医療機関における職員トラブルの問題は、「本人への対応」だけでは完結しません。むしろ、その影響を大きく受けるのは、周囲で日々働く他の職員たちです。勤務態度に問題がある職員や、職場の雰囲気を乱すような言動を繰り返す職員の存在を放置すれば、信頼関係の崩壊や他スタッフの離職、患者への影響といった深刻な結果につながるおそれがあります。
本記事では、問題社員への対処に加えて「他の職員を守る」という視点に焦点を当て、管理者がどのような対応を取るべきかを法的・実務的な観点から解説します。
1. 問題社員が周囲に与える影響とは?
1-1. 職場全体の心理的安全性の低下
小規模な医療機関では、1人の職員の言動が職場全体に与える影響は非常に大きいです。高圧的な言動や指示無視、陰口などが横行すれば、他のスタッフが萎縮し、意見や疑問を言い出しにくくなります。これは「心理的安全性」が損なわれている状態であり、結果として、連携不足・情報共有の欠如・業務効率の低下を引き起こすリスクがあります。
1-2. チームワーク・連携業務の断絶
医療機関では、受付、看護師、医師、技師といった多職種が連携して初めて業務が成立します。にもかかわらず、問題職員が報告を怠ったり、他職員を排除したりすることで、業務フローが分断され、結果として患者対応にも支障をきたすケースもあります。
1-3. 離職・休職・相談件数の増加
問題社員を放置すると、他の職員が「我慢すべきだ」「何を言っても変わらない」と諦め、次第に職場に不信感を抱くようになります。これが進行すると、周囲の職員のメンタル不調やモチベーション低下にも派生し、休職や退職、外部相談(労基署・ハラスメント相談窓口等)への通報などにもつながりかねません。
2. 他の職員を守るために必要な「見える化」
2-1. 問題行動の影響範囲の把握と整理
「誰が、どのような被害を受けているのか」を把握しなければ、適切な対応はできません。影響が局所的なのか、複数部署に波及しているのか、時間帯や役職間に偏りがあるのかなど、影響範囲を可視化することで具体的な対策が立てやすくなります。
2-2. 職員面談・匿名ヒアリングによる状況把握
周囲の職員から正確な情報を得るためには、定期的な1on1面談や、匿名でのアンケート・意見箱の設置も有効です。管理職が「聴く姿勢」を持ち、信頼関係のもとで面談を重ねることで、実際の被害状況や不安の声を把握することが可能になります。
2-3. 関係者の心理的負荷の評価と対応優先順位
同じ問題行動でも、影響を受けている職員によって心理的な負荷は異なります。特に新人職員・時短勤務者・非正規雇用者など、立場の弱い人ほど会社側に被害を訴えることを躊躇してしまう傾向にあります。必要に応じて外部の相談機関の介入を検討するなど、優先度の高い対応を判断する必要があります。
3. 他職員を守るために管理者が行うべき初動対応
3-1. 苦情・不安の表明を受け止める姿勢の確保
「問題のある人と一緒に働くのがつらい」という声は、被害者側からすると切実な訴えです。その声を軽視する、見て見ぬふりをすることは、職場全体の信頼を損なう結果につながります。管理者は、感情的な同調ではなく、冷静に話を聴き、「受け止めた」ことを明確に伝える姿勢が求められます。
3-2. 当該職員と直接関わらせない体制構築
明らかに被害が出ている場合、配置転換やシフト変更などによって、問題職員と関わらないようにすることも必要です。一時的に業務効率が落ちるとしても、被害者を保護することが最優先です。また、院内に当該職員と完全に離れられる空間や、外部相談機関の案内などを用意しておくことも望まれます。
3-3. 医師・事務長が主導する組織的アナウンス(慎重な対応が必要)
職場で問題が発生した際、それを「個別の問題」として片付けると、他の職員は「院長は何もしてくれない」「放置されている」と感じることがあります。
そのため、状況に応じては、事務長や院長から「職場全体として安全な環境づくりを意識して取り組んでいる」という抽象的かつ前向きなメッセージを、定例会議や職員連絡などで伝えることが、間接的に信頼を回復し、安心感を与える効果を持ちます。
ただし、問題の内容が重大である場合や、関係者が特定されやすい状況では、本人や周囲への心理的負担や職場内の混乱を招く可能性もあるため、慎重な判断と適切な方法(個別説明や文書化)を検討することが望まれます。
4. 組織としての危機管理体制のポイント
4-1. 問題行動・ハラスメントへの一次対応マニュアル
問題職員への対応が属人的にならないよう、マニュアルの整備が不可欠です。特にハラスメントやメンタル不調の一次対応では、次のようなフローを定めておくと混乱を防げます。
問題行動の報告 → 面談の実施 → 記録作成 → 上長報告 → 必要に応じて弁護士・社労士などへの対応方法相談
このように段階的に対応することで、感情的な衝突や対処の過不足を防ぎ、職場の秩序を保つことができます。
4-2. 内部通報制度と記録保存の仕組み
職場内のトラブルに関する早期発見と継続的な監視のために、内部通報窓口(院内または外部)を設けておくことが推奨されます。また、通報内容や面談記録、指導履歴などは、文書化したうえで一定期間保管できる体制を整えておき、万が一の際の証拠として適切に活用できるようにしておきましょう。
4-3. 他職員への守秘義務と巻き込みリスクの回避
問題職員への対応過程において、他職員が不必要に巻き込まれると、職場内の信頼関係にヒビが入る可能性があります。そのため、聞き取り調査やヒアリングに参加する職員には、守秘義務の徹底と、可能な限り心理的負担をかけない配慮が求められます。
5.「職場全体を守る」ための制度設計と実務運用体制の整備
5-1. 職場秩序違反の定義と処分規定の整備
問題職員への対応は、まず規定上の根拠が明文化されていることが前提です。
就業規則や服務規律には、単なる勤怠や服装ルールだけでなく、他職員に悪影響を及ぼす言動や職場秩序の乱れに関する禁止行為とその処分基準を記載しておく必要があります。
たとえば以下のような行為を「職場秩序違反」として具体的に列記することが望まれます。
- 院内での風評流布・噂話の拡散
- 他職員への不適切な干渉・詮索・排除行為
- 協調性を欠いた業務遂行態度(報告の怠慢、協力拒否など)
また、段階的な指導・処分のステップ(注意→警告→懲戒処分)を構造的に明記し、管理者が一貫性を持って対応できる基盤を整えておくことが重要です。
5-2. 被害を受けた側への措置を事前整備しておく選択肢
職場内の問題行動により、他の職員の心身が疲弊し、離職やメンタル不調を引き起こすケースも珍しくありません。
事業者側には安全配慮義務があり、こういった他の職員への適切な対応も実施が不可欠であるため、就業規則とあわせて以下のような対応フローを整備しておくことが望ましいです。
- カウンセリングや産業医の紹介制度
- 状況に応じた配置転換・シフト変更
- 被害申告後のハラスメント対応手続(報告→事実確認・面談→被害者保護・加害者対応)
これにより、問題職員本人への処分とは別に、他職員の保護・支援の体制があること自体が「安心できる職場」であるという認識につながります。
なにより重要なのは、「職員本人が声を上げやすい環境」と「申し出があった際に組織として正式に対応する枠組み」を整えておくことです。
5-3. 管理者研修・スタッフ教育による職場文化の醸成
制度は整っていても、現場の管理者がその内容を理解していなければ意味がありません。
看護師長・受付責任者など、職種リーダーへの定期的な労務研修やトラブル対応研修を実施することで、以下のような“現場対応力”を高めることができます:
- 職員の小さな変化や兆候に気付く観察力
- 問題の初動対応における冷静な受け止め方
- 正しい報告・記録・相談ルートの活用法
また、スタッフ全体への年1回のリスクマネジメント研修(ハラスメント、情報管理、風評リスク)を制度化しておくことで、「何が問題行動にあたるのか」を共通認識として全員に持たせる効果が期待できます。
6. 他職員を巻き込まない対応の注意点とリスク管理
6-1. 感情論による対応の危険性
問題職員の対応を進める際、他職員が「正義感」から介入しすぎたり、感情的になったりすると、問題の焦点がぼやけ、関係者同士の対立構造が強まるリスクがあります。
対応は必ず管理者が主導し、「事実」と「対応方針」の線引きを明確にしながら進める必要があります。
6-2. 情報漏洩・噂拡散のリスクコントロール
問題社員に関する情報は、院内において不必要に共有しすぎると、「誰かが言った」「噂になっている」などの二次トラブルに発展する可能性があります。
そのため、
- 対応情報は最小限の関係者のみと共有
- 職員全体へのアナウンスは内容とタイミングを精査
- 調査・面談記録は限定的に保管(アクセス制限付き)
といった、情報管理のルール化・文書化が求められます。
6-3. 職員間の「誤解」や「不信感」の発生防止
問題社員への対応が他職員に見えづらいと、「なぜ院長は何もしてくれないのか」「あの人は特別扱いされている」など、対応者への不信感が高まる要因になります。
これを防ぐには、
- 中立的な立場で対応していることを必要最小限アナウンスする
- 被害を訴えた側には、個別に「話を聞いて対応している」と説明する
- 意図的に“第三者的な立場”を取る場面をつくる
など、他職員に「組織が動いている」という安心感を与える情報設計も必要です。
7. 弊所グループによる支援のご紹介
弁護士法人Nexill&Partnersでは、問題社員への対応だけでなく、周囲の職員を守る体制づくりに焦点を当てたアドバイスと制度支援を行っています。
- 職員間トラブルの整理と事実確認支援
- 被害者側職員の配置・ケアに関する法的助言
- 加害者側職員への対応(懲戒・解雇処分含む)
- 就業規則・懲戒規定・相談窓口整備
を通じて、クリニック全体の心理的安全性を取り戻す支援を提供します。
ハラスメント窓口の外部委託先として、弁護士が相談窓口となることも可能ですので、院内での設置が難しい場合は外注先としてもご検討ください。
トラブルを起こす職員への対応が遅れると、最も深刻な影響を受けるのは周囲で真面目に働く職員たちです。
対応が後手に回れば、“組織として対応してくれない”という不信感が広がり、離職やメンタル不調の連鎖を生むことになります。
職員の問題行動が見受けられる場合、「その人をどうするか」だけでなく、「他のスタッフにこれ以上被害を広げないようにする」という視点での問題社員対応が重要となりますので、まずは一度ご相談ください。