「〇月〇日、個別指導を実施します」──突然届く厚生局からの通知に、動揺される歯科医院も少なくありません。
個別指導と聞くと「不正請求を疑われているのか」「閉院させられるのでは」と不安に感じる先生も多いですが、実際には制度上の目的や流れを理解し、冷静に準備を進めることが何よりも大切です。
本記事では、歯科医院に対する個別指導の実施目的や対象となるケース、通知を受けた際に取るべき行動、指摘されやすい診療内容やリスクの高い場面、対応のポイントについて、医療法務に精通した弁護士の立場からわかりやすく解説します。
1. 個別指導とは何か?制度の基本を知る
1-1. 個別指導の位置づけと目的
個別指導とは、厚生局が実施する保険診療の適正化を目的とした指導制度の一つです。保険医療機関および保険医に対し、診療内容や請求内容に疑義があると判断された場合に行われ、医療サービスの質の向上と診療報酬の適正請求を確保することを目的としています。
個別指導は監査の前段階に位置付けられ、指摘内容に対して改善が見込まれると判断される医療機関に対して実施されます。
あくまで制度上は「是正の機会」であり、いきなり処分が行われるものではありません。
1-2. 歯科医院に対する個別指導の特徴
医科と比べて、歯科診療は定型的な流れが少なく、治療内容や頻度に個人差が出やすい分野です。そのため、「請求の傾向」や「加算の使い方」が厚生局にとって注目されやすく、歯科医院は比較的個別指導の対象となりやすい傾向があります。
また、補綴・充填などの材料や工程に関する誤解や説明不足、カルテの記載漏れなど、意図しない形式的ミスからの指摘も多く見受けられます。
通知が届いた時点で、何らかの診療傾向や請求内容に関して「通常とは異なる特徴がある」と判断されているため、「なぜ自院が対象となったのか」を正確に把握し、改善する姿勢が求められます。
2. 歯科医院が個別指導の対象となる理由
2-1. 疑義のあるレセプト傾向(過剰請求・頻回加算など)
厚生局では、レセプトデータを統計的に分析し、「平均的な請求傾向と比べて大きく逸脱しているケース」をスクリーニング対象としています。
歯科で多い例としては、以下のような傾向が該当します。
- 頻繁な再診料や処置料の加算
- 同一部位に対する短期の繰り返し処置
- 高額な補綴物の集中請求
これらの傾向が見られる場合、診療の正当性を確認するために個別指導の対象として選定される可能性があります。
制度上は「請求の傾向が妥当であるかを確認する是正的機会」であるため、不正が前提というわけではないことも正しく理解しておく必要があります。
2-2. 通報や苦情を契機とした対象選定
個別指導は、患者や元スタッフ、他の医療機関からの通報・苦情等をきっかけに選定されるケースもあります。
たとえば、
- 「治療をしていないのに保険請求されていた」
- 「説明がなく高額な治療を保険で請求された」
- 「必要性が不明な通院を繰り返すよう指示された」
といった申出が寄せられた場合、それらの内容の信憑性や、制度上の観点からの確認が必要と判断されると、個別指導によって実態を調査・確認するプロセスが選択されることがあります。
なお、このような通報があったとしても、必ずしも違法性が前提とされるわけではなく、誤解や説明不足による申告というケースもあります。
そのため、「通報された=違反」という誤解をせず、冷静に準備・説明対応を行うことが重要です。
2-3. 集団指導後の改善状況が不十分と判断された場合
保険医療機関は、新たに指定を受けた際や一定の年数経過ごとに、厚生局による「集団指導」の対象となります。
この集団指導とは、厚生労働省の『保険医療機関等に対する指導及び監査の実施要領』に基づいて、医療制度の理解促進や適正な保険請求の周知を目的に実施される制度的指導です。
この集団指導の場で配布された資料や口頭説明に基づいて行うべき改善(レセプト記載の工夫、カルテ記録の見直し等)について、指導後に十分な対応が取られていないと判断された場合は、個別指導の対象とされることがあります。
また、指導後に提出が求められる「自主点検表」などの内容が不十分だった場合や、再確認が必要と判断された場合にも、個別指導が実施される可能性があります。
3.「個別指導実施通知」が届いたときの初動対応
3-1. 通知書の内容と対応期限を正確に把握する
通知は、原則として書面にて院長宛に届きます。 内容には指導日時、場所、必要な提出資料、持参物などが明記されており、対応の期限や準備事項を確認し漏れなく対応することが第一歩となります。
通知を見た直後は動揺される方も少なくありませんが、必要な準備を粛々と進めていきましょう。
3-2. 準備すべき書類・記録・診療録の確認
実際に提出・持参を求められる資料は、概ね以下のような内容です。
- 過去数ヶ月分のレセプト(指定範囲)
- 該当期間の診療録・カルテ・レントゲン写真
- 院内掲示物(保険医療機関である旨、料金表など)
- スタッフの勤務表・体制表
- 使用器材や設備に関する情報
「レセプト請求内容と診療録が整合しているか」「算定根拠が記録に残っているか」を中心に確認し、不備があれば補記・説明メモを準備しておくと安心です。
3-3. 事前ヒアリング・専門家への相談の必要性
通知が届いた段階で、すでに自院が「注視されている状態」であることを踏まえ、外部の弁護士への早期相談を検討すべきです。
- これまでの診療のどこにリスクがあるか
- 誤解を生みやすい表現や記録はないか
- 当日の受け答えで注意すべき点は何か
といった実務的な視点を持つ第三者が関与することで、対応の質を確保でき、不要な摩擦や誤解を減らすことが可能になります。
また、個別指導の際に弁護士に同席してもらうことも可能ですので、ご自身のみの対応に不安がある場合はそこも活用されながら進められてください。
4. 指導当日の流れと聞かれる内容
4-1. 実施場所・担当官・進行手順
個別指導は、原則として地方厚生局(または支部)にて実施されます。
通常は1〜2名の審査官または指導官が担当し、開始から終了までおおむね1〜2時間程度で終了します。
初めに制度説明があり、その後、質疑・資料確認・終了案内という流れが一般的です。
4-2. 質問されやすいポイントと回答の注意点
当日のヒアリングでよくある質問は次のような内容です。
- 「この処置を2週連続で行った理由は?」
- 「なぜここで加算が算定されているのか?」
- 「この記録とレセプトの記載に齟齬があるようだが?」
回答時は、感情的にならず、事実をベースに説明することが大切です。 また、分からない場合は曖昧にせず、「確認して後日お伝えしたい」と回答する方が信頼を損ねません。
指摘を受けた際、つい「よくあることです」「誰でもやってます」といったような回答をしてしまうのも避けたいです。
院長自身が誠実に向き合う姿勢を見せることが個別指導の対応をするうえでは重要となります。
5. 歯科医院に多い指摘内容の傾向
5-1. 無診療・架空請求とみなされやすいケース
指摘されやすい項目の一つが、「無診療請求(いわゆる架空請求)」と疑われるケースです。
これは実際には診療を行っていない、あるいは診療の内容が請求と一致していないという理由で、厚生局から問題視されるパターンです。
- 具体例としては以下のようなものが挙げられます。
- 患者が来院しなかった日の請求
- 相談や問診のみで再診料や処置料を算定
- 患者本人の了解がないまま進めた処置
これらは、カルテに適切な記載がない場合や、診療録の整合性が取れていない場合に疑義を招きやすいため、日々の記録精度が非常に重要です。
5-2. 充填・補綴での不適切加算
歯科特有の指摘事項として、充填・補綴に関する不適切な加算請求も頻出です。
特に注意すべきは以下のような加算です。
- 同一日に複数歯に対する充填加算が繰り返されている
- 補綴物の種類や保険適用外処置との区別が不明確
- 処置時間や材料の記録が不十分
- 処置の記録が「簡単な略語のみ」で内容が伝わらない
- 患者同意の有無や処置の根拠が不明確
- 請求内容に対する記録上の裏付けが弱い
- 診療報酬の自主返還・返還請求(任意or指示)
- 監査への移行(法的手続。弁護士の関与必須)
- 保険医登録の取消・医療機関指定の取消
- 指摘を受けそうな請求内容の整理と分析
- 質問に対する回答方針の策定
- 指導当日の同席対応
- 改善点に対する対応(主に法的面)
これらは「過剰請求」とみなされるリスクがあり、算定要件の根拠を事前に整理しておくことが重要です。
5-3. 記録不備・カルテと請求の不整合
最も多い指摘の一つが、診療録(カルテ)の記載不備と請求内容の不整合です。
以下のような状況は特に注意が必要です。
厚生局の個別指導では、請求の妥当性や算定の根拠について、医療機関側が明確に説明することが求められます。
その際、診療録やカルテの記録が不十分だと、たとえ実際に処置を行っていた場合でも、「根拠が不明」と判断されるリスクがあるため、記録の正確性と一貫性が極めて重要です。
結果として、日々の記録の質を上げておくことが、最も効果的な備えとなります。
6. 指導後の措置とリスク対応
6-1. 口頭指導・文書指導・再指導の違い
個別指導の結果は、通常以下の3つのいずれかで通知されます。
口頭指導
軽度の指摘事項。改善を口頭で促す。
文書指導
やや重めの指摘事項があり、書面で改善報告を求められる。
再指導
改善が見られなかった場合や、追加確認が必要な場合に再度実施される。
この時点では、あくまで「是正機会」であることを念頭に置き具体的な改善行動で対応することが重要です。
6-2. 返還請求・監査・指定取消のリスクと判断基準
一部のケースでは、個別指導の結果、以下のような行政的処分へ進行するリスクもあります。
これらは、「制度違反」または「説明不能な不正確な請求」が確認された場合に限られますが、指導時点の対応や記録状況がその判断に大きく影響します。
6-3. 事後対応を誤るとトラブルが深刻化する
指導後、対応を誤ることでトラブルが悪化する例もあります。
例
指摘を軽視して放置する
記録の追加修正を不適切に行う
曖昧な回答のまま放置してしまう
これらの行為は、厚生局側から「改善の意思なし」と受け取られ、厳格な対応への移行や再指導・監査への展開を招くことがあります。
事後は弁護士や専門家と連携し、計画的・段階的に改善を図ることが望まれます。
7. 弁護士が支援できることと早期介入のメリット
個別指導の通知が届いたら、できるだけ早い段階で弁護士に相談することで、「やってはいけない対応」や「再指導・監査リスク」を回避できます。
特に、以下のような初動対応は弁護士のサポートが効果的です。
個別指導後の通知書、返還案内、再指導の通告などが届いた場合にも、弁護士が窓口となってやり取りを管理し、書面での交渉や対応履歴を整えることが可能です。
また、再指導や監査に移行した場合にも、一貫した支援体制を維持できることで、組織的な対応がスムーズになります。
8. まとめ
個別指導の通知が届いたらまずは弁護士へ
個別指導は処分ではなく、改善を促すための制度です。
慌ててその場しのぎで対応する、形式的な記録でごまかそうとすると逆に状況を悪化させることもあります。
指導が入る前、または通知が届いた時点で、相談できる医療法務の専門家がいるかどうかで、その後の対応の質とスピードが大きく変わります。
個別指導の対応に不安がある場合は、できるだけ早めにご相談ください。