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クリニックにおける職員トラブル|問題職員への対処法と法的ポイントを弁護士が解説

2025.07.23

クリニックという小規模な職場において、職員間の人間関係や勤務態度の悪化は、組織全体の雰囲気や患者対応の質に直結する重大な経営課題です。
しかし「指導しても改善されない」「他のスタッフに悪影響が出ている」「解雇を検討したいが方法が分からない」など、問題職員への対応は院長や事務長にとって非常に頭を悩ませるところです。
本記事では、問題職員に関する具体的なトラブル事例を踏まえながら、法的・実務的な観点からの対処方法や判断ポイント、事前に取るべき予防策・社内整備について、医療機関支援に強い弁護士の視点から分かりやすく解説します。

 

1. クリニックにおける職員トラブルの特徴と影響

1-1. 小規模組織ならではの人間関係の密接性

クリニックは、一般企業に比べてスタッフの人数が限られており、役割の重複や日常的な対面コミュニケーションが多いため、職員間の人間関係が業務に与える影響は非常に大きいです。
一人の職員の不調や態度変化が、組織内の空気を一変させ、他のスタッフのモチベーション低下や離職の連鎖を引き起こすことも珍しくありません。

1-2. トラブルが患者対応・風評被害に直結しやすい構造

スタッフの対応品質が患者満足度にも直結する医療現場では、職員の言動が即座にクレームや悪評などにも波及します。
特に受付・看護師など患者と接する時間の長い職員にトラブルがある場合、クリニック全体の信頼性を損なう結果になりかねません。

1-3. 「一人の職員」がもたらす職場全体へのリスク

問題職員の存在は、業務効率の低下だけでなく、他のスタッフの心理的安全性を脅かし、業務連携・報連相の機能不全を生む可能性があります。
結果として、業務の属人化、患者対応の品質低下、指示伝達の混乱といった連鎖的な弊害が生じ、最終的には経営そのものに深刻な影響を与えます。

 

2. 問題職員に見られる典型的な行動パターン

2-1. 無断欠勤・遅刻・早退の常態化

頻繁な無断欠勤や遅刻は、就業規則上の「服務規律違反」に該当します。
特に頻度が高い場合や、業務に重大な支障が生じている場合は、口頭注意から始まり、文書指導・懲戒処分の検討に至るまで、段階的な対応が必要です。

2-2. 指導・注意への過剰反発や逆ギレ

指導を受けるとすぐに感情的になる、必要な注意すら「パワハラだ」と訴えてくるケースもあります。
このような職員には、業務指導の趣旨・証拠の記録・第三者の同席を意識し、感情論ではなく客観的・文書的に指導履歴を残す運用が有効です。

2-3. 院内での陰口・派閥形成・スタッフ間トラブル

一部の職員が他のスタッフを巻き込んで対立関係や“内輪揉め”を引き起こすと、業務の流れそのものが滞りやすくなります。
このような場合は、早期に個別面談を実施し、第三者(事務長・外部顧問等)を交えて状況把握・線引き対応を行うことが重要です。

2-4. SNS上での情報漏洩・誹謗中傷

個人のSNS上で、勤務先クリニックに関する発言をする、患者情報に関わる投稿を行った場合は、守秘義務違反や名誉毀損として法的責任を問われる可能性があります。
SNSガイドラインの整備・職員研修の実施に加えて、重大な違反が発覚した際は懲戒処分を視野に入れた対応が必要です。

 

3. トラブルの種類に応じた初動対応の原則

3-1.業務上の度重なるミス・勤務態度悪化に対する対応

勤務態度の低下や度重なるミスに対しては、まず口頭指導と状況記録が基本となります。

注意点
  • 面談日時・内容・回答をメモとして残す(指導記録の証拠化)
  • 第三者(事務長やベテラン職員など)の同席が望ましい
  • 「改善目標」と「期日」を明示し、改善機会を与える

こういった指導をせずにいきなり懲戒処分や解雇などを行ってしまうのは逆に不当な処分だとして訴えられるリスクがありますので、必ず指導実績を重ねたうえで次の段階に進むようにしてください。

3-2. 患者クレームや外部苦情が生じた場合

患者クレームが職員の言動に起因する場合は、ヒアリングと証拠確認を迅速に行い、院内としての事実確認と初動報告体制を確立することが不可欠です。
こちらも事実確認が不十分なまま処分を進めると、不当処分として逆に法的リスクが生じることもあるため、慎重な対応が求められます。

3-3. 法令違反(個人情報漏洩・パワハラ等)の疑いがある場合

職員による個人情報漏洩や、上司・同僚へのハラスメントが疑われる場合は、早期に弁護士や社労士に相談し、内部調査と法的対応の準備を始めるべきです。
特に医療情報の漏洩は、個人情報保護法および医療法に基づく法的義務違反に該当する可能性があり、重大性の高い問題です。
漏洩が発覚した場合、患者本人からの問い合わせ・苦情対応に加え、損害賠償請求や行政指導・報道による信用毀損のリスクも考慮しなければなりません。
そのため、万一の際に備えたアクセス記録・指示経緯・職員対応の記録保存が不可欠です。

3-4. 状況に応じた記録化と初期対応の注意点

すべてのトラブル対応に共通するのが、「主観ではなく記録・証拠で説明できる状態をつくること」です。
口頭での注意であっても、いつ・誰が・どのような内容で指導したかを記録として残しておくこと、必要に応じて面談録・業務日誌・他スタッフの証言などを客観的資料として整理することで、後日、職員側からの不当な主張(「指導されていない」「理由なく処分された」等)を受けた場合でも、対応の正当性を示す根拠として活用できます。
また、このような記録体制の存在自体が、職員側に対するけん制や行動抑制の効果を持つ意味合いもあるため、結果としてトラブルの未然防止にもつながります。

 

4. 問題職員への段階的な対応方法

4-1. 口頭指導→書面注意→指導記録の整備

問題行動が継続する場合は、次のような段階的対応を基本とします。
1. 口頭注意(非公式指導・面談)
2. 書面による注意・指導通知(指導文書として保存)
3. 始末書の提出依頼/指導記録の累積保存
4. 就業規則に基づく懲戒処分の予告・実施検討
このプロセスに従うことで、労働審判・訴訟等での“手続的正当性”を担保するための証拠形成にもつながります。

4-2. 就業規則に基づく懲戒処分の適用可否

懲戒処分を行うにあたっては、以下のような法的・実務的な要件を満たす必要があります。

  • 事前に就業規則に懲戒事由が明示されていること
  • 処分の根拠となる事実が客観的に確認できること
  • 処分内容が社会通念上相当といえること(過度でないこと)
  • 本人に弁明の機会を与えるなど、適正な手続を踏んでいること

特に、本人への説明や事情聴取の機会を設けずに処分を強行した場合、後日の労働審判・裁判において「手続不備」として無効判断が出るリスクがあります。
そのため、処分の種類や重さに応じて、

  • 口頭での事実確認
  • 書面での弁明依頼
  • 第三者(弁護士・社労士)の立ち会いによるヒアリング

などを適切に組み合わせ、懲戒処分の適用要件を満たしていることを客観的に証明できるようにしておくことが必須となります。

4-3. 退職勧奨と合意退職への誘導

懲戒ではなく、穏当なかたちでの退職を目指す場合には、「退職勧奨」=話し合いによる合意退職の方向性を模索するのも有効です。
ただし、実態として退職強要とみなされないよう、以下のような言動・回数・記録の取り方には注意をしながら話し合いを進める必要があります。

  • 回数が過剰、執拗、人格否定的になると「退職強要(違法)」と判断されかねません。
  • 面談内容は記録化し、可能であれば弁護士等の専門家を第三者として同席させると望ましいです。(場合によっては、弁護士や社労士が主導して話し合いを進めるほうが有効に働くケースもあります。)
  • 合意退職に至った際は、退職届、退職合意書を必ず取得し、退職が本人の自由意思に基づいて行われたものであることを証明できるようにします。

 

5. トラブル対応を行う上での社内整備・予防策のポイント

5-1. 明確な就業規則と服務規律の整備

職員トラブルへの対応は、就業規則や服務規律の整備が出発点です。就業規則が不明確な場合、注意や処分を行っても職員側に「そんなルールは知らなかった」と主張されるリスクがあります。
クリニック規模であっても、以下の項目は最低限整備することが重要です。

  • 出退勤・休憩・遅刻欠勤連絡ルール
  • 職場内でのハラスメント・私語・SNSの使用制限
  • 指導・注意・懲戒の段階と内容
  • 職場秩序を乱す行為の明示(例:虚偽報告、無断離席、風評流布)

これらを就業規則として文書化し、全職員に説明・共有を行い、いつでも閲覧が可能な状況を取ることで、懲戒・指導の前提が確立されます。

5-2. 苦情・内部通報窓口の整備

スタッフ間や患者対応における問題を早期に把握するために、院内に「内部通報の一次窓口」を設けておくことが有効です。
例えば、この窓口を外部委託し、外部の弁護士が匿名通報を受ける体制にしておくと、院長に直接言いづらい問題も吸い上げられるようになります。
院内で運用する場合は、次のような項目を参考に、どのような内容を通報・相談できるのか、その方法などを整理したうえで従業員に周知をし、制度自体を活用してもらう土壌づくりが大事です。

通報内容

法令違反・ハラスメント・不正行為等

通報方法

書面・専用アドレス・専用用紙等

守秘義務

通報者を特定・通報をしたことでの不利益は生じさせない旨の規定等

5-3. 指導内容や問題行動の記録化ルール

問題職員への対応では、「指導したが改善されなかった」というプロセスを、記録化して初めて証拠としての力を持ちます。

指導記録

面談日時、指導者、内容、職員の反応など

始末書・注意文書

署名押印付きで回収し、複写保管

トラブル発生時の報告書

当該職員だけでなく関係職員の客観的な視点で記録

 

こうした書面を蓄積しておくことで、懲戒や退職勧奨の正当性を後から客観的に示すことが可能になります。

5-4. 日常の人事評価・面談の仕組み化

日常の業務態度の変化を把握するためには、定期的な業務評価とフィードバックの機会が必要です。
年1回の評価制度だけだとスパンが長く、問題が深刻化した状態で発覚するリスクもありますので、簡単な1on1面談などでも構わないので日ごろから従業員との対話の機会を設けられると理想です。
これにより、

  • 問題がある職員への“予兆”の早期発見
  • 認識のズレの是正
  • 文書化されたフィードバックの蓄積

が可能となり、問題職員への「改善機会を与えた事実」も証明しやすくなります。

 

6. 法的トラブルを回避するための実務対応(解雇判断に至る場合)

6-1. 解雇判断を下す際のリスク認識と準備

職員対応の最終手段として「解雇」を選択する場合には、法的なトラブルを回避するための事前準備が極めて重要です。
日本の労働法制では、解雇は「労働者の地位を一方的に奪う重大な処分」として厳格に制限されており、実務では以下のリスクを常に念頭に置く必要があります。

  • 解雇無効とされた場合の賃金支払い命令(バックペイ)
  • 労働審判・民事訴訟による社会的信用毀損
  • 解雇理由証明書発行義務・退職後の照会対応

そのため、「懲戒処分の段階を踏んでもなお改善が見込めない」「通常勤務の継続が困難な状況が客観的に認められる」など、十分な積み重ねと証拠化を前提に進める必要があります。

6-2. 解雇実施の際に求められる手続的配慮

解雇を行う際に求められる手続的対応は以下の通りです。
1. 過去の指導経緯や問題行動の記録(日時・文書・面談内容)
2. 就業規則上の懲戒・解雇事由との明確な照合
3. 事前の弁明機会の付与と記録(面談・書面提出)
4. 必要に応じた第三者(弁護士・社労士)の関与
5. 解雇通知書や理由証明書の作成・交付、解雇予告手当の支払

これらを欠いた場合、「不当解雇」として主張されるリスクが非常に高くなります。

6-3. 解雇後のトラブルを最小化するための対応策

実際に解雇を実行した後も、クリニック側に問い合わせや通報、請求が届くケースは珍しくありません。以下のような対応をあらかじめ整備しておくことが望まれます。

  • 解雇理由書の交付履歴の保管
  • 労基署や弁護士からの問い合わせへの窓口一本化(顧問弁護士の明示)
  • 解雇された元職員への不要な接触・情報共有の自粛指導
  • 残務処理・備品返却の対応ルールのマニュアル化

 

7.当事務所グループが提供するトラブル対応支援

7-1. 問題職員対応の法律相談・助言

弁護士法人Nexill&Partnersでは、医療法人・クリニックの職員対応に特化した法務サポートを提供しています。
具体的には、

  • 指導方法や処分選択に関する助言
  • リスクのある面談内容のチェック
  • パワハラ・名誉毀損・個人情報漏洩の対応

など、事案に即した法律アドバイスを提供可能です。

7-2. 書面作成・指導記録の整備支援

口頭での指導だけではなく、

  • 書面注意通知文(注意書、指導報告書)
  • 始末書フォーマットの提供・レビュー
  • 解雇通知書・退職合意書の作成

など、証拠力のある書類整備を弁護士が支援します。

7-3. 退職勧奨・解雇対応の実務サポート

退職交渉を行う際には、弁護士が面談同席することにより、“強要”とみなされない進め方と法的正当性の担保が可能です。
また、解雇がやむを得ない場合には、

  • 証拠収集サポート
  • 解雇理由書の作成
  • 労基署・裁判所対応を含む代理業務

まで、リスクの最小化を重視した設計・実行の両面を対応します。

問題職員を放置すると、他の職員の士気の低下にもつながり、離職や診療品質の低下といった連鎖的影響が生じるリスクがあります。
問題職員に対して「辞めてもらうしかない」と内心では感じていても、具体的な対応を先延ばしにしてしまうと、状況がさらに悪化し、注意・処分・退職交渉のいずれにおいても対応コストが格段に増すのが実情です。
問題職員の対応でお悩みの方は、できるだけ早い段階で当事務所へご相談ください。