クリニック経営が赤字になるのはなぜ?主な原因と防止策、黒字経営への改善ポイントを税理士がわかりやすく解説
近年、地域医療を支えるクリニックにおいても、「赤字経営」のリスクが無視できなくなってきています。
新規開業から数年で閉院する例もあり、「患者数はそれなりにあるのに利益が出ない」「毎月資金繰りに不安がある」といった声も少なくありません。
本記事では、税理士の視点から、クリニックが赤字に陥りやすくなってしまう主な原因とその対策、黒字経営を維持するための実践的なポイントを分かりやすく解説します。
1. そもそも「赤字」とは何を意味するのか?
1-1. 「赤字」の定義とクリニック経営における位置づけ
「赤字」という言葉は日常的にもよく使われますが、経営における意味を正確に理解しておくことは非常に重要です。
赤字とは、売上(収入)から費用(支出)を差し引いた結果、利益がマイナスになる状態を指します。これは、「損益計算書(P/L)」という財務書類で確認できる指標であり、本業での収支が合っていない、または余剰が生まれていない状態を意味します。
クリニック経営においてもこの原則は同じであり、以下のような構造で成り立っています。
売上
診療報酬、検査料、自費診療など
費用
人件費、家賃、医療機器のリース料、薬剤・消耗品費、広告費、事務コストなど
この費用が売上を上回れば、その月・その年度の経営は赤字となります。
なお、クリニックの場合、診療報酬が国によって定められているため、「価格設定によって収益性を自由に調整する」ということが難しく、費用管理や生産性管理の重要性が非常に高くなる傾向があります。
1-2. 黒字でも資金繰りが苦しい「黒字倒産」との違い
一見すると赤字でなければ安心と思われがちですが、実際の経営では黒字なのに資金が足りない=黒字倒産という状況も十分に起こり得ます。
これは、「損益」と「キャッシュフロー(現金の動き)」が必ずしも一致しないために生じるギャップです。
たとえば以下のようなケースでは、損益計算書上では黒字でも、実際には資金が不足する可能性があります。
- 大型設備を一括購入し、現金が流出しているが、会計上は減価償却されているため当期の費用が少なく見える
- 売上計上は済んでいるが、実際の入金(診療報酬支払)は1〜2ヶ月先
- 借入金の元本返済は損益には出てこないが、現金は減る
- 多額の税金・保険料の支払いが一括で発生する
つまり、会計上の黒字と、資金繰り上の余裕は別物であり、「黒字経営=安全」とは限らないという点を理解しておくことが、クリニック経営において非常に重要です。
2. 赤字経営が続くとどうなる?クリニックに与える影響
2-1. 経営資金の枯渇と借入返済への支障
赤字が一時的であればまだしも、継続的な赤字経営は、クリニックの存続そのものに深刻な影響を与えます。
特に、医業は収益構造が崩れると立て直しに時間がかかりやすい傾向があります。
開業時に借入をしている場合、赤字が続いて手元資金が乏しい状態では、これらの支払いがますます経営の負担となり、資金繰りが急速に悪化する要因となります。
資金が不足した場合の対応としては、以下のような選択肢が考えられますが、いずれもリスクを伴います。
借入の追加
返済・金利負担が増し、経営圧迫の恐れ
支払の先送り
取引先との信用低下を招く
自己資金からの補填
赤字の根本解決にはならないほか、院長個人資産にも影響
2-2. 職員給与・設備維持などへの悪影響
経営難に陥ると、まず削減対象として挙げられやすいのが人件費や設備関連費用です。
しかし、これらを安易に削ると以下のような問題が生じやすくなります。
- 給与・賞与カットによる職員の不満や離職
- 人員削減により勤務体制への負担増
- 十分な設備の確保ができないことによる、診療の質低下
- 給与条件や職場環境の低下による職員のモチベーション低下
結果として、サービス品質の低下 → 患者離れ → さらなる売上減少という悪循環に陥るリスクがあります。
2-3. 信用低下による融資制限や離職リスク
赤字経営が続くと、金融機関からの与信評価が下がり、新たな融資が受けにくくなります。
また、仕入れ業者からの支払いサイトが短縮されたり、リース契約を打ち切られたりといった形で、取引上の信用も揺らぎます。
さらに、スタッフにも「このクリニックは大丈夫だろうか」という不安が広がり、以下のようなリスクが現実化しやすくなります。
- 有能な職員の早期離職
- クリニックに対する不信感が表面化し勤務にも影響
- 組織内のコミュニケーション悪化
こうした「見えにくい信用の損失」が、表面的な数値以上にクリニック経営を揺るがす要因となることは少なくありません。
3. クリニックが赤字に陥る主な原因
赤字に陥るクリニックには、単一ではなく複合的な要因が絡んでいることがほとんどです。
ここでは、特に多くの医療機関で見られる赤字の原因を、収益面・支出面・経営管理面の3軸に分けて解説します。
3-1. 患者数・診療単価の減少
もっとも直接的な赤字要因は、診療収入の減少です。これは大きく分けて以下の2つの要素に起因します。
患者数の減少
競合クリニックの増加、立地の変化、口コミ評価の低下、広告不足など
診療単価の低下
診療内容が限られている、自由診療を導入していない、医師の診療時間が限られている等
特に高齢化が進む地域では、「患者は多いが診療単価が低い」という構造が定着しており、外来数だけでは経営が成り立たないケースも増えています。
3-2. 固定費(人件費・家賃など)の過大
クリニック経営の支出のうち、大きな割合を占めるのが人件費とテナント賃料などの固定費です。
これらは患者数にかかわらず毎月発生するため、収益が減っても支出は下がらない構造にあります。
- 看護師・受付スタッフなどを常勤で多く雇用しすぎている
- 好立地を狙って高額なテナント物件を契約している
- 開業当初の資金繰りを過信して、経費管理の見直しを怠っている
このような状態が続くと、「薄利多売」で忙しい割に手元にお金が残らない」という悪循環に陥りやすくなります。
3-3. 設備投資・内装コストの過剰負担
医療機器や内装に多額の投資をした場合、それが収益向上に直結しなければ重荷になります。
- 内装デザインに過度にこだわり、数千万円規模の初期投資をしてしまった
- 高額な医療機器を導入したが、稼働率が低く費用対効果が悪い
- 分割払い・リース契約の返済負担が月々のキャッシュフローを圧迫している
これらの投資は、本来なら長期的な事業計画に基づいて回収可能性を見極めた上で実施すべきものです。
導入タイミングや返済計画に無理があると、収支のバランスを崩す原因となります。
3-4. 資金繰り計画の不備と現金残高の管理不足
損益計算書が黒字でも、手元に現金がなければ支払いができず、経営は破綻します。
- 診療報酬の入金が2か月遅れであることを見越していない
- 借入返済や税金の支払い時期を見落としていた
- 資金繰り表を作成していない/作成しているが税理士に任せていてよく見ていない
- 売上の変動が大きい科目(例:自由診療、季節変動科目)で収入予測が不安定
これらの問題により、黒字倒産のリスクが高まることになります。
3-5. 税金・社会保険など間接費の見落とし
医業特有の間接費として、法人住民税・事業税・社会保険料・消費税の納税が経営に重くのしかかることがあります。
特に以下のような状態だと注意が必要です。
- 予定納税・決算確定後の納税資金のプールができていない
- スタッフを複数人雇っており、社会保険料の事業主負担分が増大
- 医薬品や医療材料の消費税控除の扱いを誤って損をしている
「利益は出ているのにお金が減る」という原因の一つが、これらの“目に見えにくい”間接費の過小評価です。
3-6. 経営管理の属人化と数値管理の未整備
院長一人がすべての意思決定をしているクリニックでは、数値に基づく経営判断が後回しになりやすい傾向があります。
- 月次試算表を確認していない
- 会計・給与・在庫管理が「担当者の感覚」に頼っている
- 定期的な業績モニタリングや会議体が存在しない
このような状態では、問題が表面化してから慌てて対応するという後手後手の経営になってしまい、結果的に赤字の拡大を招きます。
4. 経営初期に見落としがちな「潜在赤字要因」
開業直後は何かと慌ただしく、診療に集中するあまり経営管理が後手に回りがちです。
その結果、利益は出ているように見えても、知らず知らずのうちに資金が減っていき、気づいたときには赤字スレスレというケースも珍しくありません。
この章では、経営初期によく見られる“見えにくい赤字リスク”について整理します。
4-1. 開業初期の費用の正しい把握ができていない
クリニック開業時には、以下のように一時的かつ多額の初期費用が発生します。
- 医療機器や内装工事の支出(資産計上+減価償却)
- 開業前の広告宣伝・求人・研修費用(開業費として繰延処理)
- 各種リース契約に伴う初期保証金や設置費用
これらはすぐに損金にはならず、見かけの黒字を演出してしまうことがあります。
また、開業後数か月分の運転資金を借入金に含めていない場合、利益が出ていても現金が足りない状態に陥ることがあります。
4-2. 自己資金 vs 借入金のバランスミス
自己資金を多く投入すれば借入金返済の負担は減りますが、手元資金が薄くなりすぎると資金繰りに耐えられません。
一方で、借入金に頼りすぎると、毎月の返済が大きな負担となり、利益が出ていても資金が残らない構造になってしまいます。
開業当初にありがちな失敗としては、
- 「とにかく借金を減らしたい」と思い、運転資金まで自己資金で賄ってしまう
- 資金繰り表を作らず、将来の返済ピーク(月額返済額)を見落とす
こうしたバランスのミスが、黒字倒産や追加借入の必要性を招く原因になります。
4-3. 診療報酬の入金タイミングによる資金ズレ
保険診療報酬は、診療月の翌々月に支払われるのが原則となるので、この2か月遅れ構造を考慮せずに経営していると、以下のようなズレが起こります。
- 売上は出ているのに資金が不足しているように感じる
- スタッフ給与や家賃の支払いは翌月に発生するため、現金の先行流出が続く
- 開業月からの資金流れを正しく読めていないと、「初月の好調」を過信してしまう
このような“見えない資金ギャップ”を放置していると、数か月後に急に資金が足りないという事態になりかねません。
4-4. 診療単価や時間あたり生産性を意識していない
クリニック経営では「患者数」だけでなく、「診療単価」や「1時間あたりの収益効率」が極めて重要です。
しかし、開業初期には次のような状況が起こりがちです。
- 忙しい割に診療単価が低く、労働密度に見合った収益が得られていない
- 一部保険点数に依存しすぎて収入が偏っている
- 自費診療を導入していないため、収益の伸びしろが限られている
このように、時間や診療科目ごとの収益性を見える化していないと、早い段階で戦略的な経営判断ができず、無意識のうちに赤字体質を強化してしまうおそれがあります。
5. 赤字を防ぐために押さえるべき基本の数値管理
クリニック経営では、日々の診療に追われるなかで、経営数値が「税理士任せ」になってしまうケースが少なくありません。
しかし、最低限の数値感覚と管理意識がなければ、黒字か赤字かの判断すらできず、気づけば手遅れということも起こりえます。
ここでは、赤字予防のために院長が把握しておくべき主要な管理指標を整理します。
5-1. 「損益」と「資金繰り」の違いを理解する
まず大前提として理解すべきは、「会計上の利益」と「実際に使えるお金(キャッシュ)」は違うという点です。
| 比較項目 | 損益管理(利益の把握) | 資金繰り管理(キャッシュの動き) |
|---|---|---|
| 会計処理の考え方 | 発生主義(売上・費用は発生時点で記録) | 現金主義(実際の入出金で記録) |
| 使用する資料 | 損益計算書(P/L) | 資金繰り表・預金残高表 |
| 判断例 | 入金前でも発生した月に計上(4月に診療した分は、実際は未入金だとしても4月の売上として計上) | 実際に入金された月で管理 |
この違いを理解せずに経営していると、利益が出ているのにお金が足りない「黒字倒産」リスクを見逃してしまいます。
5-2. 利益構造(粗利率・固定費率)を把握する
赤字を予防するには、自院の利益構造を把握しておく必要があります。
特に以下の指標は、毎月の収支に大きく影響する重要な数値です。
粗利率(売上総利益率)=(売上−変動費)÷売上
→ 自費診療や検査の利益貢献度を確認
固定費率=固定費 ÷ 売上
→ 固定費が売上に対してどれくらいの重さかを見る指標
このような構造が見えてくると、「この科目は利益が残りにくい」「売上は上がっているのに利益が増えない」などの要因が明確になり、赤字の芽を早期に発見できます。
5-3. 月次試算表を活用した経営分析の習慣
経営管理の第一歩は、「毎月の月次試算表を確認する習慣」を持つことです。
- 売上の推移(月ごとの季節変動を把握)
- 科目別の費用分析(人件費・材料費・広告費など)
- 前年同月比の比較(成長傾向かどうか)
- 損益分岐点の確認(何人の来院で黒字か)
これらの分析を毎月行うことで、赤字に転落する前に予兆をつかむことが可能になります。
数字が苦手な場合でも、グラフや表を活用しながら視覚的に経営を見ることを意識してみると良いでしょう。
5-4. KPI(重要業績指標)を使った経営モニタリング
KPI(Key Performance Indicator)とは、クリニックの経営目標を達成するための重要な数値指標のことです。
以下のようなKPIを設定し、月次で「見える化」しておくことで、赤字への転落を未然に防ぐことができます。
- 月間新患数/リピート率
- 診療単価/1時間あたり売上
- スタッフ1人あたり売上(生産性)
- 広告費あたりの集患数(広告効率)
- 1日平均来院数と売上目標の乖離
これらをKPIとして管理することで、数値が下がる前に原因分析・対策実行ができるようになります。
このように、赤字予防の鍵は「数字を後から見る」のではなく、リアルタイムで経営状態を把握し、早めに手を打てる体制を作ることが大切です。
6. 黒字経営を実現するための実践的改善ポイント
6-1. 収益構造の見直し(診療報酬・自費の設計)
黒字経営を目指すうえで欠かせないのが、「収入の質とバランス」を見直すことです。以下のような視点が有効です。
保険診療の点数構成
検査や処置の比率、診療科ごとの単価構造を把握
自費診療の導入可否
美容、予防、検診、栄養指導などのメニュー追加
再診率や継続率の改善
継続的な通院による収益の安定化
診療時間あたり収益(時間生産性)
1時間あたりいくら稼げているかを見える化
単に「患者数を増やす」のではなく、“質の高い収入”を積み上げることで、同じ稼働量でも利益を増やす工夫が求められます。
6-2. 経費の最適化(人件費・外注費・物品管理)
経費削減というとネガティブな響きになりがちですが、適正化=無駄の見直しと捉えることが重要です。
人件費の適正配分
常勤と非常勤のバランス/配置換え/業務の標準化
外注費・専門家報酬
複数社見積もり、成果に応じた契約形態への見直し
物品・薬剤・消耗品
在庫管理体制、共同購入、サプライヤー変更
削るべきところと守るべきところを見極め、費用対効果の高い支出に集中することが、持続的な黒字経営の鍵です。
6-3. 資金繰り表の作成と運転資金管理の徹底
黒字経営の基本は、「利益」だけでなく「キャッシュ」を確保することです。
以下のような資金管理体制を整えることで、支払いの見通しと資金の余裕を両立できます。
- 月単位の資金繰り表を作成し、入出金予定を可視化
- 主要支出(家賃・給与・税金・借入返済)を月初に確保
- 診療報酬の入金スケジュールをベースに逆算で資金計画を立てる
- 臨時支出(機器更新・税務調査対応等)に備えて、最低3か月分の運転資金をストック
これにより、突発的な支払いにも慌てず対応できる健全な資金体質を構築できます。
6-4. 設備投資・減価償却費の長期計画
医療機器や内装などの大きな投資を行う際には、「導入時の損益」だけでなく、「数年先の減価償却・更新時期」まで見据えた計画が必要です。
- 設備の投資回収期間(ROI)を数値で算出
- リース vs 購入のキャッシュフロー比較
- 減価償却費が集中する年度には資金対策を準備
- 修繕・更新時期をリスト化し、毎年の設備投資計画に組み込む
短期的なキャッシュ不足を避けるためにも、「今」だけでなく「3年後」「5年後」の収支見通しを組み立てておくことが大切です。
6-5. 院長の役員報酬設計と個人資産管理
黒字化を図るうえで忘れがちなのが、院長個人の報酬設計と税務管理です。
報酬が高すぎれば法人に利益が残らず、低すぎると院長個人の生活資金や将来設計に支障が出ます。
- 自院の収益状況に応じた適正な役員報酬の算定
- 退職金や医師年金、iDeCoなどを活用した将来資金の確保
- 家族への給与支給による所得分散の合法的活用(※実態要件を満たすこと)
- 個人・法人の資金バランスと税負担の最適化
これにより、クリニック経営の健全性と院長ご自身の人生設計の両立が可能になります。
7. 当事務所のクリニック向け経営・財務サポートのご紹介
当事務所では、弁護士・税理士・社労士・司法書士・行政書士が社内連携する専門家グループとして、医療機関に特化した経営・財務支援サービスをワンストップでご提供しています。
「顧問税理士はいるけど、経営のことは相談しづらい」
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こうしたお悩みを抱える先生方に対して、総合的な視点での支援を行えるのが当事務所の強みです。
「まだ赤字ではないけど、なんとなく不安がある」「数字が見えていないので、まず現状を整理したい」そのような段階でも、お気軽にご相談いただけます。
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