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「退職してほしいスタッフがいる」医療機関における退職勧奨の進め方と注意点を弁護士が解説

2025.08.25

職場で問題行動を繰り返すスタッフや、周囲との協調が取れず雰囲気を乱す職員がいたとき、「できれば円満に辞めてほしい」と感じたことのある院長先生も多いのではないでしょうか。
しかし、退職を促したつもりが「退職強要だった」と訴えられたり、「パワハラだ」と問題化したりする例もあり、退職勧奨の方法を誤ると、かえってトラブルを深刻化させるリスクがあります。

本記事では、医療機関が問題社員に対して退職勧奨を行う際の判断軸や進め方、法的注意点やトラブル回避のポイントを弁護士の視点からわかりやすく解説します。

 

1.「退職勧奨」とは何か?その法的定義と誤解

1-1. 退職勧奨と退職強要・解雇との違い

退職勧奨とは、雇用主(クリニック)が従業員に対して「退職という選択肢を提示する働きかけ」を行うことを指します。
ポイントは、あくまで本人の自由な意思で退職に同意するかどうかが尊重されることであり、強制や命令ではないという点です。

一方で、「あなたはもう来なくていい」「今すぐ辞めるように」といった一方的な発言は、退職勧奨ではなく“退職強要”と見なされ、違法となるおそれがあります。
また、退職勧奨は解雇(雇用契約の一方的終了)とは法的に全く異なる行為であり、労働者の合意がなければ成立しないことに注意が必要です。

 

1-2. 医療機関における退職勧奨の特殊性

医療機関では、スタッフ間の連携や患者対応の安定性が極めて重視されるため、一部のスタッフの言動や勤務態度が全体の診療体制に大きく影響するケースが少なくありません。
そのため、「これ以上職場にいてもらうのは難しい」と判断する場面は珍しくない一方で、職場が狭いぶん感情的な衝突や噂が広まりやすい環境でもあります。

こうした特性のもとで退職勧奨を行う場合、対応の仕方・記録の残し方・周囲への配慮などが非常に重要となります。

 

1-3. 「辞めさせたい」という感情と法的手続きのズレ

院長や事務長として、「もう限界だ」「このスタッフには辞めてほしい」と感じたとき、感情にまかせた発言や対応をしてしまうと法的リスクが一気に高まります。

退職勧奨は、感情を伝える場ではなく、客観的な事実と合理的な経緯に基づいて、職員本人に“選択肢を提示する”場面であることを忘れてはなりません。

 

2. 退職勧奨を行う前に検討すべき判断材料

2-1. 問題行動の客観的記録と状況整理

退職勧奨は「合意による退職の提案」にすぎず、解雇や懲戒のような法的強制力はありません。
だからこそ、職員本人と冷静に話し合いを進めるために、過去の勤務状況や組織への影響について、客観的に整理しておくことが重要です。

  • これまでにどのような行動があったか
  • 周囲(職員・患者)への具体的な影響はあったか
  • 指導・面談等、どのような経過を経てきたか

このような記録があることで、退職勧奨が感情的・一方的な働きかけではないことを裏付ける土台になります。

 

2-2. 慎重な対話のための「改善機会」の有無

法的には、退職勧奨の前に「改善機会を与える」ことは必須ではありません。
しかし、実務上は「一方的に切り捨てられた」と感じさせないためにも、一定期間の指導や働きかけを行ってきた実績があることが望ましいです。

このプロセスは、「選択肢として退職を提示した」という構造を明確にし、退職の“任意性”を支える重要な要素となります。

 

2-3. 懲戒処分との違いを踏まえた方針選択

懲戒処分は、明確な就業規則違反などに対して制裁を加える手段であり、目的は雇用関係の維持を前提とした“是正”です。
一方、退職勧奨は本人の意思を前提とした“雇用終了”の提案であり、制度的にも目的・アプローチともに異なります。

たとえば以下のようなケースでは、懲戒処分よりも退職勧奨の方が現実的な選択肢となることがあります。

  • 業務命令には従うが、職場全体の雰囲気を悪化させている
  • 注意しても改善が見られず、職員・患者への影響が続いている
  • 就業規則違反ではないが、組織として受け入れ難い態度や言動がある

このような場合、懲戒の限界を認識したうえで、円満な出口として退職勧奨を選ぶ判断が重要です。

 

3. 医療機関でよくある退職勧奨のタイミングと失敗例

3-1. 診療の合間・休憩時間に場当たり的に持ちかけてしまう

「いまちょっと話せる?」「このあと時間ある?」といった軽い切り出しで、診療の合間や休憩時間に職員を呼び出し、そのまま退職を促してしまう――これは、退職勧奨における最も典型的な失敗例の一つです。

こうした“ついで”のような場面で勧奨を行うと、本人は予期せぬ場面で突然重い話を持ち出されたと感じ、防衛的・感情的な反発に傾きやすくなり、「急に呼び出されて辞めろと言われた」「追い詰められた」という心理的印象が強く残ることで、その後の関係悪化や不信の深まりにつながります。

さらに、話し合いの意図や内容が曖昧になりやすいため、説明の齟齬が生まれやすく、後に対応について争われた際に正確な記録が残っていないと立証が困難になる可能性も否定できません。

 

3-2. 他職員や患者の前で意図せず話題にしてしまう

「●●さんの勤務態度、さすがに限界だね」
「他のスタッフも大変そうにしているし、少し考えてほしい」
といった“独り言”や“誰かへの相談のつもり”が、本人や第三者に漏れ聞こえてしまうケースもあります。

このような場面では、退職を促した証拠がなくても、名誉毀損やパワハラを主張されるリスクがあるため、「口に出す場所・人」を厳格に意識する必要があります。

 

3-3. 勧奨を繰り返すことで「退職強要」とみなされるケース

退職勧奨は、1回で終わらず複数回にわたることがあります。
しかし、一定期間内に同様の話を何度も繰り返すと、「圧力をかけられた」「選択肢がなかった」と主張されやすくなるため、慎重な運用が必要です。

  • 「退職の意思がない」と明確に表明された場合
  • 面談時に本人が感情的に拒否を示した場合

には、以降の勧奨は控える、あるいは文書での整理や弁護士の助言を得たうえで行うなど、適切なタイミングコントロールが重要です。

 

4. 実際に退職勧奨を行うときの進め方

4-1. 面談設定の準備と実施時の注意点

面談は「落ち着いた環境」「個室」で行うことが基本です。
加えて、以下のようなポイントに留意することで、感情的なトラブルを避けることができます。

  • 必ず事前に「面談の主旨は業務に関する相談」であると伝える
  • 面談の場には第三者(顧問弁護士・顧問社労士など)を同席させる
  • 会話の主導権を一方的に握らず、本人の反応を踏まえて対話を進める

また、退職勧奨を行う際は面談時の記録の残し方が非常に重要となります。

  • 面談の日時・場所・参加者
  • 勧奨の内容(退職を勧めた理由、伝えた条件)
  • 職員本人の反応・発言内容(できれば文言レベルで)

これらを時系列でメモとして残すことで、将来的な紛争時にも「どのようなプロセスで退職の話があったのか」を客観的に説明できます。

 

4-2. 退職理由の提案・退職条件の伝え方

退職勧奨の場では、退職理由をどう説明するかが重要です。
「院内の業務体制の見直しにより、スタッフ再編を考えている」など、本人を否定するのではなく、“環境や制度”を理由に提案することで感情的反発を防ぐことが可能です。

そして、退職勧奨においてもっとも重要なのは、「本人が自主的に退職を選んだ」と認められる状態、つまり任意性の確保です。
この点を軽視すると、「強制された」「追い込まれて辞めた」と訴えられるリスクが非常に高くなります。

そのためには、以下のような工夫が有効です。

  • 一方的な説得ではなく「選択肢の提示」として伝える
  • すぐに返事を求めず、検討期間を設定する(例:1週間程度)
  • 退職以外の選択肢(異動・配置転換など)も一応提示する

このように、職員側が「自分で判断した」と感じられるような退職の提案がトラブルを未然に防ぐうえで不可欠です。

また、退職条件(最終出勤日、退職金の有無など)も可能な範囲で整理して伝えておくと、本人も冷静な判断がしやすくなります。

 

4-3. 合意形成後の文書処理と退職届の確認

退職勧奨がうまく進んだ場合でも、「本人の自由意思による退職であること」を書面で明確に残すことが重要です。
そのためには、

  • 本人の署名入り退職届をもらう
  • 任意性確認のための面談記録を作成(同席者の記名も可)
  • 退職合意書を作成する(必要に応じて)

といった手続を踏むことで、退職後のトラブル(撤回請求、無効主張など)を防止できます。

補足:退職合意書にはどこまで明記するのがよいか?

退職勧奨での退職の場合、より慎重に認識のすり合わせを行っておいた方が後々のリスク回避にもつながります。重要な条件や合意内容はすべて書面化の上で双方の共通認識をつくっておいたほうが良いでしょう。
特に以下のような項目は書面に明記しておくことをお勧めします。

  • 退職日と最終出勤日(ずれる場合は明示)
  • 有給休暇の取得・消化の取り扱い
  • 退職金・手当・交通費等の精算
  • 引き継ぎの範囲と期限
  • 離職票、資格喪失証明書の交付予定日

 

5. よくある誤解とリスクが高い対応

5-1. 「あなたのためを思って」のつもりが逆効果になる例

退職勧奨を行う際、「あなたの将来のために言っている」「ここではもったいないから他で活躍を」などの言い回しを使うことがあります。
一見前向きな表現に見えますが、本人にとっては皮肉・皮をかぶった否定と受け取られることも多く、逆効果になりがちです。

とくに、相手が感情的になっている場面では、「よくしてくれるふりをして追い出された」という被害者意識を強めてしまうリスクもあります。
そのため、言葉選びには慎重になり、事実ベースでの伝達と、感情のフラットな姿勢を意識することが大切です。

 

5-2. 周囲への過度な情報共有による名誉毀損リスク

退職勧奨に関するやり取りや状況について、他の職員に対して安易に説明すると、職場内での憶測・風評が拡がり、当該職員の名誉を侵害するおそれがあります。

特に注意すべきは以下のようなケースです。

  • 勧奨対象の職員が不在の場で「今対応中なんだよね」と言ってしまう
  • 退職理由や勤務態度について第三者に詳細を漏らす
  • シフト調整等を理由に、職員全体に意図以上の情報が伝わる

これらは本人に伝わらなくても、「名誉毀損」や「プライバシー侵害」として争われる可能性があり、対応は必要最小限・公式な範囲に限定するべきです。

 

5-3. 退職後のトラブル(内容証明・労基署・SNS等)

退職が一応の合意に至っても、その後にトラブルが発生するケースも少なくありません。

具体例
  • 内容証明郵便による「退職強要だった」との申し立て
  • 労働基準監督署への申告
  • SNS上での“告発的投稿”による風評拡散
  • 他職員・患者への一方的連絡や接触
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      このような事後トラブルは、退職時に「自分は納得して辞めた」と感じていない場合に特に発生しやすいため、退職時点でのケア・フォローを十分に実施し、本人の納得を得たうえで進めるような意識が必要です。

      また、退職時に秘密保持条項を含めた退職時誓約書の取り付けを実施しておくなどの対応も予防策としては有効となります。

      当グループでは、弁護士・社労士が連携し、医療機関に特化した退職勧奨対応の設計支援を提供しています。

      対象者のタイプやリスクに応じて、必要であれば面談自体を弁護士が対応するなど初期対応から退職合意の着地までをサポートします。

      また、退職後に職員本人や第三者から申立てや照会が届いた場合にも、弁護士が迅速に対応いたします。

      まずは一度ご相談ください。