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広域医療法人とは?|設立メリット・手続きの流れ・注意点を弁護士・行政書士がわかりやすく解説

2025.07.25

地域をまたいで分院展開を検討している開業医の方にとって、「広域医療法人」という制度は、今後の経営の可能性を広げる選択肢の一つです。
ただし、広域医療法人には一定の条件と手続きが定められており、一般の医療法人とは異なる法的・労務的・税務的な考慮点が多数存在します。
この記事では、制度の概要から、設立や移行に必要なステップ、実際のメリット・注意点までを、医療法人支援に強い弁護士の視点から分かりやすくご説明します。

 

1. 広域医療法人とは?制度の背景と定義

医療法において、一般の医療法人(いわゆる「一都道府県医療法人」)は、原則として1つの都道府県内でしか診療所や病院を開設できません。
この制限は、地域の医療行政との連携や監督体制の明確化を目的として設けられていました。
そのため、たとえば本院が東京都にある医療法人が大阪や福岡に分院を出すことは、従来は認められていませんでしたが、2016年の医療法改正により、「広域医療法人制度」が創設されたことにより、一定の要件を満たす医療法人は、複数の都道府県にまたがって医療施設を開設・運営することが可能になりました。

以下、広域医療法人と従来型医療法人の違いを簡単にまとめています。

比較項目 一般の医療法人 広域医療法人
開設可能なエリア 一つの都道府県内のみ 複数の都道府県にまたがる開設が可能
設立要件 特別な要件なし 厚生労働省が定めるガバナンス・財務要件を満たす必要あり
監督機関 都道府県知事 主たる事務所所在地の都道府県(主幹都道府県)
管理体制 比較的柔軟 理事構成・業務執行体制に一定の要件あり

 

2. 広域医療法人の設立メリットとは?

2-1. 複数都道府県への分院展開が可能になる

最大のメリットは、都道府県をまたいだ診療所・施設の新設が可能になる点です。
都市部と地方、あるいは複数都市圏に拠点を持つことができるため、人口動態や市場環境に合わせた柔軟な展開が実現します。

2-2. 人材採用・拠点展開の柔軟性向上

エリアを限定しない法人経営が可能になることで、地域に縛られない人材採用や異動配置が実現しやすくなります。
とくに看護師・理学療法士・医師などの職種では、県境を越えた採用強化が現実的になります。

2-3. 法人内でのリスク分散と地域経営戦略の強化

例えば、ある地域の診療所が災害や人口減少で影響を受けた場合でも、他地域の拠点で収益を補完できる仕組みが作れるため、経営の安定性が向上します。
また、地域ごとに異なる医療ニーズに合わせた拠点運営が可能です。

2-4. グループ化・M&Aの土台として活用できる可能性

広域医療法人は、将来的に医療グループの構築や、地域をまたいだ医療機関の統合(M&A)の受け皿にもなり得ます。
実際に、医療法人同士の吸収合併や包括連携の準備段階として、広域医療法人化を進める例も増えています。

 

3. 広域医療法人になるための要件と準備事項

3-1. 設立時に満たすべき基本要件とは

広域医療法人の設立や移行にあたっては、以下のような要件を満たす必要があります。

  • すでに複数施設を運営していること(一定の運営実績があること)
  • 財務基盤が健全であること(債務超過や資金不足がないこと)
  • ガバナンス体制が整っていること(理事会・監事等の機能が実質的に機能していること)
  • 職員の労務管理が適切に行われていること(就業規則の整備・労働保険加入など)

3-2. 既存医療法人が「移行」する場合の要件

すでに一般の医療法人として運営している法人が「広域医療法人」へ移行するには、厚生局や都道府県との協議を経て、追加要件を満たす必要があります。
特に、移行後に計画している都道府県展開の具体性と、それに伴う内部管理体制の整備状況が審査のポイントとなります。

3-3. 運営体制(理事会・監事・社員総会)の整備

広域医療法人は、規模や地域の分散性に応じて、より厳格な内部統制が求められるため、以下の体制を準備しておく必要があります。

  • 複数地域を管轄できる理事会体制(常勤理事の地域分散など)
  • 独立性が確保された監事(外部監事の起用も推奨)
  • 定期的な社員総会の開催と議事録管理

3-4. 財務面・ガバナンス面の審査基準

厚生労働省が公開しているガイドラインでは、広域医療法人として適切に経営できる体力があるかどうかが審査対象となります。
具体的には以下のような点が重視されます。

  • 決算書上の債務超過・キャッシュフローの確認
  • 法人内会計の明確な部門別管理(地域別収支の可視化)
  • コンプライアンス体制(苦情対応・情報公開・指導対応など)

 

4. 広域医療法人設立・移行の手続きの流れ

4-1. 計画段階で必要な初期準備

設立または移行を検討する段階では、まず法人内での中期経営計画や人事戦略の明確化が重要です。
単なる「拠点拡大」ではなく、どの地域にどのような医療提供体制を構築するのかを明確にし、それに沿った体制設計・人員配置を準備します。

4-2. 厚生局・都道府県との事前協議

広域医療法人の申請は、主たる事務所の所在地である「主幹都道府県」を通じて行われます。
そのため、移行・設立を希望する時点で、厚生局・主幹都道府県と綿密な事前協議を重ねることが不可欠です。
運営体制・理事構成・事業計画・財務状況など、申請時に提出する書類一式の方向性をこの段階で固めていきます。

4-3. 設立認可申請の提出と審査手続き

認可申請では、定款、事業計画、役員名簿、財務諸表などを提出し、主幹都道府県による審査を受けます。
申請受付は年に2回程度であることが多く、スケジュールの逆算と余裕のある準備が欠かせません。

4-4. 設立後に必要となる登記・各種届出

認可を受けた後は、医療法人設立と同様に2週間以内に法務局で登記を行い、あわせて保健所・厚生局・年金事務所・税務署への届出も必要です。
また、新たな都道府県で開設する施設については、個別に診療所開設届等の提出も求められます。

 

5. 法務・労務・税務の各観点からみる注意点

5-1. 理事・監事の構成と地域バランスへの配慮

広域医療法人は、複数の地域で医療施設を運営する性質上、理事や監事といった役員構成にも地域的なバランスが求められる場合があります。
たとえば、すべての理事が1つの都道府県在住であると、他地域の意思決定やガバナンスに支障をきたす恐れがあるため、地域拠点ごとに関与できる理事や現地の監事を配置することが望ましいとされます。
また、法人運営の中立性・透明性を高めるために、外部監事(税理士や弁護士等)を登用する動きも広がっています。

5-2. 労務体制・就業規則の統一とエリア別対応

拠点が複数都道府県にまたがる場合、一律の就業規則を適用するだけでは対応できない労務課題が出てきます。
具体的には、以下のような視点での整備が求められます。

  • 時間外手当・通勤手当などの地域差
  • 勤務時間帯(都市部と地方で患者層・診療時間が異なる)
  • 災害・感染症対応のマニュアル整備

そのため、統一的なルール+地域別運用のハイブリッド構成を念頭に、社労士や労務担当者と連携して制度設計を行う必要があります。

5-3. 税務上の法人間取引・共通経費の按分管理

医療法人内部で拠点ごとに経費や売上を分けて管理していないと、本部経費・人件費・備品などの共通費用をどのように配賦するかが問題となります。
とくに自由診療を含む場合や、関連会社(MS法人など)との取引がある場合は、移転価格税制の観点からも適正な帳簿処理と根拠の明示が重要です。
法人税務では、支出の妥当性や内部取引の整合性が強く問われるため、定期的な会計レビューや税理士による月次監査の導入が推奨されます。

5-4. 当事務所グループが提供できる支援内容

弁護士法人Nexill&Partnersを中心とした当グループでは、広域医療法人の新規設立・移行支援に対応する専門士業チームを擁しています。

  • 弁護士による定款構築・ガバナンス体制支援
  • 行政書士による都道府県協議・認可書類の作成
  • 社労士による分院労務対応/就業規則統合
  • 税理士による拠点別会計・財務設計

まで、すべてワンストップで対応可能です。法人化のタイミングからご相談いただければ、無理・無駄のない制度設計と申請が実現します。

 

6. 広域医療法人に関するよくある質問(FAQ)

Q. 広域医療法人を新たに設立するのと、既存の医療法人を移行させるのとでは、何が違いますか?

A. 大きな違いは「審査の複雑さ」と「タイミング」です。新設の場合は最初から広域医療法人として計画・設計できるのに対し、既存法人の移行では、現在の組織・会計・人事体制を広域化に適合させる必要があるため、移行手続きのハードルが高くなる傾向にあります。

Q. 広域医療法人になると、都道府県による指導や監督が厳しくなりますか?

A. 指導が特別に「厳しくなる」というわけではありませんが、主幹都道府県の監督責任が強化され、定款・財務・運営に関する報告義務が増える傾向にあります。
特に複数拠点を運営している場合、各拠点の運営実態を定期的にまとめて報告する体制が求められます。

Q. 医療法人が広域化すると、医師やスタッフの異動を自由にできるようになりますか?

A. 法人内の異動は可能になりますが、雇用契約上「勤務地変更に関する合意」が明確になっていなければ、法的トラブルの原因になる可能性があります。
就業規則や雇用契約の中で「複数拠点への異動の可能性があること」を明示しておく必要があります。

Q. 広域医療法人にすると、税務上の優遇措置などはありますか?

A. 現時点で広域医療法人に限定した特別な税制優遇はありません。ただし、複数拠点の経営資源を統合的に運用できるため、設備投資や医療機器の共用、人件費の最適化による間接的なコスト削減が期待できます。

 

7. まとめ|拠点展開や承継を視野に、法人形態を見直す機会に

少子高齢化・地域格差・医療の多拠点化が進む中で、広域医療法人という選択肢は、成長戦略・事業承継・リスク分散を同時にかなえる制度的インフラです。
特に、複数都道府県での展開を視野に入れている場合や、法人グループ化を検討している場合には、法人形態の再設計を検討するタイミングといえます。
「本当に広域化すべきかどうか」から丁寧に一緒に検討することも可能ですので、迷われている方はぜひ初期相談をご利用ください。