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クリニック開業は個人事業主と医療法人どちらにすべき?税務・法務の観点から専門家が徹底解説

2025.10.21

「クリニックの開業を考えたとき、“個人で始めるべきか、医療法人にすべきか”で迷っている…」これは、多くの医師の方から寄せられるご相談のひとつです。実は、開業形態の選択によって、税金負担の大きさ、スタッフ雇用の自由度、将来の事業承継のしやすさまで、大きく変わってきます。
本記事では、弁護士・税理士・社労士・行政書士など複数の専門家が在籍する士業グループとして、これまで数多くの医療機関支援を行ってきた当事務所の視点から、法務・税務の観点で「個人事業主と医療法人の違い」「開業形態の選び方」などを分かりやすく解説します。

 

1. クリニック開業時にまず考えるべきこととは

1-1. なぜ「個人事業主か医療法人か」の選択が重要なのか

クリニックを開業する際の形態は、医師としてのキャリアだけでなく、将来のライフプラン、税負担、事業承継にも直結します。
たとえば、事業拡大を視野に入れている場合や、複数の診療所を展開したい場合には、医療法人の方が柔軟性があります。一方、開業直後の経費や手間を最小限にしたい場合は、個人開業のシンプルさが魅力です。
しかし、初期の選択が後々の運営方針に大きく影響するため、どちらが“自分にとって適切か”を早い段階で見極めておく必要があります。

1-2. 開業形態の違いが将来に与える影響

税務の影響

所得が増えると、個人の累進課税の負担が重くなる傾向があります。法人であれば、法人税率で一定水準に抑えることが可能です。

雇用・人事制度への影響

法人形態であれば、法人名義での雇用契約や社会保険対応が整備しやすくなります。

事業承継のしやすさ

医療法人にしておけば、後継者に持分を引き継がせるなど、相続・承継対策を設計しやすくなります。
こうした点を踏まえたうえで、次章以降では、それぞれの形態の特徴と違いを具体的に見ていきます。

 

2. 「個人事業主としての開業」とは?メリット・デメリットを整理

2-1. 個人開業の概要と初期手続き

個人事業主としてクリニックを開業する場合、法人登記は不要で、比較的手軽にスタートできるのが特徴です。
基本的な流れとしては以下の通りです。

  • 税務署へ「開業届出書」の提出
  • 所轄の保健所での開設届の提出
  • 社会保険や労働保険の適用手続き(従業員を雇う場合)
  • 診療科や建物設備に応じた行政への届出

つまり、医師免許+診療所開設届さえ整えば診療を始められる点で、最もスピーディーな開業方法です。
この手軽さが、初めての開業を目指す医師にとって大きな魅力となります。

2-2. 個人事業主のメリット

個人事業主としての開業には、次のような利点があります。

1. 設立手続き・維持コストが低い

 法人のように登記手続きや定款作成が不要で、設立費用もほとんどかかりません。税務申告も確定申告で済むため、手続き負担が軽くなります。

2. 利益の使途が自由

 事業の利益はすべて開業医本人の所得となるため、自由に生活費や再投資に充てることが可能です。
 設備投資やリニューアルなども本人の判断で柔軟に行えます。

3. 開業初期における資金繰りの柔軟性

 法人設立のための資本金を準備する必要がなく、自己資金・借入金の範囲で迅速に立ち上げられます。

4. 開業後すぐに医業収入を本人所得として計上できる

 法人化すると、法人名義での入金・経費処理が必要ですが、個人開業では開設後すぐに本人名義で収支計算ができるため、会計処理が簡便です。

2-3. 個人事業主のデメリットとリスク

一方で、個人開業には次のような留意点があります。

1. 所得税が累進課税のため、高所得になると税負担が重くなる

 所得が上がるほど税率も上昇するため、たとえば年収が4,000万円を超えると、税率は45%+住民税10%=最大55%にも達します。
 法人であれば概ね23%前後に抑えられるため、所得が大きく出る個人クリニックでは税負担の差が大きくなります。

2. 事業主本人に無限責任がある

 診療中の医療過誤や債務の発生などにより損害賠償請求を受けた場合、個人の財産で全ての責任を負うことになります。
 リスクの高い診療科(美容・整形外科など)では、この点を特に慎重に検討する必要があります。

3. 社会保険の加入制限がある

 個人事業主は原則として国民健康保険、国民年金に加入します。職員が増えても、法人のように健康保険、厚生年金に切り替えができません。
 この点は、場合によってはスタッフ採用時の条件面にも影響します。

4. 承継や相続に弱い

 個人名義で事業を行っているため、開業医本人が亡くなった場合には、自動的に廃業扱いとなります。後継者が診療を引き継ぐためには、新たに開設届を出し直す必要があるため、事業承継のハードルが高くなります。

 

3. 「医療法人での開業」とは?メリット・デメリットを整理

3-1. 医療法人化の基本的な仕組み

医療法人は、医療法に基づき都道府県知事の認可を受けて設立される非営利法人です。つまり、一般企業の株式会社のように利益を配当する目的ではなく、安定的な医療提供を目的とした組織形態です。
設立にあたっては、定款の作成、役員の選任、資産負担行為の届出、登記手続きなど、一定の法的手続きが必要です。
また、設立認可に至るまでに数ヶ月以上を要するため、スケジュール管理も重要になります。

3-2. 医療法人のメリット

1. 税率が一定で節税効果が期待できる

 医療法人の法人税率は所得金額にかかわらずおおむね23%前後で一定です。
 そのため、個人事業主としての累進課税に比べ、利益が多く出るクリニックほど税負担を抑えやすいという利点があります。

2. 役員報酬の設計で所得分散が可能

 院長が役員報酬を受け取る形にすれば、所得を法人と個人に分散でき、税率の最適化が可能です。また、家族を役員に登用すれば、家族全体での税負担軽減も見込めます。

3. 社会的信用力の向上

 法人名義での契約・融資・取引が可能になるため、金融機関からの資金調達や不動産賃貸契約の際に有利に働きます。特に、分院展開や医療機器リースを検討する場合は法人化が強みになります。

4. 有限責任によるリスク分散

 法人が債務を負う形になるため、原則として理事個人が無限責任を負うことはありません。医療事故や損害賠償請求のリスクを法人に限定できる点は、法的にも大きな安心材料です。

5. 承継・相続がスムーズ

 法人であれば、後継者に理事長職を譲ることで、診療所の経営を継続できます。開業医から二代目医師への承継が容易になるのは、医療法人化の大きなメリットです。

3-3. 医療法人のデメリットと制限事項

1. 設立・維持コストが高い

 行政認可・登記・会計監査などの手続きが必要で、初期費用は数十万円〜100万円程度かかります。また、毎年の決算公告や税務申告も対応が必要となります。

2. 非営利性の制約がある

 医療法人は「利益配当」が禁止されています。 そのため、内部留保として法人内に蓄積するか、設備投資・人件費に再投資する形で活用する必要があります。

3. 行政の監督が厳格

 都道府県の監督下に置かれるため、定款変更・理事変更・事業所追加などには都度認可が必要です。事務負担は個人開業よりも大きくなります。

4. 柔軟な意思決定が難しい場合がある

 理事会という組織的意思決定機関を持つため、個人開業に比べてスピード感に欠ける場合もあります。ただし、近年は中小規模の医療法人では実質的に院長主導の運営が多く、過度に硬直的ではありません。

 

4. 税務面から見る個人事業主と医療法人の比較

4-1. 所得税と法人税の違い

税務面で最も大きな違いは、課税の仕組みです。

個人事業主の場合

所得税が「累進課税」方式で、所得が上がるほど税率が高くなります(最大55% ※所得税及び住民税の合計)。

医療法人の場合

法人税は所得金額にかかわらず一定税率(約23%)で計算されます。
たとえば年間の所得が5,000万円を超えるようなクリニックでは、法人化による税負担軽減効果が非常に大きくなります。
一方で、開業直後で利益が少ない場合には、税率差のメリットがあまり出ないこともあるため、損益見込みをもとに検討することが重要です。

4-2. 節税スキームの柔軟性

医療法人では、以下のような形で節税や資金繰りの柔軟化が可能です。

役員報酬の設定

院長(理事長)の報酬を法人経費として処理し、所得分散が可能。

家族役員の登用

家族を役員・従業員として報酬を支払うことで、税負担を家族全体で平準化できる。

退職金制度の活用

理事長退任時に退職金を支給すれば、法人の損金計上が可能となり、将来の節税効果が期待できる。

法人保険の導入

万が一のリスクに備えながら、保険料を経費化できるケースもある。
一方で、医療法人は非営利法人であるため、過度な節税スキームや配当的な分配は認められません。節税策を検討する際は、必ず専門家の監修を受けることが望ましいでしょう。

4-3. 経費の扱いや役員報酬の活用

個人事業主と法人では、経費にできる範囲にも違いがあります。

項目 個人事業主 医療法人
事業所賃料 経費算入可(自宅兼診療所などの場合は、事業専用部分に限る) 経費算入可(法人契約の場合)
役員報酬 該当なし(クリニックの所得を本人の所得として扱う) 経費算入可(合理的かつ継続的に支給される報酬であることが条件)
家族への給与 所得控除可(青色事業専従者給与届出書が必要) 経費算入可(役員・従業員いずれも職務内容と給与水準が合理的であることが条件)
退職金 該当なし(本人や家族に退職金を支払っても原則経費にならない) 制度設計により損金算入可
福利厚生 制限あり(事業主本人の福利厚生費は経費にならないが、従業員分(制服支給など)は必要経費として認められる。) 広く制度設計可能

 

5. 法務面から見る個人事業主と医療法人の比較

5-1. 責任の範囲(無限責任か有限責任か)

■ 個人事業主は「無限責任」

個人事業主の場合、事業に関する契約や債務、損害賠償責任の全てを本人が直接負うことになります。たとえば、医療機器のリース契約、スタッフの給与未払い、医療過誤による損害賠償請求などが発生した場合、それらはすべて開業医本人の債務となり、個人資産(自宅や預貯金など)からの弁済を迫られるリスクがあります。

■ 医療法人の理事は「原則として有限責任」

一方、医療法人は医療法第39条第1項に基づき設立される「法人格を有する非営利法人」です。
法人格が付与されることで、法人そのものが独立した権利・義務の主体となり、
契約や債務の当事者はあくまで医療法人そのものとなります。
したがって、法人が負った債務については、原則として理事個人が自らの資産で弁済責任を負うことはありません。

ただし、医療法人の理事であっても、以下のような場合には個人責任を問われる可能性があります。

責任の類型 内容
① 善管注意義務違反 理事は、法人の業務を行うにあたり善良な管理者の注意をもって職務を遂行する義務を負う。これに違反し法人に損害を与えた場合、理事個人が法人に対して損害賠償責任を負う。
② 第三者に対する損害賠償責任 理事が故意または重過失により第三者(患者・取引先など)に損害を与えた場合、法人とは別に理事個人が不法行為責任を負う。
③ 使用者責任 理事長が法人の使用者として職員の行為に関与し、監督上の過失がある場合には、使用者責任として損害賠償責任を問われることがある。

ここでいう「有限責任」というのは法人債務に関して原則として責任を負わないという趣旨であり、理事の職務上の過失や違法行為に基づく個人責任まで免責されるものではないということに留意が必要です。

5-2. 診療所の所有者と代表者の分離

■ 個人開業では「開設者=代表者=責任者」

個人事業主として開業した場合、診療所の開設者は医師本人であり、同時に代表者でもあります。すなわち、開設者(医療法上の責任者)、事業主(経営上の責任者)、法的責任の主体(債務者)がすべて同一人物である医師本人に集中することとなります。一方で医療法人の場合、診療所の開設者は医療法人となり、次のように権限と責任が構造的に分離されます。

区分 個人事業主 医療法人
開設者(医療法上) 医師本人 医療法人
代表者 医師本人 理事長(医師である必要あり)
責任主体(債務など) 医師本人 法人(理事個人は原則有限責任)
契約の名義 個人名義 法人名義
診療所の財産・設備 個人資産として所有 法人資産として保有・管理

法人化することにより、

  • 経営と診療の役割分担が明確になる
  • 複数医師による分院運営が可能になる
  • 後継者へのスムーズな経営権移行が可能になる

などの利点が生まれます。
将来的に複数医師体制や医療モール展開を視野に入れているような場合、医療法人によるメリットは重要であるといえます。

 

6. 医療法人化に適したタイミングとは?

6-1. 「まずは個人」で始めて後から法人化する選択肢

多くの医師が、開業当初は個人事業主としてスタートし、軌道に乗った段階で医療法人化を検討されています。

個人事業主→医療法人へ段階的に移行させるメリット
  • 開業時の初期コストを抑えられる
  • 経営規模が拡大するまで柔軟に意思決定できる
  • 実際の収支を確認しながら最適な法人化時期を判断できる

ただし、個人開業から医療法人へ移行する際には、資産・契約・従業員関連手続など多くの面で、税務・法務・労務すべての調整が必要です。
そのため、一定の収益水準を超えた段階で早めに専門家へ相談し、移行準備を始めることが重要です。

6-2. 年間所得・規模拡大による法人化の目安

医療法人化を検討すべき一つの目安は、年間所得が1,000万円を超える頃です。
この水準を超えると、累進課税による税率上昇の影響が大きくなり、法人化による節税メリットが明確になります。
また、次のようなケースでは法人化を前倒しすることも検討価値があります。

  • スタッフ数が10名を超え、社会保険の整備が必要な場合
  • 分院展開を検討している場合
  • 経営を家族・後継者と共有したい場合

法人化のタイミングは税金対策の観点だけでなく、組織体制や今後の経営方針と合わせて検討すべきです。

6-3. 法人化のタイミングで失敗しないためのポイント

医療法人化の検討段階では、次の2点を特に意識することが重要です。

1. 将来の経営計画を具体化すること

 分院展開、設備投資、雇用計画などを明確にしておくことで、法人化後の設計がブレません。

2. 資金繰り・税務影響のシミュレーションを行うこと

 法人化を行った後の運営コストがどのように変化するのか、税理士によるキャッシュフロー分析が不可欠です。

 

7. FAQ:クリニック開業に関するよくある質問

Q1. 開業後に赤字になってしまった場合、個人と法人でどのような違いがありますか?

A. 個人事業主の場合、赤字は「損失」として翌年以降に繰り越せますが、最長3年間(青色申告)に限定されます。
一方で医療法人の場合は「法人税法上の欠損金」として最長10年間繰り越せるため、将来的に黒字化した際に税負担を軽減できます。
また、法人は赤字でも社会保険料や会計監査費用が発生するため、継続的な資金管理が重要になります。

Q2. 医療法人を作ると院長個人の自由度は下がりますか?

A. 医療法人では、理事会という意思決定機関が存在しますが、実際の運営は理事長が主導する形がほとんどです。
ただし、法人資産を私的に流用したり、過度な役員報酬を設定したりすると、税務上「利益供与」や「寄附金認定」とみなされるおそれがあります。
法人運営の透明性を維持しつつ、経営判断の自由度を確保するバランスが大切です。

Q3. 医療法人化したあとに、個人開業へ戻すことはできますか?

A. 原則として、医療法人を設立した後に個人開業へ戻すことは現実的ではありません。
法律上は「解散」や「廃止」の手続きを経れば可能ですが、実際には行政認可・資産移転・契約変更などが複雑で、
費用と時間の負担が非常に大きいため、制度上の選択肢としてはほぼ想定されていません。
ただし、近年では、分院展開や医療モール参画など事業形態が変化する中で、「法人を整理して新法人を設立する」「別法人への事業譲渡を行う」といった再編スキームを取るケースもあります。
したがって、法人化を取りやめて個人開業へ戻すというよりは、法人をどのように次の経営形態へ移行させるかを考えることが現実的です。

当事務所グループでは、弁護士法人・税理士法人・社労士法人・司法書士法人・行政書士法人が一体となってクリニックの開業支援を行うワンストップ体制を整えています。
開業に伴う多種多様な手続について、法務・税務・労務のすべての面でご対応をさせていただきますので、医療機関の開業・運営・承継を総合的にサポートが可能です。

クリニック開業において、個人事業主と医療法人のどちらが正しいかという唯一の答えはありません。
開業時の収益見込み、スタッフ構成、将来の承継計画など、さまざまな要素を総合的に考慮して判断する必要があります。
「自分のクリニックにはどちらの形態が合っているのか」「法人化のタイミングをどう見極めればいいのか」と迷われている方は、まずは一度ご相談ください。