これから法曹を目指される方に向けて、元検事・憲法の司法試験考査委員も務めた弁護士が考える司法試験というテーマのコラムとして、今回は司法試験の憲法で問われているもの何かということについて、実務家の視点から弊所所属川本日子弁護士がお話していきます。
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元検事・元司法試験考査委員(憲法)が考える司法試験―司法試験全般で問われているものは何か?
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元検事・元司法試験考査委員(憲法)が考える司法試験―司法試験(刑法)で問われているものは何か?
1.司法試験(憲法)で問われているものは?
全体感になるため抽象的になってしまいますが、まず結論からお伝えすると、司法試験の憲法の問題で問われているものというのは、条文・判例を理解して現実の問題に対応できるかということになると思います。
で、まずは条文・判例をきちんと理解しているのかという部分ですが、これは知識のところはもちろん問われていることなのですが、「理解しているか」というところではその中身をきちんと把握できているかどうかで、現実の問題が出てきたときに、憲法問題としてどういう切り口で考えて、どう判断をするのか、というところが求められていると思います。
括弧の中でも書いていますが、法的思考に基づいて妥当な結果を導き出せるのかということが求められているということですね。
憲法の場合は、人権と人権の衝突がありますので、どちらか一方が全面的に勝って、どちらか一方が全面的に負けるという結論はあまり望ましくないと思いますので、その線引きをどこにするのかということが非常に問われてると思います。
2.憲法の条文と判例について
まず、憲法でもちろん重要なのは条文です。
条文の中には前文と人権と統治機構とあるわけですが、憲法は短いので、全部覚えるくらいの気持ちでいていただいたらいいのかなと思っています。(全部を全部覚えなさいとまでは言いませんが、人権と統治機構ぐらいは全部暗記するくらいでいいのではないかなと。)
そして憲法の判例ですが、憲法判例は非常に重要です。
憲法判例として覚えておくべきものというのは、勉強量としてはそんなにたくさんあるわけではないと思いますので、ぜひ事案の概要にも目を向けていただき、どういった事案なのか、原告さんが誰で、被告さんが誰でとか、中には刑事事件のものもありますので、どういった人が被告人になってと、それで、どういう憲法の争点が争われて、最終的に最高裁は一体何と言ったのか、その判示内容を把握しておくことが非常に大事だと考えます。
ぼやっとその判示内容のところだけ暗記して、最高裁はこういうふうに言ってるんだっていう理解の仕方だと、実は間違うことがあります。
例えば、行政法にも絡むところですけど、憲法としても有名な距離制限の判例があります。ですが、同じ距離制限でも公衆浴場の場合と酒類販売業の場合と、全く同じ判断ではないと思うのですが、それは一体なぜなのかというところまできちんと遡って理解していただく必要があると思います。
そこが図内に書いた射程範囲というところになるのです。最高裁としてはこの事案でこういう争い方をされているので、こういう判示をしていますとなっているわけで、御承知のとおり、日本の最高裁判所は憲法裁判所ではないので、個別具体的な事案についての判断をしたという立て付けになります。
そのため、その事案の概要に即した判示内容であるということを頭に入れておかなければならないのです。その判示内容がAという場合には当てはまる、B、Cぐらいまでは何とか当てはまるかもしれないけれども、じゃあE、F、Gぐらいになってくると、もう射程範囲外だということがあり得るわけなので、その憲法の判例がどこまで妥当するのかというのを常に考えておく必要があるんですね。
3.憲法の通説について
先ほどお話した通り、判例の射程範囲までを考えた上で理解していれば、問題が出てきたときにきちんと解けるのかなと思いますので、憲法の通説も基本的には判例の補完と考えていただいたらいいのではないかと思います。
判例の独特の言い回しなどが少しわかりにくかったりする場合もありますので、それは学者の先生方がわかりやすく解説してくださっていますが、通説っていうのは大体それを補完するようなものになっていると思います。
ただ、この通説についても限界はどこかというのを考えておく必要があります。
ですので、私の答えとしては、基本的には判例も通説も一旦起きてしまった事案の解決方法を示している場合がほとんどですので、全く裁判にまだなっていない新しい問題に対して、これをどうやって解決したらいいのかってということについて十分な学説が出ているとは思いませんので、そういう新しい問題が次から次に起こってきたときに、どう判断すべきかというものは、我々は条文や最高裁判例、そして最高裁判例を補完するような通説、それから解説をもとに、新しい問題を解決していかなければならないと考えております。
判例にも通説にも限界があるということを踏まえておく必要があります。
そして、最終的には、次にお話しする人権問題への応用になっていきます。
4.人権問題への応用
まず初めに、人権と人権は衝突します。これは皆さんご承知のとおりですが。音楽を大音量でがんがん聴きたいという人権もあると思いますし、逆に静かなところでひっそりと過ごしたいという人権もあるでしょうし、人権と人権は衝突してしまうわけなんですよね。
で、その衝突してしまうものに対してどこかで線を引かないといけないのですが、それを例えば行政の方が規制法をつくったりとか、騒音についても場所によってはその騒音についての規制の条例があったりとか、いろんなことがありますけれども、それは必ず衝突する反対側の人権に立って、こういうものは規制しようというように決められているわけで、それは公共の福祉としてどこまで認められるのかということを常に常に問われているということになりますし、行政側というのは常にそういうものをどこで線を引いたらいいのかということを考えなければならないということになります。
新しい事案、例えばカジノ施設ができるが皆がギャンブルをやったらどうするんだとか、治安が悪くなるんじゃないかとか、じゃあそういったときに規制をするのかどうかという所で、で、これについてもやっぱり人権と人権の衝突があって、行政庁の判断が求められていて、その後に最終的には裁判で争われる。
となると、そういった場所が皆さん方が今後活躍される場になるということですので、そのような応用問題を解ける必要があるということです。
それから、明文にない人権もこれからまだまだ問題になってきます。
つい最近もLGBTQに関する最高裁判例が出たところですけれども、今後また判例の集積によってどういった結論になっていくのかというのが注目されるところだと思いますし、まだまだ試験問題として出てもおかしくないのではないかなと思っております。
そして、「結果の妥当性」というところですが、憲法の人権問題は非常にセンシティブな問題ですので、どれかが決定的に正しくてどれかが決定的に間違っているということはないと思いますけれども、まあそうは言ってもやはり原則としてはこう考えるよね、だけど例外としてはこうかもしれないよねということを規範として立ててもいいかもしれません。
それによって、その当てはめのところで、今回は原則に当たるんだとか、今回は例外に当たるんだとか、そういう解決の仕方をしてもいいと思っております。
このような柔軟な適応能力というのが試験では試されているのではないかなと考えております。
皆様のご検討を祈念しております。
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。