈与・譲渡が課税対象となります。
これに対して、「持分放棄」「持分なし法人化」などの選択肢もありますが、いずれも法人資産に対する課税や贈与税の問題が絡んできます。
医療法人特有のこの論点は非常に複雑であり、税理士と弁護士が連携して個別設計する必要があります。
なお、平成19年以前に設立された持分あり医療法人は、現在でもそのまま持分ありの形で承継することが可能です。必ずしも「持分なし医療法人」へ移行しなければならないわけではありません。ただし、出資持分には金銭的価値があり、相続・贈与時には課税対象となるため、評価や納税資金の対策、持分なし法人化を含めたスキーム設計が必要です。
5-3. 親族内承継における贈与税・相続税への影響(加筆版)
親族内でクリニックを承継する場合(親から子など)、見落とされがちですが、出資持分や営業権の移転にともなう贈与税・相続税の課税リスクがあります。 特に「持分あり医療法人」を承継する場合は、出資持分に明確な経済的価値(時価)があるため、無対価で引き継ぐと“贈与”とみなされます。
特に、以下のような点に注意が必要です。
持分あり医療法人を無償で引き継ぐ際の注意点
無償で出資持分を承継した場合 → 贈与税の課税対象となる可能性が高い
出資持分を子に無償で譲ったような場合、評価額に応じた贈与税が課税されることがあります。
しかもこの出資持分は、相続税法上の財産評価基本通達に基づき算定される評価額ではなく、実質的な“医療法人の時価純資産額”などに基づき時価で評価されることがあるため、想定よりも高額の課税となるリスクがあります
事前に持分の評価をしていなかった → 税務署と争いになる可能性も
評価額が曖昧なまま贈与・相続が行われると、後日税務調査で「実際はもっと価値があったのではないか」と指摘され、追徴課税・加算税の対象となることもあります。特に近年は、医療法人の資産(不動産・内部留保)が膨らんでいるケースも多く、持分の評価額が1,000万円〜数千万円規模になることも珍しくありません。
相続時に評価額が高騰している → 他の相続人とのトラブル要因にも
出資持分を一部の子に相続させる場合、他の相続人にとって不公平と映るケースがあります。
「兄は父のクリニックを承継したのに、財産評価はゼロとして申告された」などとして、将来的な遺留分侵害額請求などに発展するリスクもあります。
実務上の対策として、以下のような点を進めておくことで、将来的な課税リスクと親族間トラブルの両方を大きく低減できます。
- 専門家による事前の出資持分評価の取得(公正な算定根拠の明確化)
- 贈与・譲渡の際の契約書・議事録・税務申告内容の整備
- 相続税対策として持分の一部譲渡や生前贈与、持分なし医療法人への移行検討
- 相続人間の合意形成に向けた事前の共有・説明と専門家の同席
持分ありの医療法人を親族内で承継する場合は、税務と法務の両面から検討を進めることが、円滑な承継のカギとなります。
5-4. 不動産・株式・営業権評価のポイント
医療機関の承継では、無形資産(営業権)や施設不動産の評価が課税関係に大きな影響を及ぼします。
たとえば営業権については、
- 売上高や利益水準に応じた“のれん”の評価
- 実際の売買価格との乖離の有無
- 税務署による「みなし贈与」判定のリスク
などが争点になります。
営業権は帳簿に残らず、売買契約にも明記されないことが多いため、税務署との見解の相違が起きやすいリスク項目ですので、適切な第三者評価や税務文書の整備が必要不可欠です。
また、クリニックが自己所有の不動産で運営されている場合、その土地・建物の税務評価も見落とせないポイントとなります。
特に以下のような点が問題になりやすいので、注意しておきましょう。
自宅と診療所が併設されているケース
→ 面積按分が必要、評価単位の誤りにより過大・過少申告が生じやすい
親から子へ無償使用されているが、契約書がない
→ “使用貸借”とみなされ、営業権を利用していると判断される場合がある
法人名義と個人名義が混在している(建物:個人/設備:法人)
→ 税務処理の際に混乱しやすく、課税関係の整理が必要
なお、医療法人(特に持分あり法人)の承継では、出資持分=株式と同様の資産として課税対象になりますが、医療法人における出資持分の評価は極めて複雑になってきます。
医療法人における出資持分の評価要素の例
- 医療法人の純資産価額
- 売上・利益・医業収入の推移
- 医療機器や不動産の含み益
- 設立年数・社員構成・法人運営の状況
場合によっては評価額が数千万円単位にのぼることも珍しくなく、「出資持分が1円も現金化されていないのに、1,000万円以上の贈与税・相続税が課される」という事例もあります。
これに対する備えとして、事前に持分評価を取得し、分割・移転計画を立てておくことが必須となります。
5-5. 事業承継税制の医療法人への適用の可否と注意点
近年注目されている「事業承継税制」は、中小企業の株式や事業用資産の贈与・相続における税負担を軽減する制度ですが、医療法人は原則としてこの制度の対象外です。
つまり、事業承継税制を前提とした対策を取っても、医療法人には適用されないことがあるため、制度の誤解に基づく節税スキームには注意が必要です。
その代わりに使える特例や他の節税策もありますので、必ず医療法人に精通した税理士と相談しながら進めましょう。
6. クリニック継承における「人」の問題と向き合う
6-1. 承継後のスタッフのモチベーション管理
事業承継では「誰に」「何を」引き継ぐかが中心になりがちですが、実際の現場運営を支えているのは職員です。 特に医療機関では、看護師・医療事務・受付スタッフなどの定着性と信頼関係が、診療の質や患者の安心感に直結します。
そのため、承継にあたっては以下のような不安がスタッフに生じがちです。
- 「新しい先生は今までと違うやり方を押しつけてくるのでは」
- 「待遇や雇用条件が変わってしまうのではないか」
- 「人間関係や評価の基準が変わるのではないか」
こうした不安に対処するには、承継前からの情報共有・事前面談・段階的な業務引継ぎが効果的です。
また、就業規則や人事制度が整理されていない場合には、承継を機に再整備することも信頼確保の一手となります。
6-2. 患者からの信頼継続のための情報発信
もう一つの重要な「人」は、もちろん患者です。 長年かかりつけにしている患者にとって、「院長が代わる」というのは予想以上に大きな変化です。 信頼の空白が生まれると、患者離れが起きるだけでなく、地域医療の継続にも影響が及びかねません。
患者向けには、以下のような情報発信が有効です。
- 院内掲示やリーフレットによる「承継のお知らせ」
- 新院長の挨拶文や自己紹介
- 引継ぎ期間中の診療体制の案内
- かかりつけ患者に対する個別案内(特に高齢者や慢性疾患患者)
また、初診時や定期診察時にスタッフから一言声かけをしてもらうだけでも、患者の安心感は大きく変わります。
“信頼の継承”こそが事業承継の本質であることを忘れないようにしましょう。
6-3. 親族間で承継する場合の感情面のトラブル
親子承継・兄弟間承継といった「親族間承継」は、外から見るとスムーズに進みそうに見えますが、実際には感情のもつれや利害対立によるトラブルが最も起きやすい形態です。
よくある問題には以下のようなものがあります。
- 承継する子としない子との間での相続不公平感
- 「昔から家業を手伝ってきたのに、評価されない」という不満
- 親の気持ちと子の意思がすれ違っているのに、すり合わせがされていない
- 妻や親戚の口出しによって決定が混乱する
こうした感情面の問題は、法的手続きだけでは解決できません。
早い段階から家族会議の場を設けたり、第三者である弁護士を交えて意思疎通を促進したりすることで、将来的な“争族”を未然に防ぐことができます。
6-4. 離職リスクを抑えるための事前コミュニケーション
スタッフとの信頼関係を維持するためには、単なる待遇説明だけでなく、「今後このクリニックをどんな方向にしていきたいか」というビジョンの共有が重要です。
特に勤務歴の長いベテラン職員や管理職層は、承継後の新体制に不安を抱きやすく、雰囲気によって退職を検討するケースも多々あります。
- 後継者の人柄や診療スタイルを直接伝える機会を設ける
- 業務の進め方や指示系統が大きく変わらないことを保証する
- 新体制でも一定期間は従前どおりの運営を維持することを説明する
といった安心材料の提供と信頼の継続が、承継後の職場の安定に繋がります。
7. クリニックの継承・事業承継に関連するよくある質問(FAQ)
Q1:承継にあたって「医療法人化」は必須ですか?
A. 必須ではありません。現在が個人クリニックであれば、そのままの形で承継(事業譲渡)することも可能です。ただし、医療法人化している場合は、出資持分の移転や社員構成の変更といった法人内手続きによって、スムーズに承継しやすいケースもあります。また、医療法人にすると社会保険の適用・節税面・人材確保のしやすさなどの利点がある一方、設立・維持コストや運営管理の煩雑さといった負担もあるため、承継の有無にかかわらず慎重な検討が必要です。
Q2:医師免許を持たない家族がクリニックの経営を引き継ぐことはできますか?
A. 原則としてできません。クリニックの開設者は、医療法により医師資格を有する者に限定されています。そのため、後継者が医師でない場合は、親族であっても開設者として承継することはできません。ただし、医療法人の「理事長」として法人経営に関わる形であれば、一定の条件下で医師以外の関与も可能な場合があります。事業承継の設計においては、「誰が実際に開設・診療を担うのか」を明確にしておく必要があります。
Q3:第三者承継(M&A)を希望する場合、どうやって買い手を見つければよいですか?
A. 第三者への売却を検討する場合、医療機関専門のM&A仲介会社、顧問税理士・弁護士を通じた紹介、医師会ネットワーク、同業者からのつながりなど、複数のルートがあります。ただし、買い手候補が現れても、医師免許の有無、経営方針の一致、診療内容の継続性などの面で交渉が難航することもあるため、希望条件を整理した上で、専門家に売却スキームの設計から依頼することが望ましいです。
Q4:事業承継にあたって「院長交代」を広告やHPで自由に宣伝しても問題ないですか?
A. 医療広告に関しては、厚生労働省の「医療広告ガイドライン」に従う必要があり、誇大表示や不正確な内容、比較広告は禁止されています。 「院長交代のお知らせ」程度の事実通知であれば問題ありませんが、「名医による新体制スタート」「最新医療の導入」などといった表現は、法令違反とみなされる可能性があります。承継にともなう広報は、慎重な表現と媒体の選定が重要であり、必要に応じて弁護士に確認することをおすすめします。
事業承継は明日からすぐに実行するものではなく、3年後・5年後などを見据えて長期的に設計・実行するものです。 「まだすぐに承継するわけではないが、いずれ…」という段階でも、専門家の意見を聞いておくことで、将来的な備えがまったく違ってきます。
当事務所では、弁護士だけでなく税理士・行政書士も在籍しており、社内連携の上でクリニックの継承・事業承継に関する包括的な対応と承継後の実務運用まで見据えた支援を提供しています。
そろそろ継承について考えるべきかもしれないとお考えの先生は、まずは一度ご相談ください。