「資金繰りが厳しい」「このままでは給与や家賃の支払いができないかもしれない」——経営するクリニックの破産を現実として検討しなければならない場面は、決して珍しいものではありません。
特に近年は、自由診療型の医療脱毛クリニックや審美歯科など、広告費や設備投資が先行しやすい業態での破産が相次いでいます。
破産と聞くと、「もう終わりだ」という印象を持つ方も多いかもしれませんが、適切な準備と手続きを踏めば、損害やトラブルを最小限に抑え、再出発につなげることも可能です。
本記事では、クリニックを対象とした破産手続きの実務的な注意点や、破産を検討すべき局面での対応策を弁護士がわかりやすく解説します。
1. クリニックの破産件数が増加している背景とは
1-1. 医療脱毛や自由診療系クリニックの急成長と崩壊
近年、医療脱毛や審美歯科、AGA治療など、いわゆる「自由診療型」のクリニックの新規参入が急増しました。SNSやWeb広告を活用して集客し、低価格・短期間でのスケール展開を図るモデルが注目される一方で、広告費の高騰や競争激化、リース料や人件費の固定コスト増加により、経営破綻に至るクリニックも増えているのが現状です。
2024年の医療機関の倒産は64件、休廃業・解散も過去最多を更新していることからも、この先も増え続けることが予想されます。
1-2. 資金繰り悪化の典型パターン(広告・リース・人件費)
クリニックが破産に至る主な要因として、以下のような資金繰りの悪化パターンがよく見られます。
- Web広告やSEO施策に高額投資を続けたが、反響が頭打ちに
- 高性能な脱毛機器・歯科チェア等を複数リース導入し、月額固定費が増大
- オペレーションを支えるための看護師・カウンセラーなどの人件費が想定以上に膨らんだ
- 予約のキャンセルやトラブル対応で、売上の見込みが実現しない状況が続いた
このような状態が続くと、資金繰りが一気に悪化してしまうため、早急な対応が必要となります。
2. この兆候が出たら要注意|破産を検討すべきタイミングとは
クリニック経営においては、資金繰りの悪化が進んでも「何とかなるだろう」「何とかしなければ」とぎりぎりまで頑張ってしまい、破産や法的整理の判断が遅れてしまうケースが少なくありません。
しかし、以下のような兆候が現れている場合は、経営改善ではなく「清算」や「破産」の選択肢を現実的に検討すべき段階に来ている可能性があります。
2-1. 売上の減少と資金の目減りが続いている
売上が減っても、家賃・人件費・リース代などの固定費は変わらず発生します。売上が20~30%減少した段階で、固定費の比率が高いクリニックでは、赤字が連鎖的に拡大していく状態に陥ることが少なくありません。特に、2~3ヶ月連続で赤字が続き、手元資金が減り続けている状態では、その後の運転資金の調達が困難になり、経営再建の余地が急速に狭まっていきます。
2-2. 給与や家賃の支払いが遅れ始めている
恒常的に資金が足りず、給与や家賃の支払いを遅らせたり、猶予を願い出るようになったりした場合、すでに資金繰りの限界に近づいているサインです。ここで「資金ショートのリスク」を現実のものとして捉える必要があります。
2-3. 債権者(取引先)から督促や法的通知が届いている
支払の遅延が常態化し、納品業者や機器リース会社などから催告状や内容証明が届くようになると、任意の調整では対応できないフェーズに入りつつあります。この段階で放置すると、訴訟や差押えに発展する可能性もあるため、速やかな専門家相談が必要です。
3. クリニック破産手続きの流れと、一般法人との違い
3-1. 医療法人と個人クリニックで手続きが異なる
破産手続きは、「個人事業主として開業しているクリニック」と「医療法人として運営しているクリニック」で手続きが異なります。
個人開業医の場合
代表者本人が「個人としての破産手続」を行い、事業資産も生活財産もすべて破産管財人の管理下に入ります。
医療法人の場合
法人そのものが破産申立人となり、法人の債務・資産についてのみ清算されます。代表者個人は破産しませんが、連帯保証や借入に個人保証がある場合は、別途個人破産が必要となることもあります。
ただし、実務上は医療法人の借入やリース契約に代表者個人が連帯保証人として入っているケースが非常に多く、法人の破産と同時に、代表者自身も返済義務を負うことになり、結果として個人破産を選択せざるを得ないことが少なくありません。
開設時の銀行借入・高額医療機器のリース・テナント契約の保証など、複数の契約に個人保証が設定されている場合は、法人と個人の破産を同時並行で準備・申立てすることが必要になるケースが多いのが現実です。
4. 実際に破産を決断する際の注意点
4-1. 弁護士への早期相談の必要性
破産は、申立書を裁判所に提出するだけで済む簡単な手続きではありません。 取引先やスタッフ、患者との関係調整、診療停止の時期、情報公開のタイミングなど、「医療機関ならではの配慮事項」が数多く存在します。
特に、医療法人として破産申立てを検討している場合でも、代表者個人が連帯保証人となっている契約がある場合は、個人としても破産手続を取る必要があるか否かを早期に見極める必要があります。
なお、弁護士に相談される際にしばしば質問されるのが、「破産したら医師免許はどうなりますか?」という点です。
この点についてはご安心ください。
破産を理由として医師免許が失効したり、取消されたりすることはありません。
破産法や医師法上、破産と医師資格は無関係であり、破産後も勤務医や研究職として再出発されている方は多くいらっしゃいます。
ただし、開業医として再チャレンジする場合には、信用情報や融資面での制限が一定期間残るため、将来の展望も含めて慎重な判断が求められます。
4-2. 診療停止タイミングと診療録等の保管義務
クリニックが破産を決断する際、診療の終了時期(閉院日)の決定は非常に重要です。 保険診療の請求締切や職員の雇用契約終了、予約患者への対応を見越しながら、診療停止のタイミングを慎重に設計することが求められます。
加えて、破産や閉院に際して特に注意が必要なのが、診療録(カルテ)の保管義務です。
診療録は最終記載日から5年間の保存義務が課されており、これは法人が破産や解散により消滅した場合であっても、法定義務として存続するため、無視することはできません。
ただし、破産後に法人自体が存在しなくなれば、開設者としての法人による保存義務の履行主体も失われることになります。
この場合、実務上は、破産管財人が診療録を破棄せずに適切な方法で管理・保管する措置をとるのが一般的な運用です。(これは法的義務というよりも、厚労省通知や社会的要請に基づく「任意的な実務対応」と位置づけられます。)
また、医療法人の理事長が実質的に診療に関与していた医師本人でもある場合には、医師個人としての診療録保存義務の観点から、破産後もカルテの保管を患者や関係者から求められる可能性があります。
いずれにしても、診療録の所在が不明となれば、患者からの開示請求や法的トラブルに発展するリスクもあるため、
- 弁護士と協議の上で破産管財人と連携し、保管・移管方針を明確にする
- 必要に応じて、外部の専門業者や機関に保管委託を検討する
といった具体的措置を講じることが望まれます。
4-3. 風評・SNS対応とトラブル予防
医療機関の破産は、地域医療の信頼や患者への影響が大きいため、風評リスクやSNSでの拡散への対策も欠かせません。
- 「患者対応が不誠実だった」との投稿が拡散
- 「料金だけ取って診療しなかった」といった返金トラブル
- スタッフからの内部告発や誤解に基づく発信
これらが発生した場合、法的には名誉毀損や信用毀損となる可能性があるものの、一度拡散した情報の回収は極めて困難です。
そのため、破産や閉院の理由・患者対応の方針を慎重に整理し、公開文書や案内の文言まで弁護士と確認しておくことが望まれます。
5. 破産に至る前にできる対応策とは?
5-1. 私的整理・事業譲渡の可能性
すぐに破産を選ぶのではなく、債権者との交渉によって債務を減額・猶予してもらう私的整理(任意整理)を試みる選択肢もあります。 また、集患やブランド力のあるクリニックであれば、第三者への「事業譲渡」やM&Aにより再生の道を探ることも可能です。
この場合、医療法人の株式(出資持分)や営業権、医療機器等の評価が必要になるため、法務・税務両面からのスキーム設計が求められます。
5-2. 一部診療科や分院の閉鎖による再建策
経営が厳しいからといって、必ずしも「法人全体」や「クリニック全体」を清算しなければならないわけではありません。
例えば、
- 自費診療科(脱毛・審美)だけを閉鎖して保険診療を維持
- 不採算の分院のみを撤退し、本院のみで再建
といった選択肢もあります。
部門別・施設別の収支や経営指標を見極めた上で、部分的な縮小再編を検討することで、法人全体の破産を避けることができる場合があります。
5-3. 自己破産以外の選択肢(民事再生・廃業)
特に個人開業医の場合、「破産」以外にも以下のような選択肢があり得ます。
民事再生
一定の債務超過状態にある場合でも、営業の継続が可能であれば、「民事再生法」に基づいて債務を圧縮・分割しながら経営を続けるという道もあります。
ただし、医療機関の再生は以下のようなハードルも高く、適用できるのは限定的です。
- 債権者の同意を多数得る必要がある
- 手続費用や時間的負担が大きい(数ヶ月〜半年以上)
- 診療停止や患者離れによって再建が困難になることもある
そのため、設備投資が大きくなく、経営改善の見込みがある内科クリニック等では可能性がありますが、自由診療型のクリニックでは現実的には難しいケースが多いです。
任意廃業(法人清算)
もう一つの選択肢が、破産ではなく「任意に閉院・清算する」という方法です。
この場合、債務は残りますが、次のような実務的メリットがあります。
社会的信用に大きな傷がつかない
信用情報機関に破産履歴が残らないため、将来の再開業や勤務医としてのキャリアにも比較的影響が少ない
患者やスタッフに配慮した形で段階的に終了できる
診療終了や返金対応、職員の退職手続などを、急激な混乱なく整理できる
費用や手続負担が比較的軽い
破産申立てにかかる弁護士費用・予納金等を抑えられるケースが多い
債権者と個別に返済交渉を行う余地が残る
交渉に応じる債権者がいれば、法的整理をせずに長期返済や減額交渉が成立することもある
もっとも、債務が多額で返済の目途が立たない場合や、債権者との交渉が難航する場合には、根本的な解決にはならないため、法的整理(破産)によって債務を法的に免除してもらうほかないという判断に至るケースもあります。
そのため、現実的には、
- 「任意廃業で収束可能か」
- 「破産すべきか」
- 「民事再生を目指せる余地があるか」
といった選択肢を早い段階から比較検討することが、最適な出口戦略を立てる上で不可欠です。
6. 本コラムのまとめ|「もうダメだ」と思ったら、最初に弁護士へ
当事務所は、弁護士・社会保険労務士・税理士・司法書士など複数の士業が在籍し、クリニックの破産対応を総合的に支援しています。債権者対応・破産申立てから、スタッフ解雇・未払賃金対応、リース・負債の残債整理と税務処理、登記手続まで、一貫してご対応可能です。
「まだ迷っている段階だから相談しづらい」「破産という言葉に抵抗がある」という方もいらっしゃるかもしれませんが、対応が遅くなればなるほど取れる選択肢が限られてきます。
もっと早く相談すればよかったとならないよう、少しでも事業経営に不安がある場合はできるだけ早期の段階でご相談ください。